第133話 砲撃

 翼を畳んでの急降下ではない、ワイバーンは羽ばたきで勢いを増しながら降下してくる。

 距離にして500メートル以上は離れていたはずなのに、たった2回羽ばたいただけでワイバーンは野営地に到達していた。


あま御柱みはしら


 俺から見ると左手、ワイバーンの右の翼が通過するであろう場所に、空属性魔法を使い全力で固めた柱を立てる。

 直径1メートル、高さは5メートル、少し左に傾けてあるのは、何度もシミュレーションした結果だ。


 御柱とは本来神様を現している言葉だが、今回は神頼みしてでもワイバーンを止めたい。

 そんな俺の思いに、空属性で作った柱は応えてみせた。


「キェェェェェ!」


 甲高い声を上げたワイバーンは、突っ込んで来た姿勢から頭を上げ、鋭い鉤爪を俺に向かって突き出し、突然右に急旋回して地面に叩きつけられた。

 空属性の柱に衝突した右の翼を支点として強制的に向きを変えられ、突っ込んで来た勢いのままに地面に衝突し、盛大に雪煙を上げながら転がって行く。


 結果を見定めるために、ステップを使って幌の上へと駆け戻った。

 広げた翼が地面に当たり、跳ね上がるように転がり続けたワイバーンは、落下地点から100メートル以上進んでようやく止まった。


「今だ、やっちまえ!」

「おぉぉぉぉ!」


 俺の叫び声に呼応して、冒険者達が雄叫びを上げながらワイバーンに向かって我先にと走っていく。

 一団の先頭にはシューレ、後続にはライオスやセルージョ、ジルの姿も見えた。


 地面に叩きつけられたワイバーンだが、勿論その程度では倒せない。

 動かなかったのは10秒程の間で、横倒しになったまま頭を振って雪を払うと、グラグラと揺れながらも身体を起こし始めた。


 焦点の合わない目で周囲を見回したワイバーンは、駆け寄ってくる冒険者達を見つけて、翼を広げて威嚇の声を上げる。


「キシャァァァァァ!」


 その右目を貫いた矢は、セルージョが放ったものだろう。

 ワイバーンは、広げた翼で羽ばたこうとしたが、ビクンと身体を震わせて動きを止めた。


 良く見ると、右の翼が途中から変な方向へ曲がっている。

 空属性の柱に激突し、更に地面を転がるうちに折れたのだろう。


 苦悶の表情を浮かべたワイバーンに、駆け寄って来た冒険者から火球が雨のように降り注ぐ。

 一発ずつの威力は限定的でも、数の暴力がワイバーンを痛めつける。


 ワイバーンの鱗で弾け、大きな炎を上げるのは、ラガート騎士団の騎士による攻撃だろう。

 火属性の魔法だけでなく、弓矢や投げ槍など、冒険者達は持てる力の全てを注いでワイバーンを攻撃している。


 川の対岸、エスカランテ側からも火球が飛んで来た。

 その中には、前日同様に巨大な火球が含まれていて、ワイバーンを直撃した。


「ギェェェェェ!」


 ワイバーンは炎に包まれたが、一昨日ほど火に勢いが無い。

 そして一旦は炎に包まれたワイバーンが転げ回ると、降り積もった雪で火が消えてしまった。


 すぐさま追撃の火球が撃ち込まれたが、ワイバーンの身体が濡れているから思うように効果が上がらない。

 身体に着いた炎を消したワイバーンは、空を飛べない代わりに猛然と集まった冒険者へと突っ込んで来た。


 密集している上に、降り積もった雪に足を取られて、冒険者たちは上手く回避できそうもない。


「粉砕!」


 突っ込んでくるワイバーンの頭の左側で粉砕の魔法陣を発動させる。

 ドーンっという爆発音と共にワイバーンは頭を殴られたように傾き、そのままゆっくりと横倒しになった。


「うにゃ! いいの入った!」


 会心の右フックで、ワイバーンからダウンを奪った気分だ。

 ボクシングなら10カウントでノックアウトだが、ワイバーンはそんなに甘くない。


 何より、自分の命が掛かっているのだから、それこそ死に物狂いで抵抗してくるはずだ。

 一昨夜は、この状況から脱皮という手段を用いてワイバーンは逃走した。


 こんな短期間に二度も脱皮は出来ないだろうし、右の翼も折れているから今日は大丈夫だと思っているが、こちらの世界の生物に日本や地球の常識が通用するとは限らない。

 だったら、キッチリカッチリ息の根を止めるような深手を負わせれば良いだけだ。


 必要なのは頑強な鱗に負けない貫通力。

 学校の射撃場の的を壊した時よりも、厚さと圧縮率を5倍に増やした魔銃の魔法陣をイメージした。


 狙いは激しく動く頭ではなく、動きの少ない胴体にする。

 タイミングは、ワイバーンが起き上がった瞬間だ。


 幌の上から魔銃の魔法陣を発動させるタイミングを計っていたが、それよりも先に一部の冒険者がワイバーンに駆け寄った。

 剣を抜き、槍を携えて直接止めを刺そうとしているようだ。


 虎人の冒険者が横倒しになったワイバーンの首筋に、逆手に持った長剣を突き立てようとしたが、硬い鱗に弾かれて切っ先が僅かに刺さっただけみたいだ。


「くそっ、硬すぎて刺さりやしねぇ!」

「隙間だ、鱗の隙間に突き入れろ!」


 現場の様子を聞こうと設置した集音マイクからは、焦ったような冒険者の声が響いて来た。

 別の犬人の冒険者が、鱗の隙間に滑り込ませるようにしてワイバーンの腹に槍を突き入れる。


 こちらは一見すると深く刺さったように見えるが、角度が浅くなってしまうので、内臓に届くような攻撃にはなっていないようだ。

 冒険者達が大樹にとまる蝉のように取り付いた頃、ワイバーンが動き始めた。


「目を覚ましたぞ、離れろ!」

「ギャォォォォォ!」


 左の翼で打ち払われて、腹に槍を突き入れていた犬人の冒険者が人形のように跳ね飛ばされた。

 さらに振り回された尾によって、数人の冒険者が宙に舞う。


 接近戦を試みた冒険者達は、ワイバーンに止めを刺すどころか回復する時間を与えてしまったように見える。

 だけど、時間を与えられたのは俺も同じだ。


「キシャァァァァァ!」


 ワイバーンが大きく翼を広げ、冒険者に向かって威嚇の叫びを上げた瞬間、準備しておいた魔銃の魔法陣を発動させる。 

 ドンっと、まるで砲撃のような音が響き、一瞬で魔法陣とワイバーンの胸が炎の線で結ばれた。


 ところが、ズガ──ンっと凄まじい音を立てて吹き飛んだのは、ワイバーンの背後の雪原だった。


「うにゃ! 外したか?」


 ワイバーンは翼を広げた格好で動きを止めている。

 冒険者達も、雪原で起こった爆発に驚いて攻撃の手を止めていた。


 つかの間の静寂が訪れた雪原に、一陣の強い西風が吹いた。

 大きく広げた左の翼に風を受け、ワイバーンの身体は少し捻りを加えながら仰向けに倒れていく。


 その胸には、ポッカリと大きな穴が開いていた。

 雪煙を上げて、ワイバーンは倒れ込み、そのまま動きを止めた。


「うにゃぁぁぁぁぁ! ワイバーン、仕留めたぞぉぉぉぉぉ!」


 難敵に止めを刺した喜びに突き動かされて、幌の上で両手を突き上げて思いっきり叫んだ。

 にゃぁぁぁ、にゃぁぁぁ、と10回ぐらい叫んでから我に返ると、雪原にいる全ての冒険者が俺を眺めていた。


 ポカーンとしている冒険者達と、一人ではしゃいでいた俺の温度差が酷いことになっている。

 うん、これは結構恥ずかしいんじゃなかろうか。


 事情が飲み込めない冒険者達を離れて、シューレとセルージョが走って来るのが見えた。

 ライオスとガドが戻って来ないのは、チャリオットの成果をアピールする為だろうか。


「ニャンゴ! ニャンゴ!」

「やりやがったな、ニャンゴ!」


 戻ってきた2人を、幌からステップを使って飛び降りて出迎えた。


「やりました! 魔銃の魔法陣でドンとやってバーンですよ!」

「有能、ニャンゴは、超超超超超超有能!」

「よーし、ニャンゴのおかげで今夜は旨い酒が飲めるぞ!」


 シューレとセルージョに揉みくちゃにされていると、騒ぎを聞きつけた兄貴がシェルターから出てきた。


「ニャンゴ、終わったのか?」

「おうよ! ワイバーン仕留めたぜぃ!」

「やったな、ニャンゴ!」

「やったぜ、兄貴!」


 兄貴と手を取り合って喜んでいたら、シューレに2人まとめて抱え上げられてしまった。


「んー……今夜は見張りもないから、朝まで私が独り占めする」

「うにゃ……それは、ちょっと……」

「ニャンゴ、また自分だけ逃げるつもりじゃないだろうな」

「ふみゃ、そ、そ、そんなつもりは……」

「心配すんな、今夜の宴会の主役は間違いなくニャンゴだ。シューレでも独り占めは出来ないだろうぜ」


 セルージョの言う通り、今夜は祝宴が開かれるだろうし、イブーロ以外の冒険者からも色々聞かれることになるだろう。

 でも良く考えたら、むさ苦しいおっさん達に囲まれているぐらいなら、シューレに抱えられていた方が快適ではなかろうか。


「さて、ニャンゴ。そろそろ討伐の成果を自分の目で確かめに行こうぜ。ライオス達が陣取っているはずだ。シューレ、フォークスと留守を頼むぜ」

「仕方ない、ニャンゴの独り占めは夜までお預け……」


 それは実現するかは分からないが、確かに討伐の成果は近くに行って確かめたい。

 それに、しっかりとチャリオットの成果をアピールしないと、素材の取り分が大きく違って来るようだ。


 ブロンズウルフの時とは違い、イブーロ以外の街からも多くの冒険者パーティーが参加している。

 ここで名前を売ることは、ラガート子爵領全体、そしてエスカランテ侯爵領にも名前を売ることになる。


 名前が売れれば割の良い仕事、高額の依頼が入って来て、俺達の懐も暖かくなる。

 冒険者としての仕事は、魔物を倒しただけでは終わらないのだ。

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