第123話 年越しのパーティー 後編
「レイラさん、怖いおじさん達が睨むんですぅ」
「あらあら、それはいけないわねぇ……」
「ジェシカさん、猫人への差別が酷すぎると思うんですぅ」
「それは改善しないといけませんねぇ……」
えぇ、こうなったらもうヤケだよ。
どうやったって恨みを買うなら、思いっきり買ってやろうじゃないか。
隣り合わせに座ったレイラさんとジェシカさんの膝の上に座り、レイラさんの左乳とジェシカさんの右乳に頭を預けている。
この妙なる感触の微妙な違いを堪能しちゃいますよ。
「はい、ニャンゴ、あ~ん……」
「あ~ん……うみゃ! この鶏肉うみゃ!」
「オーロードリのローストよ。イブーロの年越しではオーロードリのローストは欠かせないのよ」
右からレイラさんに、ご馳走を食べさせて貰っていると、左からジェシカさんがカップを差し出して来る。
「はい、ニャンゴさん、ミルクですよぉ~」
「うにゃ! このミルクもうみゃ……って、お酒……?」
「入ってませんよ。この後、隅々までちゃ~んと洗ってもらうんですから、酔っぱらってもらっちゃ困ります」
「みゃみゃ、レイラさんにジェシカさん、2人も洗うのは大変そうにゃ……」
「あら、大丈夫よ。ニャンゴは洗うの上手だし、とっても手際が良いわよ」
「そうなんですよね……レイラさん、どんな風に教えたんですか?」
「それは、後でお風呂場で実演して見せてあげるわ。ねぇ、ニャンゴ」
「ふみゃ……頑張ります」
年越しのパーティーだけど、目出度いどころか殺伐とした空気さえ漂っている。
「どうなってんだよ、ジェシカまで持っていくつもりなの?」
「シューレは別の猫人を抱えてやがるし」
「弟子だから、手出ししたらタダじゃ置かないって話だぞ」
「なんで猫人なんかが、こんなにモテんだよ」
「馬鹿、あのニャンコロはボーデを手玉に取るほどの腕前だぞ」
女っ気が欲しいなら、こんな冒険者が集まるパーティーじゃなく、もっと別な場所に行けば良いと思うのだが、不遇なおっさん達が歯ぎしりしている。
「ほほう、両手に花とは豪勢だな……」
「あっ、コルドバスさん、今年は色々とお騒がせしました」
「お騒がせどころか、大活躍してもらって助かってるぞ。でなきゃ、ジェシカがそこまでサービスしないだろう」
「そうなんですか? ジェシカさん」
「さぁ、どうでしょうねぇ……でも、ニャンゴさんが今年のナンバーワンルーキーなのは間違いないですよ」
ルーキーの間で序列みたいなものがあるのか分からないけど、俺としては出来る範囲の事を夢中でやってきただけだ。
それに、俺一人の力では出来なかった事の方が多いだろうし、慢心しないように気をつけようと思いつつも、今日のところは綺麗どころを独り占めさせてもらっちゃうけどね。
「ナンバーワンとか良く分からないけど、来年も受けた依頼は精一杯頑張りますよ」
「ほう、そいつは頼もしい。ライオス、年明けは大きい仕事は入れないでおいてくれ」
「了解です。ブーレ山ですね?」
「あぁ、出来れば、さっさと片付けてもらわんと、他の討伐の仕事が溜まっちまうからな」
今はまだ、正式にワイバーン討伐の依頼が出されていないが、提示されればブロンズウルフの時と同じような状況が起こるのだろう。
冒険者として名を売るために、みんながワイバーンを仕留めたという実績を欲しがるのだ。
「まぁ、次もうちが仕留めさせてもらうぜ」
「セルージョ、そいつは間違いだぜ」
「なんだよジル、何か秘策でもあるってのか?」
「いや、そうじゃねぇ。ブロンズウルフを仕留めた時、ニャンゴはまだチャリオットのメンバーじゃなかっただろう」
「おっと、そうだったぜ。じゃあ、今度はチャリオットが仕留めさせてもらう……これなら文句ねぇな?」
「いやいや、大有りだ。次は俺達ボードメンが仕留める番だ」
「調子に乗って、バクっとやられんなよ」
「そん時は、腹を掻っ捌いて出てきてやるぜ」
「空の上から、真っ逆さまじゃねぇのか?」
「そこは……根性で何とかするさ」
いやいや、根性で何とかなるのは数メートル程度でしょ。
てか、いくらワイバーンが大きくても、ジルを丸呑みとか無理でしょ。
年越しのパーティーは、いわゆる無礼講みたいで、ギルドマスターのコルドバスも襟を緩めて酒を飲み始めた。
元Aランク冒険者だそうだから、こうした席は慣れたもののようだ。
時間を追うごとに、どこのテーブルも混沌とし始める中、兄貴がシューレの膝から降りた。
「兄貴、どこ行くの?」
「ちょっと、トイレ……」
さすがのシューレも、トイレまでは付いていかないようだ。
少し迷ったけど、俺も連れションしてこよう。
「ジェシカさん、レイラさん、俺もちょっと……」
「ちゃんと戻って来て下さいね」
「戻って来なかったら……」
「大丈夫です、すぐ戻って来ますから」
兄貴の姿は、大柄な冒険者たちに隠れて見えなくなっている。
間を抜けて行くのは大変そうだから、ステップを使って頭の上を失礼させてもらった。
早く行かないと、ちょっとピンチっぽいからね。
兄貴のシャツのポケットには、空属性魔法で作った集音マイクを仕込んである。
ついでに、そのマイクを中心として、探知用のビットも配置済みだ。
兄貴が酒場を出ると、その後から4,5人が後をつけていた。
顔形までは分からないが、体格からして冒険者だ。
連れションにしては人数が多いし、トイレがある廊下の入口に2人残ったのも変だ。
入れ違いで1人出て行き、トイレの中に兄貴しかいないのもバッドタイミングだ。
「にゃ、にゃんですか……」
「にゃんですかじゃねぇ……がっ!」
集音マイクを通して兄貴と正体不明の男の怒号が聞こえた瞬間、2人の間を空属性魔法の壁で仕切った。
「くそっ、にゃんころめ! どこにいやがる!」
壁で思いっきり顔を打った男が吼える。
この声は、たぶんボーデなんだろう。
トイレの方へと近づくと、廊下の入口を固めている2人にも見覚えがある。
「兄貴、壁で守ってあるから、安心して用を足していいぞ」
「ニャンゴ、どこにいるんだ?」
「今、そっちに向かってる。大丈夫だから、洩らすなよ」
「わかった。危ういところだけど、大丈夫だった……」
廊下の入口を固めている2人向き合うと、トイレの中から男が3人飛び出してきた。
そのうちの1人は、やっぱりボーデだった。
「俺に敵わないから兄貴を狙うとは……せこいですね」
「うっせぇ! このインチキ野郎!」
「あれあれ? 2回も叩きのめされたのに、まだ分からないんですか?」
「ふん! 減らず口を叩いていられるのも今のうちだ。ここから俺が火球を撃ち込めば、にゃんころのローストの出来上がりだぞ。もっとも焼き過ぎて炭になっちまうだろうがな」
「どうぞどうぞ、出来るものなら、やってみて下さい」
確かに狭いトイレの中に、ボーデが全力の火球を撃ち込めば、普通なら逃げ場を失って黒焦げになるでしょう。
でも、話をしている間に、トイレの入口は空属性魔法で作った壁で塞いである。
「お前、俺がやらないと思ってんだろう? 年越しのパーティーじゃ魔法まで使った乱闘も珍しくねぇんだぜ。あぁ、酔っ払って手が滑りそうだぜ……」
ボーデは全く気付いていなかったが、隣にいる牛人の男は、俺が焦っていないのを見て、トイレの入り口を確かめた。
「やべぇぞボーデ、ここも塞がれてる」
「なんだと!」
いやいや、トイレの入口を塞いたのではなく、3人を取り囲むように壁を作ってある。
ボーデが渾身の火属性魔法を使っていれば、3人が丸焦げになるところだったのに。
「くそっ、手前、出しやがれ!」
3人が壁の中で暴れ始めたので、新たな壁を作って、残りの2人も同じ囲いの中に入れた。
「兄貴、壁際を通れるようにしたから、出て来ていいよ」
「大丈夫なのか?」
「勿論、大丈夫、大丈夫」
恐る恐る、トイレから出て来た兄貴に、シューレの所に戻るように言って、代わりに俺が用を足しにトイレに入った。
「手前、ふざけんな! さっさと出しやがれ!」
「ちょっと待ってて下さいね。もうちょっとで終わりますから……ふぅ」
「手前! 舐めてんじゃねぇぞ!」
「うるさいなぁ……俺に舐められる程度の存在だって、自覚したら?」
「このぉ、にゃんころがぁ! 熱っ! くそっ、手前!」
喚き散らすばかりでボキャブラリーも貧弱なボーデ達を火の魔道具で脅して、トイレの個室へと追い込んだ。
さすがに個室に男5人だと、かなりギチギチの状態だ。
「じゃあ、そこで頭を冷やして下さい」
「何だと、手前……冷てぇ、くそっ、この野郎!」
天井の僅かな隙間を残して個室の中に壁を立てて、下は床へピッチリ密着させ、囲いの内側に冷却の魔法陣と水の魔法陣で冷水シャワーを発動させた。
「冷てぇ、くそっ、出しやがれ!」
「だから、あのにゃんころに手出しするなって言ったのに」
「寒ぃ……冷てぇ……」
頭の上から降り注いだ冷水は、足下から溜まっていって、便器の縁を越えて流れていく。
ずぶ濡れになり、膝の上まで冷水に浸かって、ボーデ達5人はガタガタと震えていた。
個室のドアは、外開きで開けっ放しなので、中の様子は良く見える。
ここで暫く、晒しものにしてやろう。
「くそぉ、出せ、出せ、出しやがれ!」
「暫く、そこで頭を冷やしていて下さい。忘れなかったら、後で解除してあげますよ」
「手前、いつかぶっ殺してやる!」
「あのさぁ……俺がめちゃめちゃ手加減してるって、いい加減に理解したら? 殺す? 本気で来るなら、こっちだって手加減はしないよ」
少し声のトーンを落として言うと、5人は黙り込んだ。
「では、良いお年を……」
「待て、おい! おいっ!」
まだボーデ達は喚いていたけれど、勿論付き合うつもりは無いし、レイラさんとジェシカさんを丸っと洗わなきゃいけないから忙しいのだ。
だから、レイラさんの部屋に着くまで、ボーデ達のことを忘れていたのは大目に見てほしい。
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