第118話 女子会
ギルドマスターのコルドバスと話し込んでいたら、すっかり日が暮れていた。
会談に同席していたために、ジェシカさんも残業になってしまった。
「すみません、ジェシカさん。もう帰宅なさる時間でしたよね」
「いいえ、お気になさらず。残業は珍しくありませんから」
「でも、あまり遅くなると危ないのでは……?」
「では、ニャンゴさんが送って下さいますか?」
「えっ、俺がですか? それは構いませんけど……」
「では、入口のところで少し待っていて下さい」
昼間、押し入り強盗に遭遇したので、ギルドの職員であるジェシカさんが一人で帰宅するのは危険なように感じてしまったのだ。
チャリオットの拠点は、時間になれば夕食を食べ始め、食べ終われば片付けてしまう。
みんなで外食の時もあるし、とにかくその時間に、その場にいない者は勝手に食えという方針だ。
たぶん、これから真っ直ぐ帰れば間に合うだろうが、ジェシカさんを送っていくと夕食は片付けられてしまうだろう。
ジェシカさんを送った帰りに、以前ゼオルさんと立ち寄った酒場にでも行ってみるか。
「お待たせしました、ニャンゴさん。では、行きましょうか?」
「はい、方角はどちらですか?」
「こっちですよ」
ステップを使って、ジェシカさんと目線を合わせながら歩いていく。
オリビエやクローディエのように腕を組んでこないのは少々残念だにゃ。
ジェシカさんは、ブルーのロングコートを着込んでいるのだが、その背中と胸にはギルドの紋章が刺繍されている。
どうやら、このコートはギルドの支給品らしい。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、そのコート……」
「あぁ、ギルドの職員に支給されるものですよ。なぜコートが支給されるか分かりますか?」
「えっ、なぜって……ギルドの職員だと分かるため……ですか?」
「はい、その通りです。このコートを着ている者はギルドの職員であり、もし危害を加えるならばギルド全体を敵に回す覚悟をしろ……って意味なんですよ」
「なるほど……って、俺の護衛は必要無いのでは?」
「ふふふ……いえいえ、とっても必要ですよ」
ジェシカさんは、ギルドにいる時よりも砕けた感じの笑顔を浮かべながら、表通りから一本裏の通りを進んでいく。
酒場やレストランなどが並んでいる通りで、これからの時間に賑やかになっていく通りのようだ。
通りのあちこちには、ナンパ目的と思われるチャラいお兄さん達がいるが、ジェシカさんには声を掛けて来る気配はない。
ジェシカさんに魅力が無い訳ではなく、ギルドの紋章が入ったコートの効果なのだろう。
「ここです、ニャンゴさん」
「にゃ? ジェシカさんの家は食堂なんですか?」
「まさか……ちょっと付き合って下さい」
「はぁ……」
まぁ、日頃からお世話になっているジェシカさんだし、怒るととっても怖いから、大人しく従っておこう。
ジェシカさんに続いてお店に入ると、奥のテーブルから声が掛かった。
「おーっ、来た来た、遅いよぉージェシカ」
「ごめん、ごめん、ちょっと残業になっちゃって」
声の相手はジェシカさんと同じ年ぐらいの鹿人の女性で、ちょっと派手目な印象を受けます。
「あれ? この坊やは?」
「紹介するね、Cランク冒険者のニャンゴさん、私の彼氏よ」
「ふみゃ! か、彼氏……?」
「あははは、彼氏が固まっちゃってるよ。この子が例の猫人君だね。あたしはレヒーナ、ジェシカの幼馴染だよ」
「ど、どうも、ニャンゴです」
「うんうん、なかなかの面構えだね、いいよ、いいね」
レヒーナは、ジェシカさんとは対照的なスレンダーなモデル体型だが、サバサバとした口調で思わず兄貴と呼んでしまいそうな感じだ。
「あのぉ……例の猫人君って?」
「あぁ、ジェシカが良く噂してるんだよ。すっごく優秀なの……とか、もう信じられない……とか、デレデレしちゃってさ……とか」
「ちょっと、レヒーナ。そんな事言ってないでしょ」
「えぇ──っ、言ってたじゃん、酒場のお姉さんや……」
「ストップ! そこまでよ」
「はいはい、まぁ、じっくりとやりますか……?」
うん、なんだかジェシカさんとレヒーナの酒の肴にされてしまうようだ。
初めてのお店なので、飲み物だけ選んで、他のメニューはジェシカさんにお任せした。
改めて店の中を見回してみると、殆どお客さんは女性で、男性の客は俺以外には一人しかいない。
店員さんも女性ばかりだ。
「ここはねぇ、女性同伴じゃないと男性は入れない店なんだよ」
「そうなんですか?」
「そうそう、ここなら声を掛けて来る鬱陶しい男はいないから、女同士でもゆっくり飲んで食べて出来るって訳さ」
「なるほど……」
前世でもボッチ高校生までしか人生経験がないので、そうした男女の駆け引き的なものは全く分からない。
ただ、変な兄ちゃんに絡まれずに済むのは、俺にとっても大助かりだ。
店には暑苦しい系のおっさんもいないし、パリピ系の兄ちゃんもいないので、アットホームで和やかな雰囲気だ。
こうした場合、店の雰囲気を損なわないように、大人な振る舞いが必要だろう。
「うみゃ! なにこのミルク、うみゃ! すんごいコクがあって、独特な甘みがあって、うみゃ!」
「あはははは……いいよ、いいね、ニャンゴ。君、すんごくいいよ!」
向かいの席に座っているレヒーナは笑い転げ、ジェシカさんも苦笑いを浮かべている。
しまった……全部、このミルクが悪いんだ。
「こ、このミルク、なかなかうみゃいでないか……」
「あはははは……痛い、痛い、お腹痛い、君、さいこ──!」
駄目だ、なんか何をやっても笑われそうな気がする。
「大丈夫ですよ、ニャンゴさん。さぁ、気にせずに召し上がれ」
「はい……」
ジェシカさんは気にするなと言ってくれているけど、先程までの砕けた感じではなく、いつものお仕事モードに戻っている辺りが、俺の良い男度の低さを物語っている気がする。
頑張って、時と場所に応じた立ち居振る舞いを身につけねば……。
「熱っ! うみゃ! 何これ、熱っ! うみゃ! 」
「それは、淡水カキの串揚げですよ」
「衣サクサク、中プリプリ、濃厚、うみゃ! 熱っ!」
「あはははは……そんなに慌てなくても誰も取らないから安心しな」
どうやら、この店は串揚げがメインのお店のようで、お昼から熱々2連戦は厳しいけど、鍛え上げたフーフーテクニックで頑張ろうかと思ったが、良く考えたら冷ます用の小さな風の魔法陣を作れば良いのだ。
ニャンゴは、揚げたて熱々との戦いに勝利……熱っ、でも、うみゃ!
「うーん……確かに面白いキャラではあるけど、ジェシカが言うような凄い感じはしないねぇ」
「それはレヒーナの見る目がないからよ。今日だって、5人の押し込み強盗を捕まえたのよ」
「はぁ? この子が? 冗談だろう……?」
「冗談なものですか、例の学校が占拠された事件で、犯人60人を逮捕できたのは、ニャンゴさんの活躍があってこそなのよ」
「ふむ、この串揚げに夢中な子が? 悪党60人を逮捕? うーん……」
別に信じてもらえなくても、俺は一向に構いませんよ。
それよりも、このチーズの串揚げが、カリとろ熱々で……。
「にゃにゃ、熱っ、うみゃみゃにゃ、熱っ、うみゃみゃ……」
「駄目だ、全っ然イメージ出来ない……」
「いいの、いいの、いずれイブーロを……いえ、国を代表するような冒険者になるんだから、ねぇ……ニャンゴさん」
お酒が入ったからか、ジェシカさんは普段よりも柔らかな雰囲気で、俺に向けられた視線には母性が溢れているように感じる。
「にゃ? にゃにか言いました?」
「いいえ、これはシバヤマウズラの卵の串揚げですよ。美味しいですよ~」
「にゃ? 食べてもいいの?」
「勿論です」
「にゃ、熱っ、にゃっ、にゃっ、うみゃ! 衣サクサク、黄身半生トロトロ、うみゃ!」
なんだか、完全に餌付けされているようだが、串揚げの魔力には敵わないのだ。
「国を代表する冒険者ねぇ……いつになるやら……」
「あら、すぐよ。年明け早々には、みんなから注目されるようになるわよ」
「年明けに何かあるのか?」
「ええ、たぶんねぇ……ニャンゴさん、ポルソ茸の肉詰めですよぉ」
「みゃっ、肉詰め……にゃっ、熱っ、ふーふー、にゃ、にゃ、うみゃ! ポルソ茸の香りとクニクニとした食感と肉の旨味が合わさって、うみゃ!」
「あぁ、ニャンゴの飲み物が無くなってるね。ねぇ、ベリーミルクを!」
ポルソ茸の肉詰めとの熱々な戦いを終えると、パープルピンクな飲み物が出てきました。
「にゃ? にゃにこれ……うみゃ! 甘酸っぱくて、うみゃ!」
「ベリーミルク、ワイルドベリーとミルクを合わせたものだよ」
「ベリーミルク……うみゃ!」
美味しい串揚げでお腹もいっぱいだし、絡んで来る変な奴もいないし、その後は、ジェシカさん、レヒーナとおしゃべりを楽しんだ。
〆にはアイスも食べた気がするし、ちゃんとお金も払った気がする……気がする。
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