第161話 スーサイド・ボマー

 グロブレス伯爵家の朝食は、硬いパンと薄いハムとチーズ、それに水だけしか出て来なかった。

 こんなしみったれた家なんか、さっさと出発すれば良いのに、出発したのは昼になるのではと思うぐらいの時間だった。


 城壁の外の質素さとは違い、屋敷に泊まった人達には朝からフルコースの食事が振る舞われたらしい。

 一品また一品と出されるまでに時間が掛かるから、出立の時間が遅くなったようだ。


 城壁の外での待遇について騎士の皆さんから報告されるだろうし、そこまで待遇に差を付けるのに何の意味があるのかと思ってしまう。

 ようやく出立だと、魔導車で待機している俺達の所へ知らせが来た頃には、もう小腹が空きはじめていた。


 お出迎えに並んでいる時に、鳴いたりしないでくれよ、マイストマック。

 グロブレス伯爵家の使用人や、ラガート子爵家の執事さんやメイドさんが運んで来た荷物を積み込むのを手伝い、魔導車の横に並んで待っていると子爵達が屋敷から出てきた。


「大変お世話になりました、伯爵」

「いやいや、大した持て成しも出来ず、申し訳なかった」

「とんでもない、至れり尽くせりの一夜を堪能させていただきましたよ」

「そうかね、そう言ってもらえるとホッとするよ。王都からの帰りにも、是非立ち寄っていかれよ」

「ありがとうございます」


 伯爵と子爵は笑顔で挨拶を交わしていたが、どう見たって二人とも作り笑いだ。

 伯爵は子爵の腹の中を見通せず、子爵はそんな伯爵にウンザリしている……といったところだろう。


 子爵一家とデリックが乗り込んだ後、執事さんとメイドさんが乗り込み、魔導車のドアが閉まったのを確認して俺も御者台へと向かう。

 見送りに残っていた伯爵に一礼してから御者台へ向かったのだが、背後から呟くような声が聞こえた。


「ふん、劣等種の分際で……」


 伯爵は、俺の耳に届くように呟いたのか、それとも聞こえるとは思っていなかったのか、どちらだったのか分からないが聞こえないフリをして御者台に上がる。

 王都に近付いたから偏見が強くなったのか、それとも伯爵個人の偏見なのか分からないが、気分が悪い事だけは確かだ。


 成金オーラ全開の金ピカ屋敷を後にして、魔導車は綺麗に舗装された細い道を下っていく。

 伯爵の屋敷へと続く細い道から広い街道へ戻ると、ナバックは魔導車の速度を上げた。


 出発の時間が遅くなったので、今日の予定が狂ってしまったのだろう。

 遅れを完全に取り戻すのは難しいが、今日中に行けるところまで進んでおくようだ。


 速度が上がった分、魔導車の揺れは昨日よりも大きくなっている。

 いつもは喋り通しのナバックも、今日は緊張した面持ちで魔導車を走らせていた。


 相当ペースを上げて走って来たが、本来昼食の休憩をするはずだったフロス村に着いたのは3時近くになってからだった。

 途中で何度も腹の虫が鳴いて、ナバックに大笑いされてしまった。


 少し遅めの昼食だが、昨夜の夕食と今朝の食事が酷かった分、どうしても期待してしまう。

 店の前に乗り付けた魔導車の横に立ち、店に入る子爵一家とデリックを見送ろうとしてたら、見物に集まった群衆の中から薄汚れた茶トラの猫人が抜け出してきた。


 今にも泣き出しそうな情けない表情は、貧民街にいたころの兄貴を彷彿とさせる。

 子爵に直訴でもするつもりなのだろう、首からボードのような物を下げていた。


 護衛の騎士がこれ以上の接近は許さないとばかりに、子爵一家と茶トラの猫人の間に割って入る。

 その時、茶トラの猫人が首から下げたボードをクルっと回してみせた。


 ボードの裏側に描かれていた模様を見た瞬間、背中の毛が一気に逆立った。


「伏せてぇぇぇぇぇ!」


 俺が叫んだ直後、茶トラの猫人は粉砕の魔方陣が描かれたボードに魔石を打ち付ける。

 全力のシールドを展開するのと、地面が揺れるほどの爆発が起こったのはほぼ同時だった。


 茶トラの猫人がいた場所を中心として爆風が吹き荒れ、見物人が風圧で薙ぎ倒される。

 爆発音に驚いて子爵一家とデリックは座り込んでいるが、爆風は受けていないようだ。


 咄嗟だったが、シールドは垂直ではなく少し傾けて展開したので、なんとか爆風に耐えてくれたようだ。

 ただし、魔導車の後方にいた騎士は、爆風で馬ごと吹き飛ばされてしまった。


 爆発直後、真空状態のように辺りは静まり返ったが、直後に悲鳴と苦痛の呻き声に支配された。

 鄙びたフロス村のメインストリートは、爆発に巻き込まれた見物人が横たわり酷い有様になっている。


 あまりの出来事にラガート子爵家の騎士達も呆然としていると、通りの奥から黒尽くめの一団が姿を現した。

 手には銀色の筒を持っているのが見えた。


「子爵、魔導車に戻って下さい。奴ら魔銃を持っています!」


 ラガート子爵に声を掛けながら、前に出たところで黒尽くめの一団が撃って来た。


「ウォール!」


 子爵一家も魔導車も守るように、空属性魔法の壁を展開する。

 耐魔法強化の刻印入りだから、粗悪な魔銃程度ではビクともしない。


「雷!」


 先頭を走って来た黒尽くめの前に、死んだらゴメンね……程度に手加減なしの雷の魔方陣を展開する。


「あがぁぁぁ……」


 突然身体を硬直させた後、バッタリと倒れた男を見て、後続の連中の足が止まった。


「雷……雷……雷……」


 足を止めたとしても、今まで走ってきた奴らが完全に静止するはずがない。

 身体の近くに雷の魔方陣を展開してやれば、勝手に触れて勝手に倒れていく。


「ニャンゴ、後ろだ!」


 ナバックの叫び声に振り向くと、通りの反対側の奥から別の黒尽くめの一団が走り寄って来ていた。

 黒尽くめ達が銀色の筒を構えた所で、こちらも魔銃の魔方陣を展開して発射した。


 粗悪な魔銃の炎弾は、せいぜい直径30センチ程度で弾速も遅い。

 俺が撃ったのは、直径3メートルを超える炎弾だ。


 巨大な炎弾は黒尽くめ達の炎弾を飲み込んで、更には黒尽くめ達までも飲み込んだ。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!」


 悲鳴を上げて転がり回る黒尽くめ達の横で、俺の炎弾の魔素に当てられたのか粗悪な魔銃は次々に暴発し始めた。


「そっちは、お願いします!」


 後から出て来た連中は、全員が道に転がって身体に着いた火を消そうとしているので、後は騎士達に任せて残っている黒尽くめを片付ける。

 俺が撃った巨大な炎弾に恐れをなしたのか、魔銃を放り出して背中を向けていたが、勿論逃がすつもりはない。


 一人残らず雷の魔方陣を食らわせて、道に転がしてやった。

 突然始まった戦闘に怯え、爆風で怪我を負った人達も息を詰めて黙り込んでいたが、黒尽くめが全員倒れて静かになると、また痛みに呻き声を洩らし始めた。


 粉砕の魔方陣が第一波とするなら、最初の黒尽くめ達が第二波、反対側から来た連中が第三波になる。


 ギ────ン!


 これで本当に終わりなのか通りを見回していると、左目の死角でシールドが甲高い音を立てた。

 黒尽くめ達が倒れた時点で魔銃に備えたウォールは解除して、自分の周囲をシールドで囲っておいたのだ。


 視線を向けると通りに面した建物の屋根で、弓を構えた黒尽くめの男が目を見開いて固まっていた。

 必殺の一撃を見えない盾で弾かれたのがショックだったのだろう。


 ドリュッ!


 魔銃の三点バーストで撃ち落とすと、今度は後頭部のシールドが音を立てた。

 振り向きざまに、弓を握って逃走しようとする黒尽くめの男に三点バーストを食らわせる。


 同時にステップを使って屋根の高さまで駆け上がると、狙いを外された矢が足下を通り抜けていった。

 通りを挟んだ両側の建物の上には、五人の男が弓を構えて自分達と同じ高さまで駆け上がって来た俺に狙いを定めていた。


 パパパパパパパパ────ン!


 両腕を水平に開いた姿勢でターンしながら、2丁の魔銃をフルオートで連射する。

 俺の周りにはシールドが展開されていて、魔銃の魔法陣は両手の延長上だがシールドの外だ。


 黒尽くめ達の矢はシールドに弾かれ、俺の炎弾は男達を薙ぎ払う。

 両足を開いてターンを止めると、黒尽くめの男達は弓を投げ出して崩れ落ち、動きを止めていた。


 そのままステップに立って、通りを上から見下ろす。

 これで第四波も阻止したが、まだ髭がピリピリする。


 ゆっくりとステップを使って下りながら周囲を見回すが、特に怪しい奴は見当たらない。

 感情が高ぶっているだけで、俺の思い過ごしだろうか。


 魔導車の前方にいた騎士達は、黒尽くめ達の拘束を終えると、爆風で吹き飛ばされた同僚の救護にあたっていた。

 どうやら襲撃はこれまでのようだ。


 魔導車の前まで下りると、御者台からナバックが声を掛けてきた。


「ニャンゴ、終わったのか?」

「分かりません。まだ気を抜くのは早いような……」


 御者台に歩み寄って周囲を見渡していると、店から何かが飛び出して来た。

 猛然と魔導車に走り寄って来たのは黒い毛並みの猫人で、首から粉砕の魔法陣が刻まれたボードを下げている。


「シールド!」


 黒猫人が魔石をボードに叩きつけたが、爆発は起こらない。


「ラバーリング!」


 シールドはボードを囲うように展開して、直後に黒猫人の両腕と身体をラバーリングで拘束した。

 たぶん、誰かに自爆を強制されているのだろう。


 最初の爆発は防げなかったけど、今度は助けてみせる。

 拘束した黒猫人に駆け寄って魔石を奪い取り、首から下げた紐を切ってボードも投げ捨てた。


「もう大丈夫だ……」

「くっそぉ……よくも邪魔してくれたな、貴族の飼い猫め」

「えっ……?」


 叩きつけられた予想外の言葉を、俺は一瞬理解出来なかった。

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