第105話 楽しい食卓

 ゴブリンとコボルトの討伐を終えて村へ帰る途中、アカメガモの群れが頭の上を横切って行こうとした。

 素早く群れの前にシールドを展開すると、アカメガモは次々に衝突し、気を失って落下してきた。


 シールドは透明なので、アカメガモは衝突するまで気付かなかったのだ。

 野鳥がガラスに突っ込んで、気を失ったり命を落とすのと原理は同じだ。


 落ちて来るアカメガモをシールドで受け止めて、滑り台のようなコースを作って手元まで引き寄せる。

 仕留めたアカメガモは全部で7羽、そのうちの2羽を残して、5羽は今夜の打ち上げ用に提供した。


「何から何まで、ニャンゴ様様だな」

「たまにしか帰ってこられませんから、この程度はやらせて下さいよ、ゼオルさん」

「それじゃあ、遠慮無くゴチになるか」


 アカメガモを下げて、村長宅へと戻っていくゼオルさんと村のおっちゃん連中と分かれて家へと戻る。

 それにしても、村のおっちゃん連中はアカメガモに大喜びだ。


 元々アカメガモは警戒心が強く、味は良いけど仕留めるのが難しいのだが、それだけではなく、俺が村を出てから美味い肉にありつけていなかったらしい。

 一羽を家に置いて、もう一羽をもってシューレと一緒にカリサ婆ちゃんの家に向かった。


「ニャンゴは、カリサ婆ちゃんが大好きだね……」

「うん、婆ちゃんには色々と教えてもらったからね」


 実家の食糧事情は貧しかったけど、俺はカリサ婆ちゃんに色々と食べさせてもらっていたから、兄貴達よりはひもじい思いはしていなかったと思う。

 山菜を具にした調理パンとお焼きの中間みたいな物とか、蜂蜜の掛かったスコーンみたいな物とか、薬草の買い取り代の他におやつを食べさせてもらっていた。


 婆ちゃんにすれば、自分の代わりに山の上の方まで薬草を取りに行ってくれる存在を逃したくなかったのかもしれないが、俺にとっては純粋に嬉しいご褒美だった。

 カリサ婆ちゃんの家を目指して歩いていると、懐かしい声が聞こえてきた。


「ニャンゴ、ニャーンゴ!」


 手をブンブンと振りながら駆け寄ってくるのは、幼馴染のイネスだ。

 さては、どこからかアカメガモの話を聞き付けたな。


「おかえり、ニャンゴ」

「ただいま、イネス」

「ニャンゴ、この人は?」

「ニャンゴのよ……」

「パーティーの同僚のシューレ。Bランクの冒険者だよ」


 俺の嫁ネタを封じられて、シューレはちょっとムッとしている。


「Bランク……」


 イネスは驚いたような表情を浮かべているが、そもそもアツーカ村には冒険者はいないし、Bランクがどれぐらい凄いのかは分かっていないはずだ。

 何となく驚いておいた方が良さそう……みたいな感じの驚き顔だ。


「ニャンゴ、どこに行くの?」

「カリサ婆ちゃんのところで、一緒にアカメガモを食べようかと思って……」


 アカメガモの話を出したら、イネスに抱え上げられてガクガクと揺さぶられた。


「あたしも行く! いいでしょ、ねぇ、いいでしょ!」

「分かった、分かった、分かったから下してくれ」

「んふふふ……お鍋、お鍋、カモのお鍋……」

「はぁ……イネスは相変わらずだなぁ」


 イネスは俺の手を握り、即興の歌を口ずさみながら上機嫌で歩き出した。

 まだまだ、色気よりも食い気みたいだ。


「婆ちゃん、アカメガモを獲って来たから一緒に食べよう」

「おやまぁ、そりゃ豪勢だねぇ」


 いつものように裏口から声を掛けると、カリサ婆ちゃんは俺とシューレとイネスという変わった組み合わせに驚いたようだが、すぐに笑みを浮かべて招き入れてくれた。


「私が捌く、ニャンゴは座ってて……」

「あたしも手伝う!」


 シューレは心配ないだろうが、イネスの料理の腕前は大丈夫なのか?

 一抹の不安を覚えつつも、俺はカリサ婆ちゃんとお茶を飲んで待つことにした。


「討伐は上手くいったのかい?」

「勿論、今日は2ヶ所も巣を片付けて来たよ」

「ほぉ、そりゃお手柄だねぇ。これで安心して冬を迎えられるよ」

「婆ちゃん、他に欲しい物は無い? 俺に買えるものなら、イブーロから持って来るよ」

「もう、十分だよ。あんなに色々貰っちまって……ニャンゴに沢山お金を使わせて申し訳ないよ」

「いいのいいの、住む場所はパーティーの拠点だからタダだし、俺これでもリクエストが来るぐらい評判が良いんだよ」

「そうかい、そうかい、ニャンゴは真面目で優しい子だから、みんなが可愛がってくれるよ」

「うん、みんな良い人で、知識とか経験を分けてもらえて、本当にありがたいんだ」

「そうかい、そうかい、良い人と知り合えて良かったねぇ……」

「うん、イブーロでも毎日楽しいよ」


 カリサ婆ちゃんと楽しくお喋りをしていたのだが、台所から何やら不穏な物音が響いてくる。

 溜息を一つ付いて、おもむろにカリサ婆ちゃんが台所へと向かった。


「ほら、あんた達、ちょっとそこをおどき! あぁ、折角のアカメガモが台無しになっちまうよ」


 どうやら、俺が捌いて下処理を終わらせて、調理だけカリサ婆ちゃんに頼めば良かったのかもしれない。

 カリサ婆ちゃんが台所に入ると、不穏な物音の代わりにリズミカルな包丁の音が聞こえてきて、良い匂いが漂ってきた。


 どうやらアカメガモは、台無しにはならずに美味しく食べられそうだ。

 カリサ婆ちゃんが作ってくれたのは、アカメガモのクリームシチューだった。


 芋とニンジンのクリームシチューに、仕上げでカモのスライスを入れるのは、煮込み過ぎるとカモの味が抜けて固くなってしまうからだ。


「うみゃ! 肉の旨みと脂の甘さが渾然となって……うみゃ!」

「ニャンゴが捕って来てくれたんだ、たーんとお食べ」


 もう一品は、内臓の炒め煮だ。

 肝臓や腎臓、心臓、砂肝などを血抜きして、賽の目に切り、刻んだニンニク、生姜などと炒めて濃い目の甘辛味で仕上げたものだ。


 中華まんの皮を平べったくしたような蒸しパンで、冬レタスと一緒に挟んで食べる。


「うみゃ! ムチムチ、シャキシャキ、プリプリ、うみゃ!」


 内臓は部位によって触感も味も違っていて、レタスのシャキシャキ感と、蒸しパンのムチムチ感も合わさって凄く美味い。


「んー……美味しい! やっぱニャンゴは村にいて欲しいよ」

「イネスは、俺じゃなくて美味しいお肉にいて欲しいんだろう?」

「そ、そんな事はないよ……ニャンゴがいないとお肉食べられないし……」

「結局肉かよ……」


 でもまぁ、カリサ婆ちゃんもイネスも、幸せそうに食べているから良しとするか。


「ねぇねぇ、ニャンゴ。ミゲルはどうしてる?」

「さぁ? 一応学校からは追い出されていないみたいだけど、会いに行ったりしないから良く分からない」

「そうなんだ……イブーロの学校って、どんな感じ?」

「イブーロの学校は、昔は軍の砦だったらしくて、石造りのゴツい建物だよ」


 レンボルト先生のリクエストに応じて尋ねた時の様子などを話していたら、シューレが先日の事件のことを話し始めた。


「学校が悪党どもに占拠されて、生徒を人質に大金が奪われる所だったけど、ニャンゴが一人で解決した……」

「えぇぇぇ……街の悪党をニャンゴ一人で?」

「60人を一網打尽。ニャンゴは超有能……」

「うっそ……60人?」


 イネスとカリサ婆ちゃんが驚くほどに、シューレは自慢げに胸を張る。

 まぁ、同じパーティーのメンバーとしては誇らしいのだろう。


「ニャンゴ、いつの間にそんなに強くなったの?」

「ゼオルさんとの修行の賜物かな……」

「でも、ニャンゴは女たらし……」

「にゃにゃ! にゃにを言うかな、シューレは……」

「私というものがありながら、酒場のレイラや受付嬢のジェシカまでたらし込んでる」

「にゃにゃ! たらし込んでなんか……」

「ニャンゴ……ちょっと、そこにお座り」


 うへぇ、カリサ婆ちゃんの目が吊り上がってるよ。


「どういう事なのか、ちゃーんとあたしの目を見て説明してごらん」

「うにゃ、誤解だって婆ちゃん」

「ニャンゴは、レイラの部屋にお泊りして、一緒にお風呂に入って、一緒に寝ているらしい」

「ニャンゴ!」

「ふにゃ、レイラさんはギルドの冒険者のアイドル的な存在で、無下に断るとその……」

「最近は、たまにしか私とお風呂に入ってくれない……」

「ニャンゴ、最低……」

「うにゃ、違う、誤解だってイネス。シューレは無理やり一緒に入ろうとするから……」

「言い訳しない!」

「うにゅぅ……」


 せっかく美味しいアカメガモで、楽しい一時を過ごすはずが、カリサ婆ちゃんからお説教される羽目になってしまった。

 てか、イネスまで一緒になって説教してくるのは変じゃない?


 カリサ婆ちゃんを納得させるまで、えらい時間が掛かってしまって、ゴブリンを討伐するよりも疲れたよ。

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