第128話 作戦会議
ワイバーンを大きな猛禽類だと想定していたが、完全な誤りだった。
修正されたイメージは、ジェット戦闘機だ。
しかも装甲の厚さは戦車か装甲車を連想するほどだ。
撃ち掛けられた矢や投げ槍は、硬い鱗に跳ね返されていた。
たった一度の襲撃で7人の命が失われ、そのうちの2人は連れ去られてしまった。
その他にも10人以上の冒険者が、骨折などの怪我によって戦線から離脱するらしい。
ワイバーンの二度目の襲撃によって中継地全体が意気消沈したが、襲撃の直後にも次々と後続の冒険者達が到着し、新たな活気をもたらしている。
ラガート子爵家側には、イブーロの冒険者達も姿を現し始め、その中にはジルが率いるボードメンの顔ぶれも含まれていた。
「どうしたセルージョ、湿気た面しやがって」
「想像以上にヤバいぞ、ジル。今日だけで、もう10人もやられた」
「なんだと! 冗談……なはずねぇか」
まだ囮の牛は繋がれているが、襲撃前から中継地に居る者は必要性を感じていない。
牛など繋いでおかなくてもワイバーンは姿を現し、その囮になっているのは自分達だという自覚がある。
役に立つ自信は無いが、討伐の様子を見てみたいと思って中継地まで来た者は、既に撤収の相談を始めているほどだ。
中継地全体が危機感を募らせる中でも、一際切迫した様子の一団がいる。
空属性の集音マイクで話を拾ってみたら、ナコートの街の冒険者のようだ。
ナコートは、ブーレ山を回り込む街道のラガート子爵領側の出発地だ。
俺達がいる中継地よりは、ブーレの山の頂きからは距離があるが、それでも倍までの距離は無い。
ワイバーンが姿を現す可能性は低いが、楽観視出来るほどの距離ではないのだ。
今日のような襲撃が街中で行われたら、一体どれほどの被害が出るだろう。
ワイバーンが、こちらに興味を持っているうちに何としてでも仕留めるのだと、ナコートの冒険者達は決意を固めていた。
一方、ラガート子爵、エスカランテ侯爵、両家の騎士団も対応に動き出した。
集まった冒険者達の損害を少しでも減らすために、馬車の馬を集めて、騎士団の馬房で預かることにした。
これは、囮の牛の効果を上げるための措置でもあるのだが、その効果については疑問視する者の方が多い。
それでも、移動のための足が無くなると困るので、殆どのパーティーは馬を預けた。
チャリオットも馬を預け、夜の間は馬車の下に作ったシェルターで眠ることにした。
シェルターと言っても、馬車の荷台を屋根にして、地面を半地下に掘っただけのものだ。
ガドと兄貴が土属性魔法を使って地面を掘り、掘った土を馬車の荷台の底まで盛り上げて硬化させた。
出入口は、木箱の蓋を溝に沿ってスライドさせる形にしたので、風雨に晒される心配も無い。
それに万が一、ワイバーンに襲撃された場合でも、馬車が囮となってシェルターに居るメンバーは生き残る可能性が高くなるという訳だ。
結局その日は、昼前の襲撃以後ワイバーンは姿を現さなかったが、夜明け前に襲撃された経験があるので、日が暮れた後も野営地には緊張感が漂っている。
チャリオットとボードメンは、ブロンズウルフの時と同様に共同作戦を行う事にしたのだが、全くと言って良いほど討伐への道筋が立てられずにいた。
夕食を共に囲んで、ライオスやセルージョからワイバーンの襲撃の様子が語られたが、ボードメンの連中も信じられないと首を振るばかりだ。
「ガドでも止められそうもないのか?」
ジルの問いかけに、ガドはお手上げだと両手を揚げてみせた。
「エスカランテの連中がはね飛ばされるのを見ておったが、中には大盾を構えていた者もおった。それが蹴飛ばされた石ころみたいに宙を飛ぶのだ、とても1人の人間では止められん」
「ニャンゴ、ブロンズウルフを拘束した魔法はどうなんだ?」
「とにかく動きが速くて、捕まえられるかも分かりませんし、捉えたとしても引き千切られてしまうと思います」
「ライオス、どうするよ?」
話を振られたライオスも、いつになく返答に詰まっていた。
「今朝の襲撃は、悲鳴を聞いてから起きたので見ていないが、おそらく昼前の襲撃と同様の形だったと思われる。一撃離脱、正直に言って打つ手無しだ」
イブーロでトップクラスの冒険者であるライオスの打つ手無し発言を聞いて、重たい沈黙が漂う。
そんな中、ボードメンの一人が恐る恐る手を挙げながら提案した。
「あのぉ、
「網なんて、引き千切られるだけだろう」
「いえ、網で捕まえるんじゃなくて、網を絡めるんですよ」
「絡める……?」
サバスという熊人の冒険者は、イブーロの西にある山村の出身だそうだ。
そこでは、イノシシを捕まえるのに、丈夫な綱で編んだ網を使うらしい。
イノシシを勢子が追い立てて、逃げる方向に何枚も網を仕掛けて待ち構え、突っ込んできたら手を離す。
当然、イノシシは逃亡を続けるが、やがて足に網が絡み付き動けなくなってしまうらしい。
「イノシシが危険なのは、何よりもあの突進ですが、動けなくしてしまえば怖さは半分以下です。ワイバーンがどれほどの強さか知りませんが、網を何枚をも被せれば動けなくなるんじゃないですか?」
「なるほど……面白いアイデアだが、肝心の網はどうするんだ?」
「それは……これから作るんじゃ間に合わないか……」
確かに面白いアイデアだけど、泥縄ならぬワイ網だ。
一応、騎士団が所有している可能性が無いとも言い切れないので、ボードメンのメンバーが提案には向かった。
網を手に入れられる可能性は低いが、この話は俺にとって大いに参考になった。
これまでは、シールドやウォールを使って身体全体を止めようとしていたが、片方の翼をどうにかするだけでもワイバーンは飛べなくなるはずだ。
空属性で作った武器は軽いが、幸いにしてワイバーンの方から凄い勢いで突っ込んで来てくれる。
その勢いを逆手に取って、空属性で固定した物体に突っ込ませれば、もしかすれば飛行能力を奪えるかもしれない。
「ライオス……」
「なんだ、ニャンゴ」
「ちょっとアイデアが……」
俺が考えたのは、突っ込んで来るワイバーンの片側の翼の前に空属性魔法で障害物を作るという作戦だ。
イメージとしては、オークジェネラルとの戦いでゼオルさんを援護したやり方を更に強化する感じだ。
あの時は、バスターソードをイメージした分厚い刃を固定したことで、振り下ろされたオークジェネラルの腕は体重と戦斧の重さによって圧し折れた。
あれを更に強化すれば、ワイバーンの片翼を圧し折れるかもしれない。
例え地面に落とせたとしても、ワイバーンは危険な魔物だろうが、少なくともこちらからの攻撃が当てられるようになるはずだ。
「よし、ニャンゴはその作戦に集中してくれ。シューレは近くに待機して援護。何としてもワイバーンを地上に引きずり下ろすぞ」
一応、俺の作戦を中心としてチャリオットもボードメンも動くことになったのだが、人員の配置が決められない。
何しろ、これまでの襲撃は、いずれも予期していない方向からだ。
ワイバーンが、どの方向から襲ってくるかも分からない状態では陣形の整えようが無い。
ガドのような盾役を前面に配置しようにも、その前面がどっちなのかが分からない状態なのだ。
「一応、騎士団で囮を用意してくれてるんだ、囮の方向を前面だと仮定して、後は臨機応変に動くしかねぇだろう」
結局。このセルージョの意見が採用され、チャリオットとボードメンは夜明け前には配置に着くと決めて、ミーティングは解散となった。
馬車の下に作ったシェルターに戻ると、俺は明日の作戦の要だからと見張りのローテーションを免除された。
ライオス達は、どうやって攻撃するか打ち合わせを続けるようだが、俺は隅っこに持ち込んだ厚手の毛布に包まって丸くなった。
明日の作戦に備えて、十分な休養を取らなければいけないのだが、目を閉じると昼間の襲撃の様子を思い出してしまう。
ワイバーンは、いわゆる翼竜に近い姿なのだが、顔の形はワニに近く、長い尾を持っていた。
巨大な翼を兼ねた前脚を羽ばたかせて空を舞い、急降下によって速度を上げて突っ込んで来る狩りの方法は猛禽類に近い形なのだが、速度が段違いだし、何よりも身体が硬い。
攻撃魔法や槍を弾き返す鱗の下まで攻撃を通すには、相当な貫通力を必要とするだろう。
ギルドの射撃場の的を貫通した魔銃の魔法陣ならば、通用するかもしれない。
ただし、それは狙いを定めて命中させればの話で、俺が専念すべきはワイバーンを地上に落とすことだ。
例え、翼を折れなかったとしても、突進の勢いは確実に削がれるはずだから、動きを鈍らせられたら手持ちの魔法陣を総動員してでも地上に引きずり落としてやる。
突っ込んで来るワイバーンに対して、どんな形状で、どんな角度で、どこにぶつけるか……何度もシミュレーションを繰り返しているうちに、俺は眠りへと落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます