第136話 悪魔の誘いに乗りし者

 ワイバーンを討伐した翌日は、朝から解体作業に取り掛かった。

 既に前日の晩から、ボードメンのメンバーが見張りをする傍ら鱗を剥ぐ作業を続けていた。


 大きな鱗は防具や武器の素材として、小さな鱗は装飾品やお守りとして人気がある。

 鋭い鉤爪や骨は、武器や魔道具の素材として用いられるそうだ。


 魔物の牙や骨などは、魔力を通しやすい性質があり、ワイバーンなど大型の魔物の素材は伝導率が良いらしい。


 筋肉と骨を繋ぐ腱も、貴重な素材となる。

 ワイバーンの場合、翼を動かす腕の腱が発達していて、丁寧に加工すると固さと弾力性に富んだ弓の材料となるそうだ。


 細い腱は解して縒って弓の弦となるらしい。

 その他、皮はなめして素材となるし、肉は食用になる。


 ワイバーンの肉は、美味だし希少価値が高いので、討伐に参加した冒険者の多くが土産として買っていった。

 日本の肉屋のように、ロースやヒレなど部位に切り分けるのではなく、部位はお任せでドカっと切り分けられて現金と交換する。


 今回は、周囲に雪が残っているので、冒険者達は雪を集めて箱に詰め、そこに布でくるんだワイバーンの肉を入れて持ち帰るようだ。

 全ての鱗が剥がれ、手足が切り離されたところでワイバーンの近くに大きな穴が掘られた。


 どうやら、内臓を取り出すための穴らしい。

 鱗を剥がれ、皮を剥かれると、ワイバーンもただの肉の塊だ。


 臓物を傷付けると、肉の価値が下がってしまうので、慎重に腹が切り開かれる。

 それまでも周囲には血の臭いが漂っていたが、内臓が露出すると明らかに臭いが変わり、濃密な生臭さに作業をしている殆どの者が顔を顰めた。


 股の間が切り割られ、肛門の周囲を抉り取るように切って、中身が出ないように腸を引き摺り出す。


 腹膜に張り付いている部分を外しながら、膀胱や腎臓、肝臓などを纏めて引き摺り出す。

 胸の中央が切り開かれ、肩甲骨に沿って切れ目が入れられると、冒険者6人がかりで肋骨が開かれた。


 巨大な肺の間に大きな心臓と、魔石を内包した気管があった。

 胸の中から引き摺り出された後で、魔石が切り出された。


「おおぉ、デカい……」

「あれ、いくらになるんだ?」


 一抱えもある魔石は、深いグリーンを帯びた半透明で、これほどの大きさとなると魔石としての価値よりも、装飾品としての価値の方が高くなるそうだ。

 おそらく、ギルド経由でオークションに出品され、貴族や金持ちがこぞって入札するのだろう。


 水洗いされて輝きを放ったワイバーンの魔石に、居合せた人々の目が奪われた時だった。

 一人の犬人の冒険者が、掻き出された内臓に駆け寄ると、ナイフを振るって切り取った肉片を口に放り込んだ。


 言うまでもなく、切り取られたのは心臓の一部だ。

 冒険者はボードメンの一員で、そのまま見物人の輪から出ると雪原へ走って行った。


「おぉぉぉぉ、すっげぇ! これで俺もぉ……げぇぇぇぇぇ」


 歓喜の叫びを上げたと思った犬人の冒険者は、次の瞬間大量の血を吐いて膝から崩れ落ちた。

 目、鼻、耳、毛穴……穴という穴から血が噴き出して、雪原を真っ赤に染める。


 仰向けに倒れ込んだ犬人の冒険者は、ビクンビクンと激しく痙攣した後で、動かなくなってしまった。

 雪原に広がった鮮血の量を見れば、誰の目にも手の施しようが無いのは明らかだった。


「馬鹿が! ワイバーンの心臓なんか食ったら死ぬに決まってんだろうが!」


 ボードメンのリーダーのジルは、雪原を蹴り付け、頭を掻きむしりながら吐き捨てた。


「ワイバーンの身体を向こうに引っ張ってくれ。取り出した内臓を焼却するから火属性の者は手を貸してくれ」


 ライオスの呼び掛けによってワイバーンが移動され、穴に落とされた内臓を冒険者達が火属性の魔法で焼く。

 俺も空属性の魔法で火と風の魔法陣を作り、高火力のバーナーで内臓の焼却を手助けした。


 ぶっちゃけ、俺もワイバーンの心臓を食べようか、やめようか迷っていた。

 もし口にしていたら、俺も血まみれになって息絶えていただろう。


 既にワイバーンを一撃で倒せるような力も手に入れたのだから、これ以上魔力の増加を図るのは止めておこう。

 兄貴も、人並ぐらいの魔法は使えるようになったみたいだし、もう魔物の心臓を食わせるのは止めておく。


 その代わりと言ってはなんだが、ワイバーンの肉の美味そうな部分をガッチリと確保した。

 その瞬間から、俺の仕事は肉の冷蔵保存となった。


 こいつをイブーロまで持ち帰れば、黒オークよりも良い値段がつきそうだ。

 何よりも、A5ランクの和牛のごとき霜降り肉を、俺自身が味わってみたい。


 そして、その機会は意外にも早く訪れる。

 朝から始めた解体作業は、夕方には一段落した。


 チャリオットがイブーロに持ち帰るのは、魔石に鱗、爪、皮、骨、腱、それに肉で、持ち帰れない部分は現金決済で売り払った。

 市場価格よりも安く提供することで、討伐に参加した冒険者達に利益を分配するのだ。


 それでも、会計を担当したセルージョの下には、金貨がゴッソリ集まっている。

 このお金は、ナコートの冒険者ギルドでチャリオットの口座に入金し、イブーロに戻ってから分配される。


 そして、解体作業が終わったら、ボードメンのメンバーを加えての宴会……と言いたい所だが、その前に風呂だ。

 ほぼ一日、ワイバーンの死骸と格闘し続けて、服にも体にも血の匂いが染みついている。


 土属性の魔法が使える者が湯舟を作り、そこにお湯を注いで即席の露天風呂の出来上がりだ。

 俺も一風呂浴びようと思っていたら……シューレに掴まってしまった。


「ニャンゴは、こっち……」

「にゃにゃ、どこに連れていくつもり……?」


 連れて行かれた先には、数少ない女性冒険者が集まって、土の囲いを作っていた。

 その中には、兄貴フォークスの姿もあった。


「兄貴、何してんの?」

「いや、シューレが囲い付きの風呂場が欲しいって言うから……」

「ニャンゴ、お湯出して……」

「はぁ、しょうがないなぁ……」


 男性冒険者用よりも小ぶりの湯舟に温度調整と水の魔道具を組み合わせてお湯を張る。

 ニャンゴ温泉源泉掛け流し……って感じだ。


「はい、お湯は暫く出続けるから、これで……みゃっ、ちょっと、シューレ!」

「お湯が張れたら入る……何もおかしくない……」

「いやいや、シューレ以外にも皆さんいらっしゃるのにぃぃぃぃ……」


 湯舟にお湯を張り終えたら、シューレに掴まって剥かれてしまった。

 逃げ出そうとしたのだが、一人で逃げるなと言わんばかりの兄貴の恨みがましい視線に負けてしまったのだ。

 

 シューレ以外にも4人の女性がいて、みんな冒険者になるだけあって体格の良い人ばっかりだ。

 てか、牛人のお姉さんが凄いです。それって討伐の際に邪魔にならないんですかね。


 さすがに今日は洗浄当番まではやらされませんでしたが、狭い湯舟に一度に入るから風呂に浸かったというより、肉に挟まっていた気がした。

 まぁ、おっさんたちのムキムキ、ブラーンブラーンと一緒よりはマシか。


 風呂から上がって身体を乾かし、綺麗な服に着替えて宴会場へと向かうと、すでに料理を担当する者達が動き出していて良い匂いが漂っていた。

 香ばしく匂って来るのは、ワイバーンの串焼きだ。


 脂の乗った部分を賽の目に切って串に刺し、ジックリと遠火で炙り、味付けはシンプルに塩だけだ。


「うみゃ! ワイバーン超うみゃ! 噛みしめた時の肉汁と脂の旨味、カリカリの表面としっとりした中の焼け具合が絶妙で、うみゃ!」


 見た目は高級和牛肉という感じだったが、やはり牛とは味わいが違っている。

 飼い慣らされた家畜ではなく、野生の力強さを感じさせる。


 ワイバーンの肉はラガート子爵、エスカランテ侯爵、両家に届けられるだけでなく、二家共同で王家に献上されるそうだ。

 命の危険を伴うような現場に出なくとも、美味い肉が食べられるのだから王族や貴族は本当に恵まれている。


 でも、きっと色々ゴテゴテと手を加えられた後、毒見が繰り替えされて、王族の口に入る頃には冷え切っているのだろう。

 食べ終わった後で、やっぱりワイバーンはラガートに限るな……とか言うのだろうか。


 王族と言えば、騎士候補として王都に行ったオラシオは元気にしてるだろうか。

 俺はワイバーンを倒せるようになったぞ、オラシオ。


 いつか王都に行って再会した時には、今回のワイバーン討伐を自慢してやろう。

 魔銃の魔法陣でドンとやってバーンだったんだぜ……って言っても、信じてもらえないかな。


 今回の討伐では、多くの冒険者が犠牲になるのを見たけど、チャリオットは全員が無事に生き残った。

 さぁ、イブーロに帰ろう。

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