第170話 子爵家の兄弟

 襲撃犯の護送を終えて屋敷に行くと、ラガート子爵から王都での滞在が5日程伸びるかもしれないと言われた。

 今の時期は、王都全体が『巣立ちの儀』への対応を中心として動いているそうで、捕らえた襲撃犯への取り調べなどの対応を始めるとしても4日後からになるらしい。


 今年は第五王女が『巣立ちの儀』を迎えるそうで、3日後に大聖堂前で行われる儀式には国王夫妻も列席するらしい。

 それに加えて昨今の反貴族派の暗躍もあり、例年以上に厳しい警備体制が敷かれるそうだ。


「ニャンゴは、騎士候補としてスカウトされた幼馴染に会いたいと言っていたな」

「はい、難しいでしょうか?」

「『巣立ちの儀』の前は、おそらく無理だろう。騎士見習いであったとしても、末端の警護に駆り出されるはずだ。訪ねるとしても『巣立ちの儀』が終わってからの方が良いだろう」


 今日引き渡してきた襲撃犯に関する騎士団への説明も、明日ではなく『巣立ちの儀』が終わってからに変更となった。


「それとニャンゴ、『巣立ちの儀』の当日は我々の護衛として参加してもらいたい」

「分かりました。子爵ご夫妻を守れば良いのですね?」

「いや、第一は国王夫妻と王族の方々、その次に我々とアイーダを守るようにしてほしい」

「反貴族派は、王族も狙うんですか?」

「貴族制度の根幹は、王であり王族だから当然狙われるであろう。それに、王族が庶民の前に姿を見せる事は稀だ。騎士団がピリピリするのも無理は無い」


 当日の大聖堂周辺は、厳重な上にも厳重な警備が行われるが、ラガート子爵としては打てる対策は全て行っておきたいそうだ。


「護衛をするのは構いませんが、当日の会場で猫人の俺がウロウロしていると、かえって警備を混乱させませんか?」

「それに関しては対策を考える。要するに、ニャンゴはラガート家の関係者であると一目で分かれば問題無い」


 子爵は既に出入りの業者に使いを出しているそうで、服装か装備品でラガート子爵家の所属であると明示するつもりのようだ。


「少し仰々しい服装となってしまうかもしれんが、帰りの道中でもニャンゴが動きやすい体制を整えておきたい。なので、明日は出掛けずに屋敷にいてくれ」

「分かりました」


 一般庶民は『巣立ちの儀』に向けてお祭りムードが盛り上がっているようだが、王族や貴族の関係者は緊張感を高めているらしい。

 ナバックが言っていた花見の穴場も、このピリピリした状況が終わらなければ楽しめそうもないようだ。


「それと、紹介しておこう。息子のジョシュアとカーティスだ」

「Bランク冒険者のニャンゴです。初めまして」

「ジョシュアだ、よろしく頼むぞ」

「父上、本当にこの猫人は役に立つのですか?」


 王都の学校に通っているという二人の息子は、長男がジョシュア、次男がカーティス、数え年で14歳と13歳になるそうだ。

 ジョシュアはブリジット夫人に似てスマートな印象、カーティスは子爵に似てやんちゃな印象を受ける。


「まぁ、見た目だけで判断するならば頼りないかもしれないが、道中の襲撃で私たちが無事だったのはニャンゴのおかげだ」


 子爵から話を聞いてもカーティスは納得していないようで、空属性の魔法を披露することになった。


「空属性の魔法は空気を固める魔法です。もうカーティス様と俺の間に盾を作ってありますが、お分かりになりますか?」

「盾だと……はっ、何だこれは……」


 怪訝な表情を浮かべて近づいてきたカーティスは、空属性の盾に触れた瞬間に表情を引き締めた。


「どうした、カーティス」

「兄上、ここに空気の塊があるのが見えますか?」

「空気の塊……?」


 それまで静観の構えだったジョシュアも席を立って近づいて来た。


「おぉ、確かに塊があるが……手で触れないと分からないぞ」

「兄上、かなり強度もありそうです」


 先程からカーティスは、空属性の盾をゴンゴン拳で叩いて硬さを確かめている。


「その盾は、アーレンスの側付きの騎士が抜き打ちを仕掛けても跳ね返すだけの強度があるぞ」

「本当ですか、父上」

「疑うならば、自分で試してみるがいい」


 子爵は壁に掛けられた長剣を顎でカーティスに示した後、俺に向かってニヤっと笑ってみせた。

 子爵の息子だからと、花を持たせて壊されるつもりは無い。 


 盾の材質は、日々工夫を重ねてバージョンアップしている。

 ただ硬いだけでなく、壊れにくいように靭性もアップさせ、物理攻撃耐性の魔法陣も刻んである。


 本職の騎士の渾身の一撃にだって耐えるはずだから、貴族のボンボンの一刀などは軽々と跳ね返すだろうと思ったのだが、剣を手に取るとカーティスの雰囲気が変わった。

 抜き身の剣を片手に下げた姿が、なかなか堂に入っている。


 これは、もしかすると壊されてしまうかもしれないが、それはそれで得難い経験値とさせてもらおう。

 カーティスは盾の位置を手で触って確かめた後、三歩ほど下がって距離を取り、気負った様子も見せずに剣を振り上げた。


「りゃぁ!」


 思っていた以上に素早い踏み込みから、カーティスは鋭く剣を振り下ろした。


 ガァ――ン!


 空属性魔法で作った盾は、軽々とカーティスの一撃を跳ね返した。

 踏み込みは素早かったが、打ち込み自体は公爵家の騎士の方が重たかったように感じる。


「どうだ、カーティス」

「今のは、ほんの小手調べです」


 子爵の問い掛けに振り向きもせずに答えたカーティスは、今度は盾から五歩ほど下がると、剣を右肩に担ぐように振り上げて息を整え始めた。

 たぶん、全力の一撃を見舞うつもりなのだろうが、もし盾が壊れたら床に敷いた高そうな絨毯をザックリと切り裂いてしまいそうだ。


 けれども、絨毯の値段を心配しているのは四人の中で俺だけのようだ。

 子爵も、ジョシュアも、興味津々といった面持ちでカーティスの動きを見守っている。


 大きく息を吸い、ふーっと息を吐いたところでカーティスが動いた。


「ずぁぁぁぁ!」


 激烈な踏み込みから繰り出されたのは、まるでカーティス自身が一本の剣と化したかのような一撃だった。


 バキ――ン!


 カーティスの一撃を受け止めたものの、盾も強度の限界を超えて砕けてしまった。


「ふむ、大したものだ。壊れたとはいえ俺の渾身の一撃を受け止めたか」


 盾を破壊した手応えを感じたのだろう、カーティスは満足げな笑みを浮かべてみせた。


「カーティス、お前の負けだ」

「はぁ? なんでですか、兄上」


 意味ありげな笑みを浮かべたジョシュアの一言に、カーティスは声を荒げて振り返る。


「確かに、盾を砕くのがやっとでしたが、間違いなく砕いてみせました」

「そうだな。だがそれは、盾の位置を教えてもらったからだろう。カーティス、お前は目に見えない盾に、どうやって渾身の一撃を見舞うつもりだ?」

「そ、それは……」

「私は、お前の一撃が弱いなどと言っている訳ではないぞ。ただ、ニャンゴの盾は、それを遥かに上回るほどの価値がある。父上が認めただけのことはあるだろう」

「まぁ、確かに……それは認めましょう」


 カーティスは肩をすくめてみせると、剣を鞘に納めて壁に戻した。

 子爵とジョシュア、ピューマ人の二人に値踏みされるように見詰められると、メチャクチャ居心地が悪い。


「父上、式典で混乱を引き起こさないように、前後左右、どこから見てもラガート家の手の者と分かる服装をあつらえさせましょう」

「そうだな、それはとても重要だな」


 第一印象は、爽やかそうな若者かと思ったが、ジョシュアは意外と腹黒そうな感じがする。

 剣を戻したカーティスも、2人の話に加わった。


「父上、そんな面倒なことをせずとも、我が家に仕官させればよろしいではありませんか」

「いいや、それでは駄目だ」

「なぜです、ニャンゴほどの才能であれば、他家に横取りされるかもしれません」

「そうだな、実際アルバロス様も、アーレンスも興味を引かれていた」

「ならば、尚更……」

「そう急くな。ニャンゴの魔法は、一般的な属性魔法と較べると異質だ。騎士団のような組織よりも、個の強さを求められる冒険者としての働きの中でこそ磨かれ、輝きを増すものだ。この先、ニャンゴは王都でも名の知られた存在となっていくだろう」

「では、なぜ我が家に所属しているような装備を与えるのです?」

「決まっている。他の家がニャンゴを閉じ込めないように……それに、少しでも我が家に愛着を持ってもらえるようにだ」


 いやいや、それは本人のいるところで話しちゃ駄目なのでは……。


「分かりました。我々は既に手を付けていると、他家にアピールするしかない訳ですね」

「いいや、違うぞカーティ。有能な人材を手元に置きたいと思うなら、その者から手を貸したいと思われるような存在であらねばならぬ。言葉を交わす以前、互いの名も知らぬ時であっても、人は他者の行いを見て覚えているものだ。常日頃から己の行いを律せよ。シュレンドル王国貴族として恥ずかしくない行動を心掛けよ。価値ある者を引きつけたくば、己の価値を高める努力を惜しむな」

「はい、分かりました、父上」


 ヤバい……格好いいじゃないですか、子爵。

 これもスカウトの一環かもと思っても、こんな人に仕えてみたいって、ちょっと思ってしまった。

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