第146話 魔道具商会
ミリアムが魔力切れで倒れた後、拠点で昼飯を済ませてから街へと出掛けた。
向かった先は、レンボルト先生と共同で魔道具の開発を進めているカリタラン商会だ。
一般客にも販売もしているそうなので、どんな魔道具が売られているのか見ておきたくなったのだ。
ついでに、兄貴が仕事で使うための水の魔道具も購入したい。
カリタラン商会は、ギルドから市場へと向かう道沿いの商店が集まる一角にあった。
表通りに面した場所が、魔道具の販売を行う店舗で、裏手で魔道具の作製や開発を行っているそうだ。
店の中には冒険者風の客もいれば一般の客もいて、どちらの要求も満たす魔道具の品揃えを誇っているらしい。
店先に並べられている魔道具は、どれも魔力を流す部分に封がしてあり、試してみたい者は店員の許可を得る必要があるようだ。
試してみたい商品があれば、店員に頼んで試させてくれる場所も用意されているらしい。
冒険者なら買い求める前に性能を確かめておきたいと思うだろうが、火や水の魔道具を店の中で試す訳にはいかないからだろう。
店先に並べられている主な魔道具は、明かり、水、火、冷蔵、撹拌、時計などだ。
風呂場や台所に据え付けるタイプのものは、ここには置かれていないようだ。
目的の水の魔道具を見てみたが、思った以上に色々な種類があった。
とことん小さく携帯性を重視したものは、使い捨てライターぐらいの大きさで、首から下げられるようになっていた。
そこから魔法陣の大きさによって、魔道具自体の大きさも変わっていくが、これは流れ出る水の量に違いがあるのだろう。
魔道具自体の大きさの違いの他に、水を貯める容器と一体になっているものも売られている。
マグカップと一体になっているものや、鍋と一体のもの、洗面器やバケツと一体のものなどだ。
いちいち井戸まで水を汲みにいかなくても、ドンドン綺麗な水を使えるのだから、使った水を流す場所さえあれば、ものすごく便利だ。
兄貴が使うとすれば、手を洗ったり、雑巾を濯いだりするのに容器が一体の物の方が使い勝手が良いだろう。
ただ、猫人以外の者がバケツとして使う大きさでは、俺達では大きすぎる。
小ぶりの鍋ぐらいのサイズを物色していたら、羊人の女性店員さんに声を掛けられた。
「失礼ですが、冒険者のニャンゴさんでいらっしゃいますか?」
「みゃ? そうですけど……何か?」
「お時間がございましたら、店の奥にいらして下さいませんか? 店主がお会いしたいと申しております」
「俺に……ですか?」
「はい、レンボルト先生の研究に協力なさっていると伺っております」
「はい、昨日も試作品の魔道具を見せてもらいました」
「そうでございますか。できれば直接ご意見を伺いたいのですが……」
「いいですよ。俺も聞きたいことがありますから」
「では、こちらにどうぞ……」
店員さんに案内されて、カウンターの奥にある応接室へと向かった。
待っていたのは、40代ぐらいの馬人の男性だった。
「これはこれは、ニャンゴさん。ようこそいらっしゃいました。私がカリタラン商会の主、ルシオです。お見知りおきを……」
「ニャンゴです、初めまして」
「ささ、お掛けになって下さい」
ルシオに促されてソファーに座ると、すかさずお茶とお菓子が出された。
ふわりと鼻をくすぐる香りは高級そうな感じがするし、一緒に出されたパイは見るからにサクサクしていそうだが……食べ物に釣られるような安い人物に見られないように、今は我慢……我慢……。
「こうして御足労いただいたのは、どうしてもニャンゴさんに御礼を申し上げたかったからです」
「御礼なんて、別に俺は……」
「とんでもない。ニャンゴさんは、魔道具にとてつもない革命をもたらしたのですよ」
「か、革命ですか……?」
「そうです、革命です!」
ルシオは用意していた魔道具をテーブルの上に並べると、興奮気味に語り始めた。
「ニャンゴさん、これが何の魔道具かお分かりになりますか?」
「その魔法陣は明かりですね」
「そうです、こちらが従来使われてきた明かりの魔道具になります」
ルシオが指し示したのは、スマホ程度の大きさの板に明かりの魔法陣が刻まれたものだ。
魔法陣の部分には魔力を通しやすい材料が使われていて、導線となる部分から魔力を流すと明かりが灯る仕組みになっている。
「ごらんの通り、これまでの魔道具では、この表面の部分が光るだけでした。そして、こちらが試作途中の明かりの魔道具です」
次にルシオが取り出したのは、懐中電灯のような形の物とランタンのような形の物だった。
「レンボルト先生からお話を受けて、我々は初めて気が付きました。魔道具の魔法陣は表面だけでなく全体が作用しているのだと……。例えば、明かりの魔法陣であれば、表面だけでなく側面も裏面も光を放っています」
「あっ……なるほど。中空の魔法陣にすれば、光っている全体を活用できるから、同じ魔力でも明るくなるんですね」
「そうです、そうです、その通りです! こちらは立体型にした明かりの魔道具の周囲を磨いた金属板で囲ったものですが、同じ魔法陣を使ったものよりも倍ぐらい明るいです。そしてこちらは長く筒状にした物ですが、この通り周囲全体を照らせます。このような形は、従来の魔道具で成し得なかったものです」
これまで、魔道具の魔法陣とは、土台となる材質の中に埋め込まれているものという先入観が強く根付いて、俺が空属性で作るような筒状にしようと考える人はいなかったそうだ。
発光体、発熱体、冷却体などの形が変われば、当然用途も広がるし、これまでの倍近い効率となれば買い替え需要も掘り起こせるのだろう。
「なるほど……空属性魔法で魔道具を形作っている俺にとっては当たり前のことなんですが、魔道具の職人さんから見たら異常だったんですね」
手元に空属性魔法で明かりの魔道具を作って見せると、ルシオは目を見開いて感動に声を震わせた。
「おぉぉ……素晴らしい! これが空属性の魔道具……これこそが究極の魔道具ですよ」
ルシオはソファーから立ち上がると、空属性の明かりの魔道具を上から、横から、下から、目を皿のようにして眺め始めた。
「いや、素晴らしい。本当に素晴らしい。これほどまで精緻な魔法陣を一瞬で形作るとは……恐るべき才能ですね。これは頭の中で、魔法陣の形をイメージしているのですか?」
「はい、その通りです。なるべく鮮明にイメージしないと、上手く発動してくれません」
「そうでしょう、そうでしょう。魔法陣の精度は、魔道具の性能に大きく関わってきます。粗雑な形のものは魔力の消費が大きく、耐久性にも劣ります」
「以前、粗悪な魔銃を見たことがあります」
「あぁ、例の学校が占拠された事件ですね。私どものところにも、解析の依頼が来ましたが、あれは酷いものでした。元々、魔銃の魔法陣は他の魔法陣に較べて複雑です。万全の性能を発揮させるには、腕の良い職人の存在は不可欠ですね」
確かに、魔銃の魔法陣は複雑で、俺もしっかり発動させられるまでギルドの射撃場で練習を重ねた。
ということは、俺は腕の良い魔道具職人にもなれたりするのだろうか。
「いやいや、良い物を見せていただきました」
「あの……もしよろしければ、工房を見学させていただきたいのですが……」
「勿論、結構ですよ。その前に……あぁ、お茶が冷めてしまったようですね。今、淹れ直させ……」
「いえ、熱いのは苦手なので少し冷めていた方が……いただきます。うん、美味しい……」
「それは何よりです。よろしければ、お菓子も召し上がって下さい」
「ありがとうございます」
お茶は予想の範疇だったので、驚きはしなかったが良い味わいだった。
では、パイの方も……。
「うみゃ! パイがサックサクでクリームが濃厚で、うみゃ!」
「これはこれは、お気に召していただけたようで……後で包ませますので、帰りにお持ち下さい」
「にゃにゃ、ホントに! んー……うみゃ!」
我に返ったのは、パイを堪能し終えて、お茶を一服して落ち着いた後だった。
うにゅぅ……大人な冒険者への道は遠い。
この後、案内して貰った工房は、まさに職人達の仕事場という感じだった。
今は、新しい魔道具の試作を重ねている一方で、従来型の魔道具の作製も続けているらしい。
比較的小さなサイズの魔道具を作っているのは若手の職人で、奥で大きな魔道具の作製に携わっているのはベテラン職人のように見える。
その中でも気になったのは、魔導車だ。
「あれは魔導車を作っているんだと思いますが、動力は何の魔道具なんですか?」
「魔導車の心臓部は、撹拌の魔道具ですよ」
「えっ、撹拌の魔道具って、あの料理に使う?」
「そうです。密閉した筒型の容器に羽根車と撹拌の魔道具を仕込み、粘度の高い油を回転させることで動力を取り出しています」
「魔道具の制御は、作動と停止だけですか?」
「そうです。手許のスイッチで作動と停止を行っています」
「それだと急発進したり、急停止したりしませんか?」
「撹拌の魔道具を作動させても、すぐに渦が出来る訳ではありませんし、出来た渦によって羽根車を回して動力を取り出すので、急激に回り始めることはありません」
確かに撹拌の魔道具が付いた容器に水を入れ、魔法陣を発動させても渦が出来上がるまでにはタイムラグがある。
粘度の高い油でも、それは一緒なのだろう。
急発進せず、かと言ってモタモタしていると感じさせないように、魔法陣の大きさ、油の粘度、羽根車の形など、様々な工夫が重ねられているそうだ。
空属性魔法で活用するには、構造が少し複雑だし、油は用意しなきゃいけないし、少しハードルが高そうだ。
この後、職人さんを交えて魔道具談義をして、水の魔道具とパイをお土産にもらってカリタラン商会を後にした。
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