第62話 モテてます?

「えっ……」

「どうかしました?」

「しょ、少々お待ち下さい」


 ネズミ駆除の依頼を終えて、アルムさんから受け取った依頼完了の証明書を提出すると、ギルドの女性職員ジェシカさんは戸惑ったような表情を見せた。

 俺が提出した書類を手にして、ちょっと首を捻りながらカウンター裏の職員スペースへと入って行く。


 アルムさんからは、この書類をカウンターに出せば良いと言われて戻って来たのだが、何か書類に不備でもあったのだろうか。

 程なくして戻って来たジェシカさんは、探るような視線を向けながら尋ねてきた。


「あの、ニャンゴさん。失礼ですが、何匹ネズミを捕まえました?」

「えっと……73匹ですね」

「えぇぇぇ! 73……そんなに捕まえたんですか?」

「はい。荷物の陰に固まって隠れているんで、見つけてしまえばまとめて捕まえられますから」

「空属性魔法をお使いになられたのですか?」

「それは秘密……にするほどの事でもないか。そうです、空属性魔法を使いました」

「どのようにして捕まえたかは……」

「そこは秘密ですね」

「そうですか……分かりました。こちらの書類も問題ございませんので、報酬をお支払いいたします。全額現金にいたしますか?」

「はい、お願いします」


 この後、もう一度チャリオットの拠点を訪ねてみるが、不在のままならば宿を探さなければならない。

 昨日、いくらかお金は下ろしてあるが、もう少し手元に置いておきたい。


「それでは、こちらが本日の報酬となります」

「はい、確かに……」


 ネズミ捕りの報酬は一日銀貨五枚だったが、大量のネズミを捕まえた事でアルムさんが増額するように書類に書き加えてくれたのだ。

 報酬は大銀貨一枚と銀貨五枚、本来の三倍の金額だ。


 アルムさん曰く、俺の働きは三倍でも安いくらいだそうだ。

 出来れば、十日後ぐらいにまた来て欲しいと頼まれたが、来られれば来るが約束は出来ないと答えておいた。


 チャリオットの三人が戻って来て、俺も加わって遠征に出掛けたりすれば、イブーロから離れているかもしれない。

 なかなか美味しい報酬なので、時間があったらギルドで依頼を受けるつもりだ。


 受け取った報酬を仕舞って、依頼の掲示板を確認してから鷹の目亭へ向かおうと思ったら、ひょいっと身体を持ち上げられてしまった。


「捕まえた……」

「ふみゃ! みゃっ?」


 背後からリュックごと俺を抱え上げたのは、酒場のレイラさんだった。そのまま酒場へと連行されてしまう。

 空属性でフルアーマーを作って着込んでいるが、まさか丸ごと抱え上げられてしまうとは思ってもいなかった。


「あの……俺、今夜の宿を取りにいかないと……」

「あら、ニャンゴは宿無しなの? でも大丈夫、私のところに泊めてあげるわ」

「えっ、いやそれは……」

「あら、私じゃ不満なのかしら?」

「いえ、そうではなくて……」

「マスター、お願い……」


 そのままカウンター席へと座らされ、隣りに座ったレイラさんは自然な動きで俺の左腕を抱え込む。

 マスターが流れるような動作で、グラスに注いだミルクを出してくれた。


「ねぇ、ニャンゴ。これは、なぁに?」


 レイラさんは、俺の胴体をコツコツと軽く叩いてみせる。

 空属性のフルアーマーを装備しているので、レイラさんの腕は直接俺には触れていない。


「それは、空属性魔法で作った鎧です」

「へぇ……こんなに硬く作れるんだ」

「柔らかくも出来ますよ」

「嘘っ、ホントに?」


 アーマーを弾力性のある素材で作り直すと、レイラさんは目を見開いた後で笑みを深くした。


「凄い、硬さも自由自在なんだ。へぇ、でも今は邪魔じゃない?」

「いえ、冒険者たる者、常に危険に備えて……」

「私と触れ合うのは嫌なの?」

「い、いえ、そういう訳では……」


 着込んでいたフルアーマーを解除すると、俺の左腕は柔らかな谷間に飲み込まれた。


「ねぇ、ニャンゴ。今日は、どんな依頼をこなしてきたの?」

「きょ、今日は、倉庫のネズミ捕りで……うみゃぁ」


 アーマーを解除した途端、レイラさんが俺の毛並みで遊び始めた。

 左腕の毛を逆撫で、直ぐに綺麗に撫でつける。


 背中の毛がゾゾっ、ゾゾってなるから、らめぇ……。


「ネズミ捕り? 大きな魔物の討伐には行かないの?」

「まだイブーロに来たばかりだし、依頼を受けたのも今日が初めてだし……」

「へぇ、堅実なんだ……ちゃんと捕まえられた?」

「えっと、73匹……」

「えっ……?」


 レイラさんは俺の毛並みで遊んでいた手を止め、グラスを拭いていたマスターも動きを止めて俺に視線を向けてきた。


「あっ、でも、大きな倉庫だったから」

「倉庫のネズミ捕りは、駆け出しの子なら一度は経験する仕事ね」

「そうなんですか?」

「そうよ。でも、50匹以上捕まえた子なんて聞いたことが無いわ」

「そう……なんですか?」

「そうよ……」


 あっ、あっ、だから、喉はらめぇ……。


「ニャンゴの浮気者」

「みゃあ! シュ、シューレ……?」


 おかしい……死角ではない右側からなのに、シューレの接近に全く気付けなかった。

 シューレにも右腕を抱え込まれるが、こちらは革のジャケットを着込んでいるので感触がムニャムニャ……。


「あらニャンゴ、彼女がいたの?」

「いえ、彼女じゃ……」

「昨日は一緒にお風呂に入った……」

「ふみゃ! あれは乱入されたんで……」

「へぇ、隅に置けないわねぇ……今夜は私と一緒に……」

「今夜も私と一緒……」

「みゃみゃっ、俺はそんなつもりは……」

「ねぇ、どっちを選ぶの……?」

「勿論、私……」

「みゃっ……えっと、えっと……」


 両側からグイグイと迫られて、遊ばれていると分かってはいるけど、どうしたら良いのか頭が働かない。

 今日は救いの神ゼオルさんも居ないし、どうやったら抜け出せるのだろう。


 俺がレイラさんとシューレに捕まっている間にも、仕事を終えた冒険者たちが酒場に入ってくる。

 この状況が続くと、またこの前のように絡まれそうだ。


「あの、レイラさん、そろそろお客さんが入ってきてるし……」

「いいの、いいの、あいつらは酒さえ飲ませておけばいいのよ」

「シュ、シューレは宿を取りに行かなくても大丈夫なの?」

「鷹の目亭を予約してるから、ニャンゴも一緒に泊まればいい……」

「いや、そういうことじゃ……」


 酒場のマスターに助けを求める視線を向けてみたが、笑顔で頷かれて終わりだった。


「あら楽しそう、私も仲間にいれて……」

「ふみゃ! あっ、あっ、喉らめぇ……」


 背後からダイナマイツなセシリーさんに抱きすくめられて、もはや脱出は不可能だ。

 てか、酒場のあちこちから突き刺さるような視線を向けられてるし……なんで俺なんだ。


「おぅおぅ、今夜もモテモテだな、ニャンゴ」


 声はすれども、柔らかな肉壁に遮られて姿は見えず……って、この声は。


「ジルさん、学校のレンボルト先生に俺の魔法のこと喋りましたね」

「うぇ? い、いやぁ……そうだったかなぁ……」

「あら、お喋りな男は嫌われるわよ、ジル」

「ばっ、レイラ、そんなんじゃねぇよ……」

「一杯飲ませたらペラペラ喋ってくれたって言ってました」

「違う、ニャンゴ。俺は酒に釣られて喋った訳じゃ……」

「あらあら、ジルったら……ちょっと幻滅しちゃったかも」

「違う、誤解なんだセシリー。あれは純粋に学術的な論戦と言うか……」


 ボードメンのリーダーであるジルは、女性三人にジト目で見詰められ、しどろもどろの言い訳を展開している。


「そ、そうだニャンゴ。ライオス達が戻ってきたぜ」

「えっ、ホントですか?」

「あぁ、じきに顔を出すはずだ」


 これは思わぬ朗報だ。

 チャリオットの面々が戻ってきたならば、今夜の宿の心配はいらない。


 それを察したのか、シューレは不機嫌そうな表情を浮かべる。

 俺が居なくなれば、鷹の目亭で冷たい水浴びをしなければならないからだろう。


「ライオス達のところに行くなら、今夜はしばらく一緒にいられるわね……」

「ふみゃ……レ、レイラさん?」


 酒場で働いているだけあって、俺とチャリオットの関係も聞き及んでいるのだろう。

 それに依頼明けとなると、チャリオットの面々も今夜は祝杯を重ねるのだろう。


 ふっと後頭部の温もりが離れたので振り返ると、セシリーさんが酒場の入り口へと歩み寄っていく。


「おかえりなさい、セルージョ。依頼は上手くいった?」

「当ったり前よ。俺らチャリオットが依頼をしくじるはずがねぇ」

「そうね……噂のルーキーが帰りを待ちわびてるわよ」

「噂のルーキー……? ニャンゴか! って、お前は何やってんだ……」


 セシリーさんに出迎えられたチャリオットの弓使いセルージョは、勢い良く俺に視線を向けた後で腰砕けになっていた。


「拠点に行ったら留守だったので、待ちわびてましたよ」

「そいつは悪かったな。ブロンズウルフの一件で冒険者が駆り出されていたから、イブーロでの依頼が溜まっててな……というか、なんで『静寂』が一緒にいるんだ?」


 セルージョは、俺に気さくな表情を見せつつ、シューレに警戒するような視線を向けている。


「ニャンゴは私が貰うわ……」

「そいつは出来ない相談だなぁ……」

「じゃあ、やっぱり私が貰うわね」


 シューレとセルージョが一触即発かと思えるような視線をぶつけ合った瞬間、レイラさんが俺を膝の上に抱え込んだ。

 シューレの腕が緩んだ一瞬を見逃さない動きといい、軽々と俺を持ち上げた膂力といい、レイラさんも只者ではなさそうだ。


「ふぐぅ、レ、レイラさん……?」

「大丈夫、大丈夫、どうせセルージョたちは看板まで飲み続けるから、それまでニャンゴの相手は私がしてあげるわ」


 レイラさんは、俺を抱え上げたままセルージョに首を振って合図すると、奥のテーブル席に向かって歩いていく。

 てか、お姫様抱っこ状態で、かなり恥ずかしいんですけど……。

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