第63話 ミックス
「だ、か、ら! ニャンゴはチャリオットに加入するって決まってんだよ!」
「ニャンゴは私が鍛えた方が強くなる。ガサツなチャリオットじゃ無理……」
長テーブルのお誕生席に座った俺を挟んで、セルージョとシューレが睨み合っている。
「はい、ニャンゴ、あ~ん……」
「あ~ん……うみゃ! 何これ、うみゃ!」
「これは、マルールの卵の塩漬けよ。コクがあって美味しいでしょ」
「粒々で、プチプチで、濃厚で、うみゃ!」
「はぁぁ……ニャンゴ、気が抜けるから少し黙ってろ」
睨み合うセルージョとシューレを眺める位置で、俺はレイラさんの膝の上に抱えられ、テーブルに並べられた料理を食べさせてもらっている。
冷静に考えると恥ずか死にしそうだが、逃げられそうもないので開き直って料理を堪能することにしたのだ。
「でも、このマルールの卵の塩漬け、めちゃめちゃ美味いですよ。オークの角煮もトロトロで美味いですし、やっぱりイブーロは良いですね」
「はぁぁ……ニャンゴ、お前は胃袋を握られて堕落するタイプだな」
「それは良いことを聞いた……ニャンゴ、私が毎日美味しい物を食べさせてあげる」
「くらぁ、静寂! だからニャンゴはチャリオットに入るって言ってんだろうが!」
最初は真面目に二人の話に付き合っていたのだが、かれこれ二時間以上はこの状態が続いていて、それに加えて二人とも酔いが回っているように見える。
セルージョとシューレの向こう側では、ライオスとガドが依頼の様子をジルに語っていて、周りの席では若い冒険者が聞き耳を立てている。
俺も出来れば向こうの話に加わりたいのだが、レイラさんから逃れられそうもないので、やっぱり食べることに専念しよう。
「はい、あ~ん……」
「あ~ん……うみゃ! 角煮うみゃ!」
咎めるような視線が突き刺さって来るけれど、うみゃいものはうみゃいのだ。
「ニャンゴは私に預けるべき……ライオスは強いけどガサツすぎ……」
「そりゃ確かにライオスはガサツだし、不器用だし、力任せなのは否めねぇけど、ニャンゴはチャリオットに加入するんだよ」
いやいや、そこは少しぐらい否定してあげないと、ライオスが額に手をあてて肩を落としているし、ガドが腹を抱えて笑ってるよ。
でも、確かにチャリオットの戦い方を見るとライオスとガドはパワータイプで、魔物相手の戦いならば問題ないが、例えば室内での戦闘とかには向いていない気がする。
シューレの戦い方は見ていないが、室内での対人戦闘などで無類の強さを発揮しそうだ。
イブーロ周辺での魔物の討伐ならチャリオット、遠方に出掛ける要人の警護ならシューレという感じだろう。
俺としては、先に誘ってくれたチャリオットにお世話になるつもりだが、シューレの技術も伝授してもらいたいところだ。
あと、レイラさんにも甘やかされたい……。
「今回チャリオットが苦戦したのも、ガサツな連中が集まっているから……」
「うっせぇな。ちゃんと討伐したんだから問題ねぇよ」
「それじゃ、折角のニャンゴの素質が伸びない……もったいない……」
「し、心配いらねぇよ。ニャンゴなら、ちゃんと覚えるさ」
今回、チャリオットが請け負った依頼は、カバーネ郊外の牧場に出没するオークの討伐だったのだが、出向いてみたら頭の回るオーガで苦戦したらしい。
足跡を追って追跡すると、途中でパッタリと途絶えていて、どこへ向かったのか全くわからなかったり、形勢不利だと判断するとあっさりと逃亡したそうだ。
「ニャンゴのようなタイプは、そうした頭の回る連中の裏をかき、追い詰めるのに向いている。チャリオットに入るのは、私に預けて鍛えてからでも遅くない……」
「うるせぇな。もうチャリオットに入るって決めたんだよ、なぁニャンゴ」
「えっ、はぁ……」
チャリオットに加入すると決めていたが、今のシューレの提案にはグラっと気持ちが揺らいでしまった。
アツーカ村でも巣を見つけるためにゴブリンを追跡していたが、あれは見えている相手の後をつけていただけだ。
姿の見えない相手を痕跡だけを辿って追い詰められるかと聞かれれば、そこまでの技術は今の俺に無いと答えるしかない。
シューレがそうした技術に特化しているのならば、教えてもらってからの方が結果的にチャリオットの役に立つような気がする。
「それならニャンゴは、ソロの冒険者として活動すれば良いんじゃない?」
「でもレイラさん、それじゃ住む所を探さなきゃ駄目ですよ」
「あら、そんなの私の部屋に住めば解決よ」
「いや、さすがにそこまでお世話になるのは……」
ここで、うんと頷いてしまったら、歯ぎしりしそうな表情で俺を睨みつけている連中に殺されそうだ。
「そう、それは駄目。ニャンゴは鷹の目亭で昨日みたいに、私と一緒にお風呂に入って、一緒に寝るの……」
「なにぃ! ニャンゴ、お前……」
シューレが豊かな胸を張ってみせたから、セルージョを含めた野郎どもの目の色が変わった。
「いや、違いますって。一緒には寝てませんよ」
「そうか、それなら……って、風呂は一緒に入ったのか!」
「しょ、しょうがないでしょ、乱入されたんですから」
「ニャンゴ、貴様……」
もう、酔っぱらいの相手するのはマジで面倒になってきた。
「とにかく、俺はチャリオットに加入するためにアツーカから出て来たんです。加入する前に、その方針を変えるつもりはありません」
俺がキッパリと言い切ると、今度はセルージョがどうだとばかりに胸を張り、シューレは悔しそうに顔を顰める。
「でも、ニャンゴ。チャリオットに加入しても、私の部屋から通っても良いんじゃない?」
「えっ、レイラさん、それは……あっ、あっ、喉らめぇ……」
「ねぇ、いいでしょぅ……」
「やっ、でも、俺は一人で寝たいから……」
さっきから、ずっとレイラさんにモフられ続けていて、腰砕けになって力が入らない。
てか、そろそろ解放してほしいかも……。
「てか、レイラはニャンゴを冬場の暖房に使いたいだけじゃねぇのか?」
「セルージョ、妬いてるの?」
「よせやい、俺は自ら望んで死地に赴くほどの勇者じゃないぜ」
ちょっと待って、俺このままだとヤバいの? そんなにヤバいのか……。
さっきまで俺に突き刺すような視線を向けていた野郎どもが、憐れみを含んだ視線を向けてくるのは止めて欲しい。
「ていうか、なんでみんな、そんなに俺にこだわるんですか?」
「そんなもの、決まってるだろう……」
「ニャンゴが面白いから……」
この時ばかりは意見が一致したようで、セルージョとシューレはニンマリとした笑顔で頷き合う。
要するに、アツーカ村よりは多いけど、前世の日本に較べれば娯楽の少ない世界で、みんな退屈しているのだ。
そこに、空属性魔法を使って冒険者になろうとする猫人が現れたから、退屈しのぎのオモチャにはもってこいだと思われているのだ。
言われてみれば、酒場に居る若い冒険者達も、俺がレイラさんに可愛がられているから嫉妬を含んだ視線を向けているけれど、その視線の中には少なからぬ好奇心が見て取れる。
「じゃあ、もういっそシューレもチャリオットに加入すれば良いんじゃないですか?」
「はぁぁ? 静寂がうちに入るだと?」
「私がチャリオットに……?」
俺と一緒にシューレさんも加入すれば、チャリオットは間違いなく戦力アップするだろうし、シューレさんも俺を使って遊べるだろう。
双方にとっても利益になると思ったのだが、セルージョとシューレは渋い表情でお互いを眺めている。
「こいつ、何考えてるか分からねぇからなぁ……」
「力任せの野郎三人とか、ムサい……」
確かに、チャリオットは良くも悪くも冒険者らしい冒険者パーティーだし、シューレはシューレでいかにもなソロの冒険者だ。
スタイルが異なっているのは間違いないが、融合させれば良い変化が生まれそうな気もする。
「互いのことを知らなければ、何を考えてるのかなんて分からないし、組んで仕事をすればスタイルも変わっていくんじゃないんですか……あっ、あっ、レイラさん喉らめぇ……」
「ニャンゴの言う通りなんじゃない? それに……チャリオットと静寂が組むなんて面白いじゃないの」
ライオスやガドも渋い表情を浮かべているが、周りにいる若い冒険者達は目を輝かせて頷いている。
チャリオットは名前が売れているパーティーだそうだし、シューレも二つ名で呼ばれるほどの冒険者のようだ。
そのチャリオットと静寂が組んで、どんな事をやらかすのか……娯楽に飢えた者達にとっては夢の組み合わせでもあるのだろう。
「おい、ライオス。どうするよ?」
「そうだな……確かに今回のような厄介な奴を相手にするなら、静寂がいた方が遥かに楽だな」
「ガドはどうなんだ?」
「もっと若い頃ならば女が加わることで揉めたりもしたじゃろうが、今更女の取り合いにはならんじゃろう。それに、有能なシーカーがいれば仕事の幅も広がるぞ」
どうやら、ライオスとガドはシューレを加入させる方向に傾いているようだ。
「シューレ、お前はどうなんだ?」
「セルージョ達はムサいけど、ニャンゴを鍛えられるなら……」
セルージョとシューレがエールの入ったジョッキをぶつけ合うと、集まった若い冒険者達から歓声が上がった。
面白い、背中の毛が逆立つほど面白い。
やっぱり冒険者生活を選んだのは間違いではなかった。
気が付けば、拳を硬く握り締めていた。
看板まで飲み続けた後、シューレは鷹の目亭に戻り、チャリオットの三人は拠点へと引き上げて行く。
そして俺は、レイラさんにお持ち帰りされてしまった……。
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