第83話 不穏な話
兄貴のフォークスが聞いてもらいたい事があると言い出した時には、てっきり拠点での待遇とか金の話だと思っていた。
「貧民街を牛耳っている奴らの一部が、学校を襲って生徒を人質にして金を要求するつもりです。客に暴力を振るわれた俺が気を失ったままだと思って、近くで話しているのを偶然聞ききました。詳しい内容までは分からないけど、そう遠くない日に実行に移すような口ぶりでした」
俺以外のチャリオットのメンバー四人にとっても予想外の話だったようで、どう反応したものかと迷っているらしく、互いに顔を見合わせている。
結局、最初に反応を返したのはリーダーのライオスだった。
「フォークス、その話を俺達に聞かせて、君はどうしたいんだ?」
「俺は貧民街の連中に騙されて、今まで搾取されていました。だから、奴らの足を引っ張って少しでも報復してやりたい」
「なるほど、だがそれならば、今の話は官憲に持ち込むべきじゃないのか?」
「俺みたいな猫人の、しかも気絶から覚めたばかりの時に聞いた話を信じてもらえると思いますか?」
兄貴の言う通り、猫人というだけで侮られる世の中で、学校が襲われるなんて話が信じてもらえるかは微妙だろう。
そもそも猫人の話でなくても、学校を襲うという話が信じてもらえるか分からない。
ミゲルやオリビエが在籍しているイブーロの学校は、元は軍の砦だった建物だ。
周囲は高い壁で囲まれているし、貴族や金持ちの子女が通っているから警備の兵も常駐している。
ゼオルさんと一緒にミゲルやオリビエを迎えに行った時も、リクエストでレンボルト先生を訪ねた時も、校門には複数の兵士が立っていて訪問の理由を確かめたり、ちゃんと受付に行くか見守っていた。
内部に侵入するのも難しいだろうし、侵入しても警備の兵を退けるのは難しいだろう。
「誤解しないでくれよ。君を疑う訳ではないが、学校を襲うというのは余り現実的な話ではない。例え襲撃が上手くいって生徒を人質に出来たとしても、要求した金を受け取った後、どうやって逃げるつもりだ?」
「そこまでは分かりませんが、あの口ぶりからして冗談を言っている感じじゃなかった。もう準備はほぼ終わっているような話だったし、最後の詰めを急ぐように話していました」
兄貴の話を聞き終えたライオスは、視線を隣に座っているガドへと移した。
「どう思う?」
「戦力次第じゃろうな。どんなに堅牢な砦であっても、守りの限界を超える戦力で攻め込まれれば崩される。それも、守る範囲が広くなるほどに、局所的な守りを維持するのは難しくなるぞ」
ガドの意見に頷いたライオスは、セルージョに視線を転じる。
「俺も攻め方次第では入り込めるし、脱出も出来ると思っている。それに、多くの者は学校の守りは堅いというイメージを持っている。そのイメージが大きくなればなるほど、実際の守りとのギャップが生まれ、そいつはいずれ致命的な隙になる」
「学校に攻め入るなんて訳ないわ……あれだけ多くの生徒が生活し、いまは軍事拠点でも無い。タイミングさえ見極めれば、簡単な詐術を使うだけでも入り込める。後は入り口とは別に出口を設けておけば、あっさり姿を眩ますことも不可能ではないわ」
シューレの自信は、あるいは本当に侵入したことがあるのでは思わせるほどだ。
三人の話を聞き終えたライオスは、俺に向かって口を開いた。
「ニャンゴ、リクエストに絡んで学校の教師に伝手があるよな?」
「はい、魔道具関連のレンボルト先生、それに武術を教えているメンデス先生とは面識があります」
「そうか、ならば明日にでも出向いて話をして来てくれ。あくまでも未確認の情報だが、可能性の高い情報として注意を促して来てくれるか?」
「分かりました」
「フォークス、この件は俺の方からギルドに報告を上げておく。どの程度真剣に動いてくれるかは不明だが、ギルドにとっても学校は上客でもあるから放置はされないはずだ」
「皆さんの儲けには繋がりませんか?」
「さぁな、この情報だけでは難しいが、実際に事態が動けば、あるいは大きな儲けに繋がるかもしれん」
ライオスがニヤリと笑みを浮かべたところで、セルージョが口を挟んだ。
「情報の流れ方次第だが、フォークスに危険が及ぶ可能性があるぞ」
「どうしてですか? 俺はこの件について、ここ以外では話してませんよ」
「忘れたのか? 貧民街の豚野郎は俺の顔を知ってやがった。チャリオットから情報が流れたと知れば、その情報源としてフォークスが疑われてもおかしくねぇぞ」
セルージョの言葉に、兄貴は顔を引き攣らせた。
「フォークス、暫くの間は拠点から出ないようにしてくれ。みんなも、フォークスがここにいると外では話さないように気を付けてくれ。さぁ今夜はもう遅い、明日の朝もう一度打ち合わせをしてから各自で動くことにしよう」
ライオスが解散を提案して、みんなはそれぞれの部屋に引き上げる事になった。
「仕方がないから、今夜だけはニャンゴを貸してあげる……」
「いやいや、俺はシューレの所有物じゃないから」
「なんですって!」
「だから驚くところじゃ……もういいや、行くよ兄貴」
「お、おぅ……」
兄貴を連れて階段を上り、屋根裏の俺の部屋に向かう。
屋根裏部屋は、掃除の手間を省くために一部を除いて土足厳禁にした。
チャリオットのメンバーにも、土足のまま入れるのは階段を上がって右側だけにするように話を付けてある。
おかげで、心おきなく板の間でゴロゴロ出来るようになった。
「兄貴、そこの雑巾で足を拭いてから上がってくれ」
「お前は拭かないのか?」
「俺は空属性魔法で足場を作って移動してるから、裸足でも汚れてないんだ」
「そんな事までやってるのか?」
「足場を作れるようになってからは、ずっと続けてるぞ。おかげで水の上だって、空中だって歩ける」
分かりやすいようにステップを高い位置に設定してみせると、兄貴は目を丸くして驚いていた。
てか、兄貴が村にいた頃も既にやっていたんだが、それだけ俺には無関心だったという証拠だ。
「ここを、お前一人で使ってるのか?」
「チャリオットのみんなだと天井に頭がつかえるんだよ。だから階段を上がった右側の一部を物置に使っている以外は、全部俺の部屋だ」
空属性魔法で、明かりの魔法陣を作って部屋の隅まで照らしてみせた。
「にゃっ、にゃんだ、この明かり」
「俺の空属性魔法だ」
急に明かりが点いて驚いた兄貴に、空属性魔法で魔法陣を作ると刻印魔法として発動すると説明すると、更に目を丸くして驚いていた。
「お前は凄いな。いつの間にか色いろな魔法が使えるようになっていて、冒険者として大金も稼げるようになっている。それに較べて俺は……」
床に座り込んだ兄貴は、悄然と肩を落として呟いた。
望外の成功を手に入れた俺と、予想もしていなかった人生の壁に直面している兄貴とでは、今の時点では大きな差が付いてしまっている。
だが長い人生から見れば、まだ俺達は序盤を終えたに過ぎないし、挽回できる可能性は十分にある……と、普通の人種であれば言えるだろう。
この先、猫人の兄貴がイブーロで活躍の場を広げるためには、よほどの努力をしなければならないだろうし、他の者とは違う才能やスキルを発揮してみせる必要がある。
「兄貴、終わった事はいくら考えたって取り戻せないよ。とにかく貧民街からは抜け出せたんだ。ここから一歩ずつ進んで行こうよ。俺も手を貸すからさ」
「ニャンゴ……ありがとう。お前が弟で良かった。俺は幸せ者だよ」
「にゃ、にゃにを言ってんだよ。そ、それより明日は忙しくなりそうだから寝るぞ。あぁ、今夜はその布団使って良いからな。時間が出来たら兄貴の分の布団も買って来るから気にすんな。そ、そうだ、トイレは二階の廊下の突き当りだから……」
「ふふっ、分かったよ」
兄貴のために用意した階段を照らす小さな明かりの魔道具を残して、空属性魔法で作った明かりを消すと、すぐに寝息が聞こえてきた。
兄貴が貧民街で、どれほど過酷な生活を続けていたのか聞いてみたい気持ちもあるけど、聞くのが怖いとも思ってしまう。
俺はコボルトに左目を潰された以外は、優しく頼りになる人達に恵まれて順風満帆な人生を歩いているが、一つ間違えば兄貴と同様の道を辿っていたかもしれない。
兄貴が道を踏み外したのは、世間知らずで努力の方向を間違えたからかもしれないが、長閑な山村で育った子供に対して、その責任を問うのは間違っている。
俺がもう少し大人になって、今よりももっと力を付けたら、アツーカ村の習慣を変えていかないといけないのかもしれない。
それをミゲルに望むのは、ペンギンに空を飛べと言うようなものだから。
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