第57話 手合わせ

「始め!」

「うぉぉぉぉぉ!」


 メンデス先生の合図と同時に、ジャスパーは木剣を振り上げて突進してきた。

 右足を半歩引いて棒を構えて動かない俺に、真っ向から木剣を振り下ろしてくる。

 俺の間合いに入ったジャスパーの胴に突きを入れながら、左に体を捌いて木剣を避けた。


「一本! それまで!」


 ジャスパーは、俺に背中を向けたまま動きを止めている。

 というか遅い、動きが遅すぎる。


 手合せが始まる前に身体強化は解除してあるのに、足の運びも、剣速も遅すぎて、馬鹿にされているのかと思ったほどだ。

 ゼオルさんと較べるのは間違いだと分かっていても、始める前のワクワク感が、あっという間にどこかに行ってしまった。


「両者、開始線に戻って……」


 メンデス先生の合図を受け、突かれた胴を右手で押さえながら振り返ったジャスパーは、信じられないといった表情で俺を見ている。

 いやいや、信じられないのはこっちの方だよ、お前の自信は一体どこから来たものなんだ。


 俺の魔法を見物した後、そのまま練武場について来た連中からは、どよめきと共に忍び笑いが聞こえてきた。


「なにあれ、自信満々で出て来たのに格好悪ぅ……」

 

 どこからか聞こえて来た女子の声に、開始線に戻ったジャスパーは顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。

 ミゲルよりは動けそうな体型をしているが、性格を含めて大差無い『類友』のようだ。


「二本目、始め!」

「やぁぁぁぁ! うりゃぁ! たぁぁ!」


 一本目も遅いと思ったが、頭に血が上って滅茶苦茶に振り回してくる木剣には鋭さの欠片も感じない。

 間合いを見切って半歩動くだけで木剣は空を切り、体勢を崩したジャスパーの頭を軽く叩いた。


「一本! それまで!」


 たたらを踏んで片膝をついたジャスパーは、歯を食いしばって俺を睨みつけて来た。

 そんな目で睨んで来られても、お前が弱いのは俺のせいじゃないぞ。


「両者、開始線に戻って……」


 恨みがましい視線を向けていたジャスパーは、俯きがちに俺の左側を通り抜ける瞬間、木剣を右手一本で逆水平に叩きつけてきた。

 始めの合図を待たず不意打ちを狙った卑怯な一撃は、カツンと渇いた音を立てて準備しておいた空属性魔法のシールドに弾かれた。


 ギルドの酒場ではレイラさんの接近を許してしまったが、こんな状況では油断はしない。

 卑怯な不意打ちも想定の範囲内だ。


「なっ……」

「それまで! 勝者ニャンゴ。ジャスパー、お前の反則負けだ!」

「いや、だって……まだ二本しか取られてないし、それに今のはただの素振りで……」

「お前は、私の目が節穴だと言うつもりか?」


 それまでとは少しトーンの下がったメンデス先生の一言で、ジャスパーのみならず見学していた生徒までが息を飲んで黙り込んだ。

 メンデス先生は右手を差し出してジャスパーから木剣を取り上げると、防具を戻して部屋に帰るように言いつけた。


「ニャンゴ君、うちの生徒が大変失礼した」

「いえ、あの程度は何でもありませんので、気になさらないで下さい」

「だが、生徒のお守りをさせただけでは申し訳ない。どうかね、私とも手合わせしてみないか?」


 メンデス先生は笑顔で話しているが、俺を見る瞳は獲物を狙う獣のものだ。

 ジャスパーとの手合わせの前に感じたワクワク感が、猛ダッシュで戻ってきた感じで口元が緩むのが止められない。


「お手柔らか……じゃなくて結構です。よろしくお願いします」


 笑顔を浮かべた俺を見て、メンデス先生も歯を剥き出しにした戦士の笑みを浮かべた。

 開始線に分かれて向かい合うと、練武場から一切の音が消えて静まり返った。


 開始の合図は必要ない、視線を交わした時点で勝負は始まっている。

 いつものように右足半歩引いて棒を構えた俺に対して、メンデス先生は右手に持った木剣をダラリと下げた格好で構えらしい構えをしていない。


 俺を舐めているようにも見えるかもしれないが、一切の隙は感じられない。

 ゼオルさんと同レベルかそれ以上、間違いなく俺よりも強い。


 ならば、下手な小細工は無用だ。

 逸る気持ちを抑えるように、静かに息を吐き、ゆっくりと息を吸う。


 息を止めた瞬間、俺自身が一本の槍になったイメージで一気にメンデス先生との距離を縮める。

 カツーンと乾いた音を立てて、木剣と棒がぶつかり合った。


 踏み込んだ俺に向かって、左目の死角から跳ね上がってきた木剣を弾けたのは、半分以上は勘のおかげだ。

 慌てて距離を取ろうとする俺に、メンデス先生は瞬間移動かと思うほどの速さで肉薄してくる。


 袈裟斬りの一撃を掻い潜り、返しの横薙ぎを弾いて飛び退り、ようやく距離を取った。

 正確には、メンデス先生が追撃してこなかったから、距離を取らせてもらえたのだ。


「良いな……その歳で、猫人で、その動き……想像以上だ」


 メンデス先生が笑みを深めるほどに、向かってくる圧が高まっていく。

 背中の毛が逆立って足が震えそうになるほどの迫力だが、俺も歯を剥いて笑みを浮かべる。


 ビビれば身体が硬直して動けなくなり、状況は更に悪化する。

 ゴブリンに追い回され、コボルトに特攻し、オークやブロンズウルフの討伐に参加して、身をもって学んできたことだ。


「いくぞ……」


 メンデス先生は相変わらず木剣を右手に下げたまま、無造作に歩み寄ってきた。

 プレッシャーに負けて突っ込んで行きそうになる身体を押し止め、踏み込むタイミングを計る。


 同じ体格の者同士で棒と剣の戦いであれば棒の方が間合いが長いのだが、メンデス先生と俺の場合は、むしろ棒を使っているのに俺の方が間合いが短い。

 メンデス先生の強烈な一撃を潜り抜け、懐に飛び込まなければ勝機は無い。


 メンデス先生が踏み込んで来る直後、『後の先』を取ろうと身構えていたのに、繰り出されたのは突きだった。

 咄嗟に体を開いてかわしたが、木剣の切っ先が防具を掠めて焦げた匂いが漂ってくる。


 カウンターの突きを繰り出すが、引き戻された木剣であっさりと弾かれた。

 俺が棒を戻すよりも速く返しの横薙ぎが襲ってきたが、床に伏せるようにして回避しながらメンデス先生の脛を払う。


 バックステップでかわされた直後に逆袈裟の一撃が襲って来るが、棒で受け流しながら潜り抜け、回り込んだメンデス先生の背中に突きを入れようとした瞬間、腹に衝撃が走った。


「ふぎゃぁ!」


 床を転がりながら目にしたのは、逆袈裟に振りぬいた木剣を瞬間的に逆手に持ち替えて、背後から迫る俺に突き出したメンデス先生の姿だった。

 がら空きの背中を目にして勝ったと思ったが、まんまと罠にはまったようだ。


 やっぱりメンデス先生は、ゼオルさんと同じ種類の人らしい。

 それでも突きを食らう瞬間、咄嗟に自分で後ろに飛んだのと防具のおかげで、立てなくなるほどのダメージは受けずに済んだ。


「ありがとうございました」

「続きはやらないのか?」

「はい、今日はレンボルト先生の先約がありますので」

「そうか、残念だな……私は、殆どの時間ここにいるから、いつでも遊びに来なさい。受付には話を通しておこう」

「ありがとうございます。また時間を見つけて寄らせていただきます」


 メンデス先生と握手を交わすと、見物していた生徒達から拍手が沸き起こった。

 見物していた生徒達にも一礼して、レンボルト先生と一緒に練武場を後にした。


 オリビエ達もついて来ようとしていたが、メンデス先生に待ったを掛けられていた。

 この機会を使って、冒険者に勝負を挑んだりしないように訓示するようだ。


 レンボルト先生の話では、毎年何人かギルドの訓練場に乗り込んで手合わせを申し込み、叩きのめされて怪我をする生徒がいるらしい。

 校内や同じ学年の中で一番強くても、討伐の現場に出ている冒険者とはレベルが違うのだ。


「いやぁ正直に言うと、ニャンゴ君の体格では厳しいと思っていたのだが、ブロンズウルフの討伐に参加するのだからレベルが違っているのは当然なんだね」

「村で暮らしている元冒険者に鍛えてもらいましたが、その人としか手合わせしたことがないので、どの程度のレベルなのかは俺自身分かっていませんでした」

「私は武術は素人だが、先程のメンデス先生との手合わせが相当高いレベルだということは分かるよ」

「俺の専門は魔法ですけど、武術を身に着けておいて損はないですからね」

「そうそう、先程の魔法の説明をしてもらわないと……さぁ、早く研究棟へ戻ろう」

「はい、そうしましょう」


 研究棟に戻った後、風の魔道具の実演も含めて、フレイムランスの説明を行った。

 中空構造の魔道具を重ねて使う発想は、いたくレンボルト先生を刺激したらしい。


 夕方まで話を続けて、この日は温度操作と雷の魔法陣を教えてもらった。

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