第40話 国境の砦

 翌朝、手紙を持って家を出たのは、まだ暗い時間だった。

 村外れまで来た所で、空属性魔法でオフロードバイクを形成して跨る。


 あれからテスト走行を重ねて操作にも慣れてきたし、更に改良も加えた。

 風の魔道具の出力は五割増しにして、五個をベースとして作動させる。


 出力の調整は魔道具の個数の増減で行うので、頭の中にアクセルがあるようなものだ。

 もう少し慣れてきたら、魔道具の個数を増やそうと思っている。


 減速する時は魔道具を一旦消して、向きを変えて設置して逆噴射させることにした。

 これで急減速も出来るようになった。


 最高時速約75キロ、前世の日本で市販されていたバイクに較べたら貧弱な性能だが、こちらの世界では飛びぬけたスピードだ。

 馬が全力疾走すれば、同じぐらいのスピードを出せるだろうが、走れる距離は限定的だ。


 キィーン、ヒュボッ……キィィィン、ヒュボォォォ……キィィィィィィィン


 コーナーの手前で逆噴射を掛けて減速、バイクを傾けて曲がりながら加速、連続するコーナーの前で急減速、ヘアピンカーブをクリアーしたら魔道具五個で一気に加速。

 風の魔道具の甲高い音が、気分を高揚させていく。


 村から北へ向かう街道は、曲がりくねった上り坂なので全速力では走れないが、車体を傾けてコーナーを駆け抜ける快感はクセになりそうだ。

 歩けば半日ほどの道程だが、朝日が昇り切る頃には国境の砦が見えるところまで上って来られた。


 谷を塞ぐダムのようなビスレウス砦が、シュレンドル王国の最北端の地だ。

 砦の先は、岩だらけの谷を挟んで、隣国エストーレになる。


 エストーレとは、今は友好的な関係を築けているが、激しい戦争が行われた時代もあり、今も砦にはラガート子爵の兵と王国騎士団の兵が詰めている。

 巣立ちの儀で王国騎士団にスカウトされたオラシオが、将来凱旋赴任して来るかもしれない。


 砦の兵士は、基本的に国境の警備が仕事なのだが、今回のようにアツーカ村の近くに凶暴な魔物が現われた場合には、応援に駈け付けてくれる。

 砦から離れた場所でバイクから降りて駆け寄って行くと、槍を携えた犬人の衛士が声を掛けてきた。


「止まれ、こんな朝早く、どこから来た。身分証を出せ!」

「アツーカ村から来ました。村の近くの山にブロンズウルフが現われたので、応援を要請する手紙を村長から預かっています」

「ブロンズウルフだと! よし、一緒に来い!」


 ブロンズウルフと聞いて血相を変えた衛士は、ギルドカードの確認もそこそこに俺を砦の中へと招き入れた。

 通用門を潜り、詰所の脇を抜け、騎士団の建物へと駆けこんで行く。


「隊長! アツーカ村から応援要請です。ブロンズウルフが現われたそうです」

「何だと、使者は何処に……って、君が使者なのか?」

「はい、村長からの手紙は、こちらでお渡しすればよろしいのですか?」

「ああ、俺はラガート騎士団七番隊隊長のウォーレンだ。手紙を見せてくれ」

「はい、こちらです」


 ウォーレンは、三十代前半ぐらいの獅子人で、赤みの強い蓬髪がワイルドな印象を与えているゴリマッチョだ。

 2メートル近い長身で、俺の首なんか片手でポキっと圧し折りそうだ。


「この手紙には、使者の君が目撃者だと書かれているが……」

「はい、毎年秋に行っている村の討伐に備えて、巣の場所を確かめるためにゴブリンを追跡している時でした……」


 三頭のゴブリンが、あっと言う間に餌食になった様子を簡単に話すと、ウォーレンは何度も頷いていた。


「ブロンズウルフに間違いないな。村から離れた場所にいるうちに見つけられたのは幸運だった。七番隊、出動準備! 遠征期間の予定は二十日間、八番隊も準備をしておけ。君、こっちの地図でブロンズウルフと遭遇した場所を教えてくれ」


 ウォーレンが持ち出してきた地図で、ブロンズウルフと遭遇した場所を確認すると、山を越えるとキダイ村との中間点辺りになる。

 風向きや獲物の逃げる方向、それにブロンズウルフの気分次第では、キダイ村に向かったとしてもおかしくない。


「これは、キダイ村にも備えをしておいた方が良さそうだな」


 ブロンズウルフは行動範囲が広く、山一つ越えて行く程度は珍しくないそうだ。

 ウォーレンは、ここで待っていてくれと言い置いて、総隊長のところへキダイ村への応援派遣を進言しに向かった。


 それにしても騎士団という所は、巨人の国かと思うほどゴツイ野郎共がウヨウヨしている場所で、イブーロの冒険者ギルド以上のアウェー感がある。

 選りすぐりの人材を更に鍛え上げた結果の集団だから、華奢な体格をしている人なんて居るはずがないのだろう。


 ウォーレンが出動準備の命令を下して以後、建物の中は一気に慌しい雰囲気になり、ぼーっと立っていると蹴飛ばされそうだ。

 三十分ほどして戻ってきたウォーレンは、フルプレートの鎧ではなく、チェーンメイルと革鎧を組み合わせて装備していた。


「待たせたな。そろそろ出発の準備が出来るはずだ。君は兵士達と一緒の馬車に乗ってくれ」

「分かりました」


 ウォーレンの後に続いて裏口を出ると、広い馬場に隊員達が整列していた。

 総勢で百名ぐらいだろうか、全員がウォーレンと同じような装備を身に着けている。


「これより、七番隊、八番隊は合同でアツーカ村へと向かう。想定される敵は、ブロンズウルフ。気が抜けた状態で倒せる相手ではないし、油断すれば命を奪われかねない強敵だ。全員、気を引き締めて任務に付け。ザガット、彼はアツーカ村の使者だ。馬車に乗せてやってくれ」

「はっ、了解しました」

「よし、全員出立準備!」

「はっ!」


 ウォーレンの副官と思われる熊人の案内で、兵士達と一緒の幌馬車に乗せてもらう。


「アツーカ村から来た使者の少年だ、一緒に乗せてやってくれ」

「お邪魔します……」

「心配するな、邪魔になんてしないさ」


 まぁ、兵士の皆さんに較べたら身長も半分程度だし、単純計算の体積比だと八分の一だ。

 実際には、もっと差がありそうだし、邪魔になるほどの大きさではないってことなんだろう。


 全員の乗り込みが終ると、すぐに隊列を組んで砦を出発した。

 騎士団なので、もっと早く進むのかと思いきや、想像していたよりも隊列はゆっくりと進んで行く。

 道中の退屈しのぎなのだろう、兵士の一人が話し掛けてきた。


「坊主、お前一人で砦まで来たのか?」

「はい、そうですよ」

「こんな子供に一人で来させるなんて、アツーカ村はそんなに切羽詰った状態なのか?」

「いえ、まだブロンズウルフは村のそばまでは近付いてはいないです」

「じゃあ、なんでお前みたいな子供が一人で来たんだ?」

「俺は、逃げ足だけは速いんですよ」

「だが、だいぶ痛い目にも遭ってるみたいじゃないか」

「えぇ、これはコボルトにやられた傷ですが、その経験があるからこそ行動は慎重ですよ」

「なるほど、なりは小さいが一端の冒険者って訳だな」


 アツーカ村までの道中で、騎士団について色々と教えてもらった。

 ビスレウス砦には、王国騎士団も常駐しているが、アツーカ村の応援のような仕事は、基本的にラガート子爵家の騎士や兵士が担当するそうだ。


 とは言っても、王国騎士団が何もしない訳ではなく、ラガート子爵家の騎士が応援で出動した場合には、砦の担当部署を増やしたり、更に応援が必要な場合には、自らも出動するらしい。

 立場の違いはあれども、同じ砦を守るものとして互いを尊重し、連携して任務を遂行しているそうだ。


 どうも前世の中二思想を引きずっているせいか、横暴な王国騎士団と虐げられる子爵家の騎士団……みたいな図式を想像してしまったが、そんな下らない争いをしていたら国を守れなくなると一笑に付されてしまった。

 ちなみに移動速度がゆっくりなのは、いつ戦闘になっても大丈夫なように備えるためだそうだ。


 あまり速いペースで馬を走らせていたら、戦うにしても逃げるにしても、急な事態に対処出来なくなってしまう。

 それに、ブロンズウルフが村の近くまで下りて来ていないのも、ゆっくりと進む理由の一つらしい。


 ビスレウス砦からはほぼ下り坂なので、途中で一度休憩を入れただけで昼前にはアツーカ村に戻って来られた。

 昨日の時点で、村中にブロンズウルフの件が通達されたので、農作業をしていた村人たちは手を振って騎士達を出迎えている。


 一行は村長の屋敷へと入った。

 村長の家の庭が、やたらと広く作られているのは、こうした事態が起こった時のためだそうだ。


 到着は早くても夜になるだろうと思っていたらしく、村長は驚きながらも満面の笑みで騎士達を出迎えている。

 村長と共に出迎えに現れたゼオルさんが、俺を見つけて歩み寄ってきた。


「ニャンゴ、もう戻ったのか?」

「はい、急いだ方が良いと思ったので」

「よし、お前さえ良ければ、これからイブーロに向かうぞ。キダイにも知らせておいた方が良いだろう」

「あぁ、そうですね。俺は大丈夫なんで、すぐ出発しましょう」


 戻って早々だが、ゼオルさんとイブーロに向うこととなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る