第56話 面倒事
レンボルト先生の後について食堂を出ようとすると、ミゲルと一緒にいた一団が行く手を阻むように立っていた。
また下らない揉め事に巻き込まれるのかと思っていたが、代表として話し掛けて来た獅子人の少年は意外にも礼儀正しい言葉使いだった。
「レンボルト先生。先程、そちらの方がブロンズウルフに止めを刺したと仰っておられましたが、それは本当ですか?」
「そうだよ。ギルドにリクエストを出す時にも確認している。こちらの冒険者、ニャンゴ君が止めを刺したそうだ」
レンボルト先生がきっぱりと答えると、獅子人の少年を除いた他の連中がミゲルにどういうことなんだと詰め寄り始めた。
「先生、これからブロンズウルフに止めを刺した魔法を見せてもらうそうですが、僕らも見学させてもらっても構いませんか?」
獅子人の少年の問いに、レンボルト先生は僕を振り返ったので無言で頷き返した。
「良いそうだ。ただし、彼の指示には従うように……さぁ、道を開けてくれ」
獅子人の少年が道を開け、レンボルト先生の案内で歩き始めたのだが、食堂からは他の生徒達もゾロゾロと列をなして付いてくる。
チラリと後ろを振り返ると、ミゲルが仲間達から小突かれていたように見えた。
まさか、ブロンズウルフに止めを刺したのは実は自分だ……なんて話してたんじゃないだろうな。
「じゃあ、ニャンゴ君、始めてくれるかな?」
「分かりました。危ないので、皆さんこのラインから前には出ないようにして下さい」
空属性魔法で作った棒を使って、土のグラウンドに線を引いていく。
「おい、あれどうなってんだ?」
「風属性の魔法なのか? それとも別の魔法なのか」
空気を固めた棒は見えないので、何もないところに線が引かれていくのを集まった生徒達は不思議そうな顔で見守っていた。
「では始めます。フレイムランス!」
「おぉぉぉぉ……」
天に向かって噴き上げる高さ3メートルを超える青い炎と、高圧のガスが噴出する音に、集まった生徒達からは驚きの声が上がった。
見た目と音で、ヤバい感じは十分に伝わっているようだ。
「素晴らしい! ニャンゴ君、どういう仕組みになっているんだい?」
「それは……後でゆっくり説明します」
いくら冒険者ではない学校の生徒とは言えども、空属性魔法を使った魔道具の情報をペラペラと話して聞かせるつもりはない。
「なるほど、では散らかっているが研究棟に戻るとしよう」
フレイムランスも披露したし、あとはレンボルト先生の質問に答えて、新しい魔法陣を教えてもらって帰ろうと思っていたのに、また獅子人の少年が行く手を阻んだ。
「レンボルト先生、そちらの冒険者の方と腕試しをさせていただけませんか?」
「腕試し? 何をするつもりだい?」
「はい、ブロンズウルフを倒すほどの腕前のようですし、練武場で手合わせがしてみたいです」
「だが、彼は魔法を使う中衛か後衛だろう」
またレンボルト先生が視線を向けて来たので頷き返した。
「ですが、ブロンズウルフを倒したのですから、僕ら一年生程度は、武術の手合わせでも簡単に捻ってしまうんじゃないですか?」
獅子人の少年はオラシオほど大きくはないが、俺の身長は少年の肩までも届いていない。
丁寧な言い方をしているが、自分が得意な腕っぷしの勝負に持ち込んで痛めつけてやろうという身勝手さが透けて見える。
「どうかね、ニャンゴ君」
「錬武場での手合わせって、どんな感じなんですか?」
「木剣や木槍などを使って、防具を付けての武術の勝負だよ」
獅子人の少年は自信満々といった様子だが、ゼオルさんと行動を共にしてきた俺からすれば、身のこなしには天と地ほどの差があるように見える。
どの程度の腕前なのか、実際に戦ったわけじゃないので分からないけど、たぶん負けないだろうという根拠のない自信はある。
「まぁ、いいですよ。学校の外に出る機会は多くないようですが、僕以外の冒険者に勝負を挑んで、怪我とかさせられても困りますよね」
「まぁ、そうなんだが……大丈夫かい?」
「僕に合うサイズの防具が無かったら、自前の防具を使いますから心配は要りませんよ」
レンボルト先生が尋ねた『大丈夫かい?』は、たぶん勝てるか否かの心配だろうが、わざと思い違いしているような返答をした。
少し迷っている様子だったが、レンボルト先生は獅子人の少年に向って頷いた。
「良いでしょう。ただし、メンデス先生の許可が下りたらですよ」
「ありがとうございます。では、先に練武場に行ってメンデス先生に確認しておきます」
獅子人の少年は弾むような足取りで、練武場があるらしき方向へと去っていった。
一緒にいた少年たちも後を追っていったが、やはりミゲルが小突かれている。
親元を離れて暮らせば、下らない見栄を張ったり、すぐにバレるような嘘をつくのは止めるようになるかと思ったけど、そう簡単には直らないみたいだ。
ミゲルの様子を見守っていたら、すすっとオリビエが近付いてきた。
「ニャンゴさん、どうしてブロンズウルフを討伐した事を教えてくれなかったんですか?」
「結果的に僕が止めを刺したけど、たくさんの冒険者が協力したから討伐できたんだ。自分一人の手柄のように自慢することじゃないよ」
「それでも……教えて欲しかったです」
「そのうち、もっと大きな手柄を立てたらね」
オリビエが頬を膨らませて不満げなのは、ブロンズウルフの件を言っていなかったことと、レンボルト先生が一緒だから俺をモフれないからだろう。
「でもニャンゴさんは空属性なのに、どうして火属性の魔法が使えるんですか?」
オリビエとしては当然の疑問だろうけど、その質問でまた周囲がざわつき始めた。
この世界では、使える属性魔法は一種類と決まっていて、複数の属性魔法を使える者がいないのは常識だからだ。
「それは、冒険者としての秘密だよ」
「むぅ、ずるいです」
「それよりも、今は手合わせに集中しないと……」
「ジャスパー君は、一年生の中では一番強いそうですが、ニャンゴさんには敵うはずがないです」
「いやいや、それはやってみないと分からないよ」
「いいえ、やらなくても分かります。ニャンゴさんが勝つに決まってます」
まぁ、負けるつもりは無いけれど、オリビエの自信はどこから来るんだろう。
オリビエが俺に寄り添っているのを見て、女の子たちが何やら囁きを交わし、男子たちが苦々しげな視線を投げ掛けて来る様子に、前世の学校生活を思い出して懐かしくなった。
練武場は校舎の向こう側に建っていて、いわゆる体育館のような使われ方をしているらしい。
広さも日本の学校の体育館ぐらいだが床は石材で、バスケットのゴールは無いが奥の壁面には弓の的が置かれている。
こちらの世界では日本のようなスポーツは普及していないので、身体を動かすイコール労働か武術なのだ。
裕福な家の子供が集まる学校なので、剣術なども嗜みとして身に着けさせられるようだ。
練武場では、先に行ったミゲル達の一団の他に、狼人の成人男性が待っていた。
均整の取れた身体つきで、立ち姿を見るだけで武術を修めている人だと分かる。
たぶん、この人がメンデス先生なのだろう。
「レンボルト先生。ブロンズウルフを倒した冒険者は……その猫人の少年ですか?」
「はい、そうですよ。ニャンゴ君は卓抜した空属性魔法の使い手です」
「ほぉ……」
俺の頭から足先まで視線を一往復させると、メンデス先生は口元を少し緩めてみせた。
この人は、間違いなくゼオルさんと同じ種類の人だな。
「良いでしょう。手合せを許可しましょう。ニャンゴ君、防具を付けて武器を選びたまえ」
幸い、俺のサイズにも合う防具はあったので、借りて使うことにした。
革製の胴、手甲、脛当て、頭にはカスクのような防具を被った。
倉庫には、様々な種類の木で作られた練習用の武器も置いてあった。
棒は槍の代わりに使われるのだろう、長さの違う物が何本も置かれていたので、アツーカで使っていたのと同じぐらいの長さのものを選んだ。
「ほう、得物は棒か……」
俺が棒を片手で振って吟味する様子を見て、メンデス先生は笑みを浮かべている。
ジャスパーは俺と同じように防具を身に着け、長剣サイズの木剣を握り、左手には小さな盾を付けた。
実は、絡まれて面倒だと思う一方で、同年代の少年との手合せが楽しみでもあるのだ。
これまで手合せの相手はゼオルさんだけで、棒術同士でしかやったことがない。
実際に、今の自分はどの程度の実力なのか試してみたい。
剣を握ったジャスパーを前にして、口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。
「攻撃は防具を付けている所を狙うこと。私が有効な攻撃と認めたら一本とする。勝負は、三本を先取した者の勝ちとする」
ジャスパーは余程自信があるのだろう、メンデス先生の注意に頷きながら俺を見下している。
「では、両者握手をして位置について……」
ジャスパーが、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべて右手を差し出してきた。
俺の右手とは、大人と子供ぐらいサイズが違っている。
俺が差し出した右手を握ったジャスパーは、笑みを消して俺の顔を見詰めた。
素の握力では敵わないのは分かっていたし、手合せの前に右手を痛めてしまっては楽しめないので、身体強化の魔法を発動させておいたのだ。
剣術には自信があるようだが、さすがに身体強化までは使えないらしい。
握力較べに平然と対応したことで、ジャスパーは俺の見方を少し改めたようだ。
練武場の床には、5メートルほどの距離を置いて二本の線が引かれていた。
これが開始線のようで、線の向こう側で木剣を構えたジャスパーの顔からは、俺を見下すような表情は消えている。
俺も深呼吸を一つして、静かに棒を構えた。
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