第149話 ロックタートル

 1日目、亀の魔物は姿を見せなかった。

 囮として杭に繋いだゴブリンは、日が暮れた後もそのまま放置する。


「夜も交代で見張るんですよね?」

「いや、まぁ見張りはするが、倒せたら倒す……ぐらいの感じだな」


 俺としては、マルールを守るために一刻でも早く倒したいと思っているのだが、ライオスからは闘志が感じられない。


「えっ……倒さないんですか?」

「倒せれば倒しても良いが、まずは相手の正体を見定めること。それと、ここに餌があると分からせることの方が重要だ」


 チャリオットが用意した狩場を餌にありつける場所だと認識させれば、他への被害は軽減できる。

 そして相手の正体が見定められれば、もう1頭のゴブリンを使って万全の体制で討伐に臨める。


「むしろ、中途半端に仕掛けて、ここには罠があると悟られたくない。仕留めるならば、一気に確実に息の根を止める」


 結局俺は、討伐の要だからと見張りの当番からも除外されてしまった。

 1人で逸って打ち損じたりしないための配慮なのだろうが、子供扱いされているように感じてしまう。


 まぁ、シッカリ夕食を食べて、風呂に入ってから毛布に包まれば、そのまま朝まで目を覚ませなかったのも事実だ。

 そして、朝までに囮に使った最初のゴブリンは、魔物の腹の中へと姿を消した。


「魔物の種類はわかりましたか?」

「おぅ、ロックタートルだ。かなりの大物だぞ」


 ロックタートルはゴツゴツした固い甲羅を持つカメの魔物で、今回の個体は甲羅の長さだけで大人の2人分以上あるそうだ。


「水を飲もうとしたゴブリンの上半身が、一瞬で食い千切られて無くなっちまった」


 襲撃の様子を語るセルージョの口振りからして、ロックタートルが姿を現していたのは本当に一瞬だったようだ。

 水中から飛び出してゴブリンを噛み千切り、すぐに水に潜ってしまったらしい。


 果たして、そんな速い動きの相手を捉えて魔銃の魔法陣を撃ち込めるだろうか。

 これから魔物が飛び出してきます……なんて状況ならば待ち構えていられるが、いつ襲って来るのかも分からない相手を何時間も待った後に、一瞬を捕らえてられるか自信がない。


「ふふん、その様子じゃ仕留める自信が無さそうだな」

「そ、そんなことは……ちょっと心配なだけですよ」

「安心しろ、ニャンゴ。狙うのは2度目だ」

「えっ、2度目……ですか?」

「そうだ、突然現れる相手を的確に仕留めるなんざ達人でもなきゃ出来やしない。達人技に挑んで、成功すれば称賛されるだろうが、失敗すれば全ての準備が無駄になる。それならば確実な方法を選ぶのが頼られる冒険者ってもんだ」

「はぁ……」


 良く意味が分からなかったのだが、話しの続きを聞いて納得した。

 ロックタートルは、もう一度姿を現したのだ。


 最初の襲撃でゴブリンの上半身を食い千切ったが、下半身は狩場に残されていた。

 その下半身を飲み込みに来た時は、最初に姿を現した時よりも動きが緩慢だったらしい。


「たぶん、最初の襲撃は相手が生きているから素早く食らい付き、二度目はもう死んでいると判断したから急がずに食ったって感じだろうな」

「なるほど、それなら2度目に姿を現した時を狙って仕留めれば良いですね」


 いきなり飛び出して来る瞬間は捉えられないが、直後に姿を現すならば当てられるだろう。

 あとは、何処を狙うかだ。


「ロックタートルの甲羅は固いなんてものじゃない。剣や槍、矢も通さないし、固さだけならワイバーンよりも上だろう」

「俺の魔銃でも貫けませんかね?」

「どうだろうな。貫けるかもしれないが、それよりも確実な方法がある」

「どこか弱点があるんですね?」

「そうだ。首の付け根、前腕との間には甲羅が無い。そこを狙って撃ち抜け」


 この甲羅が無い部分も、首を引っ込めてしまうと殆ど見えなくなってしまうそうだ。

 亀系統の魔物を討伐する場合には、この弱点を集中的に攻めるのが常道だが、初撃を外すと二撃目は防がれてしまうことが多いらしい。


 初撃が弱くても逃げられてしまうので、強い攻撃を確実に当てる必要がある。

 今回は、向かって右斜め前から俺が狙い、逆側からはシューレが狙う二段構えだ。


 昨晩、ロックタートルが姿を見せたのは、日が沈み、月が高く昇った頃だったそうなので、少し早めの夕食を済ませ、準備を整えてから囮のゴブリンを杭に繋いだ。

 杭に繋ぐ前に塩を与えていたそうで、すぐにゴブリンは池に水を飲みに行った。


 それを見て、ライオスが声を掛けて来る。


「ニャンゴ、油断するなよ。ゴブリンが水を飲みに行ったら構えていろ」

「了解です!」

「水辺から離れて動かない時は、少し緊張を解いていろ。いずれにしても、二度目に現れた時が勝負だ。良く狙え」

「はい!」


 ゴブリンは、昼前に餌を与えて箱に閉じ込めておいた。

 囮を務める時間に、活発に動くようにするための措置だ。


 昼間は眠っていたのだろう、そろそろ腹も減って来ているらしく、ライオスが時々塩の塊を投げると、すぐに食らい付き水を飲みに行く。

 空腹を塩と水で誤魔化しているようにも見えるが、それが俺達の狙いでもある。


 日が落ちるとグッと気温が下がって来るが、空属性魔法での防寒は禁じられた。

 代わりに、俺は兄貴と一緒に毛布に包り、シューレはミリアムを抱えて暖を取る。


 高性能猫人ウォーマーが一緒ならば、真冬の夜も暖かだ。

 ライオスやセルージョ達も、一塊になって寒さをしのいでいる。


 火を焚いてしまうと、匂いでロックタートルが警戒して、二度目に姿を現さない恐れもあるからだ。

 池の上空は雲一つない星空で、地表の温度はドンドン奪われていく。


 ゴブリンもガタガタと震えながら、それでも塩を舐め、水を飲みに池に近付いて行く。

 両腕を後ろで縛られているゴブリンが、冷たい地面に這いつくばるようにして、池に顔を着けた時だった。


 月明かりに照らされ、鏡のように凪いでいた水面が突如として盛り上がり、大きな口がゴブリンの上半身を飲み込んだ。

 ガチンという音と共にゴブリンの身体は、ロックタートルの嘴で輪切りにされて消失する。


 ロックタートルが巻き上げた池の水が、俺達の所にまで押し寄せてきた。

 セルージョが見た時は、ゴブリンの上半身を飲み込んだ後、ロックタートルは一度池に姿を消したそうだが、今は池に戻る気配を見せてない。


 そのままロックタートルは、狩場に落ちたゴブリンの下半身に齧り付こうとする。


「撃て!」


 鋭いライオスの号令に瞬時に反応し、魔銃の魔法陣を展開した。

 ドンっいう重たい音を残して、炎弾は狙いを過たずロックタートルの首の付け根に命中する。


 そのまま炎弾は後ろ脚の辺りから突き抜け、池の水を盛大に吹き飛ばした。

 それと同時に、ロックタートルの首筋から血しぶきが上がる。


 シューレが放った風属性魔法も深々と首筋を切り裂いたようだ。

 ロックタートルは、ゴブリンの下半身に齧り付こうと少し傾けた首を地に落とすと、そのまま動きを止めている。


 俺の炎弾が吹き飛ばした池の水が、ザーっと通り雨のように降り注いだ後、周囲は静寂に包まれた。

 動きを止めたロックタートルの首筋から脈打つように吹き出す血の量は、目に見えて減り続けている。


「ガド、頼む……」

「任せておけ」


 ライオスが合図すると、ガドは狩場の地面に両手を付いて土属性の魔術を発動した。

 すると、それまで池に向かってなだらかに傾いていた狩場の地面が隆起して、ロックタートルの身体も完全に水の中から姿を現した。


 俺の横まで歩み寄って来たライオスは、ロックタートルの傷口を眺めて小さく唸った。


「どうかしましたか?」

「あぁ、少し計算違いをしていたようだ」

「計算違い……ですか?」

「この射線だと、魔石が砕けちまったかもしれん」

「あー……確かに」


 魔物の魔石は、心臓の近くにある器官に包み込まれている。

 ロックタートルの構造には詳しくないが、俺の撃った炎弾は身体の中心部を斜めに通過して後ろ脚の上辺りから抜け出ている。


「まぁ、解体してみないことには、何とも言いようが無いが……」

「ライオス、丸ごと積み込んでギルドの連中に任せちまおうぜ」

「そうだな、そうするしかないな」


 セルージョの言う通り、甲羅だけで4メートルを超えていそうなロックタートルは、専門知識の無い俺達では解体できそうも無い。

 それに、炎弾が貫通した場所はあるが、甲羅を火炙りにしていないので高値が付くはずだ。


 水飛沫を浴びて、びしょ濡れになってしまったので、ついでに積み込み作業を済ませた。

 チャリオットの馬車は、棟木を伸ばして荷台を延長できる構造になっている。


 それに加えて幌の骨組みを減らして、ようやくロックタートルを積み込めたのだが、重量的にはギリギリっぽい感じだ。

 積み込みの作業中や帰り道では、ロックタートルに密着させるようにして重量軽減の魔方陣を発動させておいたので、無事にイブーロまで帰り着けた。

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