第106話 護衛

 里帰りから戻った数日後、チャリオットは二つの依頼を同時に受注した。

 一つは、オーガの討伐依頼、もう一つは、家具工房の馬車の護衛だ。


 オーガの討伐はイブーロの東にあるカバーネの村で、家具工房の馬車の行き先はラガート子爵領の南、エスカランテ公爵領の街キルマヤだ。

 同時期に、全く違う場所で依頼を受けるなんて無理だと思うかもしれないが、何てことはないパーティーを二つに分ければ可能だ。


 オーガの討伐は、ライオス、ガド、セルージョの以前から組んでいる3人が担当する。

 一方、家具工房の護衛は、元々シューレがリクエストで受けていた依頼なので、俺がオマケで付いていく形だ。


 オーガの討伐もやってみたいけど、今回は護衛のやり方をシューレから学ぶ予定だ。

 一応、アツーカ村の村長がイブーロまで来る時に護衛をしてきたが、ただゼオルさんと一緒に御者台に座っていただけで、殆ど護衛らしいことはしていない。


「家具工房ディアーコの主、ボルツィは一癖あるけど金払いは良い……」

「一癖って……?」

「それは、会えばすぐに分かる……」


 早朝、待ち合わせ場所の南門に向かいながら、シューレが依頼の内容を話してくれた。

 家具工房ディアーコは、高級家具を製造する工房で、イブーロ以外の街にも得意先を持っているそうだ。


 工房の経営者であるボルツィは、年に2回ほどキルマヤにある取引先へ商談に出掛けているらしい。

 シューレが護衛を引き受けるようになったのは昨年の春からで、今回が4回目の依頼になるそうだ。


 イブーロからキルマヤまでは、馬車で片道で4日ほど掛かる。

 途中の道は、ラガート家、エスカランテ家、両家の騎士が巡回しているので、殆ど危険は無いそうだが、絶対に盗賊や魔物が出ない訳ではない。


「ごく稀に、ワイバーンに遭遇する場合がある……」

「ワイバーンって、Aランクの魔物じゃないの?」

「そうだけど、Aランクの中では弱い方だし、旅人を襲うのは数年に1回あるか無いかだから心配ない……と思う」


 ワイバーンは腕が翼になっている、いわゆる翼竜だ。

 翼を広げると4メートルぐらいあり、頭から尾の先までは7メートルぐらいあるそうだ。


 ラガート領とエスカランテ領の境にあるブーレ山に、数年に一度巣を作る場合があるが、山から街道までは滅多に下りてこないらしい。

 それでも麓の農場では、家畜が襲われる場合があるそうだ。


「もしワイバーンに襲われたらどうするの?」

「その時は、馬を犠牲にして雇い主を守る……」


 ワイバーンは大きな魔物だが、必要な食料を確保すれば去って行くそうだ。

 馬には可哀想だが犠牲になってもらうと、護衛の契約内容にも記されているそうだ。


 シューレと一緒に南門近くの指定の場所で待っていると、大きな馬車が近付いて来た。

 4頭立てで、キャビンの後ろに荷台が付いている。


 馬車が停まると、キャビンからメイドらしき女性、執事と思われる男性に続いて、中年のヒョウ人の男性と俺より少し年上ぐらいのヒョウ人の女性が降りてきた。


「おはようございます、ボルツィさん」

「うむ、おはようシューレ、そいつが言っていた冒険者か?」

「はい、同じパーティーのニャンゴです」

「初めまして、Cランク冒険者のニャンゴです」

「ほぅ、猫人なのにCランクか……」


 ボルツィが値踏みするように俺を眺め回すと、シューレがこめかみをピクリとさせる。

 他の人には分かりづらいが、微妙に機嫌が悪そうだ。


「ふむ……確かに猫人だ。良いだろう……だが、必要な時以外は娘には近づくな。いいな、分かったな!」

「はい、分かりました」


 シューレが一癖あると言っていたのは、このボルツィの親バカの事らしい。

 娘のエリーサは17歳だそうで、シューレほどではないがスラッと背が高く、なかなかの美人だ。


 そもそもシューレにリクエストをする理由は、エリーサに男の冒険者を近付けたくないからだそうだ。

 今回、俺が同行を許されたのは、シューレと同じパーティーの所属で猫人だからだ。


 エリーサと俺が並べば、大人と子供、飼い主とペットのようで、ボルツィが許可するのも当然だろう。

 だがボルツィは、レイラさんに鍛えられた俺の洗浄テクニックを知らない。


 まぁ、エリーサに披露することも無いんだけど……。

 顔合わせをした時、エリーサの指先がピクピクと動いていた。


 どうやら俺の自慢の毛並みをモフりたいみたいだけど、ボルツィの目が光っているから諦めてくれ。

 まったく、俺も罪な男だぜ……にゃんてな。


 キャビンは10人ぐらいが座れそうな広さがあるが、俺とシューレは御者台だ……というか、俺はまたシューレの膝の上だ。

 4頭立ての馬車なので、御者台が高い位置に設えられていて、なかなか眺めが良い。


 馬車には、キャビンに乗っている4人の他に御者が1人、そして荷台に職人が2人乗っている。

 工房主は豪華なキャビンで職人は荷物扱いかと思いきや、そこは家具工房の馬車らしく荷台にも座り心地の良さそうな椅子が設えられていた。


 馬車に乗っている者で一番境遇が悪いのは、吹きさらしの御者台に乗っている俺達3人だが、勿論空属性魔法で覆いを作って寒風を防いでいる。


「これは……風が全く当たらない」

「ふふっ、ニャンゴの空属性魔法のおかげ……」

「空属性で、こんな事が出来るんですね」


 御者を務めているヘイグは、30代後半ぐらいのロバ人の男性だ。

 ヘイグは分厚い外套と帽子で防寒体制を整えていたが、吹き付ける寒風から解放されたと知って滅茶苦茶喜んでいる。


「いやぁ、職業柄仕方がないと分かっていても、風の強い日は辛いですからね」

「馬たちにも覆いを付けましょうか?」

「いえ、馬は走ると体温が上がるので、このままで結構です」

「雨が降ってきたら、どうします?」

「そうですね……雨粒だけ防ぐ、なんて都合の良いことは……」

「できますよ。では、雨だけは防ぐようにしましょう」

「ありがとうございます。いやぁ、本当に助かりますよ」

「当然、ニャンゴは超有能……」


 イブーロから南に向かう街道は、そのまま道なりに進んで行けば王都へと至る。

 途中には他の領地の大きな街がいくつもあり、北や東、西に向かう街道よりも交通量も多く道も整備されている。


 街道の両側は、見通しが利くように樹木が伐採されている。

 柵の向こう側には牛や羊が放牧されていて、草が茂って視界が悪くなるのを防いでいる。


「へぇ……北に向かう街道と全然違うや」

「これだけ見通しが利けば、魔物の接近も分かりやすいし、盗賊が隠れるのも難しい……」

「もし盗賊が現われたら?」

「まずは逃げるのが最優先、全滅させた場合を除いて馬車は止めない」


 馬車を襲う盗賊は、余程の事情が無い限りは死刑となる重大な犯罪だ。

 護衛を担当している冒険者が盗賊を殺したとしても、正当防衛が認められるどころか、賞金が支払われたりする。


 ゾゾンのような賞金首が混じっていれば、更に高額の賞金を手に出来る。

 基本的に盗賊は割の合わない犯罪だが、それでも農作物が不作だった年などには、税金を払いきれずに夜逃げして、盗賊に身をやつす者が続出するそうだ。


「今年は、夏が暑かったから、王国の南の方は日照りで苦しんだみたいですよ」

「この辺りは、豊作だったって聞きましたけど」

「そうですね。でも、豊かな土地は貧しい者を引き寄せるので、安心は出来ません」


 御者という仕事柄、自分の身の安全も掛かっているので、ヘイグはそうした情報に気を配っているそうだ。


「他の街の情報とかは、どこで手に入れてるんですか?」

「一番は、商工ギルドだね。他の街から商売で訪れた人は必ず顔を出す場所だし、情報は一番正確だ。あとは、商工ギルドの近くの酒場でも噂話は聞けるが、こっちはホラ話も混じっているから注意は必要だよ」

「なるほど……」


 街道を進む馬車には暗黙の了解があり、極端に遅い馬車以外は、互いに一定の距離を保って、同じような速度で進んでいく。

 前を進む馬車とは、常に100メートル以上の距離を取っている。


 盗賊として襲うには当然距離を縮める必要があるし、距離を取ることで、こちらには敵意は無いと示しているのだそうだ。

 つまり、馬車と馬車の距離が縮まる時こそが、俺達護衛が注意を要する状況だ。


 イブーロを出てから1時間程経った頃、前を行く馬車が更に前を走っていた馬車を追い越した。

 追い越された馬車は、荷台に大量の藁を積んでいる。

 後ろから見ると、藁の山が動いているかのようだ。


「ニャンゴ、一応注意して。藁の中に盗賊が潜んでいる場合もある……」

「分かった……」


 一見すると、大量に藁を積んだことで速度を上げられないようにも見えるが、藁の中に盗賊を潜ませておくのは古典的な手口だそうだ。

 速度の遅い馬車を追い越そうとした瞬間、藁の中から盗賊が御者を狙って襲い掛かって来るらしい。


「ニャンゴ、後ろの馬車は?」

「近付いて来ないよ」


 シューレは、俺を膝から降ろして、ヘイグとの間に座らせると、腰から外しておいた短剣の柄を握った。

 前を行く馬車との距離が縮まる、40メートル、30メートル……。


 まだ藁の中に不審な動きは見られない。

 20メートル、10メートル……あと少しで追い付きそうになった時、藁の中でモゾモゾと動く物があった。


 シューレが身構えた瞬間、藁の中から顔を出したのは……お下げ髪の女の子だった。

 熊人らしい女の子は、ニパっと笑って手を振ってきた。


 手を振り返すシューレの顔には、苦笑いが浮かんでいる。

 はぁぁ……驚かさないでくれよ。

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