第88話 後始末

 黒尽くめは全員捕まえたし、大金貨も全部戻って、めでたしめでたしで帰ろうと思ったが、そうは問屋が卸してくれない。

 事情を聞かせてもらおうかと、トーラスに守備隊の隊舎へと連行されて、俺が学校に出入りしている理由から始まり、今日の騒動への関わりなどをみっちりと聞かれた。


 ブロンズウルフに止めを刺した件や、空属性魔法で魔法陣を作り刻印魔法を発動させている事についても一部は話す羽目になってしまったが、襲撃の情報源については別の依頼に関わる事だからと明かすのを拒否した。


「それでは、バルコニーから突き落とされた生徒が無事だったのも、ニャンゴ君のおかげだったのかい?」

「はい、そうです」

「会議室に囚われたまま、三階のバルコニーから女生徒が突き落とされるのを感知し、空気の層を作って受け止めた」

「空気の層とは少し違うのですが、まぁ、そんな感じです」

「その直後、黒尽くめの男が魔銃を撃ったが、あの火属性魔法を防いだのも君の魔法なのかい?」

「はい、空気を固めた壁なんですが、魔法での攻撃には耐性が高いみたいなんです」

「ほほう、それは興味深いね。ギルドにリクエストを出したら、検証をさせてもらえるかな?」

「盾の耐久性の検証でしたら、俺自身どの程度の強度があるのかまでは検証出来ていないので、喜んでお手伝いしますよ」


 その検証で、空属性で固めた空気の板が魔法攻撃に高い耐久性を持つと証明されれば、空属性魔法に対する『空っぽ』という悪いイメージが払拭されるかもしれない。


「逃走する犯人の追跡、足止め、追い出し……ニャンゴ君がいなければ、大金貨5百枚をむざむざと奪われるところだった。本当に助かったよ」

「今回は、俺に有利な条件が揃っていたのでラッキーでした。お役に立てて何よりです」

「ギルドには私から報告を入れ、合わせて褒賞金も贈らせていただくつもりだ」

「ありがとうございます。あの……」

「何かな?」

「今回の一件で、俺は裏社会の人達から恨みを買ったりするのでしょうか?」


 まだ取り調べが始まったばかりだが、やはり黒尽くめの連中は貧民街を根城にしている組織の構成員だそうだ。

 学校には出入りの業者の馬車を奪い、積み荷を偽って入り込んだらしい。


 計画は抜け穴の先が掘り出された一年近く前から計画され、実行のための下準備も入念に進められて来たようだ。

 今回の計画のために、学校に出入りする業者に潜入させた者もいるらしい。


 それが俺が居合わせた結果60人もの人間が、生きたまま逮捕され、身元を調べられ、供述まで取られてしまう。

 そして、手に入るはずだった大金貨も手に入らなくなったのだから、貧民街を牛耳っている者達からすれば怒り心頭だろう。


「そうだね。全く無いとは言い切れないが、ニャンゴ君は偶々騒動に居合わせて、自分の成すべき事をやっただけだし、そもそも人質を取って金を奪う行為は違法だ。捕らえられたからと言って、恨むのはお門違いだろう」

「そうなんですが、物の善悪だけで納得するとも思えなくて……」

「まぁ、大丈夫だと思うよ。奴らにしてみれば、練りに練った計画に、これほどの人数を投入したのに、君一人に阻止されたんだ。我々守備隊よりも厄介な人物に、考え無しで喧嘩を売ればどうなるかぐらいは奴らにも理解できるだろう」

「だと良いんですけどね……」


 何だかイブーロに来てから恨みを買ってばかりのような気がするが、これが冒険者としての宿命とは違うような気がする。

 気ままな冒険者生活を目指していたはずなのに、どんどん違う方向へ進んでいる気がする。


「ところでニャンゴ君、貧民街の方で大きな爆発があったらしいのだが、まさかあれも君なのかい?」

「あぁ、何か凄い音が聞こえましたね。さすがに俺でも、ここから貧民街まで届くような攻撃は無理ですよ」

「それもそうだな。ならば奴らが証拠隠滅でも図ったのだろう」


 本当は俺の仕業なんだけど、学校から貧民街までは相当な距離があるから、軽く否定しただけでもトーラスは納得したようだ。

 全ての事情聴取を終えた時には、すっかり日が暮れていたが、守備隊の隊舎の入口でメンデス先生が待っていてくれた。


「いや、お疲れ様だったな、ニャンゴ」

「はい、今日はさすがに疲れましたよ。あれだけ長時間、あれほど広範囲に探知魔法を使ったのは初めてです」

「ニャンゴのおかげで、一人の怪我人も出さずに済んだ。心から礼を言わせてもらうよ、ありがとう」 

「いえ、お役に立てて何よりです」

「学校の食堂で申し訳ないが、夕食をごちそうさせてくれないか?」

「はい、喜んで」


 実際、もう腹ペコで倒れそうだ。

 昼は魚だったし、がっつり肉を食べたい気分だ。


 食堂までの道すがら、メンデス先生に生徒の様子を聞いてみた。


「生徒の皆さんは大丈夫ですか? バリケードにされた人の中にはショックを受けてる人もいるんじゃないですか?」

「そうなんだ。外傷は無いものの、精神的な負担が大きかったせいで、体調を崩している者が何人かいる」

「そうですか。引き摺らないと良いですね」

「結果的に、誰も怪我をしていないから、時間が経てば大丈夫だろう」


 食堂は、丁度夕食時とあって、多くの生徒で賑わっていた。

 寝込んでいる生徒もいるのだろうが、これだけ多くの生徒が自分の足で歩いて食事をしに来ているのだから大丈夫だろう。


 夕食のメニューは、メンデス先生お勧めの黒オークのローストにした。

 もしかして、俺達が仕留めた黒オークだろうかと思いつつトレイを受け取り、一段高い職員用のスペースへ上がったのだが、食事をしてた生徒達が手を止めて立ち上がり、一斉に拍手をし始めた。


「にゃっ、何っ?」

「みんな、ニャンゴに感謝しているんだよ」

「そうなんですか? いや、そんな……どうも……」


 どう反応して良いのか分からず、テーブルにトレイを置いた後ペコペコと頭を下げていたら、一人の生徒が早足で近付いてきた。


「ニャンゴさん、本当にありがとうございました。あなたは命の恩人です」

「大丈夫だった? クローディエ」

「突き落とされた瞬間は、もう駄目だと思いましたが、フワっと受け止められて、何事も無かったように地面に下りられて……女神様が御救い下さったのだと思ったほどです」

「探知魔法だけで魔法を展開する場所を決めていたから、無事に受け止められて良かったよ」

「会議室にいながら私を助けて下さったというのは、本当なのですね?」

「突き落とされる前に救い出せれば良かったんだけど……」

「とんでもないです。私がこうして話していられるのは、ニャンゴさんのおかげです。いくら感謝してもしきれません」

「いやぁ、俺は自分に出来る事をしただけだから……」


 オタぼっちだった前世の頃には、美少女の命を颯爽と救うシチュエーションを妄想してたけど、実際にやってみて手放しの感謝をぶつけられると物凄く照れ臭い。

 同世代の女の子達にキラキラした視線で見られるよりも、普通に接してもらった方が気が楽だ。


 ふと視線を向けた先にオリビエがいたのだが、なぜだか頬を膨らませて不満そうだ。

 さては、俺の毛並みを独占できなくなると思っているのだろう。


 残念ながら既にレイラさんとか、シューレとか、他にも強力なライバルがいるのだが、今は黙っていた方が良さそうだ。

 今にも抱き付いてきそうな勢いのクローディエを宥めて、ようやく黒オークのローストにありついた。


「うみゃ! 何この柔らかさ、脂の旨味が濃厚で、うみゃ!」

「おぉ、この黒オークは旨いな。普段のものよりも更に旨い」

「うちのパーティーも黒オークを仕留めましたが、もう二週間ぐらい前だから、これは違う黒オークでしょうね」

「いや、そうでもないぞ。ギルドに持ち込まれたオークは、解体されて肉として売られる形になってから、セリや熟成期間を経てから我々が口にするようになる。その期間を考えると、これはニャンゴ達が仕留めた黒オークかもしれないな」

「そう考えると、一層旨く感じますよ」


 黒オークのローストをじっくりと堪能していたら、レンボルト先生が現れて、事件解決に使った魔法について訊ねて来た。

 今回は、殆どは純粋な空属性魔法だったが、地下通路に閉じ込めた黒尽くめ達を追い出すための水責めは、刻印魔法を使ったものだった。


 ただし、水属性の人が属性魔法として水を出すよりも、空属性の魔法陣を使った方が空気中の魔素を効率良く使えるかもしれないと話すと、レンボルト先生が食い付いてきた。

 通常の魔法陣と違い、陣の大きさだけでなく、空気の圧縮率や魔法陣の厚みで、単純な威力、持久力が変わる事を説明した。


「結局、通路の中には全部でいくつの水の魔法陣を設置したのかね?」

「そうですね。全部で40個ぐらいです」

「40個! そんなに魔法陣を作って魔力切れを起こさないのかい?」

「魔法陣を発動させるのは、魔法陣に封じ込められた空気中の魔素なので、俺が魔力切れを起こす可能性は低いですよ」

「なるほど、魔法陣の形に固めるまではニャンゴ君の魔力を使うが、その後は魔法陣自体に含まれた魔素で発動するからニャンゴ君は魔力を消費しない訳か。面白い、実に面白いね」


 話に夢中になってくると、レンボルト先生はググっとテーブルに乗り出してくる。

 メンデス先生が、その様子を横で眺めて苦笑いを浮かべるほどだ。


「レンボルト先生、もしかして魔石を魔法陣の形に掘り出せば、刻印魔法が発動するんですかね?」

「うん、するだろうね。ただし、一度発動してしまうと魔素を使い切るまで止める手段が無くなってしまうから、実用的ではないね」

「それじゃあ、一部を欠いた状態で作って、最後にその部分を別の魔石で作って嵌め込むというのはどうでしょう?」

「おぉ、それならば途中で発動を止められそうだ。いや、ニャンゴ君は本当に面白いことを考えるね。うん、面白い」


 この後、すっかり魔法陣の話で盛り上がってしまって、拠点に戻るのは少々遅くなってしまった。

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