第115話 射撃場にて

 ゴブリンの心臓を食わせた翌日、兄貴は酷い二日酔いのような状態だった。

 チャリオットのメンバーにはバレてしまったが、別に文句を言われたりはしなかった。


 ライオス達ぐらいになれば、魔物の心臓を食うメリット、デメリットぐらいは知っているそうだ。

 カリサ婆ちゃんからは、迷信に近い方法だと聞いたし、ファティマ教では魔物の生肉を食べるのは禁忌とされているが、冒険者の間では思っているよりも広く知られているらしい。


 なので、猫人の俺がいくら空属性だからといっても、強力な魔法を連発するのを見れば、何をやってきたかも分かっていたらしい。

 それでも、危険を伴う方法なので、表立って話題にはしないそうだ。


「で、どうなんじゃ? フォークスの魔力は上がったのか?」

「本人じゃないので、どの程度上がったのかまでは分からないけど、確実に上がってますよ」


 同じ土属性のガドは、時々兄貴に手ほどきをしてくれていたようで、やはり魔力の少なさは気になっていたそうだ。


「魔力指数の大きさが全てではないが、10と100では違うし、10と1000では較べものにならんからのぉ」


 俺が巣立ちの儀の後で計った値が32。成人の一般男性の平均値が120程度なので、かなり低かった。

 騎士団にスカウトされたオラシオは450オーバーだったから、分かっていても凹んだものだった。


 兄貴が冒険者登録した時の数値は53。これよりは、かなり上がっているはずだ。

 だが良く考えてみると、急激に魔力指数が向上するなんて疑われるだけだ。


 兄貴も俺も、もう魔力指数とかは計らない方が良いのかもしれない。

 ぐったりしている兄貴は、今日は屋根裏部屋で休んでいるそうだ。


 シューレが任せてと言っていたのが、かえって不安にはなるが、俺は用事を済ませに学校へと向かった。

 年越しの休みの間は、学校の授業も休みになるが、春と秋の休みよりも期間が短いし、雪によって道が通れなくなる恐れがあるため生徒は帰省しない。


 授業は休みでも学校に缶詰状態では、あまり楽しくないかもしれない。

 あの襲撃事件以来、校門の警備は顔パスで通れるようになっている。


 というか、俺が校門に近付いていくと、ワラワラと警備の兵士が集まって来て、握手を求められたり撫で回されたりする。

 握手はまだ良いけど、撫で回されるのは正直勘弁してもらいたい。


 今日学校へ来た用事は、レンボルト先生に魔銃の魔法陣の使い勝手を報告するためだ。

 まだ実際の討伐では使っていないが、ギルドの射撃場で練習を積んだから実用レベルには達している。


 まぁ、ギルドの鉄の的を壊したことは、黙っていた方が良いだろうが、通常レベルの射撃ぐらいは披露しても問題は無いだろう。 

 レンボルト先生の研究室は相変わらず足の踏み場が無い状態で、魔銃の件を切り出すと射撃場に行こうと言われた。


「なるほど、なるほど、無暗やたらに魔法陣を大きくしても駄目なのか」

「はい、あまり大きくし過ぎると撃ち出すのにも魔力を使うようで、炎弾の速度が出なくなってしまいます」

「それは、ニャンゴ君の言うところの厚みとか圧縮率を変えても駄目なのかね?」

「そうですねぇ……思いっきり大規模にやれば、あるいは……と思いますが、ちょっと実験するのを躊躇しちゃいます」


 ギルドの的を壊した前科者としては、あまり威力の高すぎる魔法を使うのには二の足を踏んでしまう。


「どうかね、ニャンゴ君。ここの射撃場ならば防御も完璧だし、一度思い切ってやってみないかい?」

「いやぁ……それは……」


 射撃場まで向かう道すがら、レンボルト先生からは魔銃の魔法陣を大規模で使ってほしいと頼まれ続けたが、言葉を濁して断わっておいた。

 学校の射撃場は警備の兵士と共用の施設になっていて、今日も訓練をする兵士と自主練習をする生徒、両方の姿があった。


 的に向かって左寄りを兵士が使い、右側を生徒が使っている。

 当然ながら、魔法のレベルは段違いなので、生徒の側は兵士側の3分の1程度の距離に的が置かれていた。


 レベルの違いは、ちゃんとした魔銃と粗悪品の魔銃ぐらいの違いだろう。

 そもそも、巣立ちの儀で魔力の強い者が兵士としてスカウトされるので、こうした違いが出るのは当然の話なのだ。


 射撃場で練習をしている生徒の一人は、クローディエだった。

 発動している火属性の魔法はなかなかの威力で、粗悪品の魔銃よりも炎の温度も弾速も高そうに見えた。


「ニャンゴさん、ご無沙汰しています」

「こんにちは、お休みなのに魔法の練習ですか?」

「はい、先日の襲撃事件で己の未熟さを痛感しましたので、少しでも成長したいと思っています」

「そうですか、頑張って下さい」


 クローディエの後ろの一団には、ミゲルとその仲間の姿もあったが、レンボルト先生が一緒と見て絡んで来ないようだ。


「あの、ニャンゴさんは、どうして射撃場にいらしたのですか?」

「えーっと……ちょっと、レンボルト先生の研究のお手伝いでして」

「そうですか。あっ、お時間を取らせてしまって申し訳ありません」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


 俺がクローディエと話している間に、レンボルト先生が射撃場の中央を使わせてもらえるように兵士に話をつけていた。

 兵士の中には、子爵家の騎士候補生ヒューゴの姿がある。


「やぁ、ニャンゴ君、また会ったね」

「こんにちはヒューゴさん、おじゃまいたします」

「今日は、何の実験なんだい?」

「先日、レンボルト先生から魔銃の魔法陣を教えていただいたので、その成果をお見せする予定です」

「ほぅ、魔銃の魔法陣ねぇ……」


 俺が魔銃の魔法陣を使うと伝えると、ヒューゴは獲物を狙うかのように、すっと目を細めた。

 兵士の間には、俺の話が伝わっているし、クローディエと親しげに話をしていたから生徒からも注目されている。


 実にやりにくい状況ではあるが、レンボルト先生の期待する顔を見れば、やらざるを得ない。

 射撃位置から的まではギルドの倍、約150メートルぐらいあるが、届かずに途中で落ちるような心配は無い。


 パーンっと乾いた発射音を残して撃ち出された炎弾は、弾丸と呼ぶのに相応しい速度で射撃場を突っ切り、鉄の的に当たって3メートルほどの大きな炎となって弾けた。


「おぉぉぉ……かなりの威力だぞ」

「お前よりも数段上じゃねぇか?」


 魔銃の魔法陣による炎弾が、予想を超える威力だったらしく、兵士の間でどよめきが起こっている。

 生徒の方はと言えば、自分達との威力の違いにポカーンとしているようだ。


「素晴らしい! いつもながら、素晴らしいよニャンゴ君」


 結果を見たレンボルト先生は、例によって興奮気味だ。


「それで、ニャンゴ君、あとどのくらい威力を増せるのかな?」

「いや……あんまり威力を増すと、的が壊れたりするので……」

「やって見せてくれ」

「えっ……?」


 突然横から威力増加のリクエストが来て、レンボルト先生と一緒に視線を向けた先にはヒューゴがいた。


「大丈夫だ、ここの的は簡単に壊れたりしない」


 そう言い切ったヒューゴは、短く詠唱した直後に鋭く右手を振り下ろした。


 ドシュ……っと俺の時よりも重たい音を残して、一回り大きな炎弾が的に命中し5メートルを超えていそうな炎となって飛び散った。


「どうだ、これだけの魔法をぶつけても、的は壊れたりしない。もし壊れたとしても、私が責任を取るよ」


 確かにヒューゴの言う通り、的はビクともしていないようだ。

 もしかすると、ギルドで使っている的よりも丈夫に作られているのかもしれない。


「わかりました、では、もう少しだけ威力を上げてみます」

「ほほう、楽しみだ」


 まぁヒューゴとしては、騎士候補生のヒョウ人である自分よりも、一介の冒険者の猫人が威力の高い火の魔法を使うのが気に入らないのだろう。

 前回、ギルドの的を壊した時は、厚さと圧縮率を5倍にした魔法陣だった。


 たぶん厚さや圧縮率を増やすと弾速が上がって貫通力が増すと思われるので、直径を更に3倍に増やす代わりに、厚さと圧縮率は3倍に留めて魔法陣を発動させた。

 

 ドヒュ……っと重たい音を残して、ヒューゴの物よりも更に一回り大きな炎弾が撃ち出されたのだが、何か弾速が上がり過ぎてる気がする。

 的に命中すると射撃場の壁一面を埋め尽くすような炎が弾け、心なしか熱気まで伝わってきた。


「ま、的……あぁ、良かった立ってる」


 炎弾が命中した的は、赤熱しながらも原型を留めていた。


「良かった、壊れなかっ……ふにゃぁぁぁぁぁ!」


 俺がホッと胸を撫で下ろした途端、輝きを放つように赤熱していた的が、グニャっと曲がって倒れた。

 でも大丈夫、今回は貫通はしなかったから後の盛り土も、当然壁も焦げていないはずだ。


「素晴らしい! 素晴らしいよ、ニャンゴ君、あの的は上級魔法すら防ぐと言われているんだよ。もしかして、まだ威力を上げられるのかな?」

「うにゃうにゃ、もう駄目です。これ以上は危にゃいから駄目です」


 レンボルト先生の希望に応えていたら、射撃場の壁を壊しかねない。

 いくら先生の待遇が良いとしても、壁まで壊したら弁償しろと言われかねない。


「そうか、残念だが諦めよう。ヒューゴ君だったね、あの的の件はお願いしても構わないね?」

「えっ、ええ……」


 レンボルト先生に声を掛けられるまで、ヒューゴは放心したように的の方向を眺めていた。

 てか、あの的はいくらするのだろう。


 無用な出費とか、始末書とかで、ヒューゴから恨みを買うことになるのだろうか……。

 はぁ……レンボルト先生、美味しいお昼ご飯を食べさせて下さい。

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