第142話 お披露目

 ワイバーン討伐の様子を子爵に一通り説明し終えて、ふと話が途切れた時だった。


「父上、ニャンゴと手合せをさせて下さい」


 アイーダが、俺を睨み付けながら子爵に頼み込んだ。

 あぁ、結局このパターンになるんだと半ば諦めていたのだが、子爵は意外な返事をした。


「ならぬ。今宵のニャンゴは私が招待した客人だ、無礼な真似は許さぬ」

「しかし……」

「しかし、何だ? 騎士からの報告を信じられぬのか?」

「いえ、そういう訳では……」


 どうやらアイーダは、猫人の俺がワイバーンに止めを刺したという報告に納得がいかないようだ。

 まぁ、見た目だけなら、どこにでもいる猫人にしか見えないから無理もない。


「戦時の情報が混乱するような状況ならば、例え味方からの知らせであっても疑って掛かる必要もあるだろう。だが、十分な検証を行った上での報告を疑うようでは、騎士たちからの信頼など得られぬぞ」

「はい、それは心得ております」

「それに、巣立ちの儀を済ませていないお前は、まだ魔法を使うことは出来ない。となれば手合せは、体術を使ったものに限定される。そして、お前とニャンゴの体格差は歴然としている。己に有利な条件で手合せを望むなどという姑息な真似は許さぬ。ラガートは貴族としては身分の低い子爵家なれど、この地を治める家だ。民に対して堂々と胸を張れぬような行動は許さぬ」


 声を荒げた訳ではないが、厳然とした子爵の言葉にアイーダは沈黙するしかなかった。


「まぁ、手合せをしたところで、楽には勝たせてくれぬぞ。ニャンゴの身のこなしを見て、実力を推し量れないようではアイーダ、そなたはまだまだ未熟だ」


 アイーダから視線を移した子爵にニヤリと笑い掛けられると、背中の毛がゾゾっと逆立った。

 手合わせして試すまでもなく、間違いなく俺よりも強い。


 ゼオルさん、シューレ、コルドバス、そして子爵……まったく、おっかない連中ばっかりだ。

 臨時休暇中は、シューレとの手合わせもサボっていたけど、また身を入れて取り組まないと駄目だな。


「手合せは許可できぬが、ニャンゴよ、ワイバーンを倒した魔法を見せてくれぬか?」

「お見せするのは構いませんが、かなり威力の高い魔法なので、標的や壁を壊す恐れがありますが……」

「そう言うと思ってな、ちゃんと場所は用意してある」


 夕食前の余興という訳ではないのだろうが、子爵に連れられて移動した射撃場には多くの騎士や兵士が集まっていた。

 射撃場の端からの距離は100メートルほどで、ギルドなどでも見慣れた鉄の的が置かれ、少し離れた場所には予備の的まで置いてある。


「ニャンゴ、的の後には厚い鉄盾を二枚置いてある。その後ろには土の山、土属性魔法で固めた土壁、更に土の山と土壁、最後は魔法耐性を強化した壁だ。これだけ念を入れれば大丈夫だろう」


 子爵は、どうだとばかり胸を張ってみせる。

 報告書の内容を信じて、万全の用意を整えたと自慢したいのだろう。


「ジュベール、試してみせろ」

「はっ!」


 子爵から指名されたジュベールは、二十代前半ぐらいにみえる獅子人の騎士でかなりの使い手のように見える。


「ジュベールは、ラガート騎士団の若手のホープでな、将来は騎士団を背負って立つ存在になると思っている」

「そうなんですか……凄いですね」


 二十代前半で、子爵からこれだけの言葉を掛けられるのだから、相当期待されているのだろうし、それに相応しい実力の持ち主なのだろう。

 射撃位置に着いたジュベールは、こちらを振り向いて子爵に尋ねた。


「全力で、構いませんか?」

「無論だ。思いっきりやってみせろ」

「はっ!」

「ジュベール、期待してますよ」

「はい、お嬢様。お任せ下さい」


 ジュベールは恭しくアイーダに頭を下げると、射撃体勢に入る前にギロリと鋭い視線を俺に向けてきた。

 たぶん、ワイバーンの討伐現場にはラガート騎士団の人達も参加していたので、それを差し置いて止めを刺した俺にライバル心を抱えているのだろう。


「女神ファティマ様の名のもとに、炎よ!」


 芝居じみた仕草でジュベールが右手を振り上げると、頭上に直径5メートルはありそうな火球が現れた。

 その直後、真っ赤に燃え上がっていた火球は凝縮して、直径50センチほどの青い火球へと変化する。


 こちらに押し寄せてくる熱気は、火球が凝縮されても下がるどころか温度を上げているようにさえ感じた。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 雄叫びを上げながらジュベールが右腕を振り下ろすと、青い火球が物凄い勢いで撃ち出された。

 火球は的にぶつかって形が崩れたが、飛んで来た勢いのまま後方の土山の表面を焦がしている。


 てか、魔法の威力に驚いた兄貴が、俺の手をギューって握ってきた。

 可愛い女の子だったら良かったけど、こっちには飛んで来ないから大丈夫だぞ、兄貴。


 魔法の威力には、同僚の騎士や兵士からも驚きの声が上がった。


「おぉ、的が……」

「あの鉄の的がこんなになるとは……」


 直撃を食らって赤熱していた的は、自重を支えきれずにグニャリと曲がって倒れてしまった。

 なるほど、これを見越していたから予備の的が用意されてたのか。


「凄いです! さすがはジュベール!」

「ありがとうございます、お嬢様」


 手を叩いて喜ぶアイーダに、ジュベールは片膝をついて頭を下げてみせる。

 どうやら、このジュベールはアイーダのお気に入りの騎士なのだろう。


 目を掛けている騎士の活躍は嬉しいのだと思うが、絵に描いたような姫様と騎士という姿に、またイラっとしてしまった。


 イブーロに来てから、レイラさんやシューレ、ジェシカさんなど綺麗どころと仲良くさせてもらっているのだから、嫉妬する理由など無いはずだ。

 それでもイラっとしてしまうのは、おたぼっちだった前世の影響なんだろうか。


「さて、ニャンゴ。用意は良いかな?」

「はい、いつでも……」


 的の交換が終わり、子爵に促されてジュベールに代わって射撃位置に着く。

 そのジュベールには、すれ違う時に思いっきりドヤ顔されたんだけど、俺がワイバーンに止めを刺したって忘れてるのかね。


 てか、なんでアイーダまでドヤ顔してるかね。

 こういう時って、空気を読んでソコソコの威力に留めておくのが出来る男なんだろうけど、俺は空気読めないから威力落とさず撃っちゃうよ。


「いきます!」


 ワイバーンに止めを刺した時というか、その後の検証の時と同様に魔法陣の精度も意識して発動させた。

 ドンっと重たい発射音を残して、魔銃の魔法陣と取り換えられた新しい的が炎の線で結ばれる。


 的も二枚の鉄盾も突き抜けた炎弾は、一つ目の土山を吹き飛ばし、土壁を突き抜け、二つ目の土山に食い込んだところで止まったようだ。

 吹き飛んだ土の塊がバラバラと地面に落ちると、射撃場は水を打ったように静まり返った。


 さっきまでドヤ顔していたアイーダとジュベールの顔からは表情が抜け落ち、逆にシューレが後ろに倒れるのではないかと思うほどドヤ顔でそっくり返っている。

 静寂を破ったのは、子爵の高笑いだった。


「ふははははは! 素晴らしい、素晴らしいぞ、ニャンゴ!」

「ありがとうございます。さすがに二つ目の山までは吹き飛ばせませんでした」

「何を言うか、鉄の的に鉄の盾が二枚。まるで紙に穴を開けるように突き抜けておるではないか」

「ワイバーンの鱗は強靭なので、貫通力が増すように魔法陣を形作って撃ちました」

「そうかそうか、それにしても、たった1人でこれほどの威力の魔法を撃てるとは……単純な個人の攻撃力ならば、王国内の10指に入るであろうな」

「えっ……俺が、ですか?」

「他に誰がいる? それだけニャンゴ、君の力はズバ抜けているぞ」

「そ、そう言われても、実感がないというか……」


 いきなり王国内で十指に入る攻撃力と言われても、今いちピンと来ない。

 それよりも、その攻撃力をどう使いこなすか、経験が不足していると感じる。


「そうだな、君は色々な場所に行き、色々な物を見て、色々な人に会い、知識や経験を積み重ねていくべきだろう」

「はい、俺には知らないことが多すぎます」

「見聞を広げ、知識と経験を得たら、うちの娘の婿にならんかね?」

「にゃ? む、婿……?」


 いきなりだったので、何を言われているのか分からなかったが、視線を向けたアイーダが貴族の令嬢らしからぬ顔の歪め方をしているのを見て理解が追い付いた。

 てか、そんなに不細工な顔になるほど俺は嫌なのか。


「どうかな、ニャンゴ」

「いえ、ご本人が凄く嫌そうですし、辞退させていただきます」

「ふははははは! まぁ、まだ結婚云々を言う歳でもないな。だが、アイーダが王都に行く時には同行してもらうぞ。領地の冒険者の成長を助けるのも、私の仕事だからな」

「はい、前向きに検討させていただきます」

「うむ、ではそろそろ食事にしよう」


 子爵に誘われて食堂へと移動し、お楽しみのディナータイムとなった。

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