第114話 ドーピング
家具工房ディアーコの護衛を終えて戻ったイブーロの街は、年越しの準備一色に彩られていた。
この世界では、春分の日と秋分の日を中心とした休みの方が長く、盛大だったりするが、それでも新しい年の始まりなので、年末年始の10日程は休みになる。
家具工房ディアーコの主、ボルツィからの評価は上々だった。
盗賊やキラービーの襲撃から馬車を守り、誘拐犯の襲撃も未然に防いだのだから当然と言えば当然だろう。
俺とシューレが戦力不足を訴えたので、次回からはチャリオット全体にリクエストが来そうだ。
オプションの報酬も満額以上が支払われることになり、俺もシューレも懐が温かくなった。
年末年始の10日間は、チャリオットも活動を休止するそうだ。
この休みの間に、個人的なあれこれを片付けてしまうつもりでいる。
一番最初に解決しようと思ったのは、兄フォークスに関する問題だ。
俺が家具工房の護衛で拠点を空けている間も、兄貴は地道に土属性魔法の練習に取り組んでいた。
拠点の前庭の草を抜き、表面を均して固めるだけの地道な作業だが、兄貴は連日黙々と取り組んでいる。
ただ、猫人ゆえの魔力指数の低さから、一度に出来る範囲も狭いし、連続しての魔法の発動も難しい。
そこで、俺は市場にショウガを買いに行った。
たぶん、探せば拠点の台所に転がっていそうだが、色々と聞かれると面倒なので自前で買ってきたのだ。
「兄貴、急で悪いんだけど、明日ちょっと出掛けよう」
「出掛ける? どこに行くんだ、アツーカには帰ったばかりだぞ」
「うん、土の採掘場とかを見せておきたいからさ」
「そうか、この前行って来たって話してたもんな」
「そうそう、いずれ兄貴が商売を始めるようになったら必要になるかもしれないからな」
「分かった、よろしく頼むな」
兄貴も拠点での生活に慣れてきたせいか、以前よりもオドオドした感じが無くなって、性格的に落ち着いてきた感じがする。
栄養状態も良くなり、毎日風呂にも入るようになったから毛艶も良くなってきた。
まぁ、俺の艶々フワフワの毛並みには勝てないが、これならシューレも満足するのではなかろうか。
これから冷え込む日が続くので、兄貴にはシッカリとシューレの湯たんぽ役を務めてもらおう。
俺は勿論、自分の布団の中で、心ゆくまで丸くなるつもりだ。
アツーカの家族について、あれこれ文句を言ったけど、やっぱり布団の魔力には抗いがたいものがあるのだ。
翌朝、兄貴と一緒にイブーロの西門へと向かった。
陶器工房も休みに入るので、開門前の西門には衛士の姿しかなかった。
開門の時間を待つ間、暇を持て余している衛士が話掛けてきた。
猫人の二人連れというのも珍しいのだろう。
「おはよう、里帰りかい?」
「いえ、ちょっと土の採掘場を見学に行こうと思ってます」
「ほう、君ら陶器工房の関係者なのかい?」
「いえ、そうではなくて……」
これから兄貴が新しい仕事を始めるにあたって、質の良い土が手に入った方が良いと考えている……と話すと、衛士は何度も頷いていた。
俺と衛士が話をしている間、兄貴も隣りにいたのだが、はいとか、いいえと答える程度で緊張で顔が強張っていた。
チャリオットのメンバーとは、だいぶ普通に話せるようになってきたが、まだ知らない人と話をするのは苦手なようだ。
商売を始めるには、この辺りの改善も必要だろう。
門が開いたので、兄貴と一緒に歩いて採掘場へ向かう。
ポテポテと門が見える間は歩き続け、道が曲がってイブーロが見えなくなった所でオフロードバイクを準備した。
「兄貴には見えないだろうけど、ここに乗り物があるんだ」
「乗り物? うにゃ……何だこれ?」
「俺が先に跨るから、兄貴は俺の後に跨って。あっ、俺のリュック背負ってて」
「お、おぅ、こ、こうか?」
「そこに、足を掛ける台があるんだけど……」
「お、おう、これだな」
「じゃあ、出発するからシッカリ掴まっていてよ」
「お、おぅ……」
シートを延長して、兄貴も乗せられるようにしたオフロードバイクをゆっくりとスタートさせる。
これに二人乗りするのは初めてなので、まずは安全運転で行こう。
キィィィィィン……
甲高い音を立てて風の魔道具が働き、オフロードバイクが動き出すと兄貴が驚きの声を上げた。
「ニャ、ニャ、ニャンゴ、う、動いてるぞ」
「そりゃ、移動のための道具だから動くのは当たり前だよ」
「お、おぉぉぉ……楽ちんだな、これ」
「でしょ、もう少し速度を上げるから、ちゃんと掴まってて」
「おぅ、分かった」
作動させる風の魔道具の数を増やすと、甲高い音は更に大きくなり、ぐんとスピードも上がって行く。
「ふにゃぁぁぁぁ! 速い、速い、ニャンゴ、速いぃぃぃぃぃ!」
「にゃはははは、楽しいだろ、兄貴!」
「た、た、楽しく……ふにゃぁぁぁぁぁ!」
陶器工房の馬車だと2時間ぐらい掛かる道程も、オフロードバイクならば30分ちょいで走破しおえた。
久々にバイクを飛ばして気分爽快で、兄貴も楽しんでくれたと思ったのだが……。
「し、死ぬかと思った。こんなに怖い乗り物に、よく平気で乗っていられるなぁ」
「ごめん。兄貴も楽しんでると思って、ちょびっとスピード出し過ぎた。てへっ」
「てへっ……じゃないよ。もう、寿命が縮まったぞ」
ブツブツと文句を言っていた兄貴だが、採掘場の様子を見て驚いていた。
「ほえぇぇ……凄いな、山の形が変わってるぞ」
「兄貴、近くに行って土の感じとかも確かめてみなよ」
「お、おぅ、そうだな……」
採掘場に向かって歩いていく兄貴の尻尾が、嬉しそうに揺れている。
ここの土を使えるようになれば、兄貴に出来る事が増えるはずだ。
俺にも経験があるけど、自分に出来る事が少しずつ増えていると実感するのは嬉しいものなのだ。
採掘場へと降りた兄貴は、早速土を捏ね始めた。
少量を掘り出して、いつものように円盤を作ってみたり、地面を均して固めてみたり、空属性の俺には分からないことを試しているらしい。
「凄いぞ、ニャンゴ。前庭の土とは全然違う。肌理が細かくて、粘りがあって、魔力を通すと綺麗に固まる……凄い、凄いぞ!」
なるほど、陶器工房が共同で開発するぐらいだから、やはり土の質が全然違うようだ。
30分ほど、兄貴の土いじりを見守っていると、待っていたお客さんが姿を現した。
「ギギィィィィィ……」
古いドアがきしむような唸り声を立てながら集まってきたのは、10頭ほどのゴブリンの群れだ。
「ニャ、ニャンゴ! 後ろ! 後ろ!」
「うんうん、分かってる、分かってるから大丈夫」
「大丈夫って……」
採掘場に到着した時から、周囲には探知用のビットをばら撒いてある。
魔物除けの鉄の輪を持って来なかったのは、こいつらを誘き寄せるためだ。
20メートルほどの距離まで近づいてきたゴブリン達は、生意気にも俺達を取り囲むように広がってみせた。
どうやら中央にいる少し体の大きな個体が、この群れのボスのようだ。
「ニャ、ニャンゴ……」
「大丈夫だから、俺の後ろにいて」
「わ、分かった」
土いじりをやめた兄貴は、俺に駆け寄って来て、後から抱き付いて来た。
うん、こういうのは可愛い女の子の方が良いな。
てか兄貴、手が泥だらけじゃん。
「ギピィィィ!」
突然、群れのボスであるゴブリンが、叫び声を上げて身体を硬直させた。
とびっきり強力な雷の魔法陣を、ボスが進んでくる場所に設置しておいたのだ。
「バーナー」
「ギギャァァァァ!」
突然ボスが倒れて混乱するゴブリン達に、バーナーで炎を浴びせてやると、悲鳴を上げて逃げ出した。
更に粉砕の魔法陣の破裂音で脅して追い払った。
「さて、兄貴、移動するよ」
「移動って、どこに?」
「そこの川の上流」
倒れたボスゴブリンを空属性のロープで拘束し、カートを作って兄貴も一緒に乗せる。
兄貴は田舎育ちだけど、こんなに間近でゴブリンを見るのは初めてなので、カートに作った手摺にピッタリと張り付いて、少しでも距離を取ろうとしている。
空属性の魔法でコースを作り、林の間を抜けて川原まで降りた。
ゆっくりと下って距離を稼いだので、採掘場からは離れられたはずだ。
「ニャンゴ、何をするつもりなんだ?」
「これから兄貴に、このゴブリンの心臓を食ってもらう」
「えぇぇぇ! な、何でそんなこと……」
「魔力指数が上がるんだ」
「えっ……もしかして、お前」
「うん、俺も食った。でも、これは危険を伴うんだ。だから無理にとは言わないけど、俺達猫人は生まれ持った魔力じゃやっていけないよ」
川原に転がしたボスゴブリンの横で、兄貴に覚悟を迫った。
「ど、どう危険なんだ?」
「身体を巡る魔力の量が急激に上がるから、それを使い続けなきゃいけない」
「魔力が無くなるまで魔法を使い続けるってことか?」
「そう、兄貴ならデカい土の壁を作るとか、カッチカチに固めるとか、普段の魔力量では絶対に出来そうもないことを実行してみて」
「わ、分かった。やる……食うよ」
兄貴が覚悟を決めたので、心臓を取り出そうとしたらボスゴブリンが息を吹き返して暴れ出した。
「ギィィィィ! ギピィィィ!」
うるさいので、二度目の電撃を食らわせた後、川に頭を沈めて息の根を止めた。
そのまま胸を切り開き、心臓と魔石を内包した器官を取り出す。
「お前、よく平気だな」
「これが出来なきゃ、冒険者なんてやってられないよ」
「まぁ、そうなんだろうけど……」
取り出した心臓を空属性魔法で作った魔道具の水で洗い、薄切りにしていく。
幸い、このゴブリンも寄生虫は持っていないようだ。
心臓の薄切りが出来たら、持って来たショウガを摩り下ろして添える。
ゴブリンの活き造りの完成です。
「さぁ、召し上がれ」
「だ、大丈夫なんだよな?」
「たぶん」
「たぶんって……も、もう、こうにゃらヤケだ!」
ゴブリンの心臓の薄造りで、下したショウガを包むようにして兄貴は口に放り込んだ。
「にゃ、にゃ……うにゃ? これ、結構うみゃい?」
「さぁさぁ、まだまだあるよ」
「うん、うん、結構うみゃいぞ、これっ……ぐぅぅ」
「兄貴、魔法使って、魔法!」
「うぅぅ……うにゃぁ!」
突然苦しみ始めた兄貴が、川原に手をついて魔法を発動させると、高さ2メートル、幅3メートルほどの壁が盛り上がった。
これまでの兄貴では、絶対に出来ない大きさの壁だ。
「ニャ、ニャンゴ、身体に魔力が……」
「分かった、分かったから魔法を使う! そして、食え!」
「うにゃぁぁぁ!」
この後、兄貴が疲れてぶっ倒れるまで、食って、使うを繰り返させた。
たぶん、これで魔力不足はかなり解消されるはずだ。
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