第39話 現れた脅威
学校の秋休みでミゲルが村に帰って来たが、顔を会わすことは殆ど無い。
薬草採取にモリネズミの捕獲、属性魔法の練習に棒術の手合せ、鹿やイノシシ猟も期待されてるし、そこにバイクの試作も加わって、ミゲルと遊んでいる暇など無いのだ。
今日は村の南側の山に入り、鹿かイノシシを仕留めるつもりだったが、途中で予定を変更した。
ステップを使って、高さ5メートルの位置から追跡しているのは、四頭のゴブリンだ。
毎年アツーカ村では、本格的な冬を迎える前に、魔物の討伐を行っている。
冬に食べ物に窮した魔物が、村へと下りて来ないように、秋のうちに群れごと退治しておくのだ。
ゼオルさんが交渉した結果、ゴブリンの群れを一つ発見する毎に、小銀貨一枚の報奨金が出ることになっている。
報酬としては安いが、ゴブリンの詳細な情報があれば、討伐を優位に進められる。
討伐に参加するのは、冒険者ではなく村の普通の男達だ。
オーク討伐の時のように、後遺症が残りそうな酷い怪我を負う人は出したくない。
このまま後を付けてゴブリン達の巣まで行き、出入りする数を確かめれば、ある程度の群れの規模は推測できる。
勿論、俺の存在がバレてしまえば、こっちに襲い掛かって来るだろうし、巣の場所を確かめられなくなってしまう。
気付かれないように、木に隠れながら後を付ける。
途中、ゴブリン達はウサギを見つけて追い掛け始めたが、捕まえられずに巣穴へと逃げ込まれた。
ゴブリン達は巣穴の中まで入って行こうとしていたが、土を掘り返すのに夢中になっているうちに、ウサギは別の穴から逃げていった。
ゴブリン達は泥だらけになって穴掘りを続けていたが、ウサギの気配が無いのに気付いたのか、途中で諦めて別の餌を探して移動を始めた。
「ギャッ! ギィギャギャッ!」
「グギャァ! ギィィギャッ!」
全く何を言っているか分からないが、どうやらウサギを逃がした事で仲間割れをしているらしい。
二対二の争いかと思ったら、三対一になったり、四頭それぞれが争ったり、喧しく鳴き交わしながら移動を続けていた。
「何だ、あれ……」
ゴブリン達が進んでいく方向の灌木の陰に、大きな生き物が姿を隠すのが見えた。
形は狼のようだが、青銅色の毛並みは金属っぽい光沢があり、何よりも大きさがおかしい。
灌木の陰に伏せてしまったので、ハッキリとは分からないが、牡牛よりも大きかったように見えた。
風向きは、あちらが風上になるので気付いてもおかしくないのだが、ゴブリン達は仲間割れに夢中のようだ。
俺は木の幹に隠れて、ゴブリン達が進んで行くのを見守った。
下手に距離を詰めると、こちらにまで危険が及びそうな気がする。
30メートル、20メートルと距離が縮まっても、ゴブリン達は気付かないし、青銅色の生き物も動かない。
15メートル、10メートルと近付いて、ようやく一頭のゴブリンが異変を感じて足を止め、鋭い声を上げた。
「ギャッ!」
ところが、他の三頭は仲間割れの余韻を引き摺っているのか、足を止めずに進んで行く。
「ギャギャァァァ!」
足を止めたゴブリンが、更に強く警戒を促す鳴き声を上げ、三頭が何事かと振り返った瞬間だった。
「ゴァァァァァ!」
灌木の陰から飛び出してきた巨大な狼は、一頭のゴブリンを食い千切りながら、別の一頭を前足の爪で引き裂いた。
「ギャッ……グフッ」
青銅色の巨狼は、恐怖で棒立ちしているゴブリンを悠々と踏み潰し、最初に気付いて転げるように逃げ出した一頭をジーッと見送っていた。
その視線が、木の陰にいる俺の方へと向けられた。
全身の毛が逆立って、汗が噴き出してくる。
もし襲ってきたら、シールドで足止めしている間に、ステップで上空へと逃げるつもりだが、逃げ切れると確信が持てない。
青銅色の巨狼がこちらを見ていたのは、時間にすればほんの数秒だったのだろうが、俺には永遠かと感じたほどで、呼吸をすることすら忘れていた。
視線が外された途端、思わず止めていた息をふーっと大きく吐き出した。
青銅色の巨狼は、俺への興味を失ったようで、仕留めたゴブリンを腹に収め始めた。
一口でゴブリンの三分の一が消失し、ゴリゴリ、ボキボキと骨を噛み砕く音が森に響く。
このペースで食事を続けるならば、三頭のゴブリンを食べ終わるまで、さして時間は掛からないはずだ。
俺は、巨狼の死角に入るようにステップで上へと移動した後、村に向かって山を一気に駆け下った。
「ヤバい、ヤバい、ヤバい、あれは絶対にヤバい奴だ」
あんな化け物が村に下りて来たら、どれほどの犠牲が出るか想像も出来ない。
村にはゴブリン程度ならば討伐出来る大人は居るが、槍を持って立ち向かっても瞬殺される未来しか想像出来ない。
とにかく、一刻でも早くゼオルさんに知らせる、それしか自分に出来る事は思い付かなかった。
身体強化魔法も併用して、ひたすら走り続け、村長の家の離れへと駆け込んだ。
「ゼオルさん、大変です! ヤバい、ヤバい、ヤバいですよ!」
「何だ、何だ、何をそんなに慌ててるんだ」
「ヤバいんです。ゴブリンがガブって、ザクって、バリバリ、ボリボリで……」
「落ち着け、ニャンゴ! 何を言ってんだか、全然分からねぇよ」
「だから、青銅色の馬鹿でかい狼が……」
「何だと! 青銅色のでかい狼だと、どこだ、どこで見た!」
「南……いや、南東の山の中」
「青銅色で、鉱物みたいな光沢の毛並みだな」
「そうです、あれは……」
「ブロンズウルフ、Bランクの中でも特に危険とされている魔物だ」
冒険者と同様に、魔物にもランク付けが行われている。
ゴブリンやコボルトはD、オークはC、オークジェネラルはBといった具合なのだが、同じBランクの中でも評価には差がある。
オークジェネラルはCランクに近いBランクで、ブロンズウルフはAランクに近いBランクだそうだ。
「ブロンズウルフの体毛は、見た目の通り鉱物に近い硬さで刃物が通りにくい。斬り付けるような攻撃では、衝撃によるダメージしか通らない。槍などで、ひたすら刺突を繰り返して流血させ、体力を奪っていくしか倒しようがない」
「でも、あの牙と爪は……」
「巨体の割りに動きも素早いし、攻撃力も高い、村の連中じゃ荷が重すぎるな」
「どうするんですか?」
「ラガート子爵に救援要請、冒険者ギルドにも討伐依頼を出すように、村長に進言してくる」
「俺も一緒に行きます」
ゼオルさんと一緒に母屋に向かうと、村長と息子のフリオ、そして居なくても良いミゲルが居た。
「村長、緊急だ。ニャンゴが村の南東の山中でブロンズウルフを見た」
「ニャンゴ、本当か?」
「はい、一瞬でゴブリン三頭を殺して、三口ほどで平らげてました」
「村長、子爵様に救援を頼もう。それと、冒険者ギルドにも討伐依頼を出すべきだ」
「分かった、使いに行ってくれ。だが、討伐依頼の成功報酬は、いくらにすれば良い?」
「報酬は、最低でも大金貨三枚」
「大金貨三枚……そんなに必要なのか?」
「ブロンズウルフは肉が固くて食用には向かないし、毛皮も死後は色褪せて強度も落ちるので余り価値が無い。魔石と牙の買い取り価格だけでは、命の危険と釣り合いが取れない。討伐して名前を売りたい奴が居れば、報酬に関係なく手を上げるかもしれないが、そうでなければ危険なだけの仕事をやりたがる奴なんかいませんよ」
「分かった、村民の安全には替えられぬ」
「それに、子爵家の騎士や兵士が先に倒してしまえば、報酬を払う必要もありません。まぁ、多少の礼金は払ってやるべきですが」
凶暴な魔物の討伐を依頼する場合には、領地の騎士や兵士と競合になる場合が多いので、騎士達が倒した場合には成功報酬ほどは出せないが礼金を出すらしい。
日本風の言い方をするならば、交通費や宿泊費などの必要経費といったところだろう。
「村長、国境のボスレウス砦に詰めている騎士団に応援を要請する手紙を書いて下さい。ニャンゴ、俺はこの状況では村から離れる訳にはいかん。明日の早朝、俺の代わりに手紙を持って砦まで行き、応援の騎士と一緒に戻って来い。出来るな?」
「はい、任せて下さい」
「よし、応援が到着したら、俺と一緒にイブーロまで行ってギルドに依頼を出す」
村長は、その場で砦への応援要請とギルドへの依頼書を書き上げた。
「それでは、ニャンゴ、頼んだぞ」
「はい、明日の朝一番に村を出ます」
ミゲルが、何か言いたげな表情を浮かべていたが、学校に通った効果なのか、村の一大事にまで馬鹿な口を挟まない程度の分別は身に付いたようだ。
手紙を預かって自宅に戻る。明日は、早朝に出発する予定だ。
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