第55話 学生食堂
イブーロの学校の食堂は、学生寮と校舎の間に挟まる位置に作られている。
ちなみに、男子寮と女子寮の間には教職員の寮が建っていて、物理的にも男女の往来を遮断しているそうだ。
学校に通えるのは、ミゲルやオリビエのような村長の身内、裕福な家庭の子供、学業が優秀な子供などに限られているので、不祥事を起こされる訳にはいかないのだろう。
ステップを使って空中を移動できる俺ならば、女子寮に忍び込むのも簡単だろう……やらないけどね。
レンボルト先生に連れられて校舎側から食堂に向かって歩いていると、学生寮の方向から歩いてくる男子生徒の一団があった。
どいつもこいつも生意気そうな顔をしてやがる……と思って見ていたら、一団の中心にいるのはミゲルだった。
「おい、ニャンゴ! お前、こんなところで何やってる!」
嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、俺よりも先にレンボルト先生が言葉を発した。
「黙りなさい、彼は僕の客人だ。侮辱することは許さないよ」
「えっ……ご、ごめんなさい」
「分かれば良い。さぁ、行きたまえ……」
「は、はい……」
まさか先生から叱責されるとは思っていなかったのだろう、ミゲルはちょっと怯えたような表情を浮かべてから、俺に向かって憎しみのこもった視線を向けた後、仲間と一緒に食堂へと入っていった。
「すみません、同じ村の村長の孫なんで……」
「あぁ、なるほど……でも、謝るのはこちらの方だよ。彼は僕と同じ学校に所属する者で、ニャンゴ君は外部の冒険者だからね」
「やっぱり、そうした規律は厳しいんですか?」
「この国には、王族、貴族などの階級があって、学校に所属する生徒達は将来そうした人々と接する機会が多くなる。だから、学校にいる頃から教師と生徒、学校関係者と客人といった関係はキッチリとしておく必要があるんだよ」
アツーカのような小さな村では、漠然と村長は偉い程度の認識だが、大きな町に行く程に身分については厳しくなるようだ。
王都などでは、貴族に対して失礼な口をきいただけでも罪に問われることもあるそうだ。
「将来、王都にも行ってみたいと思っているけど、俺なんかじゃ直ぐに捕まって牢屋に放り込まれそうですね」
「いやいや、ニャンゴ君ならば大丈夫だろう。先程から話していて、凄く丁寧な言葉使いをするから驚いているぐらいだ。君達ぐらいの年齢だと、もっとぶっきら棒な話し方が普通だよ」
俺の言葉使いに関しては、敬語や謙譲語などが使われていた日本で暮らした前世の記憶のおかげで、確かに村で暮らす同年代の子供達は使い分けとか出来ていない。
言葉使いについては心配要らないのかもしれないが、空属性魔法や棒術などで力をつけたせいで気に入らない相手には生意気な口を利くようになっている自覚はあるので、気をつけるようにしよう。
食堂はビュッフェスタイルで、用意されている料理の中から、好きなものを選んで最後に清算する形だそうだ。
学生は学生証、教職員は職員証を提示して、食堂の者が記録を付けていく。
俺が選んだのは、温野菜のサラダとチーズとハムのサンドイッチにミルク、それとレンボルト先生の顔を見て食堂のおばちゃんが出してきた白身魚のムニエルだ。
「彼の分は、私に付けておいて下さい」
「すみません。ごちそうになります」
食事をするスペースも教員エリアは一段高く、庭が眺められる窓際に設えられていた。
テーブルも生徒用は八人掛けで木の椅子だが、教員用は二人用のゆったりとしたサイズで椅子も革張りだった。
「あぁ、椅子を変えてもらわないとだね」
「いえいえ、お気遣い無く。自分で調整出来ますから」
通常の大人サイズの椅子とテーブルでは、猫人の俺には高すぎるのだが、そこは空属性の魔法を使っていくらでも調節が可能だ。
ちなみに座り心地の調整も思いのままの、リアル空気椅子だ。
「ふむ、こうして見ると空属性魔法というのは本当に便利だね」
「はい、僕もそう思います。何で空っぽの属性なんて言われているのか不思議なほどです」
食事をしながら、ステップやサミング、シールド、フルアーマーなど、これまで空属性魔法で作ってきたものの一端を紹介しただけで、レンボルト先生は目を輝かせて聞き入っていた。
食堂のメニューは、上流階級の子息が通う学校とあって、どれも美味しかった。
「うみゃ! この魚うみゃい!」
「あぁ、これはマルールだね」
「マルール……初めて聞きました」
レンボルト先生の説明によると、マルールはイブーロから半日ほど西に行ったところにある大きな池で獲れる魚だそうだ。
俺の背丈ほどもある大きな魚で、獲ってから綺麗な水の生簀に入れて泥を吐かせてから食べないと臭みが残って味が台無しになってしまうらしい。
「これは臭みも無い良いものだね。あまり獲れない魚だし、獲ってから出荷するまで手間が掛かるから、結構高価なんだよ」
「うわっ、すみません。知らなかったから気軽に選んじゃいました」
「いやいや、喜んでもらえて何よりだよ」
マルールのムニエルは口に入れるとホロホロとほぐれて、バターの風味、表面がカリっと焼かれた香ばしさ、魚の旨味が混然一体となって広がりウットリしてしまう。
これは値段次第だけど、また食べてみたいものだ。
食事を食べ終えると、給仕さんがお茶を淹れてくれ、食器を下げてくれた。
こうしたサービスは教職員にのみで、生徒達は自分たちで食器を返却するようだ。
ミゲルは、俺が座っている位置からは、生徒用のテーブルを四つ程挟んだ場所で何やら自慢げな様子で仲間に話をしていた。
時々、チラチラと視線を向ける先は、斜向かいのテーブルに座った女子生徒の一団で、オリビエの姿も見える。
ミゲルだけでなく、同じテーブルについている男子どもはチラチラと女子のテーブルに視線を投げ掛けている。
話がしたければ、行って声を掛ければ良いのに……なんて思うけど、ぼっちオタクだった前世の俺も同じような感じだった。
ミゲル達は何を話しているのかと思って、空属性魔法で盗聴マイクを設置して聞いてみると、どうやらブロンズウルフの討伐の話のようだ。
そう言えば、ライオスやジルと一緒に討伐の報告を行った時も、俺が止めを刺したと報告するまでは黙って熱心に聞き入っていたもんな。
「じゃあ、想定外の東風が吹いた時でも、コースを変更して探索を行ったのは正しかったとミゲルは思っているのか?」
「まぁ、その辺りは難しい判断だと思うが、俺は村長の孫だから何としてでも続行させたかったけど、冒険者達に無理強いをすることは出来ないからな」
「えっ、ミゲルは続行しろって命令しなかったの?」
「あぁ、相手が騎士だったらば命令出来たけど、冒険者は国に雇われている訳ではないから命令は出来ないんだ。それに、ブロンズウルフのような危険な魔物の討伐依頼の場合には、自由参加、成功報酬という形になるしな」
「へぇ、そうなんだ。さすがミゲル、難しいことまで良く知ってるな」
あれあれ? 何だかミゲルが現場に参加していたみたいな話になってないかい?
まぁ、どうせ学校の生徒達は、護衛無しでは学校の外には出られないみたいだし、ミゲルの嘘がバレることもないだろう。
ミゲル達の話を聞いていた盗聴マイクを切ると、レンボルト先生からもブロンズウルフ討伐のことを尋ねられた。
「ところでニャンゴ君、ブロンズウルフに止めを刺したのは、どんな魔法なんだね?」
「火の魔道具と風の魔道具をそれぞれ五段ずつ重ねて、吹き出す炎をノズルで絞った炎の槍です」
「魔道具を重ねる……とは?」
「あぁ、そこからですね」
通常の魔道具は、魔法陣の形に彫り出した溝に粉末にした素材を詰めて作ったプレート状になっているので、重ねて出力を上げようとしてもプレートが邪魔になってしまう。
一方、俺が空属性魔法で作る魔法陣は、魔法陣以外の部分が空洞になっているので、積み重ねて使えるし、重ねると出力を増大させられる。
「素晴らしい! それだよ、それこそが僕が求めていた新しい発想だよ!」
魔法陣を重ねるという意味を説明すると、レンボルト先生は立ち上がって声を張り上げた。
食堂中に響き渡るほどの大声だから、当然注目を浴びてしまう。
ほらほら、モフリストのオリビエに気付かれちゃったよ。
「頼む、ニャンゴ君。ブロンズウルフに止めを刺した魔法を見せてくれないか!」
うわぁ……ハイテンションのまま叫んでくれちゃったよ、この人。
ギルドでは話題になっていたが、学校なら大丈夫……じゃないみたいだね。
食堂中の視線が僕らに集中しているし、ミゲルの居るテーブルでは何やら揉めているようだ。
オリビエは、口元を両手で押さえて小刻みに身体を揺らしている。
そう言えば、オリビエには僕がブロンズウルフに止めを刺した話はしていなかった。
「見せるのは構いませんが、室内では危ないので、どこか広い場所で……」
「では、校庭に出よう。あぁ、炎の槍か……どんな魔法なのか楽しみだ」
レンボルト先生は俺を引っ張っていきそうな勢いで、早く校庭へ出ようと促してくる。
それにしても、ジルのオッサンはペラペラと良く喋ってくれたようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます