第107話 盗賊

 護衛2日目、今日はキルマヤまでの旅程の中で、一番の危険と思われる場所を通る。

 数年に一度、ワイバーンが巣を作ると言われているブーレ山だ。


 とは言っても、街道はブーレ山の裾野を大きく回り込むように通っている。

 山頂からは遠く離れているのだが、人里からも離れていて、盗賊の出没が懸念される場所でもある。


 家具工房ディアーコの馬車は早朝に宿を発った後、昼前にナコートという街に着いた。

 ここで早めの昼休憩を済ませた後で、一気にブーレ山の裾野を通り抜ける予定だ。


「ニャンゴ、怪しい奴がいないか注意して」

「怪しい奴?」

「盗賊は、手前の街でどの馬車を狙うか目星を付けるの。馬車を観察している人がいないか良く見ておいて」

「分かった」


 分かったと答えたものの、ナコートの通りには多くの人が行き交っていて、怪しいと思うとみんな怪しく感じてしまう。

 シューレは眺めの良い御者台に座って、ぼんやりと前方を見ていた。


 一見すると、焦点の合っていない眠たげな目に見えるが、実際には視野を広くして、妙な動きをする者がいないか監視しているのだ。

 たぶん、前方200度ぐらいの範囲を監視しているのだろうが、シューレと言えども360度をカバーすることは出来ない。


 ならば、俺は足りない部分のカバーを試みよう。

 シューレの膝の上に座ったまま周囲200メートルほどの範囲に、空属性魔法の監視ビットをばら撒いてみたが、反応が多すぎて脳が処理しきれなかった。


 監視ビットを展開する範囲を、街道上の御者台から後方50メートルほどの範囲に限定してみた。

 これでも反応が多すぎて、脳が処理をしきれない。


 次は、反応ごとの認識を簡略化してみる。

 反応を人間の姿形として認識するのではなく、単純な丸に置き換えて動きだけを追うようにした。


 これでどうにか動きを追えるようにはなったが、ざっと数えただけでも200以上の反応があるので、全ての動きを追い掛けられない。

 そこで、シューレのように焦点を絞らず、上空から俯瞰しているように全体を眺めることにした。


 すると殆どの反応は、目的の方向へと真っ直ぐに移動しているのが分かる。

 別の馬車の近くに固まっているのは、馬車の乗客や関係者だろう。


 そうした反応の中で、いくつか動かない反応があった。

 家具工房ディアーコの馬車の斜め後方で、じっと動かない反応がある。

 路地の入口を少し入った場所で止まっていたが、不意に路地の奥へと動き出した。


 何となく気になって反応を追いかけると、小走りに近い速度で進んで行く。

 反応は一つだけで、別に何かに追われている訳ではない。


 反応は、路地の向こう側で別の大きな反応と一つになると、更に速度を上げて移動し始め、俺の探知の範囲から出て行ってしまった。

 何となく気になる動きなのだが、認識を簡略化しているので、詳細は分からないので、シューレには伝えなかった。


 ナコートの街を出た馬車は、それまでよりは少し早いペースで進み始める。

 それは家具工房ディアーコの馬車に限った話ではなく、街道を行く他の馬車も同様に足を早めている。


 これは、襲撃されやすい場所だという心理によるものらしい。

 シューレは普段と変わらない様子だが、御者を務めるヘイグの顔には緊張の色が浮かんでいた。


「ヘイグ、少し速すぎる……」

「えっ、あぁ、そうですね……前の野郎に釣られちまって」


 俺も気付かなかったが、シューレに言われてヘイグは少し馬車の速度を落した。


「前の馬車と離れちゃうけど良いの?」

「肝心な時に走れない方がマズい……常に余力は残しておくもの……」


 のんびりとしたシューレの口調に、ヘイグも自戒するように2度、3度と頷いていた。

 ナコートを出て1時間ほど経つと、右手のブーレ山が大きく見えてきた。


 富士山の斜面をずっとなだらかにした感じで、なかなかに形の良い山だ。

 あまり高い木が生えていないのは、ブーレ山が火山で、裾野は溶岩台地だからだそうだ。


 街道の両側は広々とした草地で、ここで育った野生の馬は、捕獲して飼い慣らすと高値で売れるらしい。

 遠くで草を食んでいるのが、その野生の馬なのだろう。


 長閑な風景に気を取られていたら、異変が起こった。

 家具工房ディアーコの馬車の後ろには、100メートルほどの間隔を置いて別の馬車が走っていたのだが、急に速度を落としたのだ。


「シューレ、後ろの馬車が離れた」

「ヘイグ、気を付けて」


 シューレが警告を発した直後、右側斜め前方に火が見えた。


「シールド!」


 突然現れた炎は、数を増やしてこちらに迫って来たが、馬車の前方に展開したシールドにぶつかって弾けた。

 直後に左前方からも炎弾が迫って来る。


「シールド!」


 たぶん炎弾自体は、たいした速度ではないのだろうが、馬車が走り続けていたので急速に迫って来たように見えたのだ。

 炎弾はシールドで防いだが、前方には太い丸太が投げ出されて道を塞いでいた。


「危ねぇ!」


 ヘイグが慌てて手綱を引いたが、大型の馬車は重量があるので急には止まれない。


「俺が道を作ります! フロアー!」


 投げ出された丸太を乗り越えるように、空属性魔法で路盤を作る。

 馬の重さ、馬車の重さにも耐えられるように、全力の圧縮、硬化に加えて、物理耐性強化の刻印も刻んだ。


 馬車を引く馬が空足を踏んで体勢を崩し掛け、段差を上った馬車が大きく揺れた。

 キャビンからは、エリーサとメイドさんの悲鳴が聞こえて来た。


 普通の人ならば座っていても放り出されてしまいそうな御者台で、シューレは俺を左手で抱えて立ち上がると、抜き放った短剣で前方に向かって横薙ぎの一閃を放った。

 ゴォっと音を立てて風が吹き抜け、前方から迫っていた炎弾の第二波を吹き飛ばした。


「ヘイグ、走らせて!」

「駄目だ、馬がビビっちまってる!」


 馬車は転覆こそ免れたものの、前方から次々に飛来する炎弾を馬が恐れ、足を止めてしまった。

 更に第4波が撃ち出されたが、今度は俺がシールドで防いだ。


「シューレ、これは例の魔銃だ」

「ニャンゴ、馬車全体を囲える?」

「勿論、ウォール!」


 馬車の周囲2メートルほどの所に、空属性魔法で強固な壁を築く。

 街道脇から、わらわらと湧き出してきた盗賊どもに、取り付かれる前に囲み終えた。


「くそっ、なんだこりゃ!」

「どうなってる、近付けねぇぞ」


 家具工房ディアーコの馬車を取り囲んだ盗賊どもは、空属性魔法で作った壁をガンガンと殴り付け、蹴り付けたが、その程度ではビクともしない。


「ニャンゴ、私だけ外に出せる?」

「無理、部分的な解除は出来ないから、一部を解いたら攻め込まれちゃう」

「魔力はまだ持ちそう?」

「うん、もう暫くは……でも何時間とかは難しいかも」


 道に転がった丸太を回避するために、全力で路盤を作った影響もあるのか、馬車を守って囲ったは良いけど、あまり長時間は持ちそうもなかった。


「おらおら! 諦めて出て来やがれ!」

「今のうちに出て来るなら、命だけは助けてやんぞ!」

「大人しく出て来ねぇなら、野郎は皆殺し、女はやりまくった後で売り飛ばすぞ!」


 馬車を囲んだ盗賊どもは、空属性魔法の壁をガンガンと叩いては喚き散らしている。

 総勢50人以上いるだろうか、7、8人が、丸太を抱えて壁を壊そうとし始めた。

 

「シューレ、このままじゃ……」

「焦っちゃ駄目。時間を稼げば他の馬車や騎士団の巡回が来る。こいつらの方が、ずっと焦ってる」


 確かにシューレの言う通り、盗賊どもは壁を壊そうと躍起になっている。

 そんな中で俺を抱えてキャビンの屋根に上がったシューレは、グルリと周囲を見回した後で、短剣を前方に突き出した。


「ニャンゴ、あの髭面の男を倒せる? 思いっきり派手に、残酷に……」

「うん、分かった」


 シューレが短剣で指し示した男は、馬車の前方に腕を組んで立ち塞がり、他の盗賊どもが壁を壊そうと奮闘しているのを眺めている。

 たぶん、こいつが盗賊どものボスなのだろう。


「粉砕!」


 偉そうに腕組みをしているボスの背中に、馬車の周囲を囲んだ壁の他に割り当てられる最大の威力で粉砕の魔法陣を発動させた。

 ドーン……という炸裂音と共に、盗賊のボスの胴体が吹き飛ぶ。


 音に驚いて振り返った盗賊どもに、吹き飛ばされたボスの内臓や血肉が降り注いだ。

 胴体を吹き飛ばされたボスは、胸から上と、腰から下が分かれた状態で転がっている。


「うわぁぁぁぁ!」

「ボスゥゥゥゥゥ!」

「手前! よくもやりやがったなぁ!」

「出て来い、この野郎! ぶっ殺してやる!」

 

 組織の頂点であるボスを排除すれば、指揮系統が混乱して盗賊どもは瓦解する……というシューレの読みは、残念ながらハズレたようだ。

 盗賊どもは、さらに激しく壁を叩き始め、もし俺の魔力が尽きればヤバいことになりそうだが、シューレは馬車の周囲どころか、遥か遠くに目を向けていた。


「シューレ……?」

「ニャンゴ、壁を固めて絶対に解かないで」

「いや、それは勿論だけど……」

「来る……」


 シューレが目を向けているブーレ山の空に見えた黒い影は、こちらに向かって近づいて来ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る