第80話 粉砕の魔法陣
ジルは調子の良いオッサンかと思っていたが、ボードメンのリーダーを務めているのは伊達ではなかった。
ボーデとの手合わせという名目の決闘に勝利して以来、俺を見る周囲の視線が確かに変わった。
以前はチャリオットのオマケ、レイラさんのオモチャぐらいにしか見られていなかったが、あれ以降は一人の冒険者として認識されたように感じる。
ゼオルさんが話してくれた冒険者として名前を売るとは、こういう事なのだろう。
リクエストのネズミ退治や黒オークの討伐によってDランクに昇格したが、それよりもCランクのボーデを圧倒した戦いぶりの方が、腕っぷし自慢の冒険者の間で評価されているようだ。
だからこそジルは、なるべく派手で分かりやすい形で勝てと注文をつけたのだろう。
ちなみに、勝負に負けたとはいえボーデのランクは落ちたりしないそうだ。
ランク落ちさせると、負けた上に逆恨みしたりする場合があるかららしい。
それでも、ボーデの評価はダダ下がりだ。
勝負ありと言われた後に、俺に後ろから斬り付けようなんて卑怯な真似をしたからだ。
あれからボーデは、本人がいない所では『鼻曲がり』と呼ばれているらしい。
最後のゴムパッチンが強力すぎたようで、治療はしたが微妙に鼻が曲がったままだからだ。
勿論、同情なんて欠片もするつもりは無い。
自業自得だから諦めてくれ。
決闘の後、チャリオットのメンバーとして依頼をこなしながら、新しい魔法陣や変装の練習にも取り組んで来た。
どちらも、なかなか面白い成果が出ている。
粉砕の魔法陣は、簡単に言うなら火の出ない爆薬だった。
試しに小さなサイズで作ってみたら、ポンっという音と共に弾けた。
大きさを変えると効果範囲、圧縮率を変えると威力が変わる。
仕組みとか法則とか難しいことは分からないが、魔法陣が発動すると上下前後左右、全周に向かって急激に空気が膨張するようだ。
遠征に出掛けて川原で野営している時に、100メートル程離れた場所にある大きな岩の表面で威力の高い魔法陣を作ってみると、ドーンという爆発音とともに表面が抉れた。
隣で見物していたセルージョが、目を丸くして驚いていた。
「おいおい、今のは何だよニャンゴ。ますます狂暴になっていきやがるな……」
「うーん……でも、まだ改良の余地がありそうなんだよなぁ……」
近づいて確かめると、岩の表面は直径50センチ、深さ10センチ程度抉れていた。
「まだ改良って、さっきのを人間が食らったらバラバラになるぞ」
「そうですね。でも改良の余地はあるんです」
改良の余地は、爆発の力が周囲に広がってしまうので、岩に伝わった力は全体の10%にも満たない気がする。
そこで今度は、粉砕の魔法陣を作ると同時に、周囲を強固な空気の壁で覆い、爆発の力が掛かる方向を限定してみた。
「いきますよ……粉砕」
ズンっという重たい音が響くと同時に、直径3メートル以上の岩がいくつかの破片となって崩れ落ちた。
これなら、壁をぶち破って城攻めすら出来そうだ。
「うわぁ……どうするよライオス、この危険物」
「心配するなセルージョ、敵に回さなければ良いだけだ」
「それは、ブロンズウルフを討伐した時から分かっていたけどよぉ……ここまでかぁ」
「いやいや、こんな魔法は俺だって無差別に使うつもりは無いですよ。でも、まだ改良の余地が……」
「お前はどこまで狂暴になるつもりだ。軍隊でも敵に回すつもりなのか?」
セルージョもライオスも呆れていたけれど、こんなに面白い魔法陣を工夫しないという選択肢はあり得ない。
粉砕の魔法陣と空属性魔法の造形力を組み合わせれば、銃だって大砲だって作れそうだ。
火薬のように湿気る心配も、火気で爆発する心配も無い。
威力も規模も思いのままなのだから、作るしかないだろう。
野営を行った川原で適当な石を拾い集め、拠点に戻ってから金槌と金床を使って適当な大きさに砕いた。
紙と膠を用意して、同じ太さの紙の筒を作って砕いた石を詰め、膠で塗り固め、手製の散弾を作った。
イブーロの街から出て、街道から外れた森の中で銃身の長さや魔法陣の威力を調整して、お手製のショットガンが完成した。
この音と威力があれば、十数頭程度のゴブリンの群れならば押し返せそうだ。
しかも、空属性魔法で銃身を作っているから、俺自身は発射の反動を受けないというオマケ付きだ。
実は、手持ちで発射してみたら、反動を押さえきれずに転がってしまったのだ。
素早い連射を行うには、もう少々練習が必要だが、そもそも弾を用意しないといけないので、奥の手の一つぐらいに考えておいた方が良いかもしれない。
銃弾まで空属性魔法で作ったリアル空気銃も作ってみたが、空属性魔法で作った物は強度の限界を超えると霧散してしまうので、ショットガンほどの威力は出せなかった。
それでも、普通の投げナイフよりも威力のある攻撃は出来る。
これまで物理攻撃は、デスチョーカーのように相手の体重や突進力を利用しなければ威力が出せなかったが、これならばこちらから攻撃が仕掛けられる。
しかも設置場所は自由なので、離れた相手に対しても至近距離から発射できる。
ナイフ状の弾、砲身、炸薬部分をセットで作れるように練習を重ね『スペツナズ』と名付けた。
オークの討伐で、デスチョーカーとセットで使ってみる予定だ。
「あとは、大砲を作ってみたいんだけど、砲弾が無いよなぁ……」
粉砕の魔法陣は、かなりの爆発力が得られるので、砲弾を飛ばすことも可能だと思われるが、肝心の砲弾が無い。
空属性魔法で作った砲弾では、軽すぎて大砲としての意味が無くなってしまう。
石を丸く削れば砲弾を作れるのだろうが、そんな技術も無いし出来たとしても持ち歩けない。
個人として運用するのは、あまり現実的ではなさそうだ。
砲弾も問題だが、発射の実験をする場所が無い。
下手な場所で発射して、誰かに当たったりしたら大変だ。
「大砲の実験は、いずれ折を見てだな。それと、レンボルト先生にはショットガンの話もしない方が良いよなぁ……」
教えてもらった魔法陣については、使い勝手をレンボルト先生に報告する事になっているが、粉砕の魔法陣を使ったショットガンや大砲の構想については伝えない方が良さそうだ。
それこそ、ピストル用の銃弾とかバズーカ砲とか、加工技術によっては実現出来てしまう。
まだこの世界には火薬が誕生していないようだし、戦争の道具になるような物は開発されない方が良いに決まっている。
というのは建前で、一般的に普及して俺の強みが失われてしまうのは防ぎたいというのが本音だ。
レンボルト先生には、周囲を囲って指向性を与えた粉砕が出来る程度に話しておこう。
勿論、大岩を砕くほどの威力も秘匿しておく。
ちなみに、カルフェの豆を砕くのに使えないか試してみたのだが、砕けたことは砕けたのだが飛び散って半分以上が無くなってしまった。
念のため、ごく少量で試してみたから良かったが、それでも後の掃除が大変だった。
カルフェの豆や岩塩を砕くのに使えるかと思っていたので、少々当てが外れた。
兄貴の救出に必要な変装は、上半身を作って動かせるようになった。
出来上がった形は、空属性魔法で作った外骨格の中に俺が乗り込んでいる形で、上半身は胴体の中に格納され、頭は胸の辺りに来る。
胴体はシールドと同等の強度を持つ素材で作ってあり、身体を支えるクッションも装備した。
剣を使って斬り付けられたり、ナイフで刺されたとしても俺には届かない。
外骨格の頭の部分は空っぽで、腕は動かせるように弾力性のある素材で作ってある。
球体関節で作ろうかと思ったが、構造が複雑になるので固めのゴム状の素材として、腕と二の腕の部分には芯になる固い部材を入れておいた。
指の部分も同様の構造にすれば、物を掴むなどの動きも出来そうだが、まだ腕の曲げ伸ばしを行うのがやっとで、細かい操作までは出来ない。
脚の部分は、俺の脚が外骨格の膝上入っている状態で、膝から下を操作する形になる。
脚の形は普通の人と同様にして、靴を履けるように作ってある。
拠点に残されていたケビンの服を着て、靴を履き、手袋と仮面を付け、フードを被れば変装は出来上がりだ。
ただし、視界がシャツの間から覗く形になり、物凄く限定的になってしまうのが難点だ。
誰かに誘導してもらう形ならば街中でも歩けるが、一人では視界が狭すぎて出歩くのは難しい。
そこで手伝いを買って出てくれたシューレと、腕を組んで街を歩く練習をした。
他人の胴体の中に寄生して歩いている気分で、何とも変な感じだ。
時折、街の人が俺達の方へと視線を投げ掛けていくのは、もしかして気付かれているからだろうか。
「ねぇシューレ。変装だって気付かれてる?」
「たぶん違う……顔が見えない仮面だから……」
「歩き方は、変じゃない?」
「まぁ大丈夫……ただ問題が……」
「えっ、何? どこかおかしい?」
「ニャンゴの毛並みが堪能できない……」
「それは我慢してよ。後で埋め合わせするから」
「ふふっ、約束……」
シューレは上機嫌な足取りで街を歩いて行くが、俺は付いていくのが精一杯だ。
街をグルっと一周してくるだけでも疲れてしまったが、のんびり一人で風呂を楽しむのもままならず、夜は抱き枕を務める羽目になった。
うん、早いところ兄貴を救い出して、身代わりに差し出そう。
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