第121話 身だしなみ
シューレの買い物から解放されて、ようやく本題である俺達の服を買いに行く。
今日買う予定の服は2種類、作業用の服と、ちょっと余所行きの服だ。
作業用の服は、市場の中にある作業服の店で探した。
作業服の店にも、値段重視の店や、機能性重視の店、丈夫さ重視の店など色々と違いがあるらしい。
どうせ買うならば、少し良い品物を買いたいので、値段よりも機能重視の店を覗いてみた。
店頭に吊るしてある作業服は、あちこちにポケットが付いていたり、膝が抜けにくいように二重になっていたり、腰回りに余裕を持たせてあったりと工夫されている。
ただし、猫人が着られるサイズの服には、あまり沢山のポケットは付いていない。
そもそものサイズが小さいので、沢山ポケットを付けてもサイズ的に入れられる物が限られてしまう。
仕立てや縫製、生地の厚さなどは問題無さそうなので、俺の分と兄貴の分、それぞれカーゴパンツを3本とボタンダウンのシャツを6枚色違いで買い込んだ。
「おい、ニャンゴ。俺はこんなに必要ないよ」
「何言ってんだよ、兄貴。俺ら猫人は、ただでさえ下に見られるんだから、仕事する時だってキチンとした格好していかなきゃ駄目なんだよ。暑くなってきたら、また買いに来るからな」
「そ、そうか、分かった……」
さりげなく、お得意さんになるかもアピールをしたので、店のおっちゃんが少しサービスしてくれた。
作業服屋のおっちゃんに訊ねて、猫人用の靴を売っている店を教えてもらった。
俺達猫人は、基本的に靴を履きたがらない。
足の形は猫に近いので、靴を履くより肉球&爪の方が高性能だからだ。
ただし、真夏の焼けた地面や冬の凍り付いた道、ぬかるみなどは勘弁してもらいたい。
俺の場合は、基本的にステップの上を歩いているので、暑さも寒さも、気持ち悪さも感じずに済むが、兄貴の場合はそうはいかない。
それに、靴を履いていないイコール貧しいと思われてしまうのも事実なのだ。
作業服屋のおっちゃんに教わった店に行くと、何だか見覚えがあった。
イブーロで靴なんか……と考えていたら思い出した。
ここは、俺がオラシオに靴を買ってやった店だった。
オラシオが王都に行ってから、もうすぐ2年になるし、身体も大きくなっているはずだから、あの靴はもう履けなくなってしまっただろう。
アツーカ村から出てしまったので、オラシオから便りが届いているかも分からない。
猫人の俺だって冒険者の端くれとして頑張っているのだから、きっとオラシオも騎士を目指して頑張っているはずだ。
驚いたことに、靴屋のおっちゃんは俺のことを覚えていた。
騎士を目指して王都に向かう幼馴染に、餞別として靴を買うと話したら、えらく感心されたからだろう。
「ほぉ、今度は兄さんに靴を買うのかい」
「えぇ、やっぱり足下がシッカリしていないと舐められちゃいますからね」
「そうだな。その通りだが、君は靴を履かないのかい?」
「えぇ、俺は冒険者なので、動きやすさを重視しているのと、空属性で足場を作って移動しているので……」
分かりやすいように、高い位置にステップを作って歩いて見せると、靴屋のおっちゃんは目を剥いて驚いていた。
「あぁ、でも余所行きの服を着る時には、靴を履いた方が良いのかなぁ?」
「まぁ、出席する場所にもよるだろうが、格式の高い場に出向くならば、一足ぐらいは持っておいた方が良いかもしれんな」
「うーん……そうか」
少し考えて、俺と兄貴の余所行きの靴と、兄貴の作業靴を購入した。
俺も兄貴も初めての靴なので、2人して微妙な表情を浮かべて顔を見合わせてしまった。
「なんて言うか……ニャンゴ」
「窮屈だな、兄貴」
「まったく……」
そんな俺達を眺めて、シューレがくすくす笑っていた。
買い物の最後は、少し余所行きの服屋だ。
兄貴は、高い服なんていらないと言ったけど、シューレに抱えられているから逃げようが無い。
俺も普段は必要無いと思っているが、クローディエに教えてもらったケーキ屋で蔑んだ目で見られた記憶が頭にこびりついている。
まぁ、場をわきまえず、うみゃうみゃ騒いでいた俺も悪いのだろうが、明らかに周りの席の客とは服装が違っていた。
強盗を撃退したおかげで、飲食代はサービスしてもらったけど、ケーキは結構良い値段していたので、庶民向けの店でなかったのも確かだ。
いずれ兄貴を、あのクラスの店に連れていってやるつもりだし、俺自身が馬鹿にされるのも癪なので、ちょっと良い服を買うつもりなのだ。
ただ、猫人向けのフォーマルウェアの店は無いらしい。
オーダーメイドか、他の人種の子供向けの服を着るしかないようだ。
さすがにオーダーメイドまでは必要無いかと思い、子供向けの良い服も扱っている店を訪れたのだが、せめて新しい作業服に着替えてからの方が良かったのかもしれない。
「いらっしゃいませ……?」
シューレの姿を見て、揉み手をしながら近付いてきたサル人の店員は、俺達の姿を見て表情を曇らせた。
「すみません。俺と兄貴の服が欲しいんだけど……」
「あいにく当店では猫人用の服は扱ってないんですよ」
言葉使いこそ丁寧だが、表情には俺達を侮る色が滲んでいる。
本人は隠しているつもりだろうが、侮られる側はこうした行為を敏感に感じ取るものだ。
「他の人種の子供用の服で構わないのですが、見せていただけませんか?」
「まぁ、見るだけなら……」
「えっ、売ってもらえないの?」
「いえいえ、お金を払っていただければ、勿論お売りしますよ」
店員の顔は、お前らが払えるのかとでも言いたげで、さすがにシューレの頬がピクピクしている。
まぁ、猫人を侮る気持ちも分からなくないけど、その辺にしておいた方が身のためだと思うよ。
こちらの世界の正装は、スタンドカラーのスーツで、前合わせの形を工夫するのがオシャレのようだ。
形としては、日本の学ランに近い感じだが、色づかいが派手なのも特徴だ。
俺としては、黒か白の方が黒い毛並みには合うと思うのだが、基本的に色味が付いているものばかりだ。
さすがに黄色とか黄緑はどうなんだと思ってしまうので、俺は光沢のあるワインレッド、兄貴には光沢のあるブルーを選んだ。
「すみません、ちょっと試着させてもらっても良いですか」
「いやいや、駄目駄目、毛が付いたら売り物にならなくなっちゃうよ」
「えっ……でも、着てみないとサイズが合わないかもしれないし」
「いやいや、以前試着をされた方に毛だらけにされて、販売した時のその毛が残っていてトラブルになったんですよ。だから猫人の方の試着はお断りしてます」
店員に向かって踏み出していこうとするシューレの手を引いて止める。
腹は立つけど、こうした扱いは俺も兄貴も慣れたくないけど慣れている。
「じゃあ、サイズを測りたいので、メジャーを貸してもらえませんか?」
「はぁ、しょうがないですねぇ……」
いかにも面倒そうな足取りで店の奥へと引っ込んだ店員は、メジャー片手に戻って来ると俺に向かって放ってよこした。
「はい、どうぞ……」
あまりに雑な対応に、シューレの顔色が変わって目が吊り上がった。
たぶん、兄貴を抱えていなかったら店員を締め上げていただろう。
「いやいやいや、酷い目にあったよ。あやうく年が越せなくなるところだった……」
張り詰めかけた空気など意に介さないように、店に入ってきた男性は大きな声で呼び掛けた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「あぁ、ただいま。おや、お客さんでし……あ、貴方は!」
真冬だというのに額の汗を拭いながら店に入って来たのは、さっき引ったくりに鞄を取られそうになっていた羊人のおっさんだった。
「あぁ、先程の……支払いは無事に済みましたか?」
「はい、はい、おかげ様で滞りなく全て済ませることが出来ました。もう、なんと御礼を申し上げて良いやら……」
どうやらこの店の主らしい羊人のおっさんが、俺に向かって何度も頭を下げている横で、サル人の店員の顔色がどんどん悪くなっている。
「あ、あの……旦那様、こちらの方は?」
「ギルドで下した支払いの金を奪われたんだが、こちらの方が取り戻して下さったんだ。もし、あの金を盗まれていたら、お前の給金も出なかったかもしれんのだぞ」
「さ、さようでございますか……」
さすがに高級な服を扱う店とあって、暖房が効いているけど、そんなにダラダラ汗を流すほどじゃないと思うぞ。
「あのぉ、今日は俺と兄貴の服を買いに来たんですけど、試着させてもらえますかね?」
「勿論でございます。どちらをご希望でしょうか? 先にサイズを測らせていただいても構いませんか?」
「はい、お願いできますか」
「かしこまりました。おい、何をしている、早くサイズを測らせていただきなさい」
「は、はいぃ!」
羊人の店主からは見えないようにして、サル人の店員にメジャーを手渡す。
「よろしくお願いしますね」
「か、かしこまりました……」
サル人の店員は、消え入りそうな声で答えた。
さっきまでの対応を店の主に告げ口されないか、内心ヒヤヒヤしているのだろう。
店全体で猫人を侮っているのか、それともこの店員だけなのかは分からないが、大幅に値引きしてもらえたので、今日のところは良しとしておこう。
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