第135話 悪魔の囁き
ワイバーン討伐を祝う宴は、ラガート子爵領側の陣地に複数のかまどを築いて行われた。
囮に使われていた牛が宴会用の食材として提供され、串焼きや煮込み料理にされて振る舞われている。
俺はワイバーンを仕留めた冒険者として主役の席に座らされ、多くの騎士や冒険者達と乾杯を繰り返させられていた。
ワイバーンを仕留めるほどの実力と強運の持ち主と乾杯すれば、自分にも運のお裾分けがあると考えられているらしい。
俺一人では舐められてしまうと考えたのか、ライオスとセルージョが両脇を固めてくれた。
それはまぁ有難いことなんだけど、色っぽい女性冒険者からもガードしているのは、もしかしてレイラさん辺りの差し金だったりするのだろうか。
祝宴には、エスカランテ侯爵領側からも騎士や冒険者が参加している。
討伐を競い合うような形ではあったが、仲間に犠牲を出しながら、共にワイバーンと死闘を繰り広げた仲間という連帯感がある。
基本的には友好的な者ばかりなのだが、中には敵意というか、対抗意識丸出しの者も混じっていた。
祝宴が始まってから暫く時間が経って現れた男は、2メートル近いクマ人の男だった。
こちらに近付いてくる前から、他の連中とは一線を画す存在感を放っていたし、何人もの取り巻きらしい冒険者を連れているし、ヒソヒソと噂をする声が聞こえていた。
「エスカランテの赤熊だ……」
「オーク10頭を一人で相手したって奴か?」
「ゴブリンの頭を握り潰したそうだぞ」
本当か嘘か分かりにくいが、そうした噂を立てられてもおかしくないだけの体格をしている。
服の上からでも筋肉隆々に見えるし、身のこなしにも隙が無い。
赤茶色の髪はボサボサで、顔の下半分は髭で覆われている。
右の頬にある大きな傷痕は、魔物の爪や牙ではなく、剣によるものだろう。
「俺はエスカランテのAランク、デリウスだ。ワイバーンを仕留めたのはどいつだ?」
「俺ですけど……」
「ほぉ……お前が、あの強力な魔法を撃ったって言うのか?」
デリウスの言葉には、俺を馬鹿にするような響きが混じっていて、取り巻きの連中がクスクスと笑いを洩らしているが、ここで腹を立てるのは相手の思うツボだろう。
務めて冷静に、素っ気ない口調で答えを返した。
「そうですよ。それが何か?」
「信じられんな、猫人ごときが、あんなに強力な魔法が使えるものなのか?」
「騎士団の隊長さんの前で使ってみせたから、この席に座ってるんですよ」
騎士団の決定に異を唱えるならば、その家に対して反攻の意思を示すのと同然だ。
例え、自分が所属していない領地を治める家であっても、貴族に対して喧嘩を売るような真似は、冒険者としてはリスクが高すぎる。
不機嫌そうに舌打ちしたデリウスは、攻め口を変えてきた。
「なるほどな……散々俺らにお膳立てさせて、最後の美味しいところだけ持っていったって訳だな」
さすがにガチーンときて言い返そうと思ったが、俺よりも先にセルージョが口を開いた。
「ニャンゴに手柄を取られて悔しんだろうが、お膳立て云々は一度でもワイバーンを落してから言うんだな」
「何だと、手前がワイバーンを落としたとでもぬかすのか?」
「いいや、一昨日の晩も今日の昼間も、ワイバーンを落としたのはこのニャンゴだ。あんたらが川の向こうから攻撃できたのも、ニャンゴがお膳立てしてくれたおかげだぜ」
「ほぉ、この猫人の小僧がワイバーンを引き落としたとぬかすのか?」
「あぁ、そうだ。ラガート騎士団のお墨付きだぜ」
討伐の様子を説明した際に、騎士団のバジーリオには雷や粉砕の魔法陣についても説明をしてある。
一昨日の晩に罠を仕掛けて落とした方法も、昼間落とした方法も説明して納得してもらっている。
ただし、全ての手の内を他の冒険者に明かしてしまうのはリスクを伴うと、同行したライオスが公開する情報に制限を付けるように頼んでくれたのだ。
なので、俺がワイバーンを落としたと騎士団には認めてもらっているが、どうやっての部分までは知らされていないのだろう。
「ふん、まぁいい……いくら積んだか知らねぇが覚えておけ。武門のエスカランテじゃ金で買ったハッタリなんざ通用しねぇからな」
デリウスは息が掛かりそうなくらい顔を寄せて凄んでみせたけど、唾が飛んで来ないようにシールドで防いでいたのには気付かなかったようだ。
「おぅ、いくぞ……」
好き放題に言いがかりを付けられたまま帰すのも癪に障るので、ふんぞり返って歩いて行くデリウスの足下をツルツルに固めてやった。
「おわっ!」
ズルっと足が滑った途端、身体を捻って背中から落ちるのを防いだ動きは、さすがAランクと思わせるものがあったが、体勢を立て直そうと下ろした足下さえ滑ってしまっては、雪が解けてぬかるんだ地面に這いつくばるしかなかった。
周りで見物していた冒険者から、どっと笑い声が沸き起こる。
自慢の髭まで泥だらけになったデリウスは、こめかみに青筋を浮かばせて俺を睨みつけた。
「手前か、にゃんころ!」
「勝手に転んでおいて、言い掛かりをつけるとか止めてもらえませんか? 俺は、あんたのママじゃないよ」
「このガキぃ!」
デリウスは這いつくばった姿勢から、クラウチングスタートのように走り出そうとしてまた足を滑らせ、今度は顔面からぬかるみに突っ込んだ。
「なんだなんだ、もう酔っ払ってんのか?」
「エスカランテのAランクも大したことねぇな」
「初日に俺らを役立たず呼ばわりしてたが、エスカランテの連中は何か出来たのか?」
共にワイバーンと戦った仲間ではあるのだが、初日の夜明け前にラガート側が奇襲を受けた後、エスカランテ側からは馬鹿にするような言葉を投げ掛けられた。
あの時のことをまだ根にもっている者がいるようだ。
「手前らだって、ろくに役に立ってねぇだろうが!」
「はいはい、倒したのはラガートの冒険者だからな」
「あれだけ援護してもらって礼の一つも言えねぇのか!」
「別に頼んでねぇしぃ……」
酒が入った状態で、売り言葉に買い言葉、乱闘が始まるまで時間は掛からなかった。
料理が駄目になりそうだし、火は危ないから竈の周りは空属性の壁で囲んでおこう。
「覚悟しろ、くそガギぃぃぃぃぃ……」
突っ込んで来ようとするデリウスは、雷の魔方陣で痺れさせて転がしておきました。
俺達の所にも突っ込んで来ようとする冒険者がいたので、こちらも空属性の壁で仕切っておいた。
「いやぁ、さすがに賑やかですね」
「何言ってやがる、お前が火種を撒いたんだろうが」
「Aランクをおちょくるとは、たいしたたまだよ」
とがめるような口調だけれど、セルージョもライオスも口許に笑みを浮かべている。
「でも、とてもAランクには見えませんけど……あれ」
雷の魔法陣で気を失ったデリウスは、乱闘する冒険者達に踏みつけられて酷い有様になっている。
「まぁ、さっきの身のこなしをみれば、まったくのハッタリって訳じゃなさそうだ。あの体格で身体強化を使えて、それなりの武技を身に着けていればAランクでもおかしくないんじゃねぇか?」
「セルージョの言う通り、正面切ってやりあうのは避けておけよ」
「はい、気を付けます」
エスカランテ侯爵領は武術が盛んだと聞いているので、そこでAランクに上がるのだから相応の腕前なのだろう。
あのシューレでさえもBランクなのだから、舐めてかかるのは危険だ。
中継地を離れるまでは、常にフルアーマーを着込んでおいた方が良さそうだ。
乱闘は、徐々に下火になってエスカランテの冒険者が立ち去ることで終了した。
ラガート側の冒険者は、勝ち鬨を上げて飲み直しを始めているが、殆どの者が泥だらけだ。
いったい、この人達はどうやって眠るつもりなんだろう。
祝宴が開かれている陣地の先、討伐したワイバーンの周囲にも篝火が焚かれている。
今夜はボードメンのメンバーが交代で見張るそうだが、ラガート騎士団からも交代で監視人が派遣されて来る。
何かのトラブルになった場合の人員であり、騎士が騎士の格好でその場にいるだけで、抑止力になる。
ワイバーンの鱗を手に入れたい輩も、騎士がいるのでは手を出せない。
そして、宴会の間にずーっと考えている俺の計画も実行に移せなさそうだ。
討伐したワイバーンには、気管や背骨を貫く形で穴が開いていたが、場所的に心臓は残っているように感じた。
オークの心臓でも、これほどまでに魔力量が増えたが、もしワイバーンの心臓を食べたらどうなるのだろう。
勿論、大量に食べたら死ぬかもしれないが、ほんの少しならば更に魔力量を増やせて、ワイバーンを倒した魔法陣とかもバンバン撃てるようになるかもしれない。
明日から始まる解体作業の中で、チャンスがあればワイバーンの心臓を確保すべきだろうか。
それとも、これは悪魔の囁きなのだろうか、馬車に戻って眠るまで、ワイバーンの心臓のことが頭から離れなかった。
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