第126話 討伐へ出立
新しい年が始まって5日目、いよいよワイバーン討伐の依頼が公開された。
依頼を行う場所は、ラガート子爵領とエスカランテ侯爵領の境、ブーレ山の麓にある街道の中継地だ。
両家が共同で運営している騎士の駐在所の周囲には、広い草地が広がっているので冒険者が野営を行う場所には困らない。
ただし、まだ散発的にキラービーの襲撃があるそうで、討伐に参加する者は相応の覚悟が求められる。
騎士たちからすれば、大挙して押し寄せて来る冒険者にキラービーの掃討も任せようという魂胆なのかもしれない。
チャリオットには、ギルドマスター・コルドバスから参加要請のリクエストが届けられていた。
本来のワイバーン討伐に対する報酬の他に、参加費用が支払われる形だ。
リクエストの内容は、依頼への参加と速やかな討伐。
ワイバーン討伐ともなれば、依頼をしなくても多くの冒険者が参加して、イブーロ周辺での本来の討伐業務などが滞る恐れがある。
なので、さっさと倒して、さっさと冒険者を引き上げさせろという訳だ。
チャリオットの馬車は、5日の早朝にはイブーロの南門を出て、目的の中継地を目指して街道を進み始めていた。
その時点では、ワイバーン討伐依頼は公表されていなかったが、前もってコルドバスから連絡が入っていたのだ。
リクエストを受ける特権みたいなものだが、早く倒せという催促の裏返しでもあるが、その特権を活かせるように万端の準備も整えてある。
と言うよりもチャリオットは、人間のコンディションさえ整っていれば、いつでも出発出来る体制を常に整えてある。
装備品の殆どは、手入れを済ませた状態で自前の馬車に積み込まれているし、馬のコンディションは常にガドが整えている。
あとは、セルージョやガドが深酒して二日酔いでなければ、いつだって出発が可能なのだ。
今回の討伐には、兄貴フォークスも同行する。
当初は、留守番という案もあったのだが、討伐の現場を見てみたいという兄貴の希望を叶えたのだ。
勿論、兄貴が行くのは野営を行う場所までで、実際にワイバーン討伐に出る訳ではない。
それでも現場の空気を知るのは、後々役に立つと思う。
チャリオットの馬車は、ガドが手綱を握り、その右隣に俺が座った状態で進んで行く。
俺の役目は御者台に当たる風を防ぐのと、馬車右前方の監視だ。
「ニャンゴが居てくれるおかげで、真冬だというのに御者が苦痛でなくなったわい」
「風除けならば、いつでも任せて下さい」
「今日は追い風じゃが、帰りは向かい風になるじゃろう。よろしく頼むぞ」
往路は街道を南に向かうので、北寄りの風が追い風となるが、帰り道では当然向かい風となる。
帰り道は、馬車全体を覆う風除けを作って、馬の負担も和らげる予定だ。
ライオスとセルージョは、出立が早かったので馬車の荷台にもたれて眠っているようだ。
シューレは兄貴を膝の上に抱えて、馬車の後方を監視している。
兄貴はシューレの膝の上で、採掘場から持ち帰った土を捏ねていた。
円盤の形にしては崩し、また円盤の形にする。
ゴブリンの心臓を食べてから、扱える魔力が増えて戸惑っていたが、だいぶ慣れてきたらしい。
最初はガタガタだった円盤も、今は綺麗に形作れるようになっている。
硬化の度合いも上がっているようで、例えばナイフの形に固めれば、耐久性には欠けるが武器として使用できる程度の硬度には出来るようだ。
それに伴って、シューレは兄貴に投擲の指導を始めた。
身体を鍛えるために、棒術の訓練は続けるが、身体の大きな相手と正面から戦うには分が悪い。
そこで、投げナイフの技術を教えるそうだ。
身体の大きな敵とは距離を保って投擲武器によって牽制し、逃げ切ることに主眼を置くようだ。
シューレが学んだ流派には、小さな投擲武器を用いた戦闘術があるらしい。
大きさは大人の親指の爪程度で、馬の蹄のような形をしているそうだ。
そんな小さな物ではダメージを与えられないと思ったのだが、熟練した者が投げ付けると敵の身体に食い込んでしまい、外から取り出せなくなるらしい。
異物が手足に食い込んでいる状態では、達人であっても万全の動きが出来なくなり、結果として逃げ切る可能性を増やせるという訳だ。
年越しのパーティーの時にも兄貴はボーデ達に狙われていたし、この先イブーロで順調に仕事をしていけば妬まれたりもするだろう。
兄貴が身を守るために術を持っていれば、俺としても安心だ。
それに、投擲武器を瞬時に自分で作れるようになれば、弾切れを心配しなくても良い。
あれ? もしかして、兄貴でも冒険者として討伐……いや、そこまでは難しいか。
俺達がワイバーン討伐に出ている間、兄貴には馬車の留守番をしてもらう予定だ。
中継地に馬を残していくので、飼い葉や水を与える世話役も務めてもらう。
まだ散発的にキラービーの襲撃があるのが不安だが、その時は荷台に積んである丈夫な箱に隠れてやり過ごしてもらう予定だ。
中継地へ向かう途中で一泊した村も、ワイバーン討伐の話題で持ちきりだった。
ラガート子爵領内では、今朝一斉に依頼が公表されたそうなので、既に中継地を目指して出発した者もいるらしい。
ギルドマスターからリクエストを受けているから、俺達はイブーロの街では少しだけ早く知れたけど、早く着くという意味では地理的なアドバンテージの方が大きい。
「早く着くメリットは、野営地で良い場所をキープできる程度のもんさ。単独パーティーでワイバーンを仕留められる連中がいるとも思えねぇしな」
セルージョが言う通り、Aランクの魔物であるワイバーンは、そう簡単に倒せるものではないらしい。
Bランクのブロンズウルフと較べたら、なによりも空を飛ぶのが厄介だ。
とにかく、こちらの攻撃が届く距離まで近付くか、寄って来てもらわないと話にならない。
それに、仕留める前に逃げられてしまったら、また一からやり直しだ。
「そこはニャンゴ、お前の出番だぜ。あのブロンズウルフを拘束した魔法で、ワイバーンを逃がさないように捕まえていてくれよ」
「そうですね……でも今回は、あっさり倒しちゃうかもしれませんよ」
「おぅ、こいつは頼もしいな。だがニャンゴ、ただ飛ぶだけじゃAランクに分類されたりしねぇぞ。舐めて掛かるなよ……」
「分かってます。でも、空を飛ぶって強みだけじゃないですよね」
「はぁ? どういう意味だ?」
「もし、空の上で、突然飛べなくなったら……どうなります?」
「そいつは……なるほど、地面に落ちるだけでもダメージを食らうのか」
「まずは、空から落としてやりましょうよ。地面の上で拘束すれば……」
「あとは袋叩きってことだな?」
「はい、その通りです」
ワイバーン討伐の話を聞いてから、いくつもの作戦を考えた。
ただのウォールやシールドでは破られてしまうと思うので、粉砕や魔銃、雷の魔法陣などもフル活用してワイバーンを落とすつもりでいる。
どんなに強力で、どんなに固い魔物であっても、電気ショックなら通用するだろうし、衝撃や貫通力マシマシの魔銃の攻撃ならば通るだろう。
猫人の地位向上の一助にするためにも、ブロンズウルフに続いて止めを刺したい。
宿では、ライオスとセルージョが同じ二人部屋、シューレと俺と兄貴で別の二人部屋、ガドは馬を見張りながら馬車で一夜を明かすそうだ。
イブーロ以外の街や村は初めてなので、兄貴は緊張しつつも興味津々といった様子だ。
「ニャンゴ、世界って広いんだな」
「兄貴、まだこんなの世界のほんの一部だぜ」
「そうだな。でも実家に残った兄貴や親父は、この村も街も知らずに一生を終えるんだろう?」
「たぶんね。俺はオラシオと約束したから、いつか王都まで行くつもりだぞ」
「王都かぁ、イブーロでも驚いたのに、王都はもっと凄いんだろうな」
「話で聞くだけじゃ分からないから、自分の目で見て確かめるよ」
「王都か……」
俺には前世の記憶があるから驚かないが、アツーカ村を出て、イブーロで暮らし、今回また別の街や村を見て、兄貴にも思うところがあるらしい。
だけど、この世界では旅をするだけでも命懸けだ。
一生遊んで暮せるほどの財力があるならば、優秀な護衛や世話役を雇って旅をすれば良いが、ただの猫人には難しい。
旅をしながら行く先々で金を稼ぎ、更に旅を続けるには、相当な才覚が必要だ。
俺はチャリオットで経験を積み、いずれ王都まで行くつもりだが、正直兄貴には厳しいと感じる。
俺が護衛や世話役を務めて、兄貴を王都まで連れて行くのは、何か違う感じがする。
それに偏見かもしれないが、王都はイブーロ以上に猫人には厳しい世界のような気がしている。
「王都か……」
シューレが風呂に入っている間、ダニ退治を終えたフカフカの布団に転がりながら、兄貴は何度も呟いていた。
その兄貴を風呂で丸洗いして、温風でフワフワに仕上げ、シューレの抱き枕として差し出す。
かくして俺は、二つあるベッドの片方を一人で占拠して、グッスリと朝まで眠らせてもらった。
許せ、兄貴よ……。
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