第67話 新生チャリオット
雨の中を食事に出掛けると聞いて、セルージョは盛大に顔を顰めていた。
昨夜の酒がまだ残っているらしく、寝床に戻りたそうだ。
午前中に降り出した雨は、昼過ぎには本降りになっている。
二日酔いに加えて、雨の中を出掛けるのが面倒なのだろう。
ライオス、ガド、セルージョの三人は雨合羽を着込み、シューレもフードの付いた革のコートを羽織った。
勿論、俺は何の準備もしていない。
「ニャンゴ、雨の支度は……?」
「必要ないです。屋根ありますから」
空属性魔法を使えば、傘も雨合羽も必要ない。
ドアを開けて拠点の外に出たところで、セルージョが驚きの声を上げた。
「おいおい、こいつは凄ぇな。ここだけ雨が降ってねぇぜ」
「ほほぅ、これは便利じゃのぉ。空属性にはこんな使い道があるんじゃな」
ガドも両手を大きく広げて、雨粒を遮る透明な屋根を見上げている。
「ニャンゴ、超有能……」
「まったくだ、こいつは助かるな」
俺にとっては当たり前になった状況も、シューレやライオスにとっては物珍しいのだろう。
みんなと話がしやすいように、高い位置にステップを作って歩こうとしたが、その前にシューレに抱え上げられてしまった。
「今日は私の番……」
昨日はレイラさんが俺を独占していたからだろうが、お姫様だっこは恥ずかしいので止めてもらいたい。
空属性魔法で作った屋根が珍しくて、道行く人の注目を集めているので、その人達から生暖かい視線を向けられてしまっている。
「ニャンゴ、良い匂いがする……レイラとお風呂に入った……?」
「みゃっ! いやぁ……どうでしょう……」
「ニャンゴ、お前……勇者だな」
「いやいや、セルージョさん、ただ一緒に浸かって、俺が丸洗いされただけですよ」
「いやぁ……そんな話を若い連中が聞いたら、いやぁ……勇者だな」
というか既に今朝もギルドで絡まれたけど、あれよりも酷い事になるんですかね。
チャリオットの皆さんは、ベテランの域に入っているのでメチャメチャ頼りになりますけど、俺としては同年代の冒険者とも交流したいと思っているんだよね。
「むぅ……今夜は私と入る」
「いやいや、チャリオットの拠点なら俺が居なくてもお湯は使えますよね?」
「そういう問題ではない……手触りも良くなっている」
「いや、そういう問題じゃ……もういいや」
俺を抱きかかえたシューレの視線が、ちょっと尋常じゃない感じがして洒落にならない。
これから毎日オモチャにされるのかと思ったら、アツーカ村の実家が少しだけ恋しくなった。
「おぅ、ここだ。親父、五人だ」
「あぁん? 三人じゃねぇのか?」
「あぁ、これからは基本五人だ」
連れて行かれたのは、大きな倉庫の間に挟まるようにして建っている食堂で、チャリオットの行きつけの店らしい。
食堂の主と思われる牛人のおっさんは、五人と聞いて怪訝な表情を浮かべている。
「ふん、四人半ってところだな」
「おいおい、親父。チャリオットが半人前をスカウトするとでも思ってるのか?」
「そっちの黒ヒョウ人の娘っ子はなかなかの腕前みたいだが、猫人の小僧は面構えだけじゃねぇのか?」
まぁ、シューレにだっこされている時点で、そう思われても仕方ないだろう。
「ふん、見る目なし……」
「なんだと、このアマ!」
「その節穴で良く見るといい……今日の天気は? 私たちはどんな格好をして、どんな状態?」
「なにぃ……あっ!」
シューレの言葉を聞いて、食堂の親父だけでなく居合わせた客までもが目を見開いている。
みんな店に来るまで本降りの雨に打たれて来たのに、俺達五人は誰一人雨に濡れていないのに気付いたのだろう。
「私たちは五人……席はどこ?」
「奥が空いてる、好きなところに座れ」
まるで自分の手柄のようにシューレが胸を張って歩くので、俺の方が居心地が悪く感じてしまう。
「くっくっくっ……静寂、気持ちは分かるが、あんまり親父を虐めるなよ」
「虐めてなんかいない、ニャンゴの有能さを教えてあげただけ……」
シューレがやると格好が付くが、俺が同じ事をやれば間違いなくトラブルになる。
あまりにも理不尽な扱いには抵抗するし抗議もするが、半人前扱い程度ならば目くじらを立てるほどの事じゃない。
「それよりも、ここはどんな店なんですか? 何を注文します?」
「まぁ、大人しく待ってな」
「ふふっ、ニャンゴは食いしん坊……」
待っていろと言われたけれど、セルージョは注文をする様子は無いし、メニューも置いてなければ、お品書きも貼られていない。
「そらよ、五人前だ」
ドカっとテーブルに置かれたのは、盥かと思えるほどの大きさの深い皿に山と盛られたパスタだった。
トマトベースのソースがたっぷりと絡んだパスタには、ピーマンや玉ねぎなどの野菜とソーセージがたくさん混ざっている。
「ここのメニューはこの一品のみ。注文は人数を伝えるだけだ。さぁニャンゴ、遠慮なく食っていいぞ」
「はい、いただきます!」
でかいフォークを両手に持って、大きな皿から自分の皿へとパスタを取り分ける。
自分用のフォークに持ち替えて、パスタを巻きつけて口へと運んだ。
「熱っ、熱っ、うみゃ! ソースうみゃ! パスタがモチモチうみゃ!」
大皿が置かれた時点でフレッシュなトマトの香りが際立っていたが、濃厚で酸味と甘味たっぷりな味わいは最高だ。
「うみゃ、熱っ、うみゃ! ソーセージ、プリプリでうみゃ!」
具のソーセージは噛むとプリっと皮が弾けて、中から肉汁がジュワーっと口いっぱいに広がっていく。
「おうおう、今日もやかましいな。ニャンゴ、俺の分も食って構わないぞ」
「ワシの分も良いぞ」
五人分だと大見え切ったセルージョとガドは二日酔いから復活していないようだ。
先に起きていたライオスとシューレは、普通にパスタを味わっている。
この店は、倉庫の荷運びをする荷役や工房の職人などが、サッと食べてパッと帰る店らしい。
パスタは客の入りを計算して先に茹で始めているのだろう、テーブルに着くとほぼ同時に皿に盛られてテーブルに置かれている。
値段、ボリューム、味、早さが揃っているからこそ、これだけ繁盛しているのだろう。
前世の日本の牛丼屋みたいな感じだ。
セルージョとガドがセーブした分まで片付けた感じで、喉の手前までパスタを詰め込んだ感じだ。
美味かったけど、しばらくパスタは見たくないかも……。
昼食を終えて拠点に戻ると、ライオスがカルフェを淹れてくれた。
物凄い睡魔に襲われているので、とてもとても有難い。
「さて、今日からこのメンバーで新生チャリオットとして活動していくが……ニャンゴ、手の内を明かしてくれ。何をどこまで出来るのか、把握していないと作戦が立てられない」
「分かりました。俺が使えるのは空属性の魔法です。空っぽの属性などと言われていますが、空属性は他のどの属性よりも優れていると俺は思っています……」
空気を固めて作る、ステップ、シールド、アーマーなどを基本として、カートやランス、デスチョーカーなどの応用。
更には、魔法陣の形に固めて刻印魔法を発動させたり、動力として利用するオフロードバイク、組み合わせて威力を増したフレイムランスなどの使い方を説明した。
最初は頷きながら上機嫌で話を聞いていたセルージョは、途中から目を見開いて口を半開きにしている。
ライオスとガドは、互いに顔を見合わせて信じられんとばかりに小さく首を振っていた。
「ニャンゴ、超、超、超有能。私の想像を遥かに超えていた」
「単独で、オークを三頭も仕留めちまうのかよ。そりゃ、イブーロの若手じゃ相手にならんわな」
「ライオスよ。チャリオットのエースの座も危ないのではないか?」
「いや……ブロンズウルフを討伐した腕前といい、既に経験以外は抜かれていそうだな」
四人の反応を見る限りでは、どうやら俺はイブーロで冒険者としてやっていけそうな気がするが、問題は経験の不足だろう。
俺がチャリオットでやるべき事は、討伐などの依頼達成に貢献しつつ、四人からの経験と知識の吸収だ。
「ライオス。ニャンゴと静寂が加わって間違いなく戦力は上がった。これまでよりもデカい仕事も受けられるぜ」
「ニャンゴの成長のためには、護衛の仕事も増やすべき……」
「まぁ、待て。お前らが、そんなに気負ってどうする。大きい仕事も護衛の仕事も増やすさ。だがな、まずは手堅い仕事で連携を高めてからだ。静寂はともかく、ニャンゴは他者と組んでの仕事の経験が乏しい。前衛、中衛、後衛の基本的な動きを含めて、まずは無理のない依頼をこなしてからだ」
ライオスの言い分はもっともで、俺が誰かと組んで討伐を行ったのは数えるほどだ。
ライオス達と組んだのも先日のブロンズウルフの一件のみだし、シューレに至っては戦闘している姿を見てもいない。
新生チャリオットは、ライオスの意見を取り入れて、まずは基本となるオークの討伐を行って連携を高め、その後に応用力を必要とされる難易度の高い依頼を受ける方向で動くことになった。
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