第113話 キラービー

 ラガート子爵領とエスカランテ侯爵領の境にある休息所を出た後、俺達の馬車が先頭を走るように順番を変更した。

 走り始めて間もなく、シューレはヘイグに速度を落とすように指示を出した。


 一度キラービーの襲撃を体験しているが、やはり一刻でも早くナコートの街に着きたいというヘイグの思いが、馬車の速度を早めているらしい。


「ヘイグ、速度を落とした方が安全よ……」

「いや、早く抜けちゃった方が良いでしょう」

「キラービーは、何処から襲って来るか分からない。すぐに止められないと、ニャンゴの防御が間に合わなくなるわ」

「えっ、それはマズいですね」


 ヘイグは馬車の速度を落としたが、12月だというのに、額に汗を滲ませている。

 相変わらずシューレは、ぼんやりとした表情で前方を警戒しているので、俺も後ろとの距離を確認しながら、何かあったら知らせる準備を整えておく。


 具体的には、前方に危険があって停止する場合には、火柱を上げて後続に警告して速度を落とす。

 でないと、普段よりも後続との距離が短いので、追突される危険があるのだ。


「し、静かっすね……」

「そう、静かすぎるから、いつでも止まれるように気を付けて、ヘイグ」

「了解っす……」


 街道沿いには集落どころか民家も無いので、普段から静かなのだが、今日は特に静かな気がする、

 理由の一つは、すれ違う馬車がいないからだ。


 普段はキャラバンを組まず、一定の距離をおいて馬車が次々に走って来るが、今日はまだキャラバンともすれ違っていない。

 ナコートを出発するのが遅かったのか、それとも途中で襲われているのか、出来れば前者であってもらいたい。


「ヘイグ止めて、ニャンゴ合図!」


 緩い坂を上り切り、視界が開けたところでシューレが鋭く指示を飛ばした。

 ヘイグは強く手綱を引いてブレーキを掛け、俺は上空に向けて火柱を立てた。


 街道の先、300メートルぐらいの場所で先行したキャラバンが、キラービーの襲撃を受けていた。

 その規模は前回受けた襲撃の比ではなく、キャラバンの馬車が見えなくなるほどのキラービーが群がっていた。


 馬車が止まらなければ、キラービーの進入を防ぐように空属性で壁を作れない。

 家具工房ディアーコの馬車は、四頭立てでキャビンの他に荷台も付いている大型で、重量があるためにすぐには止まらない。


 馬車が完全に停止する前に、こちらに気付いた一団が、目標を切り替えて向かって来た。


「バーナー!」


 馬車が止まるまでの時間稼ぎに、直径10メートルぐらいある特大のバーナーをキラービーの一団に向けて放った。

 突然現れた炎の塊に突っ込んで、群れの先頭は火の魔道具に突っ込みながら燃え落ちた。


 群れの後ろは慌てて方向を変えて炎を避けたが、近付いてくる速度はガクンと落ちている。


「ウォール!」


 ようやく停止した馬車をカマボコ状の壁でスッポリと覆い終えた直後、キラービーの群れがバチバチと壁に衝突して来た。

 壁の内側には耐魔法、耐衝撃の刻印を刻んであるが、外側はツルツルに作ってある。


 足の引っ掛かりが無いので、キラービーは天井の一部にしか止まれない。

 それでも、俺達を餌にしようと飛び回るキラービーによって、太陽が遮られて薄暗くなるほどだ。


 後続の馬車は、家具工房ディアーコの馬車よりも軽いので、後方の離れた場所に止まっていた。

 既に、馬を捨てる決断をしたようで、御者たちはキャビンの中に避難している。


 火の魔法が使える護衛達は、キャビンの中から魔法で攻撃を始めているようだ。

 ところが、かなり規模の大きな魔法を放っているが、一向にキラービーは逃げる気配を見せない。


 俺も火の魔法陣を作り、風の魔法陣と組み合わせてキラービーの始末を試みたのだが、思っていたよりも俊敏で、何匹かは落とせるが残りは回避してしまう。


「くそっ、動きが速すぎる」

「落ち着いてニャンゴ。まずは壁の維持、余力で攻撃するぐらいでいい」


 ムキになってバーナーを連発する所だったが、シューレに止められて冷静さを取り戻せた。

 先に襲われたキャラバンからも移動して来たのか、キラービーの数が更に増えて周囲の様子が見えづらくなるほどだ。


「ニャンゴ。キラービーが逃げるなら、捕まえてから焼けば良い」

「あっ、なるほど、そうか、その手があったか……ケージ」


 キラービーが密集してそうな辺りに、空属性魔法で籠を作ると、一度に大量に捕縛出来た。


「ではでは、バーナー!」


 ケージに閉じ込めたキラービーを下からバーナーで火炙りにした。

 周囲にいたキラービーは素早く火を避けたが、ケージに閉じ込められた個体は逃げる術も無く炎の餌食となった。


 10秒程度炙ってやれば、キラービーは羽と脚、それに複眼も焼け爛れて動く術を失う。

 あとは、ひたすら繰り返しで、討伐というよりも駆除作業という感じだ。


 同じキャラバンになった馬車の護衛達も、自分達の回りから少しでもキラービーを遠ざけようと火属性の魔法を使っている。

 すでにウマは毒針の餌食となってしまったようで、キラービーによって解体されつつあった。


 獲物を手に入れたキラービーは飛び去って行き、俺のケージ&バーナーの作戦でもかなりの数を減らしたので、周囲を飛ぶ数は目に見えて減ってきている。

 このまま上手くやり過ごせそうだと、思い始めた時だった。


「うわぁぁぁぁ、助けてくれぇぇぇぇ!」

「くそっ、くそっ、入ってくるな!」


 キャラバンの後方にいる馬車から悲鳴が聞こえて来た。

 シューレと一緒に振り返ると、キャビンが食い破られたようだが、間に2台も幌馬車がいるので端しか見えない。


「バーナー!」


 馬車に燃え移らないように気を付けながら、バーナーを使って追い払おうとしたが、その馬車の周囲にキラービーが集まり始めていた。

 たぶん、キャビンを食い破って侵入した個体を剣かナイフで殺したのだろう。


 キラービーの体液は、仲間を興奮させる臭いが含まれているそうで、傷つけるよりも焼く方が興奮させずに討伐出来るらしい。


「ケージ……バーナー……ケージ……バーナー」


 襲われている馬車の近くをケージで囲い、捕まえたキラービーを火炙りにする。

 仲間が焼かれる臭いは、体液とは逆にキラービーの興奮を抑えるそうだ。


 襲われた馬車の周囲からもキラービーが撤退を始め、目に付いた奴をケージで捕まえて火炙りにしている内に、どうやら襲撃は終わったようだ。

 襲われていなかったもう1台の馬車から、恐る恐るといった様子で冒険者が降りて来て、周囲を確認した後に、他の者達もキャビンから出てきた。


「ニャンゴ、壁を解除していいわ」

「了解……解除したよ」

 俺は御者台に残り、シューレが他の馬車の状況を確認に行った。

 俺も探知用のビットを使って探ってみるが、馬車を引いていた馬は影も形も無くなっている。


 そして襲われていた馬車だが、食われてはいなかったが、キャビンにいた全員が毒針の餌食になってしまったようだ。


「ニャンゴ、また来たぞ!」

「えっ? シューレ!、戻って! 他の人も、早く!」


 ヘイグの指差す方向に、さっき程ではないが黒い塊が見えた。

 シューレが、もう1台の馬車に乗っていた人達を連れて戻って来た。


 むこうの馬車のキャビンも齧られていて、もう限界だ。

 全員が家具工房ディアーコの馬車に辿り着いた所で、もう一度壁を作る。


「ウォール! でもって、ケージ!」


 近くまで来てバラける前に大きめのケージで囲うと、9割ぐらいのキラービーを閉じ込められたようだ。


「バーナー!」


 炎の中で沢山のキラービーが逃げ惑い、焼かれて動かなくなっていく。

 30秒ほど念入りに焼いてからケージを解除すると、黒い塊がバラバラと落ちて行き、キラービーの群れは姿を消した。


 馬車の近くまで来たキラービーも、ケージで捕らえてバーナーで焼き殺す。

 今度の襲撃は、20分ほどで全滅させた。


 キラービーの羽音が消えてから、10分ほど経ってから壁を解除した。

 他の馬車に乗っていた人達は、貴重品だけ取りに戻り、再び家具工房ディアーコの馬車に同乗していく事になった。


 幌馬車には、小麦粉や絨毯などが積まれていたが、諦めて置いていくらしい。

 かなりの金額になるのだろうが、命には代えられないそうだ。


 先に襲われていたキャラバンの馬車は、キラービーによって全滅していた。

 3台のキャビンが全て食い破られ、中に残っているのはキラービーの死骸だけで、人間の死骸も、馬の死骸も見当たらなかった。


「うわぁ、これ通行止めにした方が良いんじゃない?」

「たぶん、ニャンゴがいなかったら私たちも全滅してた」


 キラービーがキャビンを食い破るなんて話は、シューレも聞いたこと無いらしい。


「あんな数のキラービーがいるんだね」

「もしかすると、複数の巣が一つに集まったのかも……」


 キラービーは女王蜂を失ったりすると、別のグループに合流する事があるそうだ。

 新しく巣を作る場合、当然多くの働き蜂が必要になるので、攻撃せずに受け入れるらしい。


「でも、ニャンゴがかなりの数を退治したから、この先の被害は思っているほど大きくならないかも……」

「そうだと良いけど、亡骸すら残らないんじゃ、遺族も可哀相だものね」


 途中、完全武装の騎士の一団に出会ったので、こちらの馬車に同乗した人達は、事情を話して出来る限りの荷物を回収してもらう事にしたようだ。

 襲撃を退けた後は、速度が速すぎるとヘイグがシューレに何度も注意された以外は、何事も無くナコートの街まで辿り着けた。

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