第79話 決闘
その日、ギルド裏手の訓練場には多くの見物人が集まっていた。
お目当ては勿論、俺とボーデの手合わせという名の決闘だ。
ギルドの裏手は、馬車が乗り入れられる大きな広場のようになっていた。
その一角にはオークなどの獲物を受け入れる買い取り場があり、他の場所は冒険者が戦闘の訓練を行えるようになっている。
木剣や棒を使って体術の訓練を行う場所、弓矢や攻撃魔法の訓練を行う射撃場のような場所、そしてちょっとした観客席に囲まれたアリーナが設えられていた。
俺とボーデが手合わせを行うのはこのアリーナだ。
広さはバスケットボールのコートが二面ぐらい取れる程度で、その周囲を四段ほどの観客席が囲んでいる。
アリーナと観客席の間は、アイスホッケーの試合場のような透明な板で仕切られていた。
特殊な魔法陣で強化されているそうで、物理にも魔法にも耐性が付与されているらしい。
俺の空属性で作るフルアーマーや武器を更に強化できるかもしれないので、あとで魔法陣を見つけて模写しておこう。
観客席にはボードメンのメンバーや昨夜酒場に居合わせた冒険者、そいつらから噂話を聞きつけた冒険者などが集まっている。
その中には不機嫌そうな表情のシューレを含めたチャリオットのメンバーの姿もあった。
ジルからの知らせを聞いて駆けつけて来たのだろう。
ライオスは普段と変わらない様子だが、セルージョとガドは少し眠たそうだ。
シューレが不機嫌なのは、俺が勝手に決闘することになった事よりも、レイラさんの部屋に連泊して抱き枕として堪能できなかったせいだろう。
勝敗に関しては、どうやら心配はしていないようだ。
「ふん、良く逃げないで出て来たな。それだけは褒めてやるよ」
ボーデは抜き身の大剣を肩に担いで、俺を見下ろしてくる。
ゼオルさんに棒術を習う前の俺ならば、ビビって逃げ出していただろうが、今は怖いとも感じない。
いくら身体強化魔法を使って大剣を振り回してきたとしても、分厚いシールドを斜めに構えてやれば斬り割る事は出来ないはずだ。
防ぐだけならば、四方をシールドで囲んだ狭い空間に閉じ込めてしまえば、ボーデは何も出来ないだろう。
ただ、今回の決闘では、なるべく派手で分かりやすい形で勝てとジルからの注文が付けられている。
安全に派手で、しかもボーデの命を危険に晒さないような勝ち方と言われると難しい。
デスチョーカーなんて間違っても使えないし、フレイムランスも威力が強すぎる。
ラバーリングなどの拘束具は見た目の派手さが無いし。ステップで逃げ回っているだけではいつまでも勝負が付かない。
まぁ、いくつか作戦は練っては来たけれど、思った通りに進められるか少々不安だ。
審判を務めるジルは、ギルドの職員のジェシカさんと一緒に現れた。
「ボーデ、ニャンゴ、用意は良いか?」
「俺はいつでも構わねぇが、にゃんころは棒きれしか持ってねぇぞ」
ボーデの大剣に対して、俺が手にしているのはギルドで借りた棒だけだ。
「あなた程度は、これで十分ですよ」
「なんだと手前……」
掴み掛かってこようとするボーデの前に、ジルが割って入った。
「まだだ、勝手に始めんじゃねぇぞ! これは、殺し合いじゃなく手合わせだ。審判である俺の指示に従わず相手を殺した場合には、二度とギルドに登録できなくなると思え。ジェシカは勝負を見守る立ち合い人だ」
「それは構わねぇけど、一撃で死んじまったら責任は取れねぇぞ」
「そうだな、その場合には俺も文句を言うつもりは無いし、ギルドにも処分を求めない」
「それは良いけどよぉ、ちゃんと公平にジャッジしてくれんですよね? にゃんころに有利な判定とかやめてくれよな」
ボーデとすれば、俺と親しくしているジルが身内贔屓な判定をしないか心配だったのだろうが、その一言はジルの逆鱗に触れたようだ。
「……んだと小僧。俺にも喧嘩売るつもりか?」
「い、いや、そんなつもりで言ったんじゃ……」
「だったら、グダグダ言わずに黙ってろ」
普段、ニコニコ、ニヤニヤしているジルが眉間に深い皺を刻みながら放った一言で、ボーデは黙り込んで何度も頷いてみせた。
「ルールを説明する。武器や魔法は何を使用しても構わん。勝敗は、片方が意識を失った場合、自分で負けを認めた場合、そして俺がこれ以上の戦闘は危険だと判断した場合だ。俺がそれまでだと言ったら武器を引け。従わないならば、次は俺が相手だ」
ボーデの態度を見る限り、ジルとは相当な力の差があるのだろう。
笑っている時にはイキってみせても、マジモードのジルには逆らう気は無いようだ。
ふと気付くと、ジェシカさんにジト目で睨まれていた。
何でこんな事になっているんだと咎めているようだが、その責任はジルに言ってくれと顎で合図をすると、大きな溜息をついて今度はジルを睨みつけていた。
「勝負は一本きり。どっちが勝っても恨みっこ無しだ。これだけの者が見てるんだ、不様な戦い方をするんじゃねぇぞ!」
ジルはボーデに向かって凄んだ後で、俺を振り返ると器用にウインクしてみせた。
まったく、後でジェシカさんやシューレに、たっぷり絞られてしまえ。
いや、もしかして、ジルの狙いはそれなのか?
まさかドMで、お説教はご褒美でしかないとか?
「よし、二人とも位置に付け」
ジルの合図でアリーナの中央に進み、10メートルほどの距離を取ってボーデと対峙する。
「にゃんころ、一瞬で真っ二つにしてやる!」
「俺はまだ、あなたに触れられたことすらありませんよ」
「へらず口を叩いてられるのも今のうちだ……」
ボーデは大剣を右の下段に構えると、口を真一文字に結んで集中を高め始めた。
たぶん、身体強化の魔法を発動させているのだろう。
魔物に対しては魔力任せの火属性魔法でビビらせ、その隙を突いて身体強化魔法を使った斬撃で勝負を決めるのがボーデの基本戦術だと聞いている。
これまでボーデと顔を合わせた時は、いずれもシールドを使って寄せ付けなかったから、今回は身体強化も加えて力任せに突き破るつもりなのだろう。
「始め!」
「うらぁぁぁ!」
ジルの合図と同時に、ボーデは雄叫びを上げて突っ込んで来たが、俺の準備も整っている。
ボーデが距離を半分まで詰めた瞬間、俺から3メートルほどの場所に直径50センチ、高さは5メートルを超える火柱を三本吹き上げさせた。
「うぉっ!」
ボーデは顔面を熱気に焙られながらも慌てて飛び退ったが、その足下から新たな火柱を噴き上げさせてやった。
「熱っ!」
転げるようにして火柱を避けて更に後退したが、ボーデの前髪が少し焦げたようだ。
ボーデが体勢を立て直したところで、観客席からどよめきが起こった。
「なんだ今の火属性魔法」
「あんなの見たことねぇぞ」
「猫人のクセに凄い魔力してやがる」
空属性の魔法陣は空気中に含まれている魔素を使っているから、威力と俺自身の魔力指数は比例しない。
猫人の俺でも、強力な魔法がバンバン使えるのだ。
火柱は、火の魔法陣と風の魔法陣の複合品で、フレイムランスのように絞り込んでいないコケ脅しだが、触れれば熱いし焼け焦げもする。
ボーデは、再び接近を試みて来たが、身体強化任せで突っ込んで来るだけなので、火柱を作って追い払う。
「くそっ、こんな火属性魔法を使うなんて聞いてねぇぞ!」
ボーデは喚き散らしているが、そんなの俺の知った事じゃない。
この様子では、路地裏で返り討ちにしてやった三馬鹿からも、どうやってやられたのか聞いていないのだろう。
開始から五分ほどしか経っていないと思うが、走り回り、転がり回り、ボーデばかりが汚れた上に、あちこち焦げている。
これでも、火柱がボーデを直撃しないように加減しているのだが、それに気付いているのかどうか怪しいものだ。
「くそっ、くそっ、上等だよ……覚悟しやがれ、にゃんころ!」
ボーデは、四度目になる突進を仕掛けて来て、今度は火柱を突っ切って踏み込んで来たが、余裕を持って躱した後で今度は水の魔法陣で頭から水をぶっ掛けてやった。
火だるまになりそうなところを消火してやるなんて、我ながら優しすぎるな。
「くそ猫がぁぁぁ!」
ずぶ濡れにされた腹いせに天を仰いで叫んだ隙だらけのボーデに、今度は俺の方から突っ込んでいく。
勿論、身体強化も使った本気モードだ。
「なぅ……ぐふぅ、がっ!」
鳩尾に一発、喉笛に一発突きを食らわせてやると、ボーデは大剣を放り出しながら倒れ、喉を押さえてのたうち回った。
「それまで! 勝者、ニャンゴ!」
「おぉぉぉぉ!」
ジルの勝ち名乗りを聞いて、俺が棒を握った右手を掲げると、観客席からは歓声が沸き起こった。
そして、俺が背中を向けて歩き出すと、喉を押さえて呻いていたボーデが起き上がり、大剣を握って突っ込んで来た。
俺に向かって拍手をしながら、飛び上がって喜んでいたジェシカさんが息を飲んで固まっている。
「ぢねぇ、ぐそねごぉ……ぶぎゃ!」
俺に向かって大剣を振り上げた途端、バチ──ンという物凄い音と共に、ボーデは顔面がひしゃげるほどの打撃を食らって吹っ飛んだ。
昔、兄貴がいじめられていた時に、ミゲルに食らわせてやったゴムパッチンの超強力版だ。
背中を向けた後も、探知用のビットをばら撒いてボーデの動きは監視していたし、ちゃんと反撃の準備は整えておいたのだ。
吹っ飛んで倒れたボーデは、ピクピクと痙攣している。
非殺傷性の武器と思って用意しておいたけど、ちょっと強力すぎたかな。
けど、抜き身の大剣で斬り掛かってきたんだ、逆にやられる覚悟は出来てるよね。
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