第87話 一網打尽

「どうなった? クローディエは、どうなったんだ、ニャンゴ」

「落ち着いて下さい、メンデス先生。クローディエは無事です」


 クローディエがバルコニーから突き落とされたことは、外の悲鳴から察してはいるだろうが、あえて伝えずに無事だとだけ言っておいた。

 興奮したメンデス先生にガクガクと揺さぶられて、探知魔法の集中が途切れてしまうところだった。


「ふぅ……すまん。状況が見えないのはストレスが溜まるな」

「金貨が届いたようですから、もう少しの辛抱です。みんな落ち着いて、あと少しだから……」


 身代金が届いたと知り、会議室にもホッとした空気が漂う。

 大金貨5百枚は台車に載せられて、兵士4人の手で運ばれているようだ。


「よし、そこで止まれ! 兵士は元の場所まで戻れ! これから仲間が取りに行くが、妙な真似をしたら、ガキの喉笛を掻っ切るからそのつもりでいろ!」

「分かった、手出しはしないから、子供に危害を加えるな!」


 入口のバリケードになっていた生徒が横に移動させられ、黒尽くめが六人ほど駆け寄って台車を回収したようだ。

 台車が教育棟へと運び込まれると、再び生徒のバリケードが築かれる。


「これから金貨を確認する。要求通りに大金貨5百枚が揃っているのを確認したらガキどもを解放するから大人しく待っていろ!」

「分かった、こちらからは手出しはしないと約束する!」


 台車は階段の近くまで運ばれ、木箱の蓋が開けられた。


「すっげぇ……全部大金貨だぜ」

「馬鹿野郎、当たり前だろう、さっさと詰め替えろ」

「こんな大量の大金貨を見たの初めてだ」

「無駄口叩いてねぇで手を動かせ、ネコババなんかするんじゃねぇぞ」


 一階の守りを固めている黒尽くめ達は配置から動いていないが、二階、三階にいた者は大金貨の詰め替えに加わった。


「それで何個目だ?」

「37だ」


 移し替えた順に運び出すのかと思いきや、どうやら全部移し終えてから運び出すらしい。

 抜け穴の入口の脇に、大金貨の詰まった革袋が積み上げられていく。


「48、残り2」

「49、それで最後だ」

「8、9、10……確かにある」

「よし、運び出せ!」

「おぉ……これが大金貨10枚の重みか」

「モタモタすんな、さっさと行け!」


 重さ2キロ程度の革袋を持って、黒尽くめが一人、また一人と抜け穴へ続く狭い階段を降りていく。

 一階の見張りに付いていた者が、一人、また一人と持ち場を離れ、革袋を抱えていった連中の後を追って抜け穴へと入っていった。


「大金貨5百枚、確かに受け取った。6時の鐘が鳴ったらガキどもを解放する、それまで大人しく待ってろ!」

「分かった! 全員待機、一切の手出しを禁じる!」


 抜け穴に入った黒尽め達は、狭い通路を抜けていくためか、思ったよりもゆっくりとした速度で移動している。

 だが、このペースで逃げても、兵士達が踏み込んで来る時には、全員が貧民街の出口から抜け出しているだろう。


「メンデス先生。やつら、抜け穴を使って逃亡を始めました」

「そうか、あと何人ぐらい残っている?」

「まだ20人ぐらいは残ってます」

「全員が抜け穴に入ったら教えてくれ。すぐに生徒達を解放して、兵士に事情を伝える」

「了解です」


 仲間達が次々と抜け穴に入っていく間、黒尽めのリーダーは殊更に存在をアピールするためか、入口のあたりで行ったり来たりを続けていた。

 そして、最後の一人が合図をすると、リーダーはさりげない足取りで入口を離れ、途中から走って抜け穴へと飛び込んで行った。


「最後の一人が出て行きました」

「よし、ドアを開けろ! 縛られている生徒を解放するぞ!」


 会議室のドアが開け放たれ、閉じ込められていた生徒が我先にと飛び出して行く。


「オリビエ、もう大丈夫だから、慌てずに外に出て。ミゲル、ちゃんとエスコートしろよ!」

「うるさい! 何もしてないクセに偉そうにぬかすな!」


 何もしていないだと、こんなに働いているのに馬鹿言うんじゃないよ。

 それに、俺がいる限りは大金貨の持ち逃げなんて許さないよ。


「シールド……」


 用意しておいたシールドを張って、抜け穴の中の様子を集音マイクで聞く。


「痛ぇ! 何だこれ?」

「おい、止まるな。さっさと行け!」

「いや、通れねぇんだよ」

「なにぃ? 通れねぇって、どういう事だよ」

「分からねぇ……なんか見えない壁があって進めねぇ」

「おい、何してんだよ。早く行けよ」

「前がつかえてるんだから、しょーがねぇだろう!」


 狭い通路をビッチリと、分厚いシールドで遮ってやったから、もう逃げられないよ。

 抜け穴の入口で待機していると、生徒が解放されたと知って兵士が踏み込んで来た。


「貴様、そこで何をしている?」

「奴らが逃げないように、閉じ込めてます」

「何ぃ、どういう事だ、説明しろ!」

「はい、これは昔ここが軍の砦だった頃に作られた脱出用のトンネルみたいです」


 細い階段は、同じく細い通路に繋がっていて、貧民街の方向へと繋がっているらしいと話すと、兵士は黒尽くめの後を追って踏み込んで行こうとした。


「あぁ、待って待って、通路の先は塞いであるから、あいつら逃げられないから大丈夫です」

「それは本当か?」

「はい、俺は空属性の魔法が使えるので、それで通路を塞いでいます」

「空属性って、あの空っぽの空属性でそんな事が出来るのか?」

「はい、まぁ生徒の皆さんが全員移動を終えて準備を整えて下されば、皆さんが潜って行かなくても穴から追い出してやりますよ」

「本当に出来るのか?」

「はい、任せて下さい」


 自信たっぷりに言い切ると、兵士達は顔を見合わせた後で準備に動き始めた。


「生徒や職員を退避させろ! 三班から七班はこちらに集まれ!」


 兵士達が動き出す中で、メンデス先生が様子を確かめに来た。


「ニャンゴ、奴らは?」

「地下に閉じ込めてあります」

「何だと……」

「今、兵士の皆さんの準備が整い次第追い出しますので、先生も退避して下さい」

「分かった。頼むぞ!」


 メンデス先生と入れ違いに、武装を固めた兵士が続々と集まって来た。

 階段前から玄関ホールへと、ぐるっと盾を構えて包囲の体制を作り上げる。


 そして、包囲を固める兵士達の間を抜けて、一般兵よりも装飾の多い鎧を身に着けた、中年の熊人の男性が話しかけてきた。 


「私は学校警護する部隊の隊長を務めているトーラスだ。ニャンゴ君で良いのかな?」

「はい、Dランクの冒険者ニャンゴです」

「ほう、その歳でDランクとは、なかなかの腕前のようだね。ところで、どうやって奴らを追い出すつもりだい?」

「水責めにします。狭い地下通路に水が溜まっていけば、出て来るしかありませんよね」

「なるほど、だが水はどこから持って来るつもりなんだい? こちらで水属性の魔法を使える者を用意するのかい?」

「いえ、大丈夫です。その辺りは、まぁ商売上の秘密というやつで……」

「ほほう、ますます面白いな。それでは、お手並み拝見といこうか」


 包囲の体制が整い、追い出しにゴーサインが出たので、地下通路に空属性魔法で水の魔道具を作って注水を始めた。

 すぐに集音マイクを通して、内部が混乱していく様子が伝わってきた。


「うわっ、冷てぇ!」

「なんだよ、この水……」

「うぉ、こっちからも噴き出してるぞ」

「おい、これ、ヤバいんじゃねぇか」


 混乱した黒尽くめ達の声が、抜け穴の中で反響しウワンウワンと響いてくる。


「全員構えろ! いつ出て来ても良いように油断するな!」


 包囲した兵士が一斉に大盾と槍を構え、抜け穴の出口には猫の子一匹這い出す隙もない。

 やがてリーダーだと思われる黒尽めが顔を出した。


「くそっ、謀りやがったな!」

「大人しく武器を捨て、覆面を取って、金を持って出て来い!拒否するなら溺れ死ぬまで続けるぞ!」

「道を開けて俺達を通せ! でないと金を埋めちまうぞ!」

「好きにしろ! 貴様らの死体と一緒に掘り出すだけだ!」

「くそっ!」


 リーダーの男が交渉を行っている間も注水を続けているので、抜け穴から響いてくる声のボリュームは上がる一方だ。

 トンネルが行き止まりになっていると知った者から、狭い通路で向きを変えて戻ろうとし始めている。


 それでも30分ほどは粘っていたが、諦めた黒尽めの男達が次々に抜け穴から上がって来た。

 待ち構えていた兵士が武装を解除させ、覆面を剥ぎ取って、首と両手首を鎖で繋ぐ拘束具を付けていく。


 リーダーの男が出て来た時点で注水は止めたのだが、黒尽め達は腰の辺りまでびしょ濡れになっていた。

 狭い地下通路で水責めなんて、自分でやっておきながら絶対に体験したくないと思ってしまった。


「あれ、あいつ……」


 覆面を剥ぎ取られた男の中に、見覚えのある顔があった。俺にギルドで絡み、裏路地で襲撃してきたけど返り討ちにした馬人の冒険者だ。

 もしかして兄貴に暴力を振るって、高額な料金を請求された客はこいつで、その金を払えずに一味に入れられたのだろうか。


 6時を知らせる教会の鐘が鳴り響く頃には、黒尽くめ達は全員が抜け穴から這い出し、5百枚の大金貨も残らず戻って来た。

 それでは、最後の仕上げと行こうかね。


 抜け穴の貧民街側、出口の手前5メートル程の所から30メートルほど通路の壁に沿ってシールドを張って補強する。

 補強を入れた一番奥にもシールドを張り通路を塞いだ。


「ではでは……粉砕」


 周りにいる兵士には気付かれないように、抜け穴の出口に向けてフルパワーで粉砕の魔道具を作り上げた。

 一瞬の間があった後、ドーンという爆発音が遠くから響いて来た。


 何だか思っていたよりも凄い音がしたようだが、俺も兵士達と一緒に何事かという表情をしておく。

 いやぁ、ちょっとだけやり過ぎたかもしれないけど、まぁこれで一件落着でしょう。

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