第64話 抱き枕
『お持ち帰り』とは、お目当ての女性を連れて帰る比喩表現だったと思うが、俺は物理的な『お持ち帰り』を体験中だ。
しかも『する』側でなく『される』側なのが情けない。
セルージョは、酒場のアイドルであるレイラさんには最初から戦いを挑むことはなく、シューレもチャリオットの拠点で共に生活すると決まってアッサリと手を引いた。
そして俺は、レイラさんに抱えられたままギルドを出る羽目になった。
レイラさんが暮らしているアパートは、ギルドと通りを挟んだ斜向かいにある。
入口には強面の犬人の警備員が立っていて、ギルドから出て来たレイラさんの周囲に鋭い視線を向けて警戒していた。
「おかえりなさい、レイラさん。これは……?」
「私のお客様よ」
「ど、どうも……」
酒場の営業が終わった後、何度か脱出を試みたのだが、レイラさんに抱えられたまま連れて来られてしまった。
「ニャンゴ、私の部屋は3階の5号室よ」
「3階の5号室ですね?」
「そう、ちゃんと覚えた?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、よろしくねぇ……」
「にゃっ、にゃっ、ちょっと……レイラさん?」
アパートの入口を入るまでは、俺を抱えたまま颯爽と歩いていたのに、ロビーに入って部屋の番号を告げた途端にフニャっと身体の力を抜いて寄り掛かって来た。
「えぇぇ……レイラさん、レイラさん?」
「うーん……だっこ!」
「えぇぇ……そんな無茶な」
俺の今の身長は90センチ程度なのに、レイラさんの身長は170センチ近くあるはずだ。
それを抱えて階段を上れとは、無茶にも程があると思うのだが、深夜のアパートに手を貸してくれるような人は警備員さんぐらいしかいない。
「ダメよぉ……ちゃんと運んでねぇ」
とりあえずレイラさんを空属性のクッションに寝かせて、警備員さんに助けを求めようとしたらダメ出しをされてしまった。
こうなれば、俺の力で運ぶしかない。
幸いアパートの階段の幅は、大人が四人ぐらい並んで通れそうなぐらいあるので、レイラさんを抱えていてもぶつかる心配はなさそうだ。
とは言え、体格差があり過ぎるので、空属性のクッションでを維持したままレイラさんの身体を支え、身体強化の魔法を使って持ち上げる。
アツーカ村にいる頃から練習を重ねて来たので空属性魔法となら身体強化魔法の併用も出来るが、レイラさんを抱えた状態で階段を上るのは神経を使う。
足を踏み外して落っこちないように、一段ずつ慎重に上っていく。
「にゃっこら……にゃっと……」
レイラさんはチラりと片目を開けたけど、すぐに目を閉じてクッションに身体を預けた。
ぶっちゃけ、起きているなら自分の足で上ってもらいたい。
それに身体の小さい猫人にとっては、階段の一段ずつが高く感じるのだが、文句を言ってる余裕は無い。
吹き抜けになっている階段の空気はヒンヤリしていたが、2階に上がる頃には背中にビッショリと汗をかいていた。
踊り場、2階、踊り場と通り抜け、3階に辿り着いた時には、一日ネズミ捕りしたよりも疲れた気がした。
てか、良く考えたら階段の段差に頼らずに、ステップで自分にあった足場を作って上れば良かった。
3階に上がったところで、レイラさんはクッションごと空属性魔法で作ったカートに載せた。
「んー……70点」
「えぇぇ……こんなに頑張ったのに?」
「レディを運ぶなら、頑張らずに軽々と運ばなきゃダメよ」
「採点が厳しいです」
レイラさんから鍵を受け取って部屋のドアを開ける。
てか、レイラさんの胸の谷間は四次元ポケットなんですか。
「んー……ニャンゴ、お風呂汲んでぇ」
「もう、しょうがないなぁ……」
リビングに入ると、レイラさんはカートから降りてフラフラと歩き、3人ぐらい並んで座れそうなソファーに身を横たえた。
酔っているようなポーズかと思ったが、どうやらアパートに入るまで酔っていないポーズを続けていたようだ。
リビングにリュックを置いて風呂場に行くと猫足のバスタブがあり、壁には給湯用の魔道具やらが置かれていたが、全く使い方が分からない。
なにせアツーカ村の実家の風呂は薪で焚くタイプだったし、水は井戸から汲んでいた。
「まぁ、温度調整の魔道具作れるから良いか……」
昨夜の鷹の目亭での経験を活かして、十分ほどで風呂の準備を整えた。
「レイラさん、お風呂の準備が出来ましたよ」
「んー……起こして」
「はいはい、うわぁ、危ないですよ。ほら、しっかり……」
よろけるレイラさんに肩を貸して支える。
「えっ……ニャンゴが大きくなってる」
「大きくなってませんよ。足場を作ってるだけです」
ステップで足場を作らないと、身長差がありすぎて上手く支えられないのだ。
「はい、じゃあここで……って、ちょ、何で俺を脱がすんですか?」
「ニャンゴは服を着たままお風呂に入るの?」
「いや、それは脱ぎますけどって……ちょ待って!」
「昨日はシューレと一緒に入ったんでしょ? 今夜は私と泡々しよ」
「泡々……? ふみゃ!」
泡という言葉に気を取られている隙に、カーゴパンツごとパンツまで脱がされてしまった。
「ニャンゴ……脱がせて」
「はぁ……もう、分かりました」
もうこうなったら、なるようになれと開き直ってレイラさんの服を脱がせていく。
レイラさんにはライオンの尻尾と耳はあるけれど、それ以外は日本の女性と変わらないツルツルすべすべの肌だ。
前世でもオタぼっちの高校生までしか経験の無い俺には刺激が強すぎるが、レイラさんが全く隠す素振りも無いので、こちらだけ意識しているのが馬鹿らしくなってきた。
レイラさんは洗面台に置いてあった瓶から水色の粉を手に取ると、フラフラとバスタブへと歩み寄り、お湯の中へと溶かし込んだ。
レイラさんがお湯を波立たせると表面に泡が浮いて来て、同時に良い香りが漂ってくる。
石鹸と入浴剤を合わせたようなものみたいだ。
「ニャンゴ、風邪引くわよ……」
自前の毛皮があるから裸でも風邪は引かないだろうが、バスタブに身体を沈めたレイラさんに手招きされ、覚悟を決めて俺もお湯に浸かった。
バスタブを埋め尽くした泡で色々と見えなくて非常に残念だが、こちらの世界での初石鹸への興味の方が今は勝っている。
にゅるんとした手触りや泡立ちは、前世日本の石鹸と同じように感じる。
香りもキツ過ぎず、汚れ落ちまでは分からないが、野外での討伐の後にはサッパリとして良さそうだ。
「ニャンゴは石鹸は初めて?」
「はい、これって高いんですか?」
「安くはないわね。でも、うちに住んだら毎日使えるわよ」
「んー……それはちょっと……」
「レディとお風呂に入りながら、その返事はどうなの?」
「ふみゃ! ちょ、レイラさん、お腹はらめぇ……泡、泡が目にぃ……」
「そのまま目を閉じてなさい……」
「あっ、あっ、尻尾、らめぇ……」
結局、レイラさんに丸洗いされてしまった。
バスタブから逃げ出して、空属性魔法で作った温水シャワーを浴びて泡を流していると、レイラさんに驚かれてしまった。
「えっ、なんで何もないところからお湯が出てるの?」
「空属性魔法で魔法陣の形に魔素を含んだ空気を固めると、刻印魔法が発動するんです」
「へぇ……そっか、それを応用してブロンズウルフに止めを刺したのね?」
「はい、でも内緒ですよ」
「ニャンゴ、凄いねぇ……じゃあ、次は私を流して」
「はぁ……はいはい、分かりました」
温水シャワーの位置を上げて、レイラさんが泡を流すのを手伝う。
うん、まったくもって良い眺めだ。
レイラさんを流し終えた後、ドライヤーを使って身体を乾かした。
石鹸で洗ったからか、いつもにも増して毛並みがフワフワだし良い香りがする。
これは石鹸を手にいれる算段をした方が良さそうだ。
「よしっ!」
「その変なポーズは何なの? それよりニャンゴ、髪を乾かすの手伝って」
「はいはい、かしこまりました」
少し赤みがかった金髪をドライヤーで乾かし終えると、またレイラさんに捕獲されてしまった。
「ふみゃ……ちょっ、レイラさん。まだパンツも履いてない……」
「寝るのに邪魔でしょ?」
「えっ、僕はリビングのソファーででも……」
「ダーメ……逃がさないからね」
「えぇぇ……」
一糸まとわぬレイラさんに抱えられ、そのままベッドルームに連行される。
「ふみゃ……凄いサラサラ……」
「でしょ。んー……ニャンゴ、ふわっふわ……」
キングサイズのベッドのフカフカの布団には、たぶんシルクだと思われる手触りの良いシーツが掛けられていた。
まぁ、手触りだったら洗い立ての俺の方が上だけどね。
ここまで来たら、俺も男だし覚悟を決めよう。男としての威厳とか、色々足りない部分は多いけど、大人の階段を上る時が来たのだろう。
ベッドに入ったレイラさんは、俺を背中から抱きかかえると、たちまち眠りに落ちていった。
まぁ分かってた……俺も男だ、一晩抱き枕を務めるよ……うん、乳枕最高。
誰かに抱えられるのは落ち着かないと思ったけど、色々あって疲れていたのか俺も眠りに落ちていった。
「ケビン……ケビン……」
夜中にレイラさんの潤んだ声で目を覚ますと、寝返りを打ったらしく柔らかな谷間に埋もれていた。
ぎゅーっと抱きしめられて、呻き声が洩れそうになったけど我慢する。
「てか、息が……」
空属性魔法でチューブを作って口元まで運び、何とか呼吸を確保する。
うん、これなら埋もれたままでも大丈夫……俺って天才かも。よしっ!
翌朝、いつもの時間に目を覚ましたが、レイラさんはぐっすりと眠っていた。
起こさないように、そーっとベッドを抜け出して身支度を整え、リビングのテーブルに書置きを残しておく。
『ケビンさんにはなれないけど、たまになら抱き枕になります……けど、たまにですからね』
シューレを真似て、音を立てないようにして部屋を出て、外から空属性魔法を使って鍵を下ろした。
さて、チャリオットの拠点に向かおう。
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