第147話 水辺の依頼

 俺が振動の魔方陣を教わった理由は、ただ一つ……。

 超振動ブレードを作るためだ。


 厚さ3ミリ、刃渡り50センチ、刃幅10センチの空属性で作った片刃の剣。

 その剣身の鍔元から刃先まで、ズラリと振動の魔方陣が組み込まれている。


 この全部で8個の振動の魔方陣によって、剣身は超振動……してにゃぁぁぁぁぁい!

 振動はしている、しているのだが1秒間に60回ほどだ。


 この振動数では、マッサージ機にもなりやしない。

 当然切れ味が上がるはずもなく、微妙に震える変な剣でしかない。


 超振動ブレードが実現出来ない理由は、魔法陣の振動数は厚さに比例するからだ。

 魔法陣の大きさも振動数には影響しない。


 それどころか、魔法陣の精度も振動数には殆ど影響を及ぼさないらしい。

 なぜそのような特性を持つのか理由は分からないが、時計に利用するには非常に都合が良い、


 カリタラン商会の職人さんに聞いた話では、一定以上の精度で作れば決まったペースで振動するが、魔石の消費量や耐久性、長期間使った時の狂いなどに違いが出るらしい。

 職人さんは高い精度で魔法陣を刻み、厚みを調整することで時計の進む早さを調整しているそうだ。


 俺が本気で練習を重ねれば、高い精度の振動の魔方陣を作れるだろうが、それだけでは時計の役目は果たさない。

 複雑な内部構造があって、初めて時間を表示できる。


 魔法陣を高い精度で作れるようになったが、さすがに空属性魔法でも時計の中身までは作れない。

 振動の魔法陣を教えて欲しいと言ったとき、レンボルト先生がちょっと微妙な表情を浮かべたのは、こうした特性があるからだろう。


「はぁ……マッサージ機なら作れそうだが、超振動ブレードは実現出来ないか」


 結構期待していただけに、ちょっとガッカリした。

 超振動ブレードが実現出来たら、デスチョーカーに応用してタイプWRに進化させようと思っていたのに……。


 3日間の休みの後、ライオスが受注してきたのは、ラージェ村での討伐の依頼だった。

 ラージェ村はイブーロの南西、ラガート子爵の城に行く途中にある。


 大きな池の畔にあって漁業が盛んで、その池に設置された生簀が何者かによって壊されているらしい。

 元々、池には大きな魔物は住んでいないはずなので、どこからか移動してきたか、あるいは誰かの嫌がらせの可能性もあるようだ。


「ラージェ村は、マルールで儲かっているらしい……」

「ライオス、早く行こう。マルールの漁を邪魔する奴は、絶対に許す訳にはいかない」


 あのホロホロとほぐれる極上の白身が食べられなくなったら、生まれて来た事を後悔させてやる。


「ニャンゴ、張り切るのは良いが、場合によっては水中の大きな魔物と戦うことになる。近くには漁に関係する施設があるかもしれんし、陸上とは勝手が違うから相応の準備をしておいてくれ」

「はい、分かりました」


 と言ったものの、水中の敵を攻撃する手段は限られてしまう。

 身体の一部が水面に出ているなら、魔銃や粉砕の魔法陣で攻撃出来るが、水中に潜られてしまうと、攻撃が届かなくなってしまう。


 水の抵抗というものは、馬鹿にならない。

 水面から銃弾を撃ち込んでも、1メートルも進むと急激に速度を落してしまう。


 魔銃の魔法陣を使っても、かなり規模を大きくしないと効果が得られないだろう。 

 雷の魔方陣は威力を発揮出来そうだが、近くにマルールの生簀があるのでは使えない。


 守るべきマルールが、感電死したら本末転倒だ。

 とりあえず、ラージェ村に着くまで色々と考えてみよう。


 ラージェ村には、兄貴やミリアムも一緒に向かう。

 兄貴は、現地での拠点の設営に役に立つし、拠点に来たばかりのミリアムを1人残していく訳にもいかないからだ。


 まぁ、猫人が二人増えたところで、屈強な冒険者1人分にもならないから大丈夫だろう。

 シューレは両腕で兄貴とミリアムを抱えて、表情を蕩けさせている。


 その表情でスーハーしていると、凄く危ない人に見えるから馬車の外では止めてほしい。

 イブーロを朝に出発すると、ラージェ村には昼過ぎには到着できた。


 依頼主の所に出向くと、宿泊場所として漁師小屋を提供してくれた。

 少々手狭ではあるが炊事場も付いているし、野営の準備はほぼ必要なくなった。


 出番が減った兄貴はションボリと肩を落としていたが、ライオスに頼まれて嬉々として風呂を作り始めた。

 漁師小屋には炊事場はあっても風呂は付いていなかったのだ。


 鼻歌まじりに作業を進める兄貴を、ミリアムは微妙な表情で見詰めていた。

 諦めたまえ、今の君ではシューレから逃れることなど不可能なのだよ。


 漁師小屋の支度をガドと兄貴、ミリアムに任せて、俺達は壊された生簀を見に行く。

 生簀は、湧水が集まった小川が流れ込む所に設置されていた。


 ここ以外にも小川が流れ込む場所があり、その周囲の水は澄んでいるように見えるが、池の中で水が湧いているのではないので、中央付近の水には濁りがあるそうだ。

 マルールは、泥の積もった湖底に生息しているそうで、捕らえた後で生簀で数日間泥を吐かせてから出荷するそうだ。


 その生簀の一つが、無残に壊されていた。

 浮きとなる丸太に網を縛り、網で囲われた所にマルールを放していたようだが、一部の丸太が強い力で折られて網が引き千切られていた。


「ライオス、あの壊れ方だと魔物の可能性が高いのでは?」

「まぁ、そうだな。だが魔物だと決めつけて掛かるなよ。魔物だと思わせた人の犯罪かもしれんからな」

「なるほど……」


 だが、ライオスは念のために言っているのだろう、丸太に残された爪痕は、とても人の手によるものとは思えない。

 ライオス達は、生簀がある辺りの岸辺を入念に調べていたが、痕跡のようなものは見つからなかった。


「ライオス、回ってみるか?」

「そうだな、今日のうちに見ておこう」


 セルージョの提案で、池の周囲をグルっと見て回る。

 生簀や船着き場などが無いところは、冬枯れた葦が生い茂り、何かが隠れるには格好の場所のように思える。


「ニャンゴ、葦が茂っている上を歩いて、不自然に倒れている場所が無いか見てくれ」

「分かりました」


 ライオス達では、池の中にまで踏み込んで行かないと確認出来ないが、俺ならステップを使って上から観察できる。

 20分ほど見て歩くと、葦が倒れている場所があった。


「ライオス、こっちで葦が倒れている。岸辺の方から続いてるみたいだ」

「どこだ? あぁ、ここだな……ニャンゴ、水辺まで続いてるか?」

「はい、続いています」

「水辺の葦は、どちらに向かって倒れている?」

「池に向かって倒れている感じです」

「よし、分かった。次に行こう!」


 こうした葦が倒れている場所は、他にもいくつか見受けられたが、みんな葦は池に向かって倒れていた。

 ライオス曰く、住民が小魚やエビを獲るために分け入った跡らしい。


 池の北側から回り始めて3分の1を過ぎた辺りで、今度は池から出て行く小川があった。


「ニャンゴ、ちょっと戻って来い!」


 セルージョに呼ばれて戻ると、ライオスやシューレも川原に下りて痕跡を調べていた。


「ライオス、こっち……」

「どこだ、あぁ、間違い無さそうだな」


 シューレが指差している所は、自然に出来た堰のような場所で、そこを乗り越える時に付いたと思われる爪痕が残されている。

 それを見たセルージョが不満そうに言い捨てた。


「かぁ……ドン亀かよ……」

「ドン亀……?」

「あぁ、爪痕の脇を見てみろ。甲羅を引き摺った跡が残ってんだろう」


 確かに爪痕の間には、何かを引き摺ったように地面が抉れていた。


「亀と弓使いは相性最悪だからな……」

「これ、随分大きくないですか?」

「そらそうだろう、あの生簀をぶっ壊した奴だぞ、小さい訳がねぇ」


 クッキリ残っている爪痕と爪痕の距離は、俺が両手を広げたよりも離れていそうだ。

 前世日本なら、こんな寒い時期には亀は活動せずに冬眠しているはずだが、そんな常識は魔物には通用しないのだろう。


「ロックタートルか、バイトタートルか……いずれにしても陸地に引きずり上げる方法を考えないとだな。どうするよ、ライオス」

「そうだな、まずは実物を拝みたいところだが……」


 亀系統の魔物は、水の中では意外な程に素早く動くが、陸地に上がってしまうと身体の重さが災いして動きが遅くなる。

 通常、こうした魔物を討伐する際には、水の中から追い出して火属性の魔法などで焼き殺すのが一般的らしい。


 一刀のもとに首を斬り落とせれば、それが一番良い討伐方法なのだが、余程素早く仕掛けないと甲羅に引っ込んで出て来なくなるそうだ。

 甲羅に閉じこもられると、余程の達人でもない限り、単独で撃破するのはほぼ不可能だ。


「そんなに固いんですか?」

「俺の弓では弾かれるだけだし、火炙りにするしか倒しようがねぇ。おっと、今回はニャンゴがいるから素材をガッチリ得られそうだな」


 生半可な攻撃では傷すらつかないような甲羅は、防具の素材として珍重されているが、火炙りにしてしまうと価値が無くなってしまう。


「ニャンゴ、ワイバーンを倒した、あの魔法で甲羅に風穴を空けてやれ」

「その為にも、陸上に引っ張り上げないと駄目ですね」


 漁師小屋への帰り道、ライオスとセルージョは水中に潜んでいると思われる魔物を誘き出す作戦を話し続けていた。

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