第163話 もう一人の黒猫

 重篤な状態だったラガート子爵家の騎士の内、1人が息を引き取った。

 もう1人も予断を許さない状況が続いていて、子爵一行には同行させずワグカーチで治療を続けるらしい。


 息を引き取った騎士の遺体は、死亡した他の3人と一緒に運ばれ、レトバーネス公爵の屋敷近くで荼毘に付されるそうだ。

 焼かれて、骨にされ、更に砕かれて、遺品と共にラガート領へと戻る。


 そこまでの処置をするのは、アンデッドとして蘇らせないためだ。

 亡くなった騎士は皆、騎士としての役割を果たす中で命を落とした。

 その騎士が魔道に堕ちぬように、処置を行うのが最期の手向けなのだ。


 レトバーネス公爵の屋敷は、広い庭園の中央に建てられている。

 綺麗に刈り込まれた植え込みは、幾何学模様に配置され、水堀と共に調和の取れた風景を作り出していた。


 領主の屋敷なので、衛士の姿はあるものの、グロブラス伯爵の屋敷のような物々しい印象は無い。


「綺麗なお屋敷ですね」

「ここは綺麗なだけの屋敷じゃないぞ」

「そうなんですか?」

「あぁ、その違いが分からないならニャンゴもまだまだだな」


 レトバーネス公爵家の騎士が応援に来てくれたので、俺は馬車の上から御者台に戻っている。


「ここの植え込みは一見するとただの植え込みだが、中には頑丈な鉄柵が隠されているそうだ。植え込みの配置、堀の配置、通路の配置、東屋の配置……全てが計算されていて、守りやすく攻めにくい作りになっているそうだぞ」


 確かに目を凝らしてみると、植え込みの中に黒い柵のようなものが見える。

 鋭い棘が付いているらしく、乗り越えようとすれば相当痛い目をみることになるだろう。


 植え込みや堀を避けて通路を進めば、あちこちに点在する東屋からは恰好の標的にされるのだろう。

 能ある鷹は爪を隠すではないが、壮麗な庭園にして堅固な守りを隠している訳だ。


 一見すると、ごく普通の作りに見える屋敷も、同様の考え方で作られているらしい。

 例えば、窓の上の庇は、支えを壊して閂を落とせば窓を塞ぎ、たちまち屋敷を砦に変貌させるらしい。


「フレデリック、無事か?」

「あぁ無事だよ、アーレンス。だが騎士を4人も失った。これほどの襲撃は予想もしていなかった」


 出迎えに姿を見せたレトバーネス家の当主アーレンスは、ラガート子爵とは懇意の仲らしい。

 ラガート子爵とは同年代らしい獅子人で、いかにも王家の血を引いていそうな風格を感じる。


「詳しい話を聞かせてくれるか、反貴族派が急速に暴徒化しているようだ。他の貴族たちにも注意を促さないと、国が揺らぐような事態になりかねん」

「幸い、襲撃してきた連中の多くを生かしたまま捕らえられた。王都の騎士団に連行して取り調べをさせるつもりだ」

「フレデリック、騎士を荼毘に付すなら出立は明後日になるな。その間に、うちの者にも取り調べをさせてくれないか?」

「それは構わないが、まだ王都まで運ばねばならん。あまり手荒くするなよ」

「分かっている。だが、そいつは奴ら次第だな……」


 猛獣のごとく歯を剥いて笑うアーレンスに、子爵は苦笑いを浮かべていた。

 手枷を嵌められ、ロープで数珠繋ぎにされた襲撃犯どもは、屋敷の地下牢へと移された。


 馬車から降ろされて歩かされる間、騎士たちから乗馬用の鞭で容赦なく打ち据えられている。

 仲間の騎士を殺された怒りで、騎士たちは目を吊り上げていた。


 黒猫人も馬車から降ろされて、他の襲撃犯と同様に鞭で打たれて歩かされている。

 魔導車の横で眺めている俺に気付くと、顔を歪めて唾を吐き捨てた。


 生きているのだから話は出来るだろうが、話が通じるとは限らない。

 たぶん、俺とは相当異なった考えの持ち主だろうし、立場の違いが反発を招いている。


 黒猫人を見送っていると、何か違和感を感じた。


「あの猫人は、尻尾が無いのか?」

「あっ……」


 ナバックに言われて、黒猫人の尻には尻尾が無いのに気づいた。

 元々短いのか、それとも……今夜、面談をする予定だが、その話題には触れない方が良いのかもしれない。


 夕食の前に、ラガート子爵に呼び出されて、レトバーネス公爵に引き合わされた。

 襲撃の様子を説明するのには、俺からの説明が必要だからだろう。


「イブーロのBランク冒険者ニャンゴです」

「Bランク……?」


 自己紹介すると、公爵も同席した熊人の騎士も怪訝な表情を浮かべたが、子爵はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。


「ニャンゴのランクには偽りは無いし、Bランクに相応しい能力の持ち主だと私が保証しよう」

「ほぉ、それほどか……」


 子爵の言葉を聞くと、公爵は一転して獲物を狙うような視線を向けてきた。

 子爵と懇意にしているのだから、悪い人物ではないのだろうが、ゼオルさんやギルドマスターのコルドバスと似た雰囲気を感じる。


 襲撃の一部始終を語って聞かせると、当然のように空属性魔法の実演を求められた。

 まさか室内で魔銃の魔法陣は発動させられないので、シールドを作ってみせる。


「ほう、確かに空気が固まっているな……なるほど、強度もありそうだ……」


 公爵は見本用に作ったシールドに触れ、拳で軽く叩いてみてから、熊人の騎士に頷いてみせた。

 合図をされた騎士は、シールドの位置を手で確かめると、すっと距離を取ると腰のサーベルを抜き放った。


 ガギ――ン!


 鋭い踏み込みからの居合い斬りのごとき横薙ぎを跳ね返され、熊人の騎士は目を見開いている。


「これほどか……」


 驚きの声を上げた公爵に、腕組みをした子爵は自慢げに鼻を膨らませていた。

 シールドの強度が証明されたことで、それまでの俺の話にも信憑性が加わったようだ。


 夕食後、襲撃を行った黒猫人への面談が許可されたが、公爵家の騎士が同席するという条件が加えられた。

 万が一の逃走を防ぐために、取り調べは複数の担当者で行うのが公爵家の決まりらしいが、実際には俺が洗脳されないための措置なのだろう。


 面談は、公爵家の尋問室で行われた。

 床も壁も頑丈な石組みで、出入口は鉄の扉、明かり取りの小さな窓にも鉄格子が嵌められている。


 広さは10畳ぐらいだろうか、中央に頑丈そうな木製の椅子が置かれ、そこに後ろ手に拘束された黒猫人が座らされていた。

 椅子の大きさは、大柄な人種でも使えるサイズなので、ぱっと見では猫のぬいぐるみが置かれているようだ。


 衣服は脱がされ、トランクス一枚の恰好は、なんだか愛嬌がある。

 だが、俺たちが部屋に入ると黒猫人は途端に牙を剥いて顔を歪めた。


「何しに来やがった、貴族の飼い猫!」

「俺はイブーロのBランク冒険者でニャンゴ。あなたの名前は?」

「けっ、手前なんかに名乗る名前はねぇよ」

「自分たちの行動が恥ずかしくて名乗れないのか」

「なんだと、俺達の行動が間違ってるとでも言うつもりか」

「だから名乗れないんだろう?」

「けっ……カバジェロだ」


 カバジェロは、アツーカ村にいる上の兄貴と同じ年だった。


「カバジェロ、なんでラガート子爵を殺そうとしたんだ?」

「決まってる、貴族どものせいで貧しい連中が苦しんでるからだ!」

「貴族がいなくなれば、貧しい人もいなくなると思ってるのか?」

「当然だろう、年貢を納めなくて済めば、今よりもずっと暮らしは良くなる。貧しい連中だって飢えなくて済む、街に出て騙されなくて済む、慰み者にならなくても済むんだ! それを邪魔しやがって、貴族の飼い猫が!」


 唾を飛ばして喚きたてるカバジェロを見て、憎しみよりも哀れさを感じてしまった。

 想像でしかないけれど、兄フォークスと同じような……いや、それよりも悲惨な道を辿って来たのだろう。


「貴族の皆さんを殺しても、世の中は良くならないよ」

「ふん、貴族どもに操られやがって、どうせ金や飯で雇われてやがるんだろう」

「そうだよ、ギルドを通じたリクエストで護衛の依頼を受注している」

「ほらみろ、金で雇われた飼い猫め」

「仕事をすれば報酬をもらうのは当たり前じゃないの? 俺は子爵の家来じゃなくて冒険者だから、牧場からの魔物の討伐の依頼も受けるし、穀物倉庫のネズミ捕りだってやってきたよ」

「けっ、それでも貴族の味方をしてやがるじゃないか」

「引き受けた仕事だからね」

「あーはいはい、才能に恵まれた奴は、みんなそうやって俺らを見下すんだよな。俺たちは仕事をしてる、金をもらって当然だ……世の中にはなぁ、才能にも、力にも、働く場所にも恵まれない連中が一杯いるんだよ。お前らは、そういう連中を踏み台にして、楽に稼げる仕事して、自分たちは偉い、自分たちは凄い、選ばれた人間だと思っていやがるんだろう!」


 カバジェロからぶつけられる剝き出しの敵意に、一瞬ひるみそうになったが、ここで気圧されてしまっては今日までの自分の努力を否定することになる。


「そうだね。俺は結構凄いと思うよ」

「けっ、これだから恵まれた奴は……」

「ど田舎の村の小作人の猫人の三男坊の空属性が、そんなに恵まれてるの?」

「はぁ……?」

「まぁ、確かに俺達猫人にとって、この世の中は優しくはないな。それでも、やり方次第では人並みの生活は送れるだろうし、貴族を殺せば貧しい人が救われる……なんて理屈が通用するほど世の中は単純じゃないよ」

「そんなのは恵まれた……」

「何に? 俺が何に恵まれていたって? 俺も頭は良い方じゃないけど、自分の不幸を嘆いて他人の足を引っ張っているだけじゃ不幸からは抜け出せないと思うよ。貴族を殺しても、その下の金持ちが取って変わるだけでしょ。貧乏人は、貧乏のままじゃないの?」


 カバジェロとの最初の面談は、互いの主張をしただけの平行線で終わった。

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