第85話 抜け穴

 教員棟はコの字型をした石造りの三階建てで、学校の門を入った正面にある。

 一階には訪問者と教員が面談する応接室や生徒会の役員室などがあり、二階が職員室、三階に校長と教頭の部屋、それに王族や貴族が訪問した時の応接室があるそうだ。


 食堂から教員棟へと移動する間、騒ぎに気付いた兵士が駆けつけて来たが、人質を盾にされて近付けなかった。

 制服を着ていない俺は黒尽くめの男から素性を怪しまれたが、レンボルト先生が実験の素材を届けに来てくれた者だと言ってくれたおかげで助かった。


 黒尽くめ達から見れば、貧相な猫人が一人ぐらい混じっていても問題とは感じないらしい。

 騒動が起こった直後に動こうかと思ったが、メンデス先生に止められた。


 相手の人数や目的が分からない状況で、下手に動いて怪我人を出す訳にはいかないそうだ。

 教師という立場では、生徒の安全確保が絶対条件なのだろう。


 黒尽くめ達が持っている魔銃と思われる物は全部本物のようで、教員棟までの移動の間、接近を試みる兵士に向かって盛んに魔法を撃ち出していた。

 撃ち方を見る限りでは、魔石を使った銃弾を使うタイプではなく、魔力を込めて撃ち出すタイプのようで、残念ながら弾切れは期待できないようだ。


 教員棟へと連れて行かれた生徒や教員は、イブーロ出身者とそれ以外の地域の出身者へと分けられた。

 イブーロ出身の生徒は、後ろ手に縛られた上で隣り合う者同士の右腕と左腕を縛られ、横並びに繋がれ、入口や窓に向かって立たされた。


 言うなれば、人間を使ったバリケードで、正面の入り口には三重に並ばされている。

 これでは外部から突入を試みれば、生徒を傷付けてしまう。


 更には、バリケードとして並べられた子供の後ろには、監視のための黒尽くめが控えている念の入れようだ。

 イブーロ以外の街から来ている生徒達は、教員と一緒に一階にある会議室に押し込められた。


 俺もレンボルト先生やメンデス先生と一緒に押し込められている。

 先生達は生徒をなだめる役目を与えられたが、生徒達はパニック寸前といったところだ。


「ニャンゴさん、怖いです……」

「ニャンゴ、お前冒険者なんだから何とかしろ!」

「しぃ、大きな声を出すなミゲル、目を付けられたら動けなくなる。それに、俺に文句を言う暇があったら、オリビエを守る事に専念しろ」


 会議室に押し込められる時に、いつの間にかオリビエが側に来ていて俺の手を握って震えている。

 来なくても良いミゲルまで付いて来て、不安そうにキョロキョロと周りを見回している。


 俺達を押し込めた黒尽くめ達は、会議室の外に出てドアを閉めてしまった。

 おそらく、外の状況を知らせないためだろう。


 会議室の広さは、並べてあった机や椅子を端に寄せた状態で、ようやく全員が入れる程度しか無く、しかも出入口以外には窓も無い。

 季節は晩秋から冬へと向かう時期だが、これだけ密集していると室温が上がっていく。


 不安感から泣き出す女の子がいて、その泣き声につられて啜り泣きが会議室に広がっていく。


「ニャンゴさん……」

「大丈夫、オリビエは俺が守るよ」

「どうするつもりなんだよ、ニャンゴ!」

「とりあえず、外の様子を探るから、少し静かにしてくれ」

「探るって、お前……」

「ミゲルさん、ニャンゴさんの邪魔しないで!」

「わ、分かった……」


 全く、どうしてミゲルは自分から点数を下げるように、下げるように行動するかね。

 意識を集中して、会議室の外に探知用のビットをばら撒いて、黒尽くめ達の様子を探る。


 幸い、黒尽くめ以外に外にいるのはイブーロ出身の子供だけだし、黒尽くめ達は全員が魔銃を携えているので区別が付けられた。

 ついでに、集音用のマイクも設置して外の音を拾った。


 会議室の外でも、バリケードにされた子供の泣き声が響いていたが、暫くすると黒尽くめのリーダーらしき声が聞こえて来た。

 どうやら、教員棟の周囲を取り囲んだ兵士達に対して要求を伝えるらしい。


「いいか、4時までに大金貨5百枚を用意しろ! 少しでも遅れたら、この真上のバルコニーから人質を突き落とす。30分遅れるごとに一人突き落とすから、そのつもりでいろ!」

「馬鹿な真似は止めて、武器を捨てて投降しろ! すぐに増員の兵士も到着する、逃げられやしないぞ!」

「うるさい! グダグダ言ってねぇで、さっさと金を用意しろ、でなきゃ人質が死ぬぞ!」


 どこの世界でも立て籠もり犯と逮捕する側の交渉は、似たような感じになるものらしい。

 黒尽くめ達は、入念に計画を練ってきたらしく、半数以上の者は持ち場に着いたまま動きを止めている。


「全部で54人、一階だけでなく三階まで上がる階段にもいる」

「何で、そんな事が分かるんだよ!」

「空属性魔法の応用だよ。それより、ちょっとどいてくれ。メンデス先生と話がしたい」


 メンデス先生とは少し離れてしまっていて、話をしたいのだが上手く近づけない。

 仕方がないので、ステップを使って生徒の頭の上を歩いていくことにした。


「メンデス先生」

「うぉぉ、それも空属性魔法なのか?」

「はい、ちょっと教えて下さい。ここの地下って何があるんですか?」

「地下だと?」

「はい、二階に上がる階段の下を黒尽くめの連中が壊しているみたいなんです、ほら……」


 耳を澄ますと、啜り泣く生徒の声に混じって、ゴツっ、ゴツっと音が響いて来る。


「地下には何も無いはずだが……いや、待てよ。ニャンゴ、昔ここが何に使われていたか知っているか?」

「確か、軍の砦だったって聞きましたが」

「そうだ、そしてこの教員棟は司令部として使われていたそうだ。塀や門の位置は、当時とは変わっているそうで、今でこそ門の近くにあるが、昔は一番奥に位置していたと聞いている」

「それじゃあ、もしかして……」

「抜け穴のような物があるのかもしれん」


 軍の司令部として使われていたのであれば、敵に攻め込まれた時のために脱出用のトンネルが掘られていてもおかしくない。

 階段下で作業を進めている奴らの所に、集音マイクを設置して声を拾った。


「おい、まだ開かないのか?」

「やってるから急かすな!」

「もたもたしてると金が届いちまうぞ」

「うるせぇ、人質がいるんだから大丈夫だ。ガタガタ言うな!」

「開いた! おい、いるか?」

「おう、こっちはいつでも良いぞ!」


 探知ビットを動かすと、こちら側から掘り進めている先に空間が繋がっていて、そちらにも誰かいるらしい。

 気付かれないように慎重にビットを動かし、増やし、先の空間を探っていく。


 どうやら地下へと通じるトンネルがあり、6人ほどの人物が控えているらしい。

 人が一人、かがんでやっと通り抜けられるぐらいの細い階段を下り切ると、その先にも同じような細い通路が続いているようだ。


 地下の通路は途中で何度か曲がりながらも、同じ方向に向かって伸びているらしい。

 目を閉じて集中していたが、気付くと会議室中の視線が俺に向けられていた。


「どうだ、ニャンゴ」


 生徒が騒ぎ出すと不味いので、メンデス先生に耳打ちした。


「地下に細い通路があって、そっちにも6人ぐらい控えています。通路は何度か折れ曲がりながら、あっちの方向へ……」

「なるほど、情報通りだったみたいだな」

「はい」


 秘密の通路が向かっている先は学校から見て南東の方向で、その先には貧民街がある。


「おそらく、埋められていた出口の部分を何者かが発見して、どこまで続いているか辿ったのだろう。いや、そんな通路が繋がる先は、ここぐらいのものか」

「要求した金を受け取り、通路を通って逃げる。途中を何らかの方法で崩してしまえば追跡は出来なくなるってことでしょう。どうしますか?」

「ふむ……」


 メンデス先生は、顎に手をあてて考えに沈んだ。

 いつの間にか、啜り泣く声は止んで、ドアの向こうから投降を呼び掛ける声が小さく聞こえて来た。


「ニャンゴ。私は、金を取られて構わないと思っているんだ。ただし、生徒が無事ならばだ。率直に聞くが、もしこの状態でドアの外から奴らの武器を撃ち込まれたとしたら、君はここにいる生徒を守れるかい?」

「問題ないですね。食堂で見た限り、ただの火の玉を飛ばすだけで貫通力は無さそうでした。その証拠に食堂の壁は少し黒くなっただけで、全く傷付いていません。あんな魔法、何十発、何百発撃ち込まれても、俺の作る盾はビクともしませんよ」

「素晴らしい、それを聞いて安心した。とりあえず君は、ここにいる生徒を守ることに全力を傾けてくれ。勿論、無事に解放されたら報酬を出すし、ギルドにも感謝を伝える」

「分かりました。俺も一緒に巻き込まれているので、別に報酬とかはどうでも良いですが……守ってみせますよ」

「頼む……」


 メンデス先生と握手を交わしながら、いつでもドアの内側に分厚いシールドを設置できるように準備した。

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