第82話 居候になるまで(フォークス)
※ ニャンゴの兄、フォークス視点の話になります…… ※
その男は、イブーロでは名前の売れた冒険者パーティーのメンバーだそうだ。
金貨三枚の金を払って、猫人の男を買い取る理由は何なのか、俺が荷物をまとめている間、貧民街に暮らす連中は好き勝手な憶測を並べ立てていた。
「抵抗できない奴をいたぶる変態野郎だよ」
「そうじゃねぇ、魔物討伐の囮に使うんだろう」
「護衛対象の替え玉じゃないの?」
「馬鹿、猫人の護衛対象なんかいねぇよ」
俺の身体が何に使われるのかは分からないが、ろくでもない用途なのは間違いなさそうだ。
だからと言って、金貨三枚の金を稼ぐ術を持たない俺に逆らう権利は無い。
イブーロに来れば、食っていくぐらいの仕事はすぐに見つかると思っていた。
アツーカ村の学校では、それなりに良い成績を残していたから何の心配もしていなかったのだ。
弟のニャンゴですら冒険者の真似事で稼ぎを得ているのだから、俺に出来ないはずが無いと思い込んでいたが、理想と現実は大違いだった。
雪で例年よりも出発が遅れ、辿り着いたイブーロに仕事は無かった。
仕事が全く無かった訳ではないが、猫人に出来る仕事は限られていて、その仕事すら他の人種と競合になれば奪われた。
非力な猫人には難しい仕事は多いが、猫人でなければ出来ない仕事は殆ど無い。
なけなしの金をはたいて冒険者登録もしてみたが、やはり仕事は限られていた。
ネズミ退治の仕事ならと依頼を受けてみたが、一日掛かっても一匹のネズミすら捕まえられなかった。
何が何だか分からないうちに所持金は底を尽き、安宿を叩き出されるまで時間は掛からなかった。
村に帰ろうかとも考えたが、馬車に乗る金も無いし、何より村を出る時に親父から里帰り以外では戻って来るなと言われている。
小作人として、家を構えていくのは兄貴だけで限界らしい。
俺は知り合いもいないイブーロの街で、途方に暮れるしかなかった。
親切そうな顔で近付いて来た男に騙され、借りた銀貨一枚が、いつの間にか二枚になり、三枚になり、大銀貨になり……身体を売らされる羽目になった。
男が男に買われるなんて、村にいた頃には想像すらしていなかったし、実際にやらされた事は想像を絶する行為だったが、腕力でも財力でも悪知恵でも全く太刀打ち出来ず、言いなりになるしかなかった。
変態どもの慰み物にされても、借金は減るどころか増える一方で、生きるために盗みも働くようになった。
身も心も薄汚れた猫人の俺に、金貨三枚なんて大金を払う人間がいるとは本当に驚きだ。
ろくでもない目的に使われ、悪くすれば命を落とすのかもしれないが、肥溜めのような貧民街で一生を終えるぐらいなら、華々しく死んだ方がマシだろう。
とは言っても、痛い思いも、苦しい思いも味わいたくはない。
体格に勝る人種共に凄まれると、暴力への恐怖で身体が竦む。
一般人ですら己の欲望を満たす時には、理性の箍が外れたように暴力を振るうのだ。
少し前に俺を買った馬人の若い男にも、好き放題に暴力を振るわれて三日も寝込む羽目になった。
その代償として、馬人の男は高額の金を請求されていたようだが、その金が俺の借金の返済に使われることは無かった。
俺を買い取った冒険者の男と仲間の男は、一言も喋らずに歩いて行く。
明るい未来が待っているとは思えないが、それでも荷物を抱えて貧民街を出る時には歓喜で身体が震えた。
もう二度と貧民街には戻らないし、可能ならば俺を陥れた連中に一泡吹かせてやりたいと思った。
そのためには、前を歩いている男達の目的を果たし終えても、生き残っていなければならない。
貧民街を出てからも終始無言で歩いて行く男達に、疑念と恐怖が芽生え始める。
いつの間にか、貧民街を抜け出せた歓喜は去っていた。
「ここだ、入れ……」
連れて行かれたのは倉庫のような建物だったが、裏口を入った先は小綺麗な店のような作りになっていた。
中で待っていたのは、ゴツい体格の蜥蜴人とサイ人の男、それに鋭い目付きの黒ヒョウ人の女だった。
三人とも冒険者なのだろう、身に纏っている雰囲気が只者ではない。
品定めをするような目付きで近づいて来た黒ヒョウ人の女は、顔をしかめて言い捨てた。
「臭い……話をする前に洗うべき……」
見下すような言い方に腹が立ったが、勿論言い返すような度胸は無い。
俯いて怒りを堪えていると、俺を買い取った男が口を開いた。
「静寂が臭いって言ってるぞ、ちょっと洗ってこい、ニャンゴ」
「えっ?」
耳に飛び込んで来た意外な名前に振り返ると、俺を連れてきたもう一人の男の中身が、服だけ残して消えた。
「にゃにゃっ?」
驚きのあまりに思わず声を上げた俺の前で、床に落ちた服がモゾモゾと動き見慣れた顔が現れた。
「うわっ、マジで臭いっすね」
「ニャンゴ、石鹸の使用を許可するわ……」
「俺も冷や汗をかいたんで、一風呂浴びてきます」
何が起こっているのか理解の追い付かない俺を尻目に、弟のニャンゴは服を拾い集めると建物の奥を指差した。
「風呂場は奥だ、行くよ兄貴」
「えっ、あぁ……」
訳の分からないまま風呂場に押し込まれ、着ていた服を全部脱がされると、泡まみれのお湯に浸からされ、頭のてっぺんから尻尾の先までゴシゴシと洗われた。
ついでに着ていた服も、もって来た着替えも洗濯され、俺が風呂に浸かっている間に空中でクルクルと回って乾いてしまった。
「兄貴、泡を流すから出て」
「お、おぅ……」
湯船から出ると空中から出るお湯を浴びせられ、それが終わると次は温風を浴びせられて乾かされた。
「兄貴、一番まともな服を着て先に戻っていて。俺は風呂場を片付けてから行くから」
「お、おぅ……」
弟は、ドロドロに汚れた湯船のお湯を流して掃除を始めた。
何がなんだか良く分からないが、とりあえず店へと戻ろう。
「あ、あのぉ……ふにゃぁ!」
「うーん……今いち、やっぱりニャンゴがいい……」
店に戻ると、いきなり黒ヒョウ人の女に抱え上げられ、腕とか頭とか尻尾を触られまくった。
「あ、あの、何がどうなってるんですか?」
「何だよ、風呂場で何も聞かなかったのか?」
俺を買い取った男が呆れたような口ぶりで尋ねた。
「はぁ……」
「ニャンゴはシャイだから……そこが良い」
「はぁ……?」
「ここは冒険者パーティー、チャリオットの拠点で、お前さんの弟はうちのメンバーだ」
俺を買い取った男、セルージョが話してくれた内容は、俄には信じられない内容だった。
アツーカ村にブロンズウルフという狂暴な魔物が現れ、その討伐に出掛けたチャリオットは案内役として弟を雇ったそうだ。
ところが案内役として雇った弟が、何人もの冒険者を食い殺したブロンズウルフに止めを刺し、その実力を見込んだチャリオットがスカウトしたらしい。
「冗談……ではないんですよね?」
「信じられないかもしれないが、ニャンゴはDランクまで昇格しているし、ギルドでも一目置かれる存在になってるぜ」
「Cランクのボーデに何もさせずに圧勝したわ……」
なぜ黒ヒョウ人の女が自慢気なのかは分からないが、弟が別人のような存在になっているのは本当らしい。
その弟が、マーケットで盗みを働いた俺を買い出しの途中に目撃して、貧民街から救い出す手助けをしてほしいと頼んだそうだ。
今夜すんなりと買い取りを終えられたのも、弟が下調べを行っていたからだそうだ。
当然、俺があそこで何をやっていたのかも、分かっているのだろう。
「お前さんを買い取った金もニャンゴが稼いだものだ」
「えっ……」
てっきり俺は、パーティーのメンバーに金を借りたのだと思ったが、弟は一度の遠征で金貨どころか大金貨を稼ぐことすらあるらしい。
そうした事情を聞いていると、風呂場の掃除を終えた弟が戻って来た。
改めて見てみると、俺が家を出た時よりも背が伸びて、身体つきもシッカリしている。
身のこなしや立ち居振る舞いに自信のようなものが感じられるし、顔つきも精悍さが増していた。
「ふにゃぁぁ、ちょっ下ろして、シューレ」
「んー……やっぱりニャンゴの抱き心地が最高」
前言撤回、一人前の男に見えたのは、俺の見間違いのようだ。
俺達はテーブルを囲んで話し合いの席についたが、弟はシューレという女の膝の上だ。
「とりあえず、兄貴を貧民街から連れ出せました。協力ありがとうございました」
弟が神妙な顔で頭を下げたので、俺も一緒に頭を下げた。
というか、これでは一生弟に頭が上がらなくなりそうだ。
「兄貴、村に帰らないならば、屋根裏の俺の部屋に一緒に住んで仕事を探しなよ。仕事が見つかるまでは、ここの雑用をやって。仕事が見つかったら、自分で部屋を借りて独立すれば良いんじゃないか?」
「本当に良いのか?」
ここがパーティーの拠点だとすれば、弟は加入したての新入りだ。
その新入りが居候を引き込むなんて迷惑だろうと思ったが、俺をここまで連れて来る時点で話は済んでいるらしい。
弟以外の四人も、そうしろとばかりに頷いてみせる。
「ニャンゴの兄でフォークスと言います。よろしくお願いします」
「俺はリーダーのライオスだ。困った事があれば何でも相談してくれ」
「ワシはガドと言う、よろしくな」
「俺はセルージョだ。金と女以外なら相談に乗るぜ」
「シューレよ、あなたは、もっと毛並みを整えなさい」
四人とも一癖ありそうな人物だが、全員がBランクの冒険者だそうだ。
国の中心部に近い街に行けば、もっと凄腕のパーティーが存在するのだろうが、イブーロでは屈指の冒険者パーティーだそうだ。
イブーロでも指折りの頼りになる存在が目の前にいるならば、話さない訳にはいかないだろう。
「居候に転がり込んで早々に申し訳ないですが、ちょっと聞いていただきたい事があります」
俺は、貧民街で偶然耳にした計画を、弟を含めた五人に聞いてもらう事にした。
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