第134話 所有権
「ちょいとゴメンよ。悪いけどワイバーン討伐の立役者を通してくれ」
討伐したワイバーンの周りには、当然のように人だかりが出来ていた。
声を掛けて人混みを掻き分けて進むセルージョの後にピッタリと張り付いて進んで行くと、集まっている冒険者の視線は俺を素通りしていく。
みんな俺の更に後ろを見て、誰もいないと分かると首を傾げていた。
まぁ、わざと注目されないようにしてるんだけどね。
ワイバーンの傍らにはライオスとガドが陣取り、その隣にはラガート騎士団の隊長バジーリオの姿もある。
更に、その近くにはボードメンのメンバーも顔を揃えていた。
ブロンズウルフの時のように、討伐したのは俺達だ……などと手柄の横取りを目論む輩がいるのかと思ったが、どうやら今回はいないらしい。
理由は、ワイバーンに残った傷にあるようだ。
「おう、来たかニャンゴ」
「どうも……おぉ、突き抜けちゃったのか」
貫通力重視で放った魔銃の一撃は、ワイバーンの胸板に直径20センチ以上ある穴を開けていた。
ワイバーンの背後の雪原が吹き飛んだのは、この為らしい。
自分がワイバーンを倒したと主張するのならば、硬い鱗を突き抜けて、こんな傷を残す攻撃を再現できなければならない。
偽物がいくら自分の手柄を主張しようと、本物が攻撃を再現した途端、嘘がバレてしまうのだ。
「ライオス、まさかこの猫人の彼がワイバーンを倒したと言うんじゃないだろうな?」
「ワイバーンを倒したのは、間違いなくニャンゴですが……何か?」
ライオスは、バジーリオに向かって何を驚いているんだと言わんばかりの口調で返事をした。
「私をからかっているんじゃないだろうな?」
「そんな事をしたって、我々には何の得もありませんよ」
「そうか……」
不機嫌さを装った口調で問いただしても、落ち着いた様子を崩そうともしないライオスを見て、バジーリオは視線を俺に転じた。
品定めをするように、耳の先から尻尾の先まで視線を往復させた後、バジーリオは俺に注文を出した。
「ニャンゴだったな。すまないが、さっきの魔法をもう一度撃ってくれないか?」
「構いませんけど、どこを狙います?」
俺が撃った魔銃の一撃は、ワイバーンを貫いて雪原で炸裂し、小さなクレーターを作っていた。
「そうだな……あの先に角ばった岩があるのが分かるか?」
「さっき着弾した場所の右手の奥ですか?」
「そうだ、あいつを狙って撃ってみてくれ」
バジーリオが指定したのは、200メートルぐらい先にある高さが3メートルぐらいありそうな岩だった。
正直、どのぐらいの威力があるのか、俺自身が試してみたいと思っていたところだ。
ワイバーンを狙っていた時は、かなり緊張していて発動させることに集中していたが、今は少し余裕がある。
そこで直径、厚さ、圧縮率は先程と同じだが、魔法陣は更に滑らかになるようにイメージした。
イブーロの学校を占拠していたグループが使っていた粗悪な魔銃は、魔法陣の精度が劣っていた。
この魔法陣の精度が、刻印魔法の威力に影響を及ぼすのだ。
「いきます!」
ドンっと腹に響く発射音の後、曳光弾のような炎の筋で魔法陣と結ばれた岩は、ズド──ンっと地響きを立てて粉々に吹き飛んだ。
「おぉぉぉ……」
驚きと共に、信じられないといった感情を含んだどよめきが、見物していた冒険者に広がっていく。
腕組みをしたまま、土煙が晴れるのを待って着弾の跡を確かめたバジーリオも、軽く首を横に振りながら信じられんといった表情を浮かべた。
まぁ、普通の猫人が、こんな強力な魔法を使える訳がないからね。
「今のは火属性の攻撃魔法のように見えたが……」
「いいえ、今のは魔銃の刻印魔法です」
「刻印魔法だと……?」
「細かい話は省かせてもらいますが、これで僕が止めを刺したと信じてもらえますか?」
「あぁ、あの威力なら納得だが、あれほどの威力があるなら、もっと早く討伐できたんじゃないのか?」
「威力は高いのですが、発動させるまで少し時間が掛かりますし、狙いを定めるのにも時間が掛かるので……」
「なるほど、分かった。ワイバーンを倒したのはイブーロのパーティー、チャリオットだと認定する。今この時より、ワイバーンの所有権はチャリオットに帰属するものとする」
バジーリオが大声で宣言を行うと、集まった冒険者からは拍手が沸き起こった。
「凄ぇな、猫の兄ちゃん」
「仲間の仇を討ってくれて、ありがとう!」
「よくぞ倒してくれた。これでナコートの街も安心だ」
もっと、妬みややっかみの声が上がるかと思っていたが、ワイバーンに立ち向かって共に戦いを挑んだ仲間という意識の方が強いようだ。
特に今回は、討伐までに多くの犠牲が出たし、ワイバーンが地上に落ちるまでは手出しが出来なかったという背景もあるようだ。
この後、俺とライオスは騎士団の駐在所で詳しい話を聞かれるのだが、ガドとセルージョは、ボードメンのメンバーと一緒にワイバーンを見張るそうだ。
ワイバーンの鱗は硬くて軽いので、防具の素材として高値で取り引きされるらしい。
何枚か拝借していこう……なんて不心得者が出ないように、夜通し警護を行うようだ。
明日は総出で鱗の剥ぎ取り、牙や爪、翼の被膜など素材の剥ぎ取りを行う。
これだけの巨体だから、かなりの時間が掛かりそうだが、倒したら解体して素材を剥ぎ取るのは冒険者の基本だ。
まぁ、周囲は一面の雪景色だから、死骸が腐乱するまでには時間的な余裕はありそうだ。
バジーリオに案内されて騎士の駐在所に入ると、万雷の拍手で迎えられた。
ラガート子爵領、エスカランテ侯爵領、双方の騎士が拍手と敬意の視線で出迎えてくれている……ライオスを。
出迎えた騎士と二人、三人と握手を交わしたところで、ライオスもおかしいと気付いたようだ。
「あー……すまない。ワイバーンに止めを刺したのは、俺ではなくてニャンゴだ」
「えぇぇぇ……」
ライオスが後を歩いていた俺を前に押し出すと、居合せた騎士は一人残らず驚きの声を上げ、続いて視線をバジーリオに向けた。
「あぁ、間違いない。先程ワイバーンに止めを刺した攻撃を実際に撃ってもらった。彼がワイバーンを倒したことについて、疑う余地は無い」
バジーリオがキッパリと言い切ったが、騎士達は互いに顔を見合わせて、どう反応したら良いのか迷っているようだ。
「こっちだ、ニャンゴ、ライオス。ついて来てくれ」
バジーリオに促されて、事情聴取を行う部屋へと向かったのだが、なんとも居心地の悪い微妙な沈黙が漂っている。
応接テーブルを挟んで向かい合うと、バジーリオは頭を下げた。
「申し訳ない。ニャンゴの功績は疑う余地は無いのだが、実際に見ていない者は猫人の君があれほどの攻撃魔法が使えるとは思えないんだよ。本当に失礼した」
「いえ、僕も空属性の魔法で、空気を魔法陣の形に固めると刻印魔法が発動することを発見していなかったら、あんな魔法は使えていませんから仕方ないですよ」
「えっ、今何て言ったんだい? 魔法陣の形に空気を固める?」
「はい、空気中には魔素が含まれているので、魔法陣の形にすると発動するんです」
「おぉぉ……」
光の魔法陣を発動させてみせると、バジーリオは納得したようだ。
「だが、魔銃の魔法陣なんて、いったいどこで教えてもらったんだい?」
「イブーロの学校のレンボルト先生からリクエストを貰いまして、研究に協力する報酬として僕の知らない魔法陣を教えてもらいました」
一昨晩の戦いと、今日の戦いの中で、光、雷、粉砕、魔銃などの魔法陣を組み合わせてワイバーンを攻撃していたと話すと、バジーリオは熱心に聞き入っていた。
「それでは、ワイバーンを叩き落としたのは、二度ともニャンゴのおかげだったのか」
「もっとスムーズに討伐出来れば良かったのですが、なにせワイバーンと戦うのは初めてですし、どのぐらい硬いのかも実際に見るまで想像もできませんでした」
「いや、今回のワイバーンは、過去の記録と見較べてみても、かなり強力で頭の良い個体だったようだ」
バジーリオの話によれば、記録に残っているワイバーンは、囮の牛を襲ったところを一斉攻撃して仕留めたと書かれていたそうだ。
こんなに頭を使い、ずる賢く立ち回るとは想定していなかったらしい。
「囮の牛を用意したものの、全く見向きもされないで冒険者ばかりに被害が続き、正直我々騎士も頭を抱えていた所だ」
一昨晩、あと一歩のところで取り逃がした時には、騎士達も地団太を踏んで悔しがっていたそうだ。
「最初の集会でも話したが、春になれば放牧する家畜に子供が生まれる。ワイバーンなどの魔物は肉の柔らかい子供を好んで食べるそうだし、子供が育たなければ、畜産家は商売が成り立っていかない。早めに討伐を終えられて本当に良かった」
食肉にするもの、乳を取るために育てるもの、騎乗のための馬……ブーレ山の麓に広がる草地ではラガート子爵領でも、エスカランテ侯爵領でも畜産や酪農が盛んだ。
そうした産業にとってワイバーンは、産業の存続を危うくする存在なのだ。
「両家が討伐を競い合うのは、産業の保護のためでもあるのですね?」
「いいや、あれは単なる両家の領主の意地の張り合いさ」
「えっ、そうなんですか?」
「まぁ、うちの領主様からも、いずれ呼び出しがあるだろうから、会ってみれば分かるよ」
ちょっと心配になるような情報もありつつ、バジーリオは討伐に関する報告や手続きをテキパキとまとめて、俺とライオスを短時間で解放してくれた。
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