第143話 夕食会
食堂のテーブルは片側に10人程が座れる大きな物で、ホストである子爵一家とチャリオットが向かい合う形で座った。
子爵とライオス、ガド、夫人とセルージョ、シューレ、そしてアイーダと兄貴、俺という感じだ。
真っ白なテーブルクロスの上に、ナイフやフォークが何本も並べられている食卓を見て、兄貴は緊張のあまり震えている。
「ニャ、ニャ、ニャンゴ……ど、ど、どうすれば……」
「お、お、落ち着け、あ、あ、兄貴……お、俺たちが食われる訳じゃないから平気だ……」
おたぼっちの高校生だった前世でも、高級レストランなどには行った経験が無いので、テーブルマナーとかはサッパリ分からない。
だが俺達には、アイーダという手本が目の前に存在しているではないか。
アイーダには聞き取られないように、小さな声で兄貴に耳打ちする。
「兄貴、アイーダの真似をしよう。どのナイフとフォークを使うのか、見てから食べれば大丈夫だ」
「そうか……頭良いな、ニャンゴ」
「こういう場所に来る機会なんで、早々何度もあるとは思えないけど、後々のために良く観察しておこう」
「うん、そうだな……」
そのアイーダは、射撃場から戻ってきても不機嫌そうな視線を俺に向けて来る。
いや、お気に入りのジュベールよりも強力な魔法を撃ってしまったから、更に機嫌が悪くなっているように感じる。
それでも、俺と兄貴にとっては命綱のような存在だから、じっくりと観察させてもらおう。
つい今しがたまで、オドオド、オロオロしていた兄貴と俺に見詰められ、アイーダはちょっと狼狽したような表情を見せた。
「な、なによ……何か言いたいの?」
何か言っても機嫌を損ねるだけだと思い、思わず兄貴と一緒に無言で首を横に振ってしまった。
「も、もう、何なのよ……」
猫人の兄弟に、ジッと見詰められてアイーダは居心地が悪そうだが、俺達は俺達で結構テンパってる状態だから我慢してくれ。
夕食は、さすがに貴族のお屋敷とあってコース料理だ。
最初に、小ぶりの足が付いたグラスに果実酒が注がれて、子爵が挨拶を述べた。
「あらためて、私の城にようこそ。今宵は、堅苦しいマナーには囚われず、大いに飲み、食べ、楽しんでくれたまえ。では、乾杯!」
俺と兄貴もグラスを掲げ、すぐにアイーダへと目を向けると、驚いたことに一息で飲み干しているではないか。
思わず兄貴と目を合わせて、無言で会話を交わす。
『ニャンゴ、これ飲むのか?』
『いやいや、一気に飲んだら倒れちゃうよ』
『でも……飲んでるぞ』
『の、飲むふりというか、一口だけで良いだろう』
『そ、そうか……』
かくして猫人の兄弟は、おそるおそるグラスに口を付け、果実酒を一口含んではビクリと身体を震わせた。
まったくもって挙動不審だろうが、猫人としては頑張ってると思う。
食前酒の後の前菜は、エビと魚のカルパッチョで、赤、黄、緑の3色のソースで模様が描かれている。
アイーダを見ると、一番外側に並べられているナイフとフォークを使って食べ始めていた。
俺と兄貴はアイコンタクトで確認し、頷き合ってから料理に向かった。
緊張はしているが、お腹も空いていたし、何よりも目の前の料理は凄く旨そうだ。
まずは中央にドームのように並べられたエビから食べる。
エビは甘味を引き立たせるために、軽くボイルしてあるようだ。
「うみゃ! このエビ、プリプリで甘くて、うみゃ! 魚はネットリした舌触りで、旨味が濃厚で、うみゃ!」
つい、いつもの調子で、うみゃうみゃ叫んでしまったが、シーンと静まった食堂の空気に気付いて嫌な汗が流れた。
静寂を打ち破るように、子爵の笑い声た響いた。
「ふははははは! 気に入ってもらえたようで何よりだ。あまり堅苦しいことは気にせずに、食事を楽しんでくれたまえ」
「あ、ありがとうございます」
子爵は楽しげに笑いながら、ライオスやガドに酒を勧めた。
アイーダからは凍り付くようなジト目で見られていたが、そんなことより俺も兄貴も料理に夢中だった。
前菜に続いてスープとパンが出た後、魚のソテーが出された。
白身の魚だが、切り身の形から見ても、かなり大きな魚のようだ。
軽く粉を塗してバターソテーしてあるらしく、香ばしい匂いが立ち昇ってくる。
ナイフを入れると、皮はパリ、身はホッコリしているのが分かり、口に運ぶ前から唾液が溢れてきた。
「うんみゃぁ! なにこれ、マルールよりうみゃ!」
「ははは、それはモルダールという魚で、今養殖を試みているものだよ」
「噛みしめると皮ぎしの脂がジュワって広がって、ホコホコの身とパリパリの皮が混然となって、うんみゃぁ!」
またしても向かいの席に座っているアイーダからは、氷のような視線を向けられているけれど、モルダールの美味さは語らずにおれんのだよ。
モルダールを食べ終えると、次は肉の皿が出てきた。
「これは……もしかして」
「そうだ、君が仕留めたワイバーンだよ」
分厚く切った肉は裏表だけでなく側面も焼き固められているが、ナイフを入れると焼き加減はミディアムレアだった。
肉の旨味が逃げないように、周りに焼き目を付けてから、ジックリと弱火で火を通したのだろう。
肉はサクラ色の赤みを残しているが、火は通っているので血が滴るような事はない。
ステーキに添えられたブラウンのソースからは、嗅いだ覚えのある匂いがする。
「うんみゃぁ! この濃厚な味わいこそがワイバーンだけど、このソースの匂いは……プローネ茸?」
「ほう、良く分かった。その通り、プローネ茸を使ったソースだ」
「プローネ茸は、アツーカ村に居た頃に良く探して歩きました」
「なるほどな、それではニャンゴしか知らない秘密の場所もあるのかな?」
「えっ? あー……そうですね。今はどうなっているのか分かりませんが……」
プローネ茸は、巣立ちの儀の時に小遣い稼ぎをしたように、イブーロのような街に持って来ると高値で売れる。
他の人に横取りされないように、取りに行く時は後を付けられないように注意していた。
たぶん、あの場所は誰にも見つかっていないと思うから、人知れずプローネ茸が生えているのだろう。
今度里帰りした時には、取って来てみんなで食べてしまおう。
メインディッシュの後は、デザートとしてワイルドベリーのシャーベットが出た。
ワイルドベリーの旬は6月から7月なので、厨房には冷凍庫があるのだろう。
最後の〆は、小さなマロンクリームのパイとカルフェが出た。
気が付けば料理に夢中になっていて、マナーがどうとか全く気にしていなかったし、ワイバーン討伐の話もライオス任せの状態だった。
これでは大人な冒険者には程遠いが、料理が美味すぎるのがいけないのだ。
しかも普通の人ならば丁度良い分量なのかもしれないが、猫人にとってはもう食えないと思うレベルの量だ。
ベルトを緩めないと苦しいぐらい満腹になって、兄貴などはうとうとと船を漕いでいる始末だ。
まぁ、朝から緊張しっぱなしだったし、肉体的というよりも精神的な疲れが出ているのだろう。
前のめりに倒れないように、空属性のクッションで支えてやると、兄貴は熟睡モードに入ってしまった。
だらしないと思うかもしれないが、食ったら寝るは猫人にとっては習性のようなものであり、俺も瞼が落ちないようにしているのがやっとの状態だ。
「どうやら食事は堪能してもらえたようだな。それではそろそろお開きとしようと思うが、ライオス、もう少しいけるだろう?」
「えぇ、お相手を務めさせていただきますよ」
夕食が終わったが、ライオス、セルージョ、ガドの3人は、子爵ともう少し酒を飲むようだ。
頑張って起きていろと言われれば、起きていられない事もないが、俺と兄貴、それにシューレは部屋に引き上げさせてもらう。
「ほら兄貴、しっかり……」
「うにゃ、分かってるにゃ……」
肩を貸して歩き出しても、兄貴は半分以上眠っている感じだ。
「任せて……」
すかさずシューレが兄貴を抱え上げて、部屋まで運んでくれた。
もうこうなると、少し大きい猫そのものだからな。
部屋に戻ったら、風呂場で兄貴をシューレが洗い、シューレは俺が洗った後で、温風で2人を乾かした。
「俺は、もう少し風呂に浸かっていくよ」
「分かった、後で迎えに行く……」
「いやいや、来なくていいから。兄貴で満足してて」
「それは保証しかねる……」
シューレと兄貴を送り出してから、風呂のお湯を流して汲み直す。
泡々の風呂も嫌いじゃないけど、元日本人の俺としては澄んだお湯にゆったりと浸かりたいんだよね。
俺1人だから、バスタブ半分程度のお湯で十分ゆったりと浸かれる。
拠点では、6人が交代で入るので、あんまりのんびりとは浸かっていられないから、こうした時間は結構貴重だったりする。
「王都か……オラシオは元気にしてるかな?」
突然、王都に行くという話が現実味を帯びてきた。
王都の大聖堂で巣立ちの儀を受けるアイーダに、子爵夫妻も付き添って行くらしい。
そこに同行出来るならば、俺の世界がまた広がるはずだ。
それまでには、オークなどの討伐依頼をこなしておかないといけない。
明日、イブーロまで戻ったら、明後日からバリバリと討伐依頼を片付けていこう。
出来れば、また採掘場の護衛依頼も受けて、ゴブリン相手にガン=カタの練習もしてみたい。
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