第84話 襲撃
イブーロの学校には、7歳から17歳までの生徒約400人が在籍しているそうだ。
7歳から9歳までの生徒はイブーロに住む金持ちの子供で、家から毎日通っているらしい。
10歳から14歳までの生徒はイブーロ近郊の村を含めた貴族や金持ちの子供で、こちらは寄宿舎で生活している。
15歳から17歳までの生徒は専門的な学術知識を学ぶ生徒で、将来研究者や教職員になる者達だそうだ。
兄貴を貧民街から救い出した翌日、俺は襲撃の可能性を伝えに武術担当のメンデス先生を訪ねることにした。
改めて校門周辺を眺めてみると、ここだけで十人ほどの兵士の姿が見える。
門の左右に三人ずつ、受付に二人、更に校内へ入る通路の入り口にも二人の兵士が目を光らせていた。
「こんにちは」
「こんにちは、学校に御用ですか?」
「はい、メンデス先生にお話があって参りました」
「では、受付へどうぞ……」
「ありがとうございます」
兵士の存在を意識して、ちょっと緊張してしまったが、こちらから挨拶をすると笑顔で挨拶を返してくれた。
国境のビスレウス峠でもそうだったが、どの兵士も鍛えあげた肉体を誇る偉丈夫ばかりで、俺が見た限りでは油断など感じられない。
受付で用務員のマテオさんに声を掛け、校内へと入る途中で目を転じると、敷地を囲んだ高い塀と校舎の間には巡回する兵士の姿があった。
チャリオットのみんなは、やり方次第で入り込むのは難しくないと考えているようだったが、俺が見た限りでは簡単ではなさそうだ。
イブーロの学校では、午前に三時限、午後に一時限の授業が行われている。
授業と授業の合間の休み時間が長めに取られていて、日本のように忙しなくないそうだ。
襲撃に関する話なのでメンデス先生の耳に入れようと考えたのだが、三時限目の途中に顔を出し、昼休みにはレンボルト先生とも話をするつもりでいる。
あくまで効率と同時に、早く情報を伝える事を考えての行動であって、マルールのムニエルを御馳走になろうなんて魂胆ではないこともない。
校庭を横切り、錬武場の入口から中を覗くと、既に俺が来た事に気付いたメンデス先生が笑みを浮かべている。
手招きに応えて一礼してから、練武場へと足を踏み入れた。
木剣を使って型稽古の授業を受けている生徒を眺めると、タイミングの悪いことにミゲルやジャスパーの姿があった。
ただし、二人の授業態度には大きな隔たりがあった。
ミゲルは見るからにやる気無さそうに木剣を振っているが、ジャスパーは一振り一振りが真剣そのもので受け太刀を務める生徒が蒼褪めている。
「やぁ、ニャンゴ。どうだい?」
「いやぁ、恐ろしいですね。体格では絶対に敵いませんから、次にやる時は苦戦必至でしょうね」
「いやいや、Cランク冒険者を圧倒する実力者には、まだまだ敵わないさ」
「学校にまで噂が流れているんですか?」
「私は武術が専門だから、知り合いからその手の話は流れてくるけど、職員全員が知っている訳ではないよ」
「なるほど……でも、あれは何でもありの手合わせですから、武術だけの勝負では分が悪いですよ」
「どうだかな……ところで、今日は何か用があるかい?」
「はい、後で少し時間をいただけますか?」
「それは構わないが、ここでは出来ない話なのかい?」
「はい、ちょっと……」
「そうか、では授業が終わった後で」
メンデス先生は、俺の話しぶりから何か感じ取ったのか、今日は手合わせをしようと言ってこなかった。
俺の姿を見つけたオリビエが小さく手を振ってきたが、授業中なので『めっ』しておいた。
ちょっとシューンとしていたので、後で俺の自慢の毛並みを少しだけモフらせてあげようかね。
ミゲルも俺を見つけて睨みつけて来たが、お前はもっと真面目にやれよ。
そういう普段の態度をオリビエや他の女子に見られてるんだからな。
授業が終わった後、メンデス先生は俺を練武場の教員控室へと連れていった。
授業を受けていた生徒達は、着替えてから昼食なので、男女別の更衣室へ移動していく。
「さてニャンゴ、話というのは何だい?」
「実は昨晩、貧民街から若い男の身柄を取り戻して来たんですが、その人が学校を襲撃する話を耳にしたと話していまして……」
「学校って、ここの事か?」
「はい。生徒を人質にして金を要求するつもりだそうです」
メンデス先生は腕組みをして少し考えた後で、決断するように頷いてみせた。
「分かった。この情報は私から警備の兵士に伝えておこう」
「では、信じてもらえるんですね」
「正直に言うと半信半疑、いや確率は二割程度だと思っている。だが、こうした情報は有難いのだよ」
「二割程度の確率だと思うのに有難いんですか?」
「ニャンゴは、警備を行っている兵士を良く見た事があるかい?」
「今日校門を通って来る時に、少し気を付けて見た程度なので、詳しく観察した事はありません」
「学校を守っているのは兵士になりたての者達で、ここで兵士としての規律や警戒行動の基本を学んでいる。言ってみれば、ここは兵士にとっても学校なんだよ」
メンデス先生の話によれば、巣立ちの儀でスカウトされた後、訓練を経て最初に配属されるのが学校の警備だそうだ。
勿論、新人ばかりでは警備にならないので、ちゃんとベテランの兵士も配属されている。
「新人兵士の訓練の場であるから、兵士達の規律はとても厳しい。それでも何も起こらない期間が長く続くと、どうしても慣れや油断という物が頭をもたげて来るものなんだ」
「なるほど、では僕が持って来た情報を規律の引き締めに使うんですね?」
「そういう事だ。続きは食堂で昼食の後に聞かせてもらおうか」
「えっ、でも生徒さんに聞かれたら不味いのでは?」
「なぁに、護衛兵士の訓練の話だと言っておけば良い。それに、生徒に緊急時の避難訓練を行わせるのも良いかもしれんな」
俺などは貧民街のならず者が襲撃を企てていると聞いただけで不安を感じてしまっていたが、備えに自信があるからこそ訓練に役立てようという発想ができるのだろう。
食堂まで向かう間、メンデス先生はジャスパーの話をした。
「ニャンゴに叩きのめしてもらって良かったよ。学年一なんて小さなプライドで増長していたからな。従姉のクローディエでさえ勝てなかったと知って、自分も努力すればまだまだ強くなれると思い直したようだ」
「ついでに、アツーカ村のミゲルも何とかなりませんかね?」
「ミゲルか……だいぶ甘やかされて育ったようだな。それでも、人は何かの切っ掛けで大きく変わることがある。捨てるばかりではなく良い所を拾ってやりたいとは思っているが……まぁ、武術は向いていなそうだな」
どうやら、ミゲルのぐうたら振りは筋金入りのようで、メンデス先生でもお手上げのようだ。
食堂に向かう途中で、タイミングよくレンボルト先生と合流出来た。
食事をしながら襲撃計画と、新しい魔法陣の使い勝手について話が出来そうだ。
そして、マルールのムニエル、ゲットだぜぃ!
「うみゃ! マルールうみゃ、カリカリ、しっとり、ほろほろ、うみゃ!」
「ははは、気に入ってもらって何よりだよ。それにしても粉砕の魔法陣にはそんな効果があるのか……ニャンゴ君、ちょっと相談なんだが……」
「えっ、まさか粉砕の魔法陣を体感したいとか言うんじゃないですよね?」
「駄目かね? こう手の平に収まるぐらいの極小サイズで……ねっ?」
「うーん……考えておきます。まだ威力の調整が完璧じゃないので、間違うと酷い怪我をする恐れがありますので、次回まで練習を重ねておきますから待って下さい」
「そうか……仕方ない、待つとしよう」
いやいや、粉砕と名付けられているけど、実質爆発の魔法陣だから普通は体感しようなんて考えないぞ。
見てみろ、メンデス先生がすっかり呆れてるじゃないか。
「はぁ……属性魔法を使って刻印魔法を発動させるとは……ニャンゴ、君の頭はどうなってるんだ?」
「みゃっ、俺ですか! いや、だって空っぽの属性とか言われたら、何とか見返したいって思うものじゃないですか」
「いや、普通は諦めて魔道具に頼ろうとするものじゃないかな」
「でも、メンデス先生。ニャンゴ君のおかげで、私は新しい発想の魔道具のヒントを得られて大助かりですよ」
そう言えば、メンデス先生には空属性魔法を使って刻印魔法を発動出来る事は伝えていなかった。
おかげで食事中の話は、空属性魔法を使った刻印魔法の利用法一色になってしまった。
食事が終わり、給仕さんがトレイを下げて、お茶を淹れてくれていた時だった。
突然食堂に、黒尽くめの覆面姿の男達が乱入してきた。
先頭を歩いて来た男が、短い金属製の筒を掲げると、その先端から火の玉が撃ち出されて奥の壁に炸裂した。
盛大に火の粉が飛び散り、生徒達が悲鳴を上げる。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「静かにしろ! 全員、その場を動くな! 大人しく言う事を聞けば手荒な真似はしない。ただし、逆らう奴は黒焦げにしてやるぞ!」
リーダーらしき男は、再び筒の先から火の玉を撃ち出してみせた。
再び奥の石造りの壁にあたって火の粉が舞い、生徒達が再び悲鳴を上げる。
「あれは、魔銃だ」
「えっ、あれが?」
「私が知る物とは形が違うが、間違いないだろう」
魔銃は、おそろしく高価な代物だと聞いていたが、乱入してきた50人ほどの男達は、全員が同じ筒を持っている。
直径10センチ程度の金属製の筒に、グリップが付いているだけの無骨な作りだ。
「メンデス先生……」
「あぁ、まさか現実に、しかもこんなに早くとは思わなかった……」
メンデス先生は、食事をしながらもう少し詳しい話を聞いて、食後に護衛の兵士に伝えるつもりでいたのだが……事態は予想よりも早く動いてしまった。
「いいか、良く聞け! これから移動するが、その前に武器になりそうな物は全てテーブルの上に置いていけ! 食事用のナイフやペンでも、持っているのが分かったら処刑する!」
リーダーの男は警戒していたが、生徒の中に食事で使ったナイフを隠し持って行こうと考えた者はいなかったようだ。
この後、俺達は黒尽くめの男達に囲まれて、教員棟へと移動させられた。
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