第144話 拾い物?

 ラガート子爵から、正式に俺宛のリクエストが届いた。

 王都に向けて出発するのは3月の初めで、まだ1ヶ月半ほど先の話になる。


 それまでの間は、チャリオットの一員として通常の依頼をこなしていく予定だ。

 子爵からの招待の後、2件の討伐依頼をこなしてオーク2頭を仕留めた。


 その内の1頭は黒オークで、後処理もバッチリ行ったので高値で買い取ってもらえた。

 最近は、セルージョが交渉テクニックを発揮するまでもなく、チャリオットが討伐したオークには、買い取り担当者の方で良い値段を付けてくれるらしい。


 討伐の仕事を連続して順調にこなし、3日間チャリオットとしての活動は休みとなったのでレンボルト先生を訪ねた。

 まだワイバーン討伐の話をしていなかったのだ。


 魔銃や粉砕の魔法陣を教えてもらわなければ、ワイバーンは倒せていない。

 本来は、帰ってきた直後の休みに訪ねるべきだったが、自分の都合を優先した形になってしまっている。


 学校から足が遠のいている理由の一つは、校門で警備にあたっている兵士達の対応だ。

 貧民街の悪党どもによる占拠事件の解決に協力して以来、顔パスで入れるようになったのは良いのだが、握手攻めにされ撫でまわされるようになってしまった。


 レイラさんやジェシカさんに撫でられるならまだしも、ゴッツイ兄ちゃん達に撫でられるのは勘弁してもらいたいと思っていたのだが、この日は対応が少し違っていた。

 顔パスなのは今まで通りだけど、握手も撫でも無く、ビシっと敬礼されてしまった。


 撫でられないのは良いとして、これはこれで少々気恥ずかしい。

 もしかして、ワイバーンを討伐したことが影響しているのだろうか。


 授業を終えて戻ってきたレンボルト先生は、研究棟の前にいる俺に気付くと、凄い勢いで走ってきた。


「やぁ、ニャンゴ君、やっと顔を出してくれたね」

「ご無沙汰してしまって申し訳ありません」

「さぁ、僕の部屋に行こう。見てもらいたい物があるんだよ」

「見てもらいたい物……ですか?」

「あぁ、温風機の試作品なんだけどね。なかなかの出来栄えだと思うよ」


 足の踏み場も無いほどに、資料などが置かれた部屋で見せてもらったのは、俺が空属性で作っている魔法陣を参考にした新しいタイプの魔道具だった。

 これまでにも、風の魔道具は存在していたのだが、石版や金属板に刻んだ魔法陣の形の溝に魔力を通しやすい素材を粉状にして物を詰め、固めたものが主流だった。


 この形だと、板から風が吹き出す形なので、重ねて出力を上げたり、別の魔法陣と組み合わせるのが難しかった。

 一方、俺が空属性魔法で作っている魔法陣は、中空の筒型なので、幾つか重ねて出力を増したり、別の魔法陣と組み合わせることが出来る。


 ドライヤーや布団乾燥機は、風の魔法陣と温度調節の魔法陣を重ねたものだ。

 今回の試作品は、俺のやり方を真似た作りになっていた。


 魔法陣を筒状の形にして、支えが必要な部分には魔力を通さない素材を使って形と強度を保っている。

 風と温度調節の魔法陣を納め、持ち手を付けた試作品は、前世で使っていたドライヤーをゴツくしたような大きさだった。


「ここに、魔石をセットして、ここを押し込むと作動する」

「おぉ、温風が出ますね」

「どうだい、なかなかの物だろう。試作を担当してくれた商会では、もう少し改良を加えてから売り出すそうだよ」

「そうですか……これは、濡れた髪を乾かすものですよね?」

「そうだけど、何か問題があるかね?」


 キチンと温風が出て来るので、ドライヤーとして機能はしているが、使い勝手の面では今ひとつどころか、今みっつぐらいの出来栄えだ。


「これは風の魔法陣と温度調節の魔法陣を1つずつ使っていますが、出来れば風は3つ、温度調節は2つ使う形の方が良いと思います」

「魔法陣を増やす……どうしてだね?」

「そうすると、風の強さや温度を調整出来るので、使い勝手が良くなるはずです」


 ドライヤーを実際に使う状況を交えて説明すると、レンボルト先生は感心しきりといった様子だった。

 そもそも、ドライヤーが存在していないので、温風をあてて髪をセットするという考えが無いようだ。


 試しに、ボッサボサだったレンボルト先生の頭を空属性で作ったブラシと温風の魔道具でセットしてみせると、いたく感激されてしまった。


「ニャンゴ君、これは革命だよ! 改良版の温風機が出来上がったら、領主様……いや王家に献上すべきだとアドバイスしておくよ。いや、忙しくなりそうだ……」


 レンボルト先生は、自身も空洞型の魔法陣について論文をまとめて発表するらしい。

 俺の名前も、共同研究者として論文に記載されるそうだ。

 この後、ワイバーン討伐に使った魔銃の魔法陣について説明をして、振動の魔法陣を教えてもらってから帰路に着いた。


 チャリオットのメンバーは平日は一緒に食事をしているが、休日になると勝手に出歩いているので食事も自由に食べるようにしている。

 帰ったら、兄貴と一緒にどこかに食べに行こうかと思いながら、夕方のイブーロの街を屋根伝いに移動していると、拠点に向かうシューレの姿が目に入った。

 

 急に近くに飛び降りると、バッサリやられかねないので、少し離れた位置で道の高さまで下りて声を掛けた。


「シューレも今帰り?」

「うん、そう……」

「えっと、それは?」

「拾った……」


 シューレは、薄汚れた灰色の毛色をした猫人をぶら下げていた。

 スカートを穿いているので、どうやら女性らしい。


「拾ったって……どうするつもり?」

「まずは……洗う」


 確かに、灰色の毛並みには綿ぼこりが絡まっていたりして、近くに寄ると酸っぱい臭いがする。

 普段、俺や兄貴を持ち上げる時には、抱え込むようにして抱きしめてくるシューレが、ジャンパースカートの背中の部分を持って吊り下げているのも当然だろう。


 詳しい事情は分からないけど、兄貴の例があるので何となく状況は察してしまう。

 吊り下げられた猫人の女性は、チラチラとシューレや俺の顔色を窺いながら大人しくしていた。


 チャリオットの拠点に戻ると、シューレは風呂場に直行した。


「ニャンゴ、一緒に来て」

「いやいや、俺が一緒はマズいでしょ」

「レイラやジェシカとも一緒に入ってるんだから、照れることはないでしょ……」

「ま、まぁ、そうだけど……」


 男の俺まで一緒に風呂場に入ると知って、猫人の女性がジタバタし始めた。


「あ、あの……男の人も一緒というのは……」

「何でも言う通りにするって約束した……」

「そ、そうですけど……」

「観念しなさい……」

「ふ、ふみゃぁぁぁぁぁ……」


 男の俺がやったら完全に犯罪だけど、シューレは問答無用で猫人の女性を丸裸にすると、着ていた服や下着、それに小ぶりのリュックを放ってよこした。


「ニャンゴ、服と下着、全部洗濯して。それと洗い終えたら呼ぶから乾かして」

「はいはい、了解です」


 シューレは手早く自分も裸になると、両手をワキワキさせながら、バスタブに放り込んだ猫人の女性に迫っていった。

 さてと、俺は外で洗濯するかねぇ……。


「ふ、ふみゃぁぁぁ! にゃ、にゃぁぁ、駄目にゃ、そんなところまで、ぎにゃぁぁぁ!」


 うん、風呂嫌いの猫を洗う時って、こんな感じだよねぇ……前世の頃、動画サイトで見たことあるよ。

 小一時間ほどしてシューレに呼ばれて風呂場にいくと、驚いたことに白い毛並の猫人がいた。


「えぇぇぇ……白猫だったのか。どんだけ汚れてたんだよ」

「ふふん、私に掛かればこんなものよ。さぁ、乾かして……」

「はいはい、了解ですよ。じゃあ温風を当てるからね」

「みゃっ、にゃにこれ、にゃんで風が……」


 戸惑う猫人の女性は一糸まとわぬ素っ裸なんだけど、見た目はほぼ猫だからドキドキはしない。

 てか、ドヤ顔で胸を張ってるシューレも全裸で、こっちは少しぐらい慎みを持って隠してもらわないと目のやり場に困るんだよ。


 猫人の女性の乾燥が終わると、すかさずシューレが抱き上げて、お腹に顔を埋めてスーハーした。


「うん、まぁまぁね……」


 何がまぁまぁなのか分からないが、怪しい視線で俺を見るのはやめてほしい。

 風呂場からリビングに戻ると、チャリオットのメンバー全員が顔を揃えていた。


 まぁ、あれだけ騒いでいれば何事かと思うのも当然だろう。

 ゴツい冒険者3人と兄貴に見詰められ、猫人の女性は目を伏せてキョロキョロと逃げ場を探しているようだが、シューレに抱えられていたら逃げるのは不可能だ。


「シューレよぉ、猫人のハーレムでも作るつもりか?」

「ふふん、セルージョには分けてあげない」

「冬はまだしも、夏は遠慮させてもらうぜ」


 俺は冬でもセルージョと一緒に寝るなんて、断固として拒否するけどね。


「とりあえず、座って話を聞かせてくれ」

「分かったわ……」


 ライオスに促されて、シューレは猫人の女性を抱えたまま席に着いた。


「まずは名前から教えてもらおうか、俺はライオス、こっちがセルージョとガド、そっちがニャンゴとフォークスで2人は兄弟だ」

「ミ、ミリアムです……トローザから出てきたばかりです……」


 シューレの話によれば、ギルドからの帰り道、裏路地でリュックを引ったくられた所を助けたらしい。

 少し臭うほど薄汚れていたのは、イブーロに出て来たものの仕事にありつけず、手持ちの金も無くなって野宿をしていたかららしい。


 たぶん、シューレが連れて来なければ、遅かれ早かれ貧民街に身を沈めることになっていただろう。

 兄貴は何も言わずにミリアムを見詰めているが、自分の過去とミリアムを重ね合わせているのかもしれない。


「事情は分かったが、シューレ、ミリアムをどうするつもりだ?」

「ミリアムは……私の弟子にする」

「ふみゃ……で、弟子?」


 ドヤ顔で胸を張るシューレに抱えられながら、ミリアムは困惑を隠せずにいた。

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