第124話 一年の始まり
俺は、やり遂げた。
年越しのパーティーは新年を知らせる鐘の音と共に最高潮を迎え、酔い潰れた奴からリタイヤするグダグダな幕引きだった。
俺は頃合いを見計らったレイラさんとジェシカさんに、お持ち帰りされる形で退場した。
新年早々、まだ酔い潰れていなかった連中から強烈なブーイングを浴びせられながらの退場劇だった。
俺が退場した時点では、チャリオットのメンバーは全員健在で、ギルマスのコルドバスとテーブルを囲んでいた。
兄貴は、シューレに持ち帰るように頼んだから大丈夫だろう。
冒険者ギルドから通りを渡った斜め向かいのレイラさんのアパートへ到着すると、入口を入った途端、俺をお持ち帰りしていた2人が抱っこ星人に変身した。
「ニャンゴ、運んでぇ……」
「ニャンゴさん、私もぉ……」
「えぇぇ……」
てか、今夜はレイラさん、そんなに飲んでなかったと思うけど……。
3階の部屋まで、レイラさん、ジェシカさんの順番で運んで、お冷を用意して、風呂の準備を整えた。
「ニャンゴ、脱がしてぇ……」
「私もぉ……」
「はぁぁ……」
2人を脱がせて、風呂場に運んで、隅々まで丁寧に洗って、丸洗いされて、お湯のシャワーで流して、温風で乾かして……疲れた。
これまで断片的な記憶しか無かったけど、ジェシカさんは脱いだら凄かった。
何が、どう凄かったのかは……ご想像にお任せする。
俺は……ジェシカさんのモフモフな尻尾の付け根まで洗った……洗った。
2人をベッドまで運んで、風呂上がりのお冷を用意して、更に翌日の昼近くまで抱き枕を務めたのだから、俺は褒められたって良いはずだ。
朝には目覚めていたが、レイラさんとジェシカさんの間にムニっと挟まれて、脱出不能だった。
家具工房ディアーコの身辺警護をした晩も、エリーサとリリカに挟まれて眠る羽目になったが、寝巻一枚でもあるのと無いのとでは密着度が違うのだ。
それに、ボリューム感もアップしているので、大変寝苦しかった。
羨ましいなんて、とんでもない話だ。
下手をすれば命に係わる状況だし、楽しむなんて……ちょっとだけだ。
しかも、起きたら起きたで、朝シャンのお世話して、洗濯、乾燥、風呂場の片付け……正月早々から働きすぎじゃない?
てか、イブーロの女性は家では裸族なの? これが標準なの?
「はぁ……終わった」
「70点」
「えぇぇ……採点が厳しすぎる」
「いい男は、女性に疲れなんて見せちゃ駄目よ。ねぇ、ジェシカ」
「そうですねぇ、2人を相手にするんですからねぇ」
「なんか、これで周囲から妬まれるなんて割が合わない気がする……」
たぶん、こんな話をしても本気にされないだろうし、ノロケか……とか言われそうな気がする。
「あら、ニャンゴ。夜中に踏み踏みして、いっぱい甘えてたわよ」
「ふみゃっ?」
「私も、いっぱい踏み踏みされちゃいました」
「うにゃ……そんなことは……無いとは言いきれない……」
「覚えていないなら、今から踏み踏みする?」
「踏み踏みしちゃいます?」
「け、結構です! てか、2人ともいい加減に服を着て下さい。風邪引きますよ」
まったく、少しは慎みというものを持ってもらいたい。
そんな格好で尻尾を振り振りされたら、じゃれ付きたくなっちゃうじゃないか。
朝食抜きで、もう正午近くなので、お腹がペコペコだ。
拠点に戻る前に、どこかで食事とおもったのだが、新年初日は多くの店が休みになってしまうそうだ。
「しょうがないですねぇ。私の家でごちそうしてあげますよ。レイラさんもどうぞ……」
「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうわ」
着替えを終えた2人と一緒にアパートを出ると、街は休日の賑わいをみせていた。
商店や飲食店は殆どが明後日からの営業だが、教会前の広場には多くの出店が並んでいる。
そんな街を2人と腕を組んで歩いているのだが、完全に捕まった宇宙人状態だ。
ステップを使って高さを調整しているが、空属性魔法が使えなかったらダラーンと伸びてしまっていただろう。
美女2人と腕を組んで歩くなんて羨ましいと思うだろうが、ペースを合わせて歩くのは大変だ。
そもそも、猫人は身体が小さいし、足も長くない……というか短足だから、結構な急ぎ足で歩かなくてはならない。
そんなに忙しない思いをするくらいなら、大人しく抱えられていれば良いと思うかもしれないが、そこは男としての意地というものがあるのだ。
まぁ実際の絵面は、両脇から抱えられ、空中で足をバタバタしているようにしか見えないんだけどね。
ジェシカさんの家に行く途中、教会に寄って新年の祈りを捧げていく。
この国では、女神ファティマを祭った教会が信仰の中心だが、人々はあまり熱心に祈りを捧げていない。
新年や春分の日に行われる巣立ちの儀には多くの人が集まって来るが、雰囲気としては日本の初詣に近い感覚だ。
女神ファティマの像が祭られた祭壇に向かって跪き、手を組んで一年の健康を祈る。
商売繁盛のご利益があるかは分からないが、兄貴の仕事が上手くいくように祈っておく。
ファティマ教は、日本の神社仏閣に較べると質素な感じで、お守りだとか絵馬のような物は売られていない。
一部の露店ではファティマ像が売られたりしているが、教会自体は商売にはしていないようだ。
拝金主義ではない素朴な感じは好ましいと思うが、元日本人としては、正月にはおみくじを引きたいなんて思ってしまう。
そう言えば、前世の親は元気なのだろうか。
いじめられた末に、階段から突き落とされて死んだ時、両親は40代だった。
直後に転生したならば、今頃は還暦近いはずだ。
何の親孝行も出来ずに死んでしまって、今になって申し訳ないと思ってしまった。
日本に戻る術は無いから、せめてこちらの世界の親に孝行しよう。
この前、仕送りを持って帰ったから、次は春分の頃にでも帰省するか。
それまでに、兄貴の仕事の格好がついていると良いな。
ワイバーンの討伐も始まるだろうし、今年も忙しい一年になりそうだ。
ジェシカさんの部屋に行く途中、露店で首飾りをねだられてしまった。
祭りの露店なので、それこそ玉石混交なのだろうが、目利き2人が認めた店なら間違いはないのだろう。
レイラさんには黄色、ジェシカさんには青、そしてシューレに赤い色石を使った首飾りを買った。
まがい物ではないようだが、そんなにお高い品でもなかったので助かった。
アパートに着いて、暖炉に火を入れて部屋が暖まると、ジェシカさんはポイポイと服を脱いでゆく。
「ちょっ! ジェシカさん、どこまで脱ぐつもりなんですか!」
「えぇぇ……だって、もう出掛ける予定も無いし、ほら、ニャンゴさんに買ってもらった首飾りはちゃんと着けてるわよ」
「いや、そういう話じゃ……って、レイラさんまで」
気付けばレイラさんも、スルスルと服を脱いでいる。
やっぱりか、やっぱりイブーロの女性は裸族なのか?
「んー……今日は、ジェシカの所に泊めてもらっちゃおう」
「どうぞ、どうぞ……勿論、ニャンゴさんもですよ」
「えぇぇ……そんなぁ」
「30点、美女2人から誘われて、そんな顔してちゃ駄目よ、ニャンゴ」
「そうですよ。シューレさんにも首飾り買ったから大丈夫ですよ」
「はぁ……とりあえず、何か食べさせて下さい」
「いや~ん、ニャンゴに食べられちゃう」
「あら、私も食べ頃ですよ、ニャンゴさん」
そうではなくて、さっきから不満を訴え続けている俺の胃袋を満たしてほしい。
てか、目のやり場に困るんですけどぉ!
ジェシカさんもレイラさんも、完全休日リラックスモードのようだ。
聞けば、休み明けはギルドは忙しくなるそうだ。
「それって、ワイバーンの関係ですか?」
「ううん、年が明けたから、仕事を求めて出てくる人が増えるからですよ」
「そうか、去年の兄貴みたいな感じか」
こちらの世界は、学校は春分の日を境にして新しい年度が始まるのだが、一般の仕事は年の始めと共に新しい1年が始められる。
年明けは、周囲の村から農家の次男坊や三男坊などが、仕事を求めてイブーロへと出て来る。
仕事の多くは商工ギルドの方で扱うのだが、学校を卒業してから冒険者を志す者も少なくないので、冒険者ギルドも忙しくなるらしい。
「ニャンゴさんほど有能な方は望めないでしょうが、せめて常識的な行動の出来る人だと助かるんですが……」
「ワイバーンの討伐で、ベテラン連中が抜けていると面倒そうね」
「はぁ……今から考えるだけでも憂鬱です」
村を出て、イブーロで冒険者を目指す者は、自分の村では腕っぷしの強い部類で、言わば少々天狗になっている者が多いそうだ。
当然ながら、街にいる冒険者としての先輩達と、腕っぷしの強さを巡って衝突が起こってしまうらしい。
「ニャンゴさん、ワイバーンなんかサクっと討伐しちゃって下さいね」
「いや、そんなに簡単には討伐出来ないでしょう」
「あら、ニャンゴなら大丈夫じゃない?」
「そうです、ニャンゴさんなら大丈夫ですよ。手早く倒していただけるなら……」
「イブーロのために頑張ってくれるなら……」
「くれるなら……?」
この後、めっちゃ踏み踏みした……。
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