第171話 出入り商人

「うみゃ……うぅぅ……うみゃ……」

「どうした、ニャンゴ。泣くほど美味いのか?」


 ナバックに呆れられてしまったが、零れ落ちる涙を止められない。

 ラガート子爵の屋敷の夕食は、チキンピラフだった。


 騎士や兵士、使用人が食べるメニューだが、さすがに子爵家で出されるものだから美味しい。

 だが、それ以上に、猫人に転生してから初めて食べる米料理に、前世の記憶を呼び起されてしまったのだ。


 高校生になってからキモオタ認定されてイジメられたけど、中学までは地味だけど普通に学生生活を送っていた。

 多くはなかったけど友達だっていたし、家族との関係も険悪ではなかった。


 ゲーム、インターネット、テレビ、映画……音楽と映像に溢れ、娯楽に事欠かない世界。

 もう10年以上も猫人として生きてきて、戻れないと分かっているけど、それでも戻りたいと思わされてしまったのだ。


 こちらから見れば異世界で生きた前世の記憶があると話しても信じてもらえないだろうし、泣くほど美味かったと言っておこう。

 実際、長粒種ではなく短粒種に近い米は、ふっくらと炊きあがっていたし、噛みしめるほどに米の甘味が感じられた。


「にゃ……おむすび食べたいにゃ……」

「オムス……何だって?」

「何でもにゃい……」


『巣立ちの儀』が終わって厳戒態勢が解かれたら、王都の市場に繰り出して、海苔が売ってないか探してみよう。

 かつお節は無いかもしれないが、塩昆布なら売ってるかもしれない……なんて考えていたら、その晩おむすびを持って花見に行く夢を見た。


 咲き誇っていたのはフューレィの花ではなく、満開のソメイヨシノだった。

 淡い桜の花びらと青空のコントラスト、足元には黄色い菜の花も咲いていた。

 

 春爛漫を思わせる風景の中で、芝生に座って弁当を広げる。

 だけど、そこには俺しかいなくて……おむすびを食べながら涙が零れた。 


 翌朝、王都までの道中の疲れが出たのか、相部屋になったナバックに起こされるまで目が覚めなかった。

 ゆっくりと朝食を済ませたら、部屋に戻って待機する。


 今日は子爵家に出入りしている業者と、装備や服装に関する打ち合わせをする予定だ。

 今の格好のまま『巣立ちの儀』の会場をウロウロしていると、警備を行っている騎士や兵士を混乱させかねない。


 どこから見てもラガート家に所属している者だと、一目で分かるような工夫が必要だ。

 呼びに来たメイドさんに案内された応接室には、業者の他にジョシュアとカーティスの兄弟が顔を揃えていた。


「おはようございます。ジョシュア様、カーティス様」

「おはよう、ニャンゴ。紹介しよう、うちに出入りしているラーナワン商会のヌビエルだ」


 ジョシュアに紹介されたヌビエルはタヌキ人の中年男性で、愛嬌のある顔付きをしているが、意外に目付きが鋭く見える。

 ラーナワン商会は、王都のラガート子爵家に出入りしている業者で、武具などを取り扱っているそうだ。


「イブーロのBランク冒険者、ニャンゴです。初めまして」

「これはこれは御丁寧にありがとうございます。ラーナワン商会で番頭を務めさせていただいておりますヌビエルと申します」


 俺がキッチリ頭を下げて挨拶をすると、ヌビエルは少し驚いた表情を見せた後で人懐っこい笑顔を浮かべてみせた。

 少し太り気味の体型で、頭に丸い耳、太いモフモフの尻尾がある典型的なタヌキ人という感じだが、身のこなしに隙が無い。


 やはり武具を扱う商会の番頭ともなれば、何か武術の心得があるのだろう。


「さて、ヌビエルよ。父からの手紙には書いてあったと思うが、このニャンゴが『巣立ちの儀』の会場に入った時に、我が家の関係者であると一目で分かるようにしたい」

「ラガート家の紋章を使用いたしても構いませんか?」

「構わぬ。むしろ、前後左右、いずこから見ても我が家に関りあいのある者だと喧伝したい」

「かしこまりました。それでは革鎧はいかがでしょう?」

「兄上、金属鎧の方が見栄えが良くないか?」

「そうだな、騎士と揃いの方が良いか……」

「申し訳ございません。猫人の体型に合う鎧の取り扱いがございません。革鎧であれば、なんとか当日までに仕上げられますが……」


 三人の視線が俺に向けられる。

 猫人が戦闘要員として前線に立つことなど殆ど、いや皆無と言っても過言ではない。


 猫人用の鎧の取り扱いが無いのも当然で、それに関しては子爵家の兄弟も不満を感じていないようだ。


「あの……出来れば防御力よりも軽くしてもらえると助かります」

「それは、見た目だけで構わないという意味ですか?」

「はい、見た目だけで結構です」


 怪訝な表情を浮かべてジョシュアに視線を向けたヌビエルに、悪戯っぽい笑みを浮かべたカーティスが理由を説明する。


「ニャンゴは非凡な空属性魔法の使い手だ」

「空属性魔法でございますか?」

 

 カーティスが昨夜の一件を披露すると、ヌビエルは目を見開いて俺を見詰めた。


「なるほど……それほどの盾を展開できるならば、鎧は見てくれだけで良いと思われるのも当然でしょう」

「ヌビエル、ニャンゴは守りだけではないぞ。前の騎士団長アルバロス様が『魔砲使い』と呼ばれたそうだ」

「魔法使い……でございますか?」

「魔力による砲撃で魔砲。ニャンゴはワイバーンを仕留めるほどの砲撃を使うそうだぞ」

「ワイバーンを……真ですか?」


 いやいや、自慢したいのは分かるけど、この兄弟ペラペラと俺の情報を喋り過ぎじゃないか?

 話が進むほどに、ヌビエルが俺を見る目付きが変わっているように感じる。


 ジョシュアとカーティスの自慢話のせいで、だいぶ話が横道に逸れてしまったが、シンプルな形の革鎧を模した装具を作ることとなった。

 胸当て、背当て、肩当て、腰当て……大きく分けて6枚のパーツには、全てラガート家の紋章が入れられるそうだ。


「我が家の紋章は、盾に交差する戦斧と雷だ。これは、ラガート家の始祖が雷属性魔法と戦斧の使い手で、戦功によって家名を許されたことに由来している」


 ラガート家の始祖ゴルギエスは、ピューマ人の偉丈夫で、シュレンドル王国初代国王と共に国を興した重臣の1人だそうだ。

 雷属性の魔法で相手の動きを止め、巨大な戦斧で首を刎ねる。


『首狩りのゴルギエス』は、王国の歴史を題材とした歌劇にも登場する有名人らしい。

 ただし、アツーカ村のような田舎では歌劇など上演されたことは無いし、学校にも真面目に通っていなかったので初めて知った。


 ジョシュアとカーティスは、当然俺が知っていると思っているらしく、話を合わせるのが大変だ。

 俺の採寸を終えたヌビエルは、直ちに制作に取り掛かりますと言いおいて、そそくさと店へと戻っていった。


 分厚い革を使った実用レベルの鎧ではなく、言うなればコスプレ用の革の衣装を作るようなものなので、それほど制作に手間取るとは思えない。

 それよりもヌビエルは、貴族のお坊ちゃまの暇つぶしに付き合わされては堪らないと思っているのだろう。


『巣立ちの儀』が行われる春分の日の前後合わせて二週間は、学校も春休みとなる。

 貴族の子女が通う王都の学校の場合は、更にその前後の二週間を加えた、合計四週間が休みとなるそうだ。


 これは、休みの期間中に王都から離れた領地へと戻る者を考慮した措置らしい。

 例えば、ラガート家は王都から魔導車で片道一週間ぐらい掛かる。


 この休みが二週間しか無いと、遠隔の領地の子女は往復するだけで終わってしまうので、休校期間が延長されているそうだ。

 本来ならば、ジョシュアとカーティスもダルクシュタイン城へと戻るのだが、今年はアイーダが『巣立ちの儀』を受けるので王都に残っているらしい。


 まぁ、二人にしてみれば、自然豊かだが田舎な領地に戻るよりも、王都に居残れてラッキーだったのだろうが、厳戒態勢のおかげで遊びには出られないようだ。


「あの……王都での『巣立ちの儀』はどんな感じで行われるのですか?」

「そうだな、基本的にはイブーロで行われるものと変わらないな」

「そうそう、あれの規模をもっとデカくした感じだ」


 神官が『女神の加護』の封印を解いて属性魔法を使えるようにするのは同様だが、王都の場合は立ち合う審査官は王国騎士団のみとなる。

 それでも、貴族の子女には全員声が掛けられるので、選抜される人数は同じか多いらしい。


 貴族の子女に声を掛けるのは形式的なもので、騎士の訓練所へ入るかは本人の意思次第のようだ。

 ジョシュアは魔力があまり強くなかったので辞退、カーティスは魔力は強かったがラガート家の騎士団を率いるための勉強を優先させられたらしい。


「お二人も明後日の儀式には参列なさるのですね」

「あぁ、アイーダの晴れ舞台だからな」

「まぁ、退屈だが仕方ない……」

「会場の見学って出来ますかね? 前もって見ておきたいのですが……」

「それなら俺が連れていってやろう」

「カーティス、ちゃんと騎士は連れて行けよ。それから第三街区には出るな」

「分かってる。ニャンゴが一緒なんだ、心配するな」


 昼食の後、カーティスが『巣立ちの儀』が行われる大聖堂まで連れて行ってくれることになった。

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