第116話 時と場所

「熱っ、うみゃ、熱っ! ローユエビが甘くてプリプリで、ホワイトソースとカリカリの衣と……うみゃ!」


 レンボルト先生にご馳走してもらった昼食は、ローユエビという小ぶりのエビをたっぷりと使ったクリームコロッケをバンズで挟んだエビバーガーだ。

 ホワイトソースは、ローユエビをまとめるために使っているだけで、カリカリの中はローユエビのパラダイスだ。


 熱々なのでフーフーしながらじゃないと食べられないけど、やっぱり揚げたてがうみゃいのだ。

 フーフー、カリカリ、フーフー、プリプリとエビバーガーに夢中になっていたが、食べ終わると生徒側のスペースから注目を浴びていた。


 キルマヤの街中で注目を浴びても、旅の恥はかき捨てと割り切ってしまえば良かったが、素性の知られている場所で注目されるのはちょっと恥ずかしい。

 うん、格好良い男には、あるまじき態度だったかもしれない。


 注目している生徒の中には、射撃場にいたクローディエや食堂で出くわしたオリビエの姿がある。

 その他には、ミゲルやジャスパーなどの姿もあった。


「やはり、学園の危機を救った英雄は注目の的だね」

「へっ? 英雄って、俺がですか……?」


 問い返してみると、レンボルト先生は頷いてみせた。


「そうだよ。クローディエの命を救い、襲撃犯を一人も残さず捕まえてみせたのだから、英雄と呼ぶのが相応しいだろう」

「いやぁ、たまたま俺に有利な条件が揃っていただけですよ」

「そうだとしても、ニャンゴ君に対する評価は変わらないと思うよ」


 そう言えば、エビバーガーに夢中だったが、クローディエが射撃場の出来事を夢中で話していたような気がする。

 まぁ、あの状況だったから口止めとかは意味ないけど、あまり俺が的を壊したことは広めないでもらいたい。


 ギルド経由でチャリオットの拠点に、高額の請求書が届いたりしたら困るのだ。

 請求書じゃなくても、呼び出されたりすれば面倒な事になりそうな気がする。


 昼食の後、レンボルト先生の研究室へと戻り、撹拌の魔法陣を教えてもらった。

 この魔法陣は、その名の通り液体を混ぜるのに使われているそうだ。


 実際の品物では器の底の部分に撹拌の魔法陣が仕込まれていて、混ぜたい物を投入した後、器の外から魔力を流して使うそうだ。

 魔法陣の出力が違う物が何種類も作られているらしく、混ぜる物の粘度によって使い分けているらしい。


 今回の魔法陣は、世の中で広く使われ始めているものなので、俺に新しい使い方を考えてほしいのではないそうだ。

 俺としても、使い道は洗濯機ぐらいしか思いつかない。


 俺自身が入れるサイズの浴槽の底に仕込むことも考えたが、グルグル回って気持ち悪くなりそうだ。

 それならば、風の魔道具を浴槽に沈めて、ジェットバスにした方が気持ち良いだろう。


「実は、ニャンゴ君の使い方をヒントにして、乾燥機の試作品を作ってもらっているところなんだ。来年早々には完成すると思うから、出来上がったら見てもらえるかな?」

「はい、俺でお役に立つなら……」

「では、来年もよろしく頼むよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 レンボルト先生の研究室を後にして、拠点に戻ろうかと思っていたが、待ち伏せされていた。


「ニャンゴさん、いつになったら遊びに連れて行ってくれるんですか?」

「ニャンゴさん、先程の火の魔法について話を聞かせてくれませんか?」


 オリビエとクローディエ、ミゲルやジャスパー達までいる。


「えっと……外出には許可が要るんだよね?」

「ニャンゴさんが一緒ならば大丈夫です」

「いや、でも……」

「連れてって下さると約束しましたよ」

「出掛けるならば、私も一緒に……」


 また今度……は通用しそうもないので、結局、学校から余り離れていない、クローディエお薦めのお菓子屋まで行くことになった。

 左腕をオリビエに抱えられ、右腕をクローディエに抱えられ、連行されている格好だ。


 俺はステップが使えるから大丈夫だが、普通の猫人だとプラーンと吊り下げられているところだ。

 校門を警備している兵士の皆さんにも、生暖かい目で見られてしまっている。


 というか、ちゃっかりミゲル達まで付いて来てるのは何でだ。

 仕方がないから、ミゲル、ジャスパーその他3人も、探知ビットで監視しておく。


 学校の制服イコール金持ちの子供だと、周囲から見られている自覚は無いのかね。

 君らの護衛まで請け負った覚えは無いよ。


「ニャンゴさんは、普段はどんな生活をしてるんですか?」

「普段? パーティーの拠点の屋根裏部屋で兄貴と同居してるよ」

「お兄さんがいらっしゃるんですか?」

「うん、兄貴は新しい仕事の準備中」

「そうなんですか……」


 オリビエは上機嫌で話をしているが、後ろからはミゲルの愚痴が聞こえてくる。

 どうやら、俺がクローディエまで侍らせていると勘違いしているようだ。


「ニャンゴさんは、空属性だと伺っていますが、どうして火の攻撃魔法が使えるのです?」

「えっと……空属性の魔法で魔法陣を作ると刻印魔法が発動するんです。さっきのは魔銃の魔法陣ですね」

「では、他の魔法陣を使えば、他の種類の魔法も使えるのですか?」

「ええ、使えますよ」

「凄い……」

「そうです、ニャンゴさんは凄いんです」


 うん、美少女2人に連行されているような姿は、凄い情けないんだけどね。

 クローディエお薦めの店は、学校から歩いて15分ほどの所にあった。


 周囲は木が植えられた庭園のような作りで、その中央に凝った造りの店が建っている。

 庭のテラスや店内でも飲食ができるケーキ屋のようだ。


 イブーロに来てから2ヶ月以上経つけれど、ケーキ屋に来たのは初めてだ。

 アツーカ村にはケーキ屋なんて洒落たものは無かったので、生まれ変わってから初のケーキ屋だ。


「にゃにゃ、ケーキがいっぱい……」

「うわぁ、どれにします、ニャンゴさん」

「えっと……えっと……」


 ショーケースには、日本のケーキ屋ほどではないが、それでも何種類ものケーキが並んでいて目移りしてしまう。

 結局、決めきれずに生クリームたっぷりのショートケーキと、フルーツタルトを選んでしまった。


 ショーケースのケーキを選ぶと、お茶と一緒に席まで持って来てくれるようだ。

 店に入ってから気付いたのだが、どうやら少々お高い店のようで、お客は服装からして裕福な人ばかりのようだ。


 その中で、学校の制服姿の一団は少々浮いているように見えるのだが、それよりも俺は更に浮いている。

 普段出入りしているギルドの酒場とか、街の食堂では向けられることの無い、侮蔑混じりの視線が刺さってくる感じがして居心地が悪い。


 4人掛けのテーブルに、俺の隣にオリビエが座り、クローディエは向かいの席に座った。

 ミゲルその他が隣のテーブルに座り、あぶれたジャスパーがクローディエの隣に座った。


「今度は負けませんよ」

「そう簡単にはいかないよ」


 手合せした時には、学年一番の腕前に自惚れていたけど、今は足が地についている感じがする。

 というか、ケーキを前にした俺の方がソワソワと落ち着かない状態だ。


 ショートケーキもフルーツタルトも俺のだと主張したら、店員のお姉さんにクスっと笑われてしまった

 それでも、ケーキの魔力には敵わないのだ。


「うみゃ! 濃厚な生クリームとふわふわのスポンジケーキが合わさってうみゃ! タルトはフルーツの甘酸っぱさとカスタードクリームの相性が最高で、うみゃ!」

「ニャンゴさん、私のも一口食べてみます?」

「にゃ! いいの?」


 オリビエのありがたい申し出を、一も二も無く受け入れちゃいます。


「はい、ニャンゴさん、あ~ん……」

「あ~ん……うみゃ! 栗の味が濃厚で、うみゃ!」


 オリビエにもお返しで、ショートケーキをシェアしていたら、クローディエも参加を申し出た。


「ニャンゴさん、私のもいかがです?」

「いいの?」

「はい、あ~ん……」

「あ~ん……うみゃ! ベリーの甘さとヨーグルトの酸味がマッチして、うみゃ!」


 ケーキに夢中になって気付かなかったが、あちこちからクスクスと忍び笑いがしていた。


「まったく卑しい生き物だな……」

「ペットなんだろうが、躾ができていないな……」


 背中に冷や水を浴びせられたような気がした。

 イブーロに来て以来、色々なことが順調すぎるぐらい順調にいってたから、少し調子に乗り過ぎていたのかもしれない。


 俺を知っている人からは、一人の冒険者として扱ってもらえるようになったが、知らない赤の他人からは猫人の子供でしかない。

 まして金持ちの集まるような場所では、調子に乗って騒いでいれば、蔑まれるのも無理はない。


 俺一人が馬鹿にされるのは構わないが、オリビエやクローディエまで巻き込んでしまうのは格好悪い。

 柄にもなく凹んでしまった時だった。


「ひぃぃ……」


 ショーケースの方から悲鳴が聞こえたかと思ったら、店の中を横切って飛んだ炎弾が、壁にぶつかって弾けた。

 荒々しい足音と共に、覆面の男が4人、店の中へと乱入してきた。


「静かにしろ! 騒いだらぶっ殺す! 有り金全部出しやがれ……ぎぃぃぃ……」


 金属の筒に持ち手を付けただけの粗悪な魔銃を発射して、大声で叫んでいた男は突然身体を硬直させると、白目を剥いてぶっ倒れた。


「おい、どうしぃぃぃぃぃ……」


 いきなり倒れた仲間に駆け寄った男も、身体を硬直させて倒れた。

 勿論2人とも、俺が空属性魔法で作った雷の魔法陣に触れたからだ。


「真昼間から強盗騒ぎとか大胆ですね」

「何だと、にゃんころがぁ……ぐあぁぁぁ、熱い、熱い!」


 俺に向かって魔銃を撃った男は、目の前で弾けた炎弾をまともに被って悲鳴を上げた。

 空属性魔法の壁で狭い空間に閉じ込められているとも気付かずに撃てば、こうなるのも当然だ。


 男が転げ回って服に点いた火が消えたところで、雷の魔法陣で黙らせた。

 強盗は、あと一人。


「どうなってやがる……痛ぇ!」


 最後の1人が仲間を見捨てて逃げようとしたので、シールドで行く手を遮ると、思いっきり顔面を強打していた。


「この状況で逃げられるとでも思ってるんですか?」

「にゃんころ……手前の仕業か!」

「さて、何のことだか……俺はここから動いてないよ」

「くそっ、死にやがれ!」


 最後の一人は、腰に吊っていたナイフを抜き放つと、俺に向かって突っ込んでこようとして……。


「ぎひぃぃぃぃぃ……」


 雷の魔道具に突っ込んできて、感電して倒れた。

 これで全部かと思ったら、店の入口にもう一人仲間がいたので、そいつも雷の魔道具で沈黙させる。


「動かないで! みんな、そこに座っていて」


 オリビエ達には席を立たないように言いつけて、店の人に頼んで官憲に知らせてもらった。

 20分程して店に現れた官憲の一人は、ゾゾンの討伐に立ち会ったユーグだった。


「こんにちは、ユーグさん」

「あぁ、君はあの時の……って、君が倒したのかい?」

「はい、粗悪品ですが魔銃を持っていたし、危険なので拘束しました」


 覆面の男達はユーグが来る前に、店の人に手伝ってもらって縛り上げてある。

 勿論、店もお客も被害はゼロだ。


「いやぁ、さすがチャリオットのメンバーだね。この時期は、荒っぽい犯罪をする連中が増えるから、我々も人手が不足しがちだから助かったよ」


 年末のこの時期には借金取りに追われて、足りない金を補うために犯罪に手を出す者が増えるそうだ。

 金を返せなければ、貧民街の闇に沈むことになる。


「ユーグさん、後はお任せしても良いですか? 俺は、あそこの生徒さんを学校まで送っていかないといけないので……」

「あぁ、任せてくれ。ご協力に感謝する」


 そろそろ空が赤く染まり始めていたので、オリビエ達を学校まで送って帰ろう。

 会計は、店のオーナーがサービスしてくれた。


 そして店を出る時には、俺を蔑んだ目で見る客は1人もいなかった。

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