第162話 強行軍
襲撃が止んだ後、ラガート子爵はフロス村の村長から馬車を2台徴収し、1台には負傷した騎士と死亡した騎士の遺体を乗せ、もう1台には捕らえたテロリストを詰め込んだ。
今回の襲撃では魔導車の後方を警護していた騎士の内、8人が爆発に巻き込まれ、3人が死亡し5人が負傷した。
負傷した騎士の内、2人は重篤な状態だが、フロス村には腕の良い治癒士がおらず、今夜宿泊予定の次の街まで急いで運ぶことにしたのだ。
フロス村での昼食は中止、本来食事をする予定だった店の食材には毒を混入されている恐れがあるので、違う店で購入したパンとチーズだけで一時しのぎをする。
貴族様御用達の店ではないので、ボソボソとした食感だが贅沢は言っていられない。
死んでしまっていたら、こんなパンですら口にすることは出来ないのだ。
ラガート子爵家の騎士で万全の状態で動ける者は12人だが、2台の馬車の御者と護送するテロリストの見張りに4人を取られてしまう。
さらに先触れとして2人が先行するので、実質の護衛は6人だ。
なので、子爵に許可をもらって、俺は魔導車の屋根に陣取ることにした。
御者台からでは馬車の後方が全く見えないので、後ろから襲われた場合には対処出来ない。
屋根の上からならば、遮る物は何も無いので、思う存分砲撃を食らわせられる。
今朝は出立の時間からして、予定よりも大幅に遅れ、更には襲撃によって時間を奪われてしまったので、途中からは夜道を進む羽目になった。
貴族様が使う魔導車とあって、前方を照らす魔道具は十分な明るさがあるが、日本のような街灯は無いので周囲は真っ暗だ。
襲撃を仕掛ける側からすれば、目標は分かりやすく、自分たちは目立たない環境なので、護衛の騎士達はこちらにまで伝わってくるほど緊張していた。
そこで明かりの魔法陣を10個作って、街道の両側に5個ずつ配置する。
言わば、魔導車と一緒に移動する街灯のようなものだ。
「おお、こいつは助かる、これなら隠れている奴がいても、早く発見出来そうだ」
騎士達は少し緊張の度合いを下げたが油断は禁物、俺も身体強化魔法で視力を強化して見張りを続ける。
領地境を超え、レトバーネス公爵領の街ワグカーチに到着した時には、大きな安堵の吐息が漏れたほど騎士たちは緊張を強いられていたようだ。
レトバーネス公爵家は、二代前の国王の弟君から連なる家で、現当主のアーレンスも国王からの信頼の厚い領主として知られているそうだ。
レトバーネス公爵領は王都の北西に位置し、北と西へ向かう街道の要衝でもある。
そのため、領地境に接する街には、公爵家の騎士が常駐していた。
先触れの騎士から知らせを受けて、街の入り口近くで公爵家の騎士が出迎え、ラガート子爵の魔導車を予定の宿まで先導してくれた。
宿に到着した後、護衛の騎士を指揮するヘイルウッドと共にラガート子爵に呼び出された。
夕食を共にしながら、明日以降の予定を話し合うそうだ。
アイーダやデリック達とは離れたテーブルに、子爵とヘイルウッドが向かい合って座り、俺はヘイルウッドの隣に座らされた。
「まずは……ニャンゴ、改めて礼を言わせてもらう、ありがとう」
「いえ、俺は依頼を受けた仕事をこなしただけですから」
「そうかもしれないが、あのような襲撃は全く予想していなかった。率直に言ってヘイルウッド達だけでは守りきれていなかっただろう」
子爵が視線を向けると、ヘイルウッドも頷いている。
「私もそう思います。守りきれないどころか全滅させられていたでしょうね」
「あの……あいつらは何者なんですか?」
「王都に連れて行き、王国騎士団と共に尋問してみないとハッキリとしたことは言えないが、恐らく反貴族体制派と呼ばれている者だろう」
ラガート子爵の話では、貴族による統治体制に反対し、民衆による自治を要求する一団が王都を中心として活動範囲を広げているらしい。
「活動を始めた頃は、年貢や税額の減額を訴える穏便な活動だったそうだが、近年急速に行動が過激化しつつあるらしい。それでも、王都で悪どい商売をしている商家の倉庫が襲われたり、貴族の屋敷の蔵が破られたりと、物や金目当ての犯行だと聞いていたのだが……」
隣国エストーレとの国境を守るラガート子爵は、国内の情勢についてもアンテナを張り、情報を集めているそうだが、ここまでの過激化は予想できなかったらしい。
「ニャンゴ、あの爆発は魔法陣によるものなんだな?」
「そうです。俺も活用している粉砕の魔法陣ですが、あの通り発動と同時に爆発が起こるので、使い勝手が悪いとされている物です。俺は空属性で作った盾などと併用していますし、離れた場所からも発動できるのでワイバーンの討伐の時にも活用しましたが、あんな使い方をするとは……」
最初に自爆した茶トラの猫人は、粉々に吹っ飛んで痕跡すら見当たらない状態だった。
魔石を使って発動させたのは、たぶん猫人の魔力では十分な威力が得られないからだろう。
「俺は、貧しい猫人が無理やり自爆させられたと思っていたんです。でも、爆破を阻止した黒猫人に『よくも邪魔してくれたな』って言われて……」
「では、少なくとも捕らえた黒猫人については、自分の意志で自爆しようとしていたのだな?」
「はい、そうだと思います。あの……王都に行くまでに、あの黒猫人と話をさせてもらえませんか?」
「何を話すつもりだい?」
「なんで子爵を狙ったのか、どうして自分の命を投げ出してまで子爵を殺そうとしたのか」
「ふむ……」
ラガート子爵は、食事の手を止めて考え込んだ。
「ニャンゴ、正直に言って、私は君を奴らと接触させたくない。なぜなら、奴らは虚偽の情報を使って貴族体制を批判し、自分たちを正当化するからだ。例えば、ニャンゴはうちの領地で実際に取り立てている年貢の額や税率を知っているか?」
「いえ、ギルドの報酬は税額を抜いた金額が支払われていると聞いているので、実際の税額は知りません」
「奴らは、そうした額に虚偽の数字を混ぜ込み、いかにも重税を課せられているかのように話し、相手の同情を引き、仲間に引き込もうとする。これは、正義感の強い者ほど引っ掛かりやすい罠だ」
貴族は悪い、貴族はズルい、貴族は強欲だ……貴族さえいなくなれば世の中は良くなる、我々の暮らしも良くなる、国も良くなるというのが反貴族体制派の主張らしい。
「確かに、我々貴族は貧しい平民に較べれば、ずっと良い暮らしをしているが、屋敷は先祖が残したものだし、我々程度の生活をしている商人はいくらでもいる。そうした者の中には、我々よりも遥かに悪辣な手立てで稼いでいる者もいる」
「奴らの主張には嘘が隠されている。自分で確かめるまで信じないと決めていてもダメですか? アツーカ村や猫人が貧困から抜け出るのは簡単ではないと、先日話を聞かせてもらって理解しています」
ラガート子爵にしてみれば、王都に向かう途中で俺が反貴族体制派に寝返ったりしないか心配なのだろう。
ただでさえ護衛の人員が足りない状況なのに、身内に敵を作る訳にいかないと思っているのだろう。
「では、条件を出そう。面談をするのは一日おきとし、奴らに会わない日は私と話をしてもらう」
「つまり、両方の話を聞いて判断しろ……ってことですか?」
「いいや、そもそも奴らの話には耳を貸さないでほしい」
「でも、中には正しい主張もあるのでは? 全部が全部嘘だと話の信憑性が無くなりそうですけど……」
「ふむ……どうしても奴らの主張を信じたいのならば、正確な数字の裏付けが取れるものに限定してくれ」
「分かりました、全ての主張は裏付けが取れるまで信じない。面談して聞いた内容は全て子爵に伝える……これでどうでしょう?」
「良いだろう、ヘイルウッド達が尋問するよりも、ニャンゴの方が情報を引き出せるかもしれない、明日の晩はレトバーネス公爵家の屋敷に滞在する。その時に面談出来るように取り計らおう」
「はい、よろしくお願いします」
その日の夕食は、オークのスペアリブをハチミツ入りのタレに漬け込んで焼き上げたものだったが、さすがにうみゃうみゃ言いながら食べる雰囲気ではなかった。
子爵との面談を終えて部屋に戻ると、ナバックは既にベッドの上で鼾をかいていた。
普段よりも早いペースでの巡行、襲撃、更には夜道を走らせるなど緊張の連続だったのだから無理もない。
ナバックの体を転がして掛け布団を引き抜き、風邪を引かないように掛け直してやった。
部屋には風呂が付いていたので、バスタブに半分ほどお湯を入れて浸かる。
猫人の俺ならば、この量でも肩まで十分浸かれる。
お湯に浸かって目を閉じると、浮かんできたのは薄汚れた茶トラの猫人の顔だった。
言葉を交わした訳ではないが、爆発の直前に確かに目が合った。
何かを訴えようとしていたように思えてならないが、何を伝えたかったのか……。
助けて……だったような気もするし、ごめんなさい……だったような気もする。
この世を去ってしまった者とは言葉を交わすことは出来ないが、生きている者となら話を出来るし考えを問える。
たぶん、俺よりも年上の黒猫人が何を語るのか……全ては明日の晩からだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます