第148話 風魔法の使い方
漁師小屋に戻ったセルージョから、兄貴とミリアムに厳命が下された。
「絶対に池の近くに行くな。お前達だと襲われたら丸呑みにされちまうぞ」
生簀を壊したのは大型の亀の魔物である可能性が高く、陸上では鈍重だが水中では想像を超える速さで動く場合もあると言われ、兄貴とミリアムは震え上がった。
依頼人のところにはライオスが足を運んでいて、村人にも不用意に池に近付かないように伝えるそうだ。
「明日は、俺とセルージョ、ガドは狩場作り、シューレとニャンゴで餌を調達してくれ」
ライオスが立てた作戦は、亀系の魔物に対する標準的な討伐方法らしい。
人家から離れた岸辺に狩場を設置して、そこに生餌を用意して魔物を陸上へと誘き寄せるそうだ。
池の周囲は、船着き場と生簀の辺りを除けば、どこも葦が生い茂っている湿地だ。
それでは足場が悪すぎるので、葦を刈り飛ばし、整地をするらしい。
「あの……俺にも整地を手伝わせてくれませんか?」
だいぶ拠点のメンバーには慣れてきたが、めったに自分から発言しない兄貴が手を挙げたのを見て、ライオスはニヤリと口許を緩めた。
「どうする、ガド?」
「勿論、大歓迎じゃぞ。ワシの仕事が楽になるからな」
「その代わり、フォークスがバクっとやられないように気を配ってくれよ」
「心得た……任せておけ」
「よしっ……」
狩場作りへの参加を許されて、兄貴は拳を握って気合いを入れている。
そんな兄貴を見て、羨ましそうな表情を浮かべたミリアムにシューレが声を掛けた。
「ミリアム、あなたは私と一緒に来なさい……」
「ふみゃ? わ、私もですか……?」
「嫌なら留守番してもらうけど……」
「うにゃうにゃ、行きます! 連れて行って下さい!」
「遊びに行くんじゃないから、気を引き締めなさい」
「はい!」
ミリアムも両手の拳を握ってやる気満々といった様子だけど、行くのは明日だぞ。
兄貴もミリアムも、今夜ちゃんと眠れるのかなぁ……。
翌朝、漁師小屋でシッカリ朝食を食べた後、チャリオットのメンバーは二手に分かれて行動を開始した。
俺はシューレ、ミリアムと一緒に手頃な魔物の生け捕りだ。
「じゃあ兄貴、気を付けて作業してくれよな」
「分かってる。ガブっとやられないように、ちゃんとガドやライオスの指示に従うよ」
兄貴とグータッチを交わして、俺達は池の近くの里山に向かった。
池の近くであっても、ゴブリンやコボルトは姿を見せる。
山に食べ物が無くなれば、村に現れて家畜や農作物、貯蔵している穀物などを漁り、場合によっては子供や年寄りを襲う。
前世の日本で言うならば、イノシシやクマと同じだろう。
この里山でも秋には巣の駆除が行われているそうで、今向かっているのは昨秋に駆除が行われなかったエリアだ。
「ニャンゴ、上から見て……」
「了解……」
シューレが足下の痕跡を探し、俺が高い場所から見渡すというコンビネーションが確立されつつある。
今日は、それに加えてミリアムにも探索をやらせるようだ。
「風を誘導して周囲から匂いを集めなさい。流量を絞れば遠くからも風を引き寄せられるわよ」
「はい、やってみます」
「風の匂いを嗅いで、濃密な獣の臭いを感じたら知らせなさい」
「はい!」
ゴブリンやコボルトは、風呂に入ったりしないので獣臭い。
一般のひとでも近くにいけば臭いと感じるし、鼻の利く猫人ならば猶更臭いと感じるはずだ。
討伐の依頼で探索を行う時、シューレは特に風向きを確かめることもせずに森に入っているが、実際には風属性の魔法を使い、風を読み、操り、自分達の匂いを消して獲物を探しているのだ。
俺も探知用のビットを配置して動かしていけば、遠くにいる獲物を見つけることが出来るが、深い森の中でシューレと対決したら、たぶん先に察知されてしまうのだろう。
だがミリアムは、今日やってみろと言われたばかりだから、思うようには探索を進められていないようだ。
臭いに集中すれば、足下が疎かになって転びそうになっているし、転びかけて足下に気を取られると、今度は風の流れを見失ってしまうようだ。
それでもミリアムは、必死に鼻をヒクつかせて、見えない魔物の臭いを探り続けている。
先行させていた探知ビットに反応があり、木立の間を見透かすと、何やら動く影が見えた。
知らせようと視線を向けると、目が合ったシューレが小さく首を横に振った。
たぶん、シューレも魔物の存在を捉えているが、ミリアムに経験を積ませるつもりなのだろう。
シューレは、ミリアムに悟られないように、自然な足取りで魔物の反応があった方向へと進んでいる。
俺達が反応を察知した場所から、3分の2程度まで近付いてもミリアムは臭いを捉えられない。
だが、半分程度まで距離が縮まろうとした時に、ミリアムが鋭く反応した。
「みゃ! シューレさん……」
「しーっ……声が大きい、悟られる」
シューレに咎められて、ミリアムは慌てて両手で口を塞いだが、興奮冷めやらぬといった表情を浮かべている。
「シューレさん、獣臭い空気が……」
「それは、どちらの方角から流れてきている?」
「あっちです」
「どのぐらい離れているか分かる?」
シューレの問いに、ミリアムは小さく首を横に振った。
「初めてにしては上出来よ」
「ありが……」
「静かに……私の後から付いてきなさい」
思わず喜びの声を上げそうになったミリアムだが、シューレに咎められて小さく頷いた。
里山の奥にまで踏み込んで来ているので、もう人の気配はしない。
魔物がいる場所からは風下だが、大きな声を出せば勘づかれるかもしれない。
シューレは頭上にいる俺に視線を向けると、手振りで回り込むルートを示す。
ここからは、俺も存在を悟られないように、木の幹に身体を隠しながら接近する。
反応の数は5つ、大きさからみてゴブリンだろう。
近づいていくと5頭のゴブリンが、倒木や落ち葉の下を掻き回し、虫を探していた。
今の時期、冬ごもりしている虫は、ゴブリンにとって貴重な食べ物なのだ。
シューレが手招きしているので、地上近くまで下りた。
「殺さずに倒せる?」
「たぶん、5頭いるから加減を変えてやってみる」
「打ち洩らしても良いからやってみて……」
「了解……」
殺さずに捕らえるならば、雷の魔方陣の出番だ。
殺さないように、最初は効果を少し弱めにしておく。
「ギィィィ……」
最初に雷の魔方陣に触れたゴブリンは、呻き声を上げ身体を痙攣させたが倒れなかった。
徐々に効果を強めていくと、2頭目は呻き声を上げて倒れ、3頭目は声すら上げずに倒れ、4頭目は瞬間的に身体を硬直させてぶっ倒れた。
シューレが姿を隠さずに近づいていくと、最初の1頭と残っていた1頭は、慌てた様子で逃げ去っていった。
群れと言うよりも、寄せ集めの集団だったのかもしれない。
厚く積もった落ち葉の上に倒れた3頭のゴブリンの内、最後に感電した1頭は事切れている。
シューレは用意してきたロープで、残った2頭の手足を手早く縛り上げた。
「運ぶよ……」
空属性魔法で台車を用意したと告げると、シューレはニンマリと微笑んだ。
「やっぱりニャンゴは有能……」
シューレに台車がある場所を示して一緒にゴブリンを積み込み、同じく空属性で作った路盤の上を押して行く。
池の畔までは緩い下りなので、殆ど力も必要としない。
「ど、ど、どうなってるんですか?」
初めて見るミリアムにしてみれば、ゴブリンが宙に浮かんで運ばれていくのだから驚くのも無理は無い。
アツーカ村にいた頃には、1人でシカやイノシシを狩って山から村まで運んでいたと言うと、ミリアムは口をアングリと開けて言葉をうしなっていた。
池の畔まで戻ると、狩場の準備もほぼ完了していた。
生い茂っていた葦を切り飛ばし、地面を隆起、硬化させた場所は、なだらかに池に向かって傾斜していた。
その一角だけ葦が無くなり、池に落ち込んでいく斜面がある様子は、まるで修繕用の船のドックのようだ。
その斜面の水際には太い杭が立てられている。
ライオスは、台車に載せられて運ばれてきたゴブリンを見て顔を顰めた。
「あんまり活きが良くないな……」
「今は、まだ痺れてるだけですよ」
「ふむ……それなら良いんだが……」
そう言うとライオスは、1頭のゴブリンを片手でヒョイと持ち上げると、手だけ縛った状態で杭に繋ぎ、傍らに白い塊を置いた。
「あれ、なんですか?」
「あれは塩の塊だ」
セルージョに言われて良く見ると、確かに塩の塊のようだ。
見ていると、身体が動くようになったゴブリンは、塩の塊を舐め始めた。
「あいつら馬鹿だからな、塩があると無くなるまで舐め続けやがる。そうすると……」
「喉が渇いて水を飲みに行くって訳ですね」
「その通りだ」
ゴブリンは後ろ手に縛られているので、顔を突っ込んで水を飲むしかない。
池に危険な魔物がいると知らされている訳ではないが、ゴブリンは恐る恐る池に近付いて水を飲んだ。
「ニャンゴ、射線には生簀も家も何もない。思いっきり魔法を撃ち込んで構わないぞ。勿論、ゴブリンごとで構わないからな」
「はい、了解です」
狩場の先の水面には、俺達が戻って来る前に鶏のブツ切りを放り込んであるそうだ。
そこにゴブリンが水飲み行動を繰り返す……果たして上手く亀の魔物は現れてくれるだろうか?
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