第66話 屋根裏部屋

「そう言えば、オーガの討伐をやってたって言ってましたよね?」

「おぅ、いやに頭の回る奴で少々手間取っちまった」


 カルフェを飲みながら、昨晩聞けなかった討伐の様子をライオスから聞こうと思ったのだが、その前に一つ気になることがあった。


「皆さんが留守の間に尋ねて来た時、ドアにはオークの討伐に行くって張り紙がしてありましたけど……」

「あぁ、討伐の依頼は殆どがオークの討伐で出されるんだ」

「えっ、それじゃあ依頼詐欺みたいじゃないですか」

「詐欺じゃないぞ。魔物の姿は確認していないが、家畜が食い殺された跡が残されている……なんてケースは珍しくない。そういった場合にはオークの討伐で依頼が出される」


 姿は確認出来ていないが魔物は確実にいる場合、ゴブリンの討伐として依頼を出すと経験の浅い冒険者が引き受けて、討伐出来ずに怪我をする場合がある。

 オークとして討伐の依頼を出せば、それなりの冒険者が来るのでゴブリンなら問題無く討伐できるし、オーガが相手の場合でも追い払う程度は出来るという判断だそうだ。


「でもオークとオーガじゃ性質とか素材の価値とかも違うんじゃないですか?」

「その通りだ。オーガは食っても美味くないからな。素材としての稼ぎはオークの方が遥かに良い」

「じゃあ、割に合わない仕事ってことですか?」

「いいや、オーガの場合は討伐の成功報酬でカバーされる。依頼の内容はオークでも、討伐したオーガを確認させれば相応の報酬が支払われるってことだ」


 依頼主にとっては大きな損失となってしまうが、成功報酬を支払わないと以後の依頼をギルドが受け付けてくれなくなるそうだ。

 オークとオーガでは成功報酬が大きく変わるので、ギルドは依頼主から報酬の支払いを分割にしたり、猶予するなどの措置は講じているらしい。


「なるほど、でもオークと思って行ったらオーガだったとなると、経験の少ない冒険者では追い払えても討伐出来ない場合もあるんじゃないですか?」

「そうだな。確かにそういったケースもある。だが、そうした場合には理由をギルドに伝えれば依頼をキャンセル出来るし、依頼失敗の件数にはカウントされない」

「つまり、無理だと思ったら素直に退け……ってことですか?」

「そういう事だ」


 ライオスは、満足そうな表情で頷いてみせる。

 カルフェを飲んで、だいぶ二日酔いも治まってきたようだ。


「うん、やっぱりニャンゴは有能……普通の冒険者だと退くのは難しい」


 シューレが少し冷めたカルフェを恐る恐る口元に運びながら呟いたが、俺は素直に受け止められなかった。


「それは、これだけ痛い目に遭えば、少しは学習しますよ」

「その左目は、どんな無茶をしたツケなんだ?」

「これはですねぇ……」


 ライオスに尋ねられて、左目を失うことになった経緯を話した。

 たぶん、コボルト相手に無理をしなければ、左目を失うことにはならなかっただろうが、ミゲル達三人がどうなっていたかは分からない。


 もしかしたら、ゼオルさんが駆けつけるのが間に合って、三人とも無傷で済んだかもしれないし、間に合わずに食い殺されていたかもしれない。

 あの時、俺はゼオルさんが間に合わないと思ったから行動したし、結果として左目を失うことになったが、三人は無事に助かったから後悔はしていない。


「やっぱりニャンゴは有能……私の目に狂いは無い……」


 ミゲル達の騒動について説明をしたのだが、シューレの評価は変わらなかった。


「そうだな、応援との距離を測り、ギリギリの決断を下せたのだから、それはただの無謀とは違うな」

「そうなんでしょうか……」

「勿論、冒険者は生き残って成果を残す……これが全て。生き残って、三人を救出したニャンゴは有能」

「当然だ。ただの無謀な馬鹿野郎をチャリオットに誘ったりはしない」


 シューレとライオスから認められた感じで、俺の働きは無駄ではなかったと思えた。

 カルフェを飲み終えてもセルージョとガドは起きて来る気配は無いので、先に部屋の片づけを始めさせてもらう。


 階段を上がると、二階には廊下を挟んで部屋が二つずつあり、奥の細い階段を上った先が屋根裏部屋だった。

 廊下の手前の右側がライオス、左側がガドで、奥の右側が空き部屋、左側がセルージョの部屋だ。


「まだケビンの荷物が少し残っているが、階段の下にでも押し込んでおいてくれ」

「分かった……」


 空き部屋の、かつての主の名前には聞き覚えがある。


「あの、ケビンさんって……」

「あぁ、チャリオットのもう一人のメンバーだったが、二年前にな……」


 ケビンは、ライオスと同い年のユキヒョウ人の槍使いで、討伐依頼の最中に命を落としたそうだ。


「別に無茶をして死んだ訳じゃ……いや、結果的にそうだったのかもしれないな」

「ケビン、病んでたんでしょ……?」

「あぁ、どの道長くはなかったみたいだが……」


 話を聞いた感じでは、ケビンはガンを患っていたらしく、死ぬ間際にはかなりやつれていたらしい。

 それでも、何ともない、俺は大丈夫だと言い張り、最期はオークジェネラルと刺し違える形で亡くなったそうだ。


 たぶん、レイラさんが寝言で口にしていたケビンは、このケビンなのだろう。


「ブロンズウルフの討伐でニャンゴも目の当たりしているから今更言うまでも無いが、冒険者をやっていれば、仲間との死別は珍しくはない」

「だから、その日の別れが、永久の別れになると思って毎日を過ごすの……」


 シューレの一言に背中がゾクリとした。

 俺自身、前世の最期は本当に下らない突然の事故死だったが、生まれ変わって毎日を過ごしているうちに、死は突然訪れる事を忘れてしまいがちだ。


 アツーカ村を出てイブーロで冒険者とし生きていくのだから、もっと覚悟を決めないといけないのだろう。

 今日一日を精一杯生きる……簡単そうで難しい。


 セルージョとガドが起き出して、まともに動けるようになったら食事に行く予定で、部屋の片づけを進めることになった。

 屋根裏部屋は、荷物がゴチャゴチャと詰め込まれているのかと思いきや、階段近くに少し積まれているだけで、あとはガラーンとしている。


 ライオス達は揃って180センチ前後の長身で、屋根裏部屋の天井は高いところでも140センチ程度しかない。

 屋根裏部屋を作ったは良いが、天井が低くて奥まで入るのは面倒らしい。


 だが、俺にとっては問題ない高さだし、なによりも四部屋分の広さを一人で使えるのだから文句を言うどころか感謝したいくらいだ。

 ただし、ずっと使われていないせいで、床には埃が分厚く積もっている。


 屋根裏部屋には斜めになった屋根に小さな屋根を作って、60センチ四方ぐらいの大きさの観音開きの窓が二つ付いていた。

 窓を開けると外は雨模様だが、幸い吹き込んで来るほどの降りではない。


 窓を両方とも全開にして、空属性魔法でダクトを作って風の魔道具を設置する。

 片方が吸い込み、もう片方を吸い出しにして強制換気モードだ。


 勿論、俺自身は空属性魔法で作った防護服にヘルメットのフル装備で、埃まみれになる心配はない。

 部屋自体を強制換気モードにして、更に手で持てるブロアーを作り、床に積もった埃を追い出す。


 箒やハタキと塵取りでは何時間も掛かりそうな作業も、20分程で終わらせられた。

 埃が収まった所で雑巾掛けをして、掃除は完了。


「掃除は終わったけど……殺風景この上なしだな」


 屋根裏部屋には、階段脇に整理して積み上げた木箱が十個ほどあるだけで、他には何も無い。

 広さは四部屋分なので、ざっと見ても四十畳以上の広さがある。


 このだだっ広い空間に、身体の小さい猫人の俺が一人で住むというのは物凄く贅沢な気がしてきた。

 とりあえず足音を立てないようにステップを使いながら走り回り、踊ってみた……うん、広い。


 アツーカ村から持ってきた、唯一の家具であるハンモックを吊るしてみる。

 最初は部屋の真ん中に吊るしてみたのだが、どうにも落ち着かないので、部屋の隅に吊るし直した。


 ここでは階段から遠すぎる、もう少し窓の近くが良いかなぁ……などと三回ほど吊るし直して、ようやく場所が決まった。

 でも、これから冷え込む季節になるので、布団も欲しいところだ。

 

 手持ちの服も少ないので、買いに行きたいし、小ぶりな鞄とかも欲しい。

 アツーカ村では選択肢が無かったが、イブーロの商店街や市場に行けば、色々と欲しい物が増えそうだ。


「ニャンゴ! 昼飯に行こう!」

「はい、今行きます!」


 ライオスに呼ばれて階段を降りようとして、ふと屋根裏部屋を見回して思った。

 屋根裏部屋にはドアが付いておらず、部屋の中は丸見えでプライバシーは存在していない。


 アツーカ村では自分の部屋すら無かったから、気にならないと言えば気にはならないのだが、貴重品を置いておく場所が無いのは不便かもしれない。

 ライオスに相談して、鍵の掛かる戸棚でも作ろうか……いや、むしろ鍵を掛けてあると狙われるかもしれない。


 チャリオットの拠点に盗みに入るような人間がいるかどうかは分からないが、持ち出されたくない品物を仕舞っておく場所は確保したい。

 屋根裏部屋の階段の一番上から一階まで、空属性魔法で滑り台を作って滑り降りた。

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