第125話 希望に満ちた若者たち
ジェシカさんの部屋で踏み踏みな一夜を過ごした俺は、レイラさんをアパートまで送ってから拠点に戻ることにした。
ギルドの休みは今日までで、ジェシカさんは明日からシフト勤務に入るらしい。
ギルドがこんなに早くから仕事を始めるのは、地方から出て来る若者対策のためだ。
レイラさんを送っていく道すがら、街では大きな荷物を抱えた若者の姿が多く見られた。
「毎年、こんなに人が集まって来るんですか?」
「そうよ。村に居ても仕事が無い人は街へと流れて来る。でも全員が良い仕事に就けるわけではないわ」
「そうですね……」
俺の近くには、街に出て来たものの仕事にあぶれ、心無い人に騙され、貧民街に転落した兄貴という実例がいる。
出来るならば猫人の地位を向上させて、兄貴のような思いするを人を一人でも減らしたい……なんて思っても、実際にどうすれば良いのか思い付かない。
冒険者ギルドのマスター、コルドバスには学校占拠事件の褒賞金を値切られた時に、猫人の地位向上のためのアドバイスを頼んだのだが、今のところすぐに成果に繋がるようなものは得られていない。
「ニャンゴ、難しい顔して何を考えているの?」
「にゃ? ちょっと猫人の扱いについて……」
兄貴の事情を貧民街での生活についてはボカしながら説明すると、レイラさんは俺を通りが見渡せるカフェへと連れていった。
「うみゃ! このスコーン、うみゃ! クルミいっぱいでバターの香りがして、うみゃ!」
「ニャンゴ、食べながらで良いから、通りを良く見て」
「うにゃ? 通り……?」
「あちら側が乗り合い馬車の停留所、こっちがギルドや宿屋が集まっている区画よ」
レイラさんの指差した方向からは、大きな荷物を背負ってキョロキョロと街を眺めている若者が次々と通っていく。
いかにも地方から出て来ましたという感じが丸出しだ。
たぶん、俺もイブーロに来た直後は、あんな感じだったのだろう。
そうした若者のところへ、すすっと寄っていく者がいる。
何事か身振りを交えて話をしているが、ここからは距離があるので内容までは分からない。
空属性魔法の集音マイクを作ろうかと思っていたら、その2人の所へ官憲の制服を身に着けた別の2人が歩み寄っていった。
その途端、話し掛けていた人物は、少し慌てた様子で地方から出て来た若者から離れていった。
「今年は、更に露骨になってる感じね」
「レイラさん、あれって……?」
「簡単に言うと、質の悪い勧誘ね。声を掛けられていたのはリス人の女の子でしょ。一部のマニアには需要があるのよ」
「マニア? 需要……?」
リス人は猫人同様に身体は小さいのだが、外見は人の子供にリスの耳とフカフカの尻尾が生えた感じだ。
要約すると、ケモ耳尻尾の幼女好きのロリコンに人気が高いということらしい。
さっきの勧誘は、日本で言うなら風俗やアダルトビデオのスカウトみたいなものなのだろう。
本人が内容に納得して、その仕事を選ぶのであれば問題無いのだろうが、兄貴のように騙されたり、内容も良く知らされずに連れて行かれるのは問題だ。
「官憲も取り締まりを強めているみたいだけど、手が回りきらないみたいね……」
こうした事案の背景には、イブーロのような街とアツーカのような村との経済格差があるらしい。
まさか異世界で、こんな経済問題を目にするとは思っていなかったが、人が営みを続けているのだから起こらない方がおかしい問題ではあるのだろう。
そして、経済格差は街と地方だけでなく、人種間にも生じている。
猫人などの身体が小さい人種は総じて貧しく、富裕層には獅子人やトラ人などの人種が多い。
「歩いて来る猫人の若者を良く見て、ニャンゴ」
「にゃ? あっ……」
レイラさんに言われて、すぐに気が付いた。
何と言うか、猫人の若者は見た目が小汚かった。
毛並みはボサボサで、雑草の種が絡んでいたり、着ている服も薄汚れている感じがする。
他の人種の若者に較べると、明らかに見劣りするのだ。
「ニャンゴの家って、お金持ちだった?」
「ううん、食べていくのがやっとだった。俺が魔法を使えるようになって、毎日の食事も良くなっていたけど、それまでは……」
「あれだと、良い仕事に就くのは難しいわよね。私が初めてニャンゴを見た時、すごく身なりがきれいだったし、臭わないから驚いたのよ」
「たしかに、猫人は風呂嫌いが多いみたい……」
クローディエ達と行ったケーキ屋で、金持ち連中から蔑まれたのと同様に、一般の人からも猫人は不潔さで敬遠されているようだ。
身なりが悪いから良い仕事に就けない、だから貧しくて身なりに気を使う余裕が無くなる。
猫人本来の物ぐさな性質も加わって、負のスパイラルが発生しているようだ。
だからと言って、街を歩いている猫人を捕まえて、いきなり風呂に放り込んで丸洗いなんてできないし、地位向上への道程は遠そうだ。
「ニャンゴは、猫人をどうしたいの?」
「普通に……普通に暮らせるようになれば、それで十分なんだけど難しい気がする」
「そうね。ニャンゴぐらいの才能があれば難しいことではないけれど、普通の猫人が暮らしていくには、街は優しくないわね」
それでも、村で育った猫人は夢を抱いて街に来る。
猫人専門のハロワークみたいなものや、職業訓練校みたいなものでも作らないと駄目なのかもしれない。
まったく、何で猫人ばかり、こんな姿に生まれてくるのだろうか。
この世界の神様の気まぐれには、少々どころかかなり腹が立つ。
「まずは、フォークスを自立させることね。そうすれば普通の猫人が自立するための道筋が開けるんじゃない?」
「そうですね。まずは兄貴から何とかします」
とは言ったものの、兄貴の場合は貧民街で辛酸をなめているので、あんな生活には戻りたくないという必死さがあるが、街に出て来たばかりの猫人に求めるのは難しいだろう。
それに、兄貴にはゴブリンの心臓も食べさせてしまった。
平均的な猫人の魔力指数より、確実に兄貴は上回っているはずだし、同列に扱っても同じ結果にはならないだろう。
いっそイブーロに住んでいる猫人を集めて、ゴブリンの心臓食べる会でも開いた方が良いのだろうか。
ファティマ教では、魔物の生肉を食べることを禁忌としているが、食べたからと言って魔女狩りの魔女のような扱いを受ける訳ではない。
冒険者の中では、魔物の心臓を食べて魔力を増やす方法は知られているようだし、実際に行っている人もいるようだ。
ただ、暗黙の了解であって、大ぴらに募集をして食べさせる……みたいな事を行った場合、どんな反応が戻ってくるかは不明だ。
魔物の心臓を食べて命を落とす猫人が続出したら、猫人のイメージを更に悪くしかねない。
急激に体内で高まる魔力を消費する必要があるので、ゴブリンの心臓を食べさせるにしても、属性魔法を頻繁に使っている者でないと危険だ。
ましてや、オークの心臓の場合には命にかかわるような反応が出る。
あの後、兄貴には忠告しておいたが、ゴブリンの心臓を食べた者が、冒険者になってオークの心臓を不用意に食べないように注意しておかないと駄目だろう。
まぁ、冒険者になろうなんて猫人は稀だから、大丈夫だとは思うけど、強い魔法が使えるようになれば考えも変わる。
「ニャンゴ、ワイバーンを倒しなさい」
「みゃっ? 俺が……?」
「そうよ。猫人のあなたがワイバーンを倒せば、世間の猫人への見方も変わるわ」
「でも、ブロンズウルフに止めを刺しても、あんまり変わっていないような……」
「そうね。だから、もっと目立ちなさい。Bランク、Aランクと出世して、猫人の冒険者ニャンゴの名前を世間に知らしめるのが、貴方に出来る一番良い方法だと思うけど……」
「なるほど……」
これまで、結果的に目立ってきたけれど、俺的にはなるべく目立たないように行動してきたつもりだ。
だが、猫人の地位向上を考えるならば、俺が目立った方が良いのかもしれない。
猫人でも、冒険者として大成出来る。
猫人でも、他人よりも多くの仕事をこなせる。
猫人でも、金を稼げる……となれば、世間の見方も変わるのかもしれない。
「ニャンゴが有名になっても、他の猫人が今と同じだと状況は変わらないわよ。それでも、象徴となる人が居るのと居ないのとでは違ってくると思うわ」
「でも、それって俺が他の猫人の手本になれってことだよね」
「そうだけど、そんなに難しく考えなくても良いんじゃない? 格好良い男になりなさい」
「なるほど……でも、格好良い男か……」
初めて会った時、俺に暴力を振るった馬人の冒険者を注意しようとしたライオスは格好良かった。
逆に、俺を後から襲って返り討ちにされた馬人の冒険者は格好悪かった。
セルージョはちょっと軽薄な感じはするけど、ここぞという時には芯が通っていて格好良いし、ガドは寡黙だけど、兄貴の面倒も見てくれてる優しさがあって格好良い。
ボーデは勿論格好悪いし、ブロンズウルフの手柄を横取りしようとしたテオドロも格好悪い。
「卑怯な真似はせず、弱者に思いやりを持ち、引き際を誤らない……格好良い冒険者になりなさい」
「うん、今出来ることを一つずつ着実に積み重ねてみます」
通りを不安そうに、でも湧き上がって来る期待に胸を躍らせつつ歩いていく若者を眺めながら、レイラさんとお茶を楽しんで拠点に戻った。
さぁ、俺の休日も今日でおしまいにして、明日からはワイバーン討伐に向けて準備を進めよう。
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