第117話 ギルドマスターへの報告
学校からの帰り道、ふと思い立って冒険者ギルドに立ち寄った。
ギルドマスターのコルドバスに、魔銃に関して何かあったら知らせてくれと言われていたのを思い出したからだ。
年末年始の間、冒険者ギルドも休みになるのかと思ったら、表のドアから人が出入りしているのが見えた。
酒場とかが営業しているのかもしれない。
ドアを開けて中に入ると、カウンター前にも疎らではあるが冒険者の姿があるし、ギルドの職員も仕事をしていた。
それでも、普段の半分程度の人数に見えるので、いわゆるシフト勤務をしているのだろう。
カウンターに近付いていくと、いつも担当してもらっているジェシカさんの姿があった。
「こんにちは、ニャンゴさん。チャリオットの皆さんはお休みじゃないんですか?」
「はい、パーティーとしては休みなんですけど、ちょっと学校に顔を出してきました」
「では、何かリクエストでも受けていらしたのですか?」
「いえ、そうじゃないんですが……ギルドマスターに話があって来てみたんですが、急にはお会いできませんよね」
「いえ……たぶん、大丈夫だと思いますよ」
ジェシカさんは、カウンターの業務を他の職員さんに頼んで、ギルドマスターの部屋まで同行してくれました。
「ニャンゴさん、もしかして魔銃の件ですか?」
「はい、さっき学校の生徒さんと一緒に、学校近くのケーキ屋さんに行ったんですが、そこで遭遇した強盗が例の魔銃を使っていました」
「えぇぇ! その強盗は、どうされたんですか?」
「捕まえましたよ。5人とも縛り上げて官憲に突き出しました」
「お1人で……ですか?」
「はい、5人いても素人ばかりですから」
「でも、武器を持っていたのでは?」
「武器を持っていても、相手は素人ですから問題ないですよ」
「はぁ……」
ジェシカさんは納得のいかないような顔をしているけど、シールドで攻撃を防げるし、拘束もできるので、上位ランクの冒険者でもなければ怖さは感じない。
階段で2階へと上がり、一番奥の重厚な扉をノックして、ジェシカさんが呼び掛けた。
「ジェシカです。ニャンゴさんがお伝えしたい事があると仰ってますが……」
「ちょっと待ってくれ……」
ドアの向こうから、バタバタと何かを片付けるような音が聞こえた後で、再び良く響く低い声が呼び掛けてきた。
「入ってくれ……」
「失礼いたします」
ジェシカさんが開けてくれたドアを潜って執務室へ入ると、フワっと葉巻の香りがした。
チラっと目を転じると、応接テーブルの灰皿に揉み消した葉巻の吸い殻が残っている。
ジェシカさんの目の高さからだと見えないかもしれないが、ソファーの下には布で包まれた長さ2メートルほどの棒状の物が転がっていた。
透視能力があるわけではないが、たぶん、槍の類なのだろう。
「やぁ、ニャンゴ。俺に何か用か?」
「お忙しいところ申し訳ありません。ちょっと魔銃に関することで……」
にこやかに出迎えてくれたコルドバスだったが、魔銃の一言で表情を引き締めた。
「家具工房ディアーコの護衛中に遭遇した盗賊の話か?」
「それもあるのですが、先程遭遇した強盗が、例の魔銃を使っていました」
「なんだと……よし、座って詳しく聞かせてくれ。ジェシカ、お茶を頼む」
応接ソファーに移動して、テーブルを挟んで座った。
コルドバスと向かい合うのは二度目だが、元Aランクの冒険者はやはり威圧感がある。
世間話をしている時は然程ではないが、真剣な時の射抜かれるような視線には緊張を強いられる。
「まずは、経緯から聞かせてもらえるか?」
「はい、今日は学校のレンボルト先生に挨拶に行ったのですが……」
オリビエとクローディエと一緒に行ったケーキ屋で強盗に遭遇し、官憲に突き出すまでの流れを話して聞かせた。
「ふむ、雷の魔法陣か……一瞬で相手を制圧できるのか?」
「そうですね。ただ、威力を上げ過ぎると命を奪ってしまう可能性もあるので、注意は必要です」
「そうか、何にしても5人もの強盗を苦も無く拘束したのは大したものだ」
「いえ、強盗と言っても素人みたいでしたし、大した事じゃないですよ」
勿論、少し謙遜して言ったのですが、コルドバスは眉をしかめてみせた。
「まるっきり……という訳でもなさそうだが、自覚が足りてないようだな」
「えっ、自覚ですか?」
「そうだ、自覚だ。君は大した事ではないと言うが、例え素人であろうと、武器を所持した相手を無力化するのは簡単ではないぞ。まして、体格に劣る猫人が、周囲に危険が及ぶかもしれない状況で、5人もの強盗を相手にするのは簡単ではない」
「あっ、そうか……」
「ん? どうかしたのか?」
コルドバスに言われて気付いたが、俺は強盗を制圧する事に夢中で、周囲のお客云々に全く気を配っていなかった。
その直前に、金持ちの客から嘲笑されていたとはいえ、これは冒険者として失格だろう。
それを正直にコルドバスに話すと、何度か小さく頷いていた。
「なるほど。確かに冒険者としては少々軽率であったな。話を聞くに、その強盗どもは金が目当てであって、客を傷付けるつもりは無さそうだ。その場合、金よりも客の命を優先せねばならん。だが、それでもニャンゴ、君なら制圧出来たのではないか?」
確かに、強盗共の周囲を空属性魔法の壁で囲み、それから雷の魔法陣を使ったとしても結果は一緒だっただろう。
「そうですね。でも、今日の俺は、その配慮を怠りました。まだまだです……」
「ふふっ、君ぐらいの歳で、そこまで考えられる者は少ない。そもそも、制圧するだけの腕前がなければ、こうした経験を積むことすら出来ないからな。経験を次に生かして、更なる活躍を期待しているよ」
「はい、次はもっと上手くやります」
コルドバスは、ニヤリと口許を緩めて満足げに頷いてみせたが、すぐに表情を引き締める。
「それにしても、そんな押し込み強盗にまで魔銃が行きわたっているのは少々憂慮する事態だな」
「俺は、あまり魔銃の値段とか詳しくありませんが、王都に家が建つとか言いますよね」
「その通りだ。キチンとした性能の魔銃を手に入れようとすれば、大金貨を積み上げる必要がある」
「家具工房の依頼の際に襲ってきた盗賊達も、かなりの数を揃えていました」
「おそらく、試作品の類を安い値段でばら撒いているのだろう」
「やっぱり貧民街の連中なんでしょうか?」
「その可能性が一番高いが……違う可能性もある」
「違う可能性……ですか?」
コルドバスは一つ頷くと、冷めてしまったお茶で喉を湿らせてから続きを話し始めた。
「ニャンゴ、そもそも魔銃をばら撒く理由はなんだと思う?」
「えっ、それは……強盗とかの犯罪に使わせて、荒稼ぎさせるためでは?」
「そうだな、先日の学校占拠事件や、今日君が遭遇した押し込み強盗などは、その可能性が考えられる。安く物を提供しても、その分の利益が戻って来れば損をしない……魔銃が広がって得をする連中が黒幕と考えるべきだろうな」
どうやらコルドバスは、貧民街の連中以外にも粗悪な魔銃の製造に関わっている者がいると考えているみたいだ。
だが、粗悪な魔銃が広まって、得をするような人間なんているのだろうか。
「まさか、護衛の依頼を増やすために、冒険者が関わっているとか……?」
「ははっ、それは無いだろうな。君のように炎弾を防ぐ手立てを持っている者ならば、護衛の依頼が増えると喜ぶかもしれないが、ありきたりな冒険者にとってはいくら弱くても炎弾は脅威となる」
「ですよねぇ……」
「実はな、魔銃で武装した押し込み強盗が、金持ちがあつまる店を襲ったのは今日が初めてではないんだ」
「えぇぇ……他にも起こっていたんですか?」
コルドバスの話によれば、既に3件ほどの魔銃を使った強盗が発生しているらしい。
狙われたのは、いずれも金持ちの客が集まる店で、店の売り上げの他に、客の所持金や貴金属などが奪われているそうだ。
「これまで犯人が捕まっていなかったが、ニャンゴのおかげで官憲も調べを進められるだろう」
「だと良いですけど、あの5人以外にも強盗がいるなら、後で糸を引いている奴がいそうですけど……やっぱり貧民街の奴らでは?」
「ニャンゴ、こうした強盗が増えた時、金持ちはどうすると思う?」
「それは、護衛を雇うのかと……」
「まぁ、それが一番堅実な方法なのだが……近頃、金持ちの屋敷を訪ねては、サラマンダーのコートを売りつけていく奴がいるらしい」
サラマンダーは火を吐く地竜で、その革には防火性能が備わっているそうだ。
「まさか、そいつが黒幕なんですか?」
「さぁ、それはまだ分からんが、結構な値段のサラマンダーのコートが、金持ちの間で流行り始めているらしいぞ」
コルドバスは、ニヤリと笑って冷たくなったお茶を飲み干した。
魔銃の黒幕探しや強盗の逮捕は、冒険者ギルドの管轄ではないが、護衛の仕事を請け負うギルドの会員には情報を流す必要がある。
これからも何か情報があったら伝えてくれと言われて会談は終了となったのだが……。
「マスター。ワイバーン討伐の依頼が来ても会員が優先ですし、ギルドマスターが何日もギルドを空けるなんて許可しませんよ」
「なっ、何を言ってるんだ、ジェシカ。ワイバーンか、そういえば子爵家から知らせが来てたような……」
「魔銃の関連で、街の中が騒がしくなっているのですから、大人しく仕事していて下さい」
「わ、分かった……」
笑顔だけど全く目が笑っていないジェシカさんに問い詰められて、コルドバスは許可なしの外出を諦めたようだ。
やっぱジェシカさん、怖ぇぇぇ……。
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