第122話 年越しのパーティー 前編

 1年の最後の日、いわゆる大晦日でもアツーカ村にいた頃は特別な行事は無かった。

 年明け初日に、親父が村長のところへ挨拶に行く程度で、いつもと変わらない日が続いていた。


 貧乏だった俺の家では、冬の間は蓄えておいた食糧で食い繋ぐのがやっとで、新年の祝いをするような余裕が無かったのだ。

 だが、イブーロで迎える大晦日は、アツーカ村とは大違いだ。


 チャリオットは、夕方から揃ってギルドの酒場へ繰り出す予定でいる。

 早速、先日買った余所行きの服を……と思ったのだが、話を聞くと新しい作業服程度で止めておいた方が良さそうな気配だ。


 ギルドの酒場には、主だったパーティーや冒険者が顔を出して一晩中飲み明かすそうで、乱闘沙汰も珍しくはないらしい。

 兄貴は参加を渋ったけれど、一人だけ拠点で留守番も寂しいので、無理にでも引っ張って行く……と言うか、シューレに抱えて行ってもらおう。


 シューレに丸洗いされた兄貴を温風でふわふわに乾かして、新しい下着に新しい作業服、それに新しい靴を履かせれば見栄えが良くなった……気がする。

 まぁ、俺の漆黒艶々の毛並みには敵わないが、なかなかのものだろう。


 全員の用意が終わって拠点を出る時に、セルージョから耳打ちされた。


「兄貴から目を離すなよ」

「えっ、なんでです?」

「今日は、色んな連中が集まって来る。ボーデをはじめとするレッドストームの連中も顔を出すはずだ」

「兄貴が狙われる……?」

「ニャンゴには歯が立たないとなれば、その身内に……なんて考えないとも限らねぇからな」

「分かりました。気を付けておきます」


 セルージョに忠告されなければ、大晦日の宴会に気を取られて、ボーデのことなんか思い出しもしなかっただろう。

 まぁ、シューレに抱えられている限りは、手出しはされないと思うけど、念のため気を付けておこう。


 ギルドに入ると、さすがに酒場だけでは全員が入りきれないので、普段は依頼や買い取りを待つカウンター前のロビーにも、椅子やテーブルが並べられていた。

 パッと見た感じでは、ロビーの方が若手、酒場の方がベテランという感じのようだ。


 宴会は会費制で、ギルドの口座から引き落とされるそうだ。

 兄貴の分の会費は、俺の口座から落としてもらうように頼んでおいた。


 チャリオットの面々は、当然のごとく酒場の方へと入っていくが、俺はちょっと別行動を取らせてもらう。

 ライオスに断わって、兄貴のシャツにちょっと細工してから、若手が集まっているロビーに足を向けた。


「ベルッチ、久しぶり」

「ニャンゴ!」

「カルロッテもフラーエも元気?」

「あぁ、元気だぜ」

「ニャンゴも元気そうじゃん」

「うん、この前エスカランテ領のキルマヤまで行ってきたよ」

「マジで? いいなぁ……」


 声を掛けたのは、陶器工房の護衛を請け負っていたDランクパーティー、トラッカーの3人だ。

 他の同世代の冒険者達と飲んでいたので、仲間に入れてもらおうと思ったのだ。


 思った通り、トラッカーの3人の周りにいたのは、殆どがDランクに上がりたてか、Eランクの冒険者だった。

 護衛の依頼をこなしたのもトラッカーと、もう1パーティーだけで、討伐もようやくパーティーでオークを倒せるようになったというレベルのようだ。


 こうした若い冒険者は、倉庫などの荷物運びなどで日銭を稼ぎつつ、ギルドの訓練場で知り合ったベテランの討伐依頼に同行させてもらっているらしい。

 荷物持ちとか野営の支度とか下働きをして、いくらかの報酬と経験、知識を分けてもらうそうだ。


 このランクだったら、家具工房の馬車を護衛した話には食い付いて来るだろうと思ったのだが、盗賊との戦いも、キラービーとの戦いも反応は今一つどころか今三つぐらい鈍い。

 どうやら、話を信じてもらえていないようだ。


「空属性で馬車を囲むって……」

「魔銃の攻撃も防ぐぅ……?」

「キラービーの大群も物ともしない?」


 この中には、ボーデとの戦いを見た者もいないようで、俺がCランクなのも信じてもらえていないようだ。

 正直、ちょっと自慢してやろうというスケベ心はあったけど、これだけ疑われてしまうと、場の雰囲気も微妙な感じになってしまった。


 転生前の記憶を持っているけど、いじめられっ子のオタぼっちだったので、場の盛り上げ方とか全く分からなくて、どうしたものかと困っていたら抱え上げられた。


「ふみゃ!」

「見つけた……こんなところにいたのね」

「レ、レイラさん」

「なぁに? 同世代のお仲間でも増やそうとしてたの?」

「まぁ、そんな所です」


 酒場のアイドル的存在であるレイラさんが現れたので、さっきまでの微妙な雰囲気は吹き飛んで、みんな鼻の下を伸ばしている。

 今夜のレイラさんは、豊満な胸の膨らみが零れ出そうなほど胸元の開いた真っ赤なドレス姿なのだが、みんなの見たい所には俺の後頭部が嵌り込んでいる。


「何の話をしてたのかしら?」

「えっと、この前行った護衛の話を……」

「あぁ、向こうでシューレが自慢してたわよ。ニャンゴは超超超有能だって」

「いや、気を抜いたらマズい状況だったんで、もう無我夢中でした」

「大活躍だし、忙しかったんでしょうけど、最近ちょっと冷たくなぁい?」

「みゃ、い、いえ……そんな事は……」


 あっ、あっ、喉は……らめですって……。


「酒場には顔を出さないのに、ジェシカとはデートしてたんでしょ?」

「みゃみゃ、あ、あれは……デートではなくて、遅くなったんで送って行っただけで……」

「へぇ……送って行っただけで、お持ち帰りされちゃったんだぁ」

「ふみゃ! そ、そ、それは……あの、あの……」


 さっきの微妙な空気はどこかへ行ってしまったけど、なんだか殺伐としてきている気がする。

 レイラさんに抱えられながら、ジェシカさんにお持ち帰りされた話とか……若手の冒険者に喧嘩売ってるようなものじゃないの?


 周りが疑うような言葉を発しても、俺のフォローに回っていたトラッカーの3人まで目が吊り上がっているような……。


「あら、今夜も定位置に座っちゃってるんですね、ニャンゴさん」

「ふにゃ! ジェ、ジェシカさん?」

「はい、今年は色々とお世話になりました」

「い、いえ、こちらこそ大変お世話になりました」

「ホントですね。もうデレンデレンに酔っ払って、お風呂場で大騒ぎして大変でした」

「にゃにゃ、あれは……」


 どこからともなく現れたジェシカさんは、なんだかレイラさんとバチバチ視線で火花を散らしているような……。


「あら、ニャンゴ、駄目じゃないの、ちゃんと隅々まで洗ってあげないと。洗い方は私が教えてあげたでしょ?」

「あぁ、やっぱりレイラさんに仕込まれたんですねぇ……酔っ払っていた割りには、とっても丁寧に洗っていただきましたよ」

「みゃーっ! そ、そ、それは……えっと、えっと……」


 何がどうしてこうなったんだか、あと数時間で新年なのに殺気を含んだ視線が突き刺さってきて、生きた心地がしないよ。


「なぁ、ニャンゴ。その話、詳しく聞かせてくれよ」

「カルロッテ?」

「そうだな、これはギルド全体の問題だと思う」

「フラーエ?」

「うん、みんなそう思うよね?」

「ベルッチ?」


 ライオスに頼んで、トラッカーと一緒に仕事しようかと思ってたんだけど……そんな話をする状況じゃなさそうだ。


「い、いや、詳しくと言われても、酔っ払ってて記憶が曖昧で……」

「あら、それは残念ねぇ……ジェシカなかなかスタイルが良いのに」

「いえいえ、レイラさんには敵いませんよ」

「そぉ? あぁ、でも私の時は酔っ払ってなかったから、ちゃんと覚えてるわよねぇ?」

「みゃ! そ、それは、お、覚えてますけど……」

「じゃあ、私も覚えてもらわないといけませんね」

「みゃみゃ! そ、それは……」


 会費制だから飲み放題なんだろうけど、みんなピッチが早すぎやしないか?

 そんな親の仇みたいな勢いで飲み干して、血走った眼で睨まないでほしい。


 絶対むしるとか、いつか斬り落とすとか……なにを? どこを? って聞かない方が良いのかな。

 レイラさんの撫でテクに、弛緩している場合じゃないよね。


「そうだ、ジェシカ。今夜はうちに泊まればいいわ」

「いいですね。そうしようかなぁ……」

「えっと、えっと……俺はそろそろチャリオットの所へ……」

「じゃあ、移動しましょうか、レイラさん」

「そうね。さぁ行くわよ、ニャンゴ」


 勿論、レイラさんから逃げ出すなんて出来そうもないし、場所が変わって同じ状況が発生したら、俺への敵意が更に増しちゃうんじゃないの。


「ベ、ベルッチ、カルロッテ、フラーエ、来年もよろしく……ね」

「うん、よ・ろ・し・く・ね!」

「年明けには、何があったか洗いざらい吐いてもらうから」

「たぶん、ここにいるみんなも一緒に……」

「ふにゃぁぁ、そんなぁ……」


 若手冒険者達の固く握り締められた拳に送られて、ライオス達がいるテーブルへとレイラさんに連行された。


 いや、笑いごとじゃないですよ、ジェシカさん。

 ギルドの平穏を守るのも、職員の務めじゃないの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る